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石ころテントと歩く異世界  作者: 天色白磁
第一章 イザーダの世界
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第四十話  秋の森の温もり

 

 マドニア城の出口に向かいながら、レオが返してくれた魔道具を倉庫に入れる。

 ふと古い硬貨を思い出したジュンは、前を歩く兵士に換金所の場所を尋ねる。

 兵士が快く案内してくれたのは、一般の窓口とは別な個室。

 

「ここは僕なんかが来て、良い所でしょうか?」

「もちろんですよ。一般窓口は混んでおりますし、警備の者がどんなに頑張っても、完全に安全とは言い切れません。王女の大切なお客様ですから」


 程なく現れた担当者に全ての硬貨を渡す。

 目の前で枚数を調べてから、貯金をするか、現金で受け取るかを聞かれたが、ジュンは現金での受け取りを希望した。

 金貨や白金貨は金属の含有量が多く、手数料を引かれても元金より多くなり、大金を持ち慣れないジュンは、慌ててその場で、かばんを通して倉庫に入れた。


(もらったお金が、何もせずに増えた……。得をした気が全然しないよ。このお金は今までどおり、あてにはしたくないから、倉庫に封印だね)

 

 出口まで送ってくれた兵士に礼を言って、ジュンは街を歩く。

 王都マドニアは、ヘルネーにも劣らず街に緑が多い。

 両国とも大きな森があるからなのだが、印象が全く違うのはマドニアの建物の色が白緑だからだろう。

 

 繊維や紙を扱う店が多く、倉庫の在庫が乏しくなって来たのだろう、目についた便箋や包み紙を、数種類購入した。

 これから北に向かって旅をする事になる。

 破れたマントの代わりを探そうとしていたところで、ひときは大きな店を見つけて、ジュンは小さく笑みを浮かべる。

 

(メフシー商会……。きっとあるでしょうね)


 店に入ってカードを見せ、旅用の丈夫なマントを出してもらい、ダークグレーのマントを買う事に決めたようだ。

 マドニア織りは魔物の糸で織られた特産品で、柔らかく軽いが丈夫だとジュンは店員に説明を受ける。落ち着いた光沢のある布を手に取って、ジュンは気に入ったのか、少し値が張る黒とグレーのシャツとパンツを二組購入した。

 

 装飾品の売り場には、見覚えのある手作りの一点物。

 ジュンは迷わず腕輪を購入した。

 この店では解体はしていないと聞いて、ジュンは店を出たが、解体屋を利用した事がないので、諦めたようだ。

 

 門の近くでは、マドニア名物のメイプルシロップを扱う露店が並んでいたので、多目に買い込むとそのまま王都を後にした。


 

 ジュンは夕方まで、ただひたすら歩いていた。

 しばらく楽をしていた体を、慣らすためもあったのだろうが、久しぶりに一人旅の気ままさや、緊張感を実感できたようで満足したのか、ジュンはようやく休む事にしたようだ。

 少し道から外れた場所で、彼は石ころテントを取り出し扉を開ける。

 

「待つ人も、会う人もいないと、こんなに広かったんだ……」

 ジュンは、少し寂しい気持ちになっている自分を笑う。

「とりあえず、僕は野菜が食べたい! それも根とか茎系の野菜ね」

 昼食を忘れていたので、熱々の温野菜とスープとパンで空腹を満たす。

 

 これからは一人で狩りをしながら旅をするので、買ってきた物を含め見直しながら付加を次々に付けていく。

 クレアには魔法防御を付加した腕輪に、手紙を添えて転送陣から送った。

 

 風呂に入って洗濯を終えると、ようやく一人の居心地の良さが戻ったようで、ジュンはゆっくりと眠りにつく。



 翌朝。

 いつものように、ひととおりのトレーニングを終え、(いぶ)した肉と卵を焼き、野菜スープで腹を満たした。

 それから地図を出して、テンダル国へのルートを考える。

 

 街道を行けば国境まで、ジュンの足でも二週間ほど掛かる。

 最短距離で行くには、森を通るしかない。

 秋に北に向かう事を考えると、おそらく森を通るコースは、ジュンにとって近道にはならないだろう。

 秋の森は実りの宝庫なのだから。


「急ぐ旅でもないし、ここは森一択でしょうね」


 伸びきった草が生えている原野は、足元に危険がある。

 左目に注意を払い、槍を手に持ち、先にある森を目指す。

 

 数時間後。

 森にたどり着くと手にしていた槍は汚れきっていた。森の中では槍より剣の方が使い勝手が良い。ジュンは戒めの森で、それを実感していたのだ。


 春の森とは色も匂いも違う秋の森。

 戒めの森より北にあるせいだろうか針葉樹もあり、ジュンの左目は忙しい。

 

 色付き始めた野生の果実や木の実を採りながら、襲ってくる魔物だけを狩る。

 後は気配を消して走らなければ、前には進めない。

 先が明るい場所を目指していた。もちろん、そこに何があるのかは、分からないのだが、それを楽しむ余裕は旅で身についた物だろう。

 

 視界が広がった、その場所にあったのは川である。

 飛竜に乗って上空から見ているせいか、ある程度の軍事上の秘密なのかは分からないが、この世界の地図には森の中の情報がない。

 

(地図がないよりは、ありがたいけどさ。森では全く役に立たないのはどうなの? せめて川は書いてほしいよ)


 ジュンは川辺の石に腰を掛けて、握り飯をほお張る。

 

