第四十一話 王都テンダル
ジュンはテンダルの国に入った。
テンダルは鉱山と、金属工業が盛んなドワーフ族の国で、王都を囲む山々の麓は、鉱山労働者たちの町があり、栄えているらしい。
しかし、そこで働く者たちを支える食料は、のんびりと育てられていた。
国境の近くの町に入り、食材を見ると、芋やカボチャやビーツが他国より多い事に気が付く。そして何より、たくさんの種類の豆が、カラフルに店先に並んでいる事に驚く。
ジュンは色とりどりの豆を買いながら、料理を考えてでもいるのだろう、うれしそうに口角を少し上げる。
(どこの世界でも寒い地方は、長期保存ができる豆は定番なんだね。それにしても種類が多い。豆料理は知らないけど、全部食べてみたいよね)
屋台で珍しい果実水を見つける事が、習慣になりつつあるジュンは、酒の屋台の方が多く、薄めた酒を子供がおいしそうに飲んでいる姿を見て、果実水は諦めたようだ。
近くで売っている焼き栗を買って、ジュンはその町を出た。
ジュンは山に続く街道を歩く。
この国は山が多いので、街道を通らなければ、王都にいつ到着するのか分からない。ましてジュンは高い山の登山経験がないのだから、街道以外の道を選べないのである。
鍋釜や、武器防具を運ぶ馬車が、立ち寄るからだろうか、午前中の村に寄ると、ゆでたての作物が安く売られていて、新鮮な卵やミルクも手に入る。倉庫に不足している、食材を買いながら歩くのもまた楽しい。
朝から空が暗く、どんよりとしていたが、山の麓まで来ると、空が我慢の限界だったようで、ひどい雨降りになった。
雨の山道を歩くのは危険である。麓で雨に降られた事は幸運と思うべきだろう。
ジュンは水で戻しておいた豆を、それぞれゆでて倉庫に入れる。
甘い煮豆は好まないが、サラダやスープに入っている豆は好みのようである。
キノコで作るスープや炊き込みご飯は、でき次第倉庫に入れる。栗ご飯を作りながら、思い出したように茶わん蒸しを作り始めた。かつお節はないが、干した小魚やエビで作るスープはこちらにもある。
「茶わん蒸しは簡単だから、小学生の時は僕の自慢料理だったんだ。婆ちゃんのだし汁を使ったズルだけどね。懐かしい。ゆで卵も作ってみるかなぁ」
実はジュン。こちらに来てミゲルが作った、黄身が顔程ある目玉焼きに恐れをなし、ゆで卵に挑戦できずにいた。
「僕はゆで卵は白身派なんだ。でもこの派閥って森須家だけかなぁ?」
一個の卵で、茶わん蒸しが十二個も出来上がり、ジュンは苦笑する。
「しばらくは皿料理だね。茶わん蒸しとプリンは、大きな器で作ると、途中で気持ちが悪くなるのは、子供の時に経験済みなんだ。それにしても、ゆで卵は一口サイズに切ると、白身と黄身のバランスが悪くて微妙……。タルタルソースにしちゃおう」
一人でブツブツと反省していたジュンだが、急に大きな葉っぱを取り出した。
川魚や山盛りのキノコや木の実を乗せると転送陣から、コンバルのモーリス家のモナに送る。
「秋の味覚を召し上がれ。あ、シルキーにはメイプルシロップを送ろう」
ジュンはミゲルの家のシルキーにも、川魚とメイプルシロップを送る。
「木の実やキノコはきっと、自分で取りに行っているよね。種類は違うかもしれないけど、森は宝物がいっぱいあるからね」
二日間降った雨がやみ、秋晴れの朝が来た。
いつものトレーニングを軽いストレッチだけに変更したのは、山を早く抜けるためだった。
クマや狼系の魔物の巣窟だと、気合いを入れて登ったのだが……。
山道は大渋滞だった。ぬかるみと輪たちで、馬や馬車が前に進めない。
特に金属を大量に積んでいる荷馬車は、馬も人も大変そうで、全員に手を貸せそうにないジュンは、急ぎ足で通り過ぎながら、ひどいぬかるみにだけ、土魔法を掛ける事にしたようである。
夜には下山できたのだが、見事に泥だらけで、テントに入ると靴とマントは時の魔法で新しくするしかなかった。新品は体になじまないので、服はレオがくれた洗濯機で洗うようだ。
風呂から上がると疲れていたのか、ジュンは果実水だけを飲みベッドに入る。
翌朝はいつものように支度を終え、急いで目的の小高い丘に登る。
高い山がU字型に囲み、そのU字の出口部分に王都テンダルが見える。
山の麓や中腹には、鉱山従事者たちの町や、集落が点在しているのが分かる。
丘のすぐ近くにある、集落にあるのは、煙突だろうか煙が見えている。
「すごい! 石の家だ。三角の屋根はやはり良いよね!」
ちなみに、ジュンの生家はろく屋根で屋上があった。
ジュンは近くの石に腰を下ろし、果実水を飲みながら、左目でテンダルの資料を軽く確認する。
テンダルは、下水処理後の汚泥の一部を肥料にするだけで、残りは乾燥させてからは粉炭や藁を混ぜて、再度固めて燃料にするらしい。
