第四十二話 スミス家
ジュンは剣の看板のある店を巡り、スミス家の看板を見つけた。
それは、メイン通りに面している古い大きな店で、若造には敷居が少し高かったが、ジュンは大きく息を吸い込んで、その重厚な扉を開ける。
「コール・スミスさんに、お会いしたいのですが」
「お約束はございますか?」
「いえ。日時の約束ができなかったものですから。ヘルネーでお会いしたジュンとお伝えくだされば、お分かりいただけると思います。ご都合の良い日時に、伺いたいと思いますので、ご予定を聞いていただけますか?」
この店の責任者だろうか、初老の男が少し困った顔をする。
「今は忙しい時期ですから、いつになるかは分かりませんが、明日までには聞いておきましょう」
「そんなにお忙しいのでしたら結構です。全く急いでおりませんので、またゆっくり伺います」
「よろしいのですか?」
「えぇ。お祭りが終わった頃に伺いますよ」
ジュンは笑顔で店を出る。
剣の作り方が見たかったので、そんなに忙しい時に行っても、迷惑なだけだろうと、ジュンは裏通りにある生活必需品を見ながら門に向かう。
一軒の店で女性が、使い古した鍋を受け取っている。
その店の中から水が流れている事から考えると、水槽があるのかもしれない。
ジュンは興味本位でのぞいて、その場で少し固まった。
「と、豆腐?」
気の良さそうなドワーフが、笑いながらやって来る。
「兄ちゃん、どうしたんだ? マメキジは初めてか?」
「あっ、えぇ。今日初めて王都に来たんです。これ、どうやって食べるんですか?」
「好きな厚さに切って、油で揚げて食うんだ。後は握りつぶしてスープの具だな」
「そうですか。一つください」
鉄貨五枚、五十セリで大きさは日本の豆腐の二丁分はある。ジュンは少し深い皿を出して、マメキジを受け取るとそれをその場で口に入れる。
(木綿豆腐より硬いなぁ、味も物足りない気がする)
「兄ちゃん、腹が減ってんのか? 生で食っても大丈夫だが、味はないだろ? かわいそうに、ほら今、揚げたやつだ、熱いから気をつけな」
「すみません。いただきます」
それは日本でいう油揚げである。しかし、それを食べてジュンは目を見開く。
「こ、これは?! しょう油?」
ジュンが皿のしょう油を指に付けて、なめているのを見た男が首をかしげる。
「あん? そんなもんに驚いているのか? 宿屋の食堂には、どこでも置いてあっただろう? 南じゃソースだけだから、兄ちゃんは南から来たのか。かわいそうに野宿はつらかっただろう。もぅ一枚食え」
誤解はどこまでも広がりそうだったが、気持ちがうれしかったので、油揚げのお金を置いて店を出る。
「ジュンさん! 探しましたよぉ」
ぜぇぜぇと息をしているのはコールだった。
「お久しぶりですね? お元気でしたか?」
「はい。お陰様で。すみません、工房の方に来てくださるかと思っていたんです。お帰りになったと聞いて慌てました」
「ごめんね。マメキジを初めて見たんです。しょう油? 揚げたてに掛けてもらって、おいしかった」
「こっちは豆の産地で海もありますからね。モロミ汁は初めてでしたか?」
「うん。モロミ汁って言うのですね。宿に泊まれない程、貧乏だと思われたみたいです」
「南にはトマト。北にはマメがありますからね」
(ルーカスさんに、しょう油が分かってもらえなかったのは、僕の説明が悪かったんだね)
コールに連れて行かれたのは王都の外れ。外壁を一辺とした、少しいびつな四角形の塀の中に、ジュンは足を踏み入れる。
両サイドに家があり、中央の奥には鍛冶場なのだろう、大きな建物がある。
「規模が大きいんですね。他の国の鍛冶屋さんは、少し大きな普通の家でしたよ」
「家は特別でしょうね。代々王家や騎士団の、武器と防具を扱っているんです。平民の武器屋がスミスという家名をいただいたのですから。ボクのご先祖様は頑張ったんでしょうね」
苦笑するコールを見て、ジュンは少しほっとする。
(王族御用達って、すごい事なんじゃないのかなぁ?)