 川沿いに、森から出たり入ったりを繰り返し、果実や木の実をとりながらの狩りを続けていた。大物は森林ベアーくらいで、狼や蛇系の魔物以外は手をださないようにする。蜘蛛や虫系まで相手にしていては、前には進めないのである。

 

 数日後。

 少し採取に夢中になり過ぎたようで、日中でも薄暗い森は闇に覆われ、手元を見る事もおぼつかなくなり、川辺に出て来たのだが夕方を過ぎてしまい、辺りは薄暗くなっていた。

 少し離れた場所に、あかりが見えたので、ジュンはそれが何かを、確かめようと向かう。

 

(小屋? ログハウスとは言いにくい……)


 丸太を組み立てた小屋は、確かに人が建てた物だと分かるが、人が暮らす場所ではない。しかし、あかりを使う魔物が、いるとは思えない。

 

(見なかった事にしようかな。怖い人なら嫌だしね。森に住んでいるのだから、きっと人嫌いだよね。やはり見なかった事にしよう。うんうん)


「人んちの前で何をうなずいているんだ?」

「うわっ!」

 若い大きな男だった? いや、大き過ぎる男だった。ただ、久しぶりに出会った髪も瞳も黒い人物に、ジュンは少し懐かしさを覚える。


「暗くなるぞ? 良ければ入るか?」

 ジュンは驚きを隠しきれないままうなずく。

 家具はテーブルと二脚のイスだけ、奥には(まき)の上に板をのせた寝床がある。

 テーブルの奥の壁には、床と側面を石で囲っただけの場所があり、薪の火が大鍋を温めている。

 

「お邪魔します」

「まぁ、座れ。川の仕掛けで、取れたばかりの魚だけど、食べるか?」

 男は魚を鉄の串に刺し、鍋の下に奇麗に並べる。

 

「大きな魚が取れるんですね。あ、僕、ジュンといいます」

「ダンだ。私の仕掛けは小さいのは逃がすんだ。ほら荒いだろ? 小魚はこっちの仕掛けを使うんだ。食う分しかいらないからな」

 ダンは仕掛けを見せながら語る。

 

 大きさの違うツタを丸めた輪に、蜘蛛の糸をよった物を網状にして被せてある。内側に向けられた入り口が返しになり、魚が逃げられないようにできている。

 焼けた魚の串を抜き、野草のスープを出してくれたので、ジュンはパンと燻した肉をだした。

 

「おぉ。やわらかいパンはありがたい。これはベーコンか? うまいな」

「手作りです。お口に合ったようで良かった。魚、香ばしくておいしいです」

 男はとても気さくで、優しい人物に見える。

 なぜ人の居ない、こんな場所にいるのかが急に気になり、立ち入って良いものかと迷ったようだが、ジュンは聞く事にしたらしい。

 

「ダンさんは、ここでの暮らしが、長いんですか?」

「ダンでいい。ここは私の大事な家なんだ。今はほとんど来る事はないがな。できるならここで暮らしていたいよ」


 ダンがドワーフだと聞いてジュンは驚く。ドワーフは成人でも百五十センチ程にしかならない。ところがダンは二百センチは優に超えているのだ。

 

「驚くよな。七つの年には大人を超えていてな。化け物と言われて、村から母と逃げたんだ。私は父を知らなかったが、父の友達がこの家を建ててくれてな。ここでの生き方も教えてくれた」


「良い人だったんですね」

「さぁ。どうだろうな……。父にとっては良き友だろうな」


 ダンの母親は五年程で亡くなったと言う。それから三年後、その男が再び現れて、ダンは父親の元に連れて行かれたらしい。十五歳で初めて会う男。母親をないがしろにした男を父と呼ぶのには、抵抗があったようだが父親の事情を聴いて、許す気になったとダンは笑う。


(十二歳から三年間も、こんな森の中に、ひとりぽっちで暮らしていたんだ……。その男の人ってダンを大切に思っていたのかなぁ?)


「それじゃあ、お父さんの元で幸せに暮らしているんですね?」

「あぁ、きっとな。でも私はここに居る時間が、一番幸せなんだ。これはジュンにだけ言う本音だがな」


「はい。忘れませんよ。またいつかこうして、ご飯を食べましょうね」

「そうだな。当分、来る事はできないだろうが、その日を楽しみにしていよう」


 それから二日間、ダンが小屋を出るまで、二人は魚採りや、狩りをして過ごした。

 ダンはいろいろな仕掛けを見せて、使い方を教えると、それらをジュンに譲って立ち去った。

 

「また会えますよね……」

 去り際の寂しそうな顔を思い出したのか、ジュンはポツリとつぶやく。

 

 ジュンはその日の夜。

 倉庫にたまっていた魔物を解体して、風呂に入り洗濯をする。

 

「さっぱりとしたぁ。皮膚呼吸に支障をきたすかと思ったよ」

 見上げた天井には、久しぶりの雨が見える。

「外の音が、聞こえるようにならないかなぁ」

 雨音が聞きたかったのか、ジュンは少し残念そうにいう。


 一晩中、雷が光っていたが、翌朝は奇麗な秋空だった。

 外に出ると森は別世界に様変わりをしていた。

 いたる所にキノコが生えていて、ジュンは思わず立ち尽くす。

 

『秋の雷はいたずら好きでな、寝ているキノコを起こして逃げて行くんだ』

 大きな体のダンが教えてくれた、少しかわいい話を思い出したのか、ジュンは幸せそうに小さく笑う。

 ジュンは人生初めてのキノコ狩りを楽しみながら、国境に向かう事にした。

 






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