石炭や木材の消費を、抑える手段として考えられたもので、そのお陰で森林が危機的状態から脱出できたようだ。
鉱山は鉱脈が見つかるまで、縦に穴を掘り、見つかると横穴を掘って行く。
その間に出る石は街づくりに使われているらしい。
(鍛冶場も見たいけど、鉱山も気になるなぁ。とりあえず、王都に行ってから考えても遅くないかな)
ジュンは順調に歩いて、次の日には王都に到着した。
王都は活気に満ちている。
ジュンはメフシー商会を探しながら、王都の街を歩いていた。
(へぇ。鍛冶屋さんじゃないんだね)
看板の図柄は、鍋、包丁、フォークとスプーン、ハサミ、くわ、のこぎり、鎧、矢尻、剣とほとんどが金属製品である。
ジュンは珍しい看板を楽しんでいたが、その中から偶然、メフシーと名前が書かれた、目的の店を見つける事ができた。
入り口でカードを見せると、なぜか応接間に案内をされて、ジュンは戸惑う。
「ジュン様。良くご無事で……。お噂をお聞きする度に、私は寿命が縮む思いでございました」
そこには、メフシー商会の会長であるルーカスがいた。
「お久しぶりですルーカスさん。ご心配をお掛けしたようで申し訳ありません。この通り元気です。今日は少し買い取りを、お願いしようかと思い、寄らせていただきました。この支店では解体はしていただけますか? 少し大きくて、解体する場所がなかったので」
「えぇえぇ。やっておりますとも」
ルーカスに案内された解体室で、ニーズヘッグを出した途端、その部屋は静寂に包まれてしまった。
「ジュジュ、ジュン様! こ、こ、これは……」
「盗んで来た訳じゃないですよ?」
「そんな事は分かっております! おけがは本当にないのでございますね?」
「はい。全く。ルーカスさん、僕は意外と、強いみたいですよ?」
ほとんど涙目のルーカスを見て、なんとか安心をさせようとしたのだが、周りの目はジュンを、気の毒な子と認定したようだった。
その場に解体済みの物を並べ、ニーズヘッグの魔石と血を二瓶、肉を少々引き取る事にして、応接室に戻る。
テンダル国第二王子の成人の儀があるので、この町は今、お祭り騒ぎのようだ。
「成人の儀って、そんなに盛大にやる物なんですか? そこいら中に王子様がいそうですけど?」
(レオと一緒だったから、王子にありがたみもないしね)
ルーカスは急の声を潜めて話す。
「大きな声では申せませんが、今は亡き第一王子は病弱で、王の血の証明もなかったのです。早世だった前王の王妃が、遠縁であった宰相の娘を今の王の王妃になさいました。しかし、王には心に決めた方がおられたのです」
「悲恋ですか……」
(……ネタですか?)
「えぇ。その方を第二王妃になさろうとしたのです」
「うん。一夫多妻ですね?」
「宰相はそれを許さず。王都から彼女を追放したのでございます。ところが、お二人が同時に御子を授かったのでございます」
「めでたいですね」
(なんだ、誰でも良かったんじゃないか)
「いいえ。王は自分の王子はたった一人だと、仰せになったのです」
「で? どっち?」
「王は明言なさいませんでした。三年前、王子が亡くなられた時、王妃と宰相は悲しみのあまりに自害をなさり、宰相の息子である今の宰相が後を継がれ、今の王子をお迎えに行かれたのでございます」
「自害は息子の謀反ですか? 王子だけ? 恋人は?」
「すでに亡くなっておられたそうです。今の宰相は王のご親友だったのでございますよ」
「ひょっとして、二人で殺人とか? 王は妻を? 宰相にとっては実の親と、姉か妹でしょ? まさかですよね?」
「めったな事は口にしてはなりませんよ。真相は誰にもわかりません。ただ、分かっている事は、連れて来られた王子は、王家の血を引いている事が、誰の目にも明らかだった事です」
(ダンじゃないよね……)
「でも、そんな裏があるのに、何でお祭り騒ぎ?」
「ドワーフ族は情熱家なのです。王がただ一人に愛をささげ。王子が苦労の末に戻られたのです。成人の儀で晴れのお姿を拝見できる喜びは大変な物で、ひと月前から商品の値引きを始めたのです」
(情熱家とは言わないですよね。ワイドショー好きですか。でもダンかな?)
「一目で分かる、王家の血の証明って何ですか?」
「驚かないでください。王家は代々ドワーフの倍ほどもある、大きな体をしているのでございます」
「ワー。オドロイター」
得意気なルーカスの顔を見て、ジュンは大きなため息をつく。
(やはり、王子だらけじゃないですか! ダンは王子が辛いのかな……)
大きくて優しいダンの、別れ際の目を思い出したのか、ジュンは少し切なそうに目を伏せる。
ニーズヘッグの素材は非常に珍しいらしく、魔石は竜の物より高価だと言われたが、魔石は使う予定があると告げた。それでも驚く程の大金を手にし、ジュンは店を後にした。