「すごく忙しいって聞きましたが、コールさんはいいんですか?」
「うん。忙しくないので、忙しい?」
首をかしげるコールに、ジュンはあきれて聞いた。
「コールさん。何を言ってるか分かりません。仕事はいいのですか? 成人の儀があるって、ここに来て初めて知りましたけど、あるんですよね?」
「王子の成人の儀は、前もって分かっていた事だしね。父さんに抜かりはないんだけど、ちょっと問題が発生して、最後の仕事が止まっているんだよ。それで解決のために走り回っていたんだ」
「解決しそう? 忙しいなら僕は急いでいないから、片付けて?」
コールは苦笑いをしながら首を横に振った。
「忙しくないよ。ジュンさんを連れて行かなきゃ、母さんにどやされる。怒ると魔物より怖い」
「コールさん。ジュンさんはやめてください。僕は年下だし平民だから、ジュンでいいです」
「わかった。ジュンと紹介をさせてもらうよ。ボクもコールでよろしく」
鍛冶場の一番近くにある、二階建ての家がスミス家だった。
石でできているが窓の鎧戸と扉は木で、鉄板の屋根は、家の中心から左右が均等に傾斜している。
入った場所は広い土間で、八人掛けのテーブルが六つ、余裕で配置されている。
彫の深い顔で、立派な筋肉を持った小さな人たちが、八人程で酒を飲んでいる。
「ただいま。ジュンを連れてきたよ」
皆の視線を受けながら、ジュンは済まなそうにあいさつをする。
「突然お邪魔して、申し訳ありません。ジュンと申します」
一人の男が席を立つと、ジュンの元にやって来た。
「ウーリー・スミスだ。息子を救ってくれて感謝をしている。なにもない家だが、ゆっくりしていってくれ。鍛冶場が見たいと聞いた。鍛冶場での火傷はひどくなるから、気をつけてな」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
ジュンはペコリと頭を下げた。
「お待ちしていましたよ、ジュンさん。コールの母のコニーよ。息子を助けてくれて、ありがとうございます。お部屋も用意してあるのよ、自分の家だと思ってゆっくりしてね。旅で疲れているでしょ? おなかはすいてない?」
コニーの言葉にコールが笑う。
「母さん。初めての家で、腹が減ったは言いにくいだろう? ボクは減ったから、二人分頼むよ」
「そうよね。さぁ、座って。今出すわね」
ジュンはコールが当たり前のように、隣に腰かけた事に首をかしげる。
(そうか……。このテーブル幅は、彼らには広いのかも。だってウーリーさんたちは短い辺に、椅子を二つ入れて話し込んでいるしね)
豚のいない世界にポークビーンズはない。だが、なんとかビーンズに違いない料理とパンに、焼き目を付けた油揚げが並んでいる。
ジュンはコールの食べ方を、見る事にしたようだ。
「焼いたマメキジ揚げは初めて?」
「うん」
「焼きたてだから、モロミ汁でもうまいけど、カリカリだからこうして、手で割り入れて、煮込みやシチューやスープに入れるんだ」
ジュンはコールと同じように、割り入れて一口食べる。
「わぁ。香ばしくておいしいです」
「だろ? 大きな声じゃ言えないけど、同じ料理が続いて、飽きた時にはいいよ」
ジュンは小さく笑ってうなずく。
揚げたても、油が臭くなく、とてもおいしかったが、自宅で揚げて、表面の余分な油が焼けた物は、サクサクでとても香ばしい。
ジュンは油揚げに、こだわりなどは全くなかったが、料理をする時に油抜きだけは、必ずした記憶がある。
(油揚げのおいしさを、こっちで知るとは思わなかったよ)
食後はコニーの元にお礼に行き、森のキノコや肉の塊を出し、南の特産である菩提樹の蜂蜜を出す。
コニーは蜂蜜がうれしかったのか大喜びで、コールが少し困った顔で言う。
「気を使わせたな」
「お世話になるんですよ、受け取ってもらわなければ、居られませんよ」
ウーリーは、コニーの姿を見て笑顔を見せる。
「父さんが笑ったのは久しぶりだな。母さんが、うれしそうだったからかな?」
ジュンが使う部屋は、二階にあるコールの部屋の隣に、用意されていた。
木目の部屋に木の机とベンチが置いてあり、ベットにはコニーの手作りだろうか、パッチワークのカバーが掛けられている。
ジュンはコールの向かいに座ると、果実水を出して見つめる。
「さて、そろそろ聞かせてくれませんかぁ? あの優しそうなお母さんと、お父さんが笑わない程の悩み。コールが走り回っても解決できない問題とやらをね?」




