第四話 テントでしょうか?
二人はあんぐりと口を開けたまま、しばらくは声をだせずにいた。
「ほぉ。儂らの初代カイ様は規格外じゃのぉ」
「これはテントでしょうか?」
「本人がそう言い残しておるのじゃから、そうなんじゃろうのぉ。石の中に異空間を閉じ込めたようじゃが……。カイ様はなぜこれを伝えなかったのじゃろう?」
(キャンプが好きだったんだよ。あえて僕にこれをくれたのは、約束を忘れていなかった事を伝えたかったんだ……。シオンの子孫の僕が、カイを知っていたらミゲル様を混乱させちゃうと思うから言えないけど。すごくうれしい。でも、多分これはテントとは言わないと思うよ)
「あの台で解体ができるようじゃのぉ」
入り口の右手にある扉を開いてミゲルが言う。
そこには森の家の解体場にある作業台と同じ作業台がある。
「これに関しては、なんの工夫もないんですね」
「使いやすかったのじゃろうのぉ」
二人は顔を見合わせて、小さく笑った。
その扉から奥にある三枚の扉は森の家と同じく、トイレ、洗面所、風呂の順番に並んでいる。
この三枚の扉には互いに姉を持つ、カイとジュンのこだわりがある。
(二人の家は間取りは同じだったからね。脱衣所に洗面台があると、朝は凶暴な姉ちゃんがこもって、大騒ぎだったんだ)
六メートル四方程だろうか、天井には外の森の空がある。
左壁にあるキッチンとダイニングソファー。対する壁にはベットが置いてはあるが、倉庫の中には家具がかなりあるので、模様替えは自由にできそうだった。
靴は脱ぐ仕様の様で、毛皮が入り口付近の床に置いてある。
「モーリスの本邸も靴は脱ぐんじゃが、そんな習慣はこの世界にはないのでのぉ。ついつい忘れてしまうのじゃ。スノーウルフの毛皮だと白くて踏みにくいのぉ」
ミゲルは苦笑いを浮かべながら、ブーツを脱ぐ。
キッチンには、調理器具や食器などもそろっていたが、ジュンはそこで首をかしげる。
「便利そうですけどミゲル様、これ、排水はどうするんでしょう?」
それぞれ魔石がセットされているので、湯水に事欠く事は確かにないが、そのままでは使えない。
「このテントは全種使い以外は使えないのぉ。あの家と同じで、水回りをまとめてあるじゃろう? この管のために亜空間を開けば良いだけなのじゃ」
「倉庫じゃなくてですか?」
「亜空間を開く数に決まりはないのじゃよ」
ジュンは亜空間をイメージしながら空間のゆがみを作ると、倉庫を作った時と同じ要領で管を差し込む。
ミゲルがキッチンで水を流すとすぐに、管から水が外に流れたような音がした。
(汚水はどこへ行くの? カイのノートかぁ? え? 亜空間で粒子に換わるって何なの?)
倉庫の中にあったカイのノートに目は通したが、メモのような内容で、この世界に来たばかりのジュンでは理解ができなかったようである。
なぜ? どうして? と独り言をつぶやいていたジュンは突然、笑顔でミゲルのところへ歩きだした。
どうやら正解にたどり着けないと気付いて、疑問を封印したようである。
二人はテントでゆっくりと昼食の時間を過ごす。弁当を作ってきていたのでキッチンは使わなかったが、これからは泊まりがけで、採取や狩りをしてみようと二人の話は弾んだ。
ジュンは家に帰ると早速、ミゲルに教わりながら今日の獲物の解体を始める。
森須家は肉屋だが、代々小さな仲卸業を営んでいる。
繁忙期には強制アルバイトで肉に触る事はあったが、肉のセリで皮が付いている物は鳥類位だったので、皮や羽の剝がし方を習いながら、売却部位を分けていく。
太い血管はまずいばかりか、肉が生臭くなるので外して肉を整形するのだが、これは慣れているようで手際が良い。
この世界は筋や腱や横隔膜は使い道が少ないので、特別な魔物以外は廃棄をすると聞き、ジュンはあっさりと捨てた。
(うちはスジ肉に、こだわりはなかったんだよね)
解体作業が終わったので、洗った骨を焼き、一部を砕いてスープをとりながら、後片付けをしていると、外はいつの間にか夜になっていた。
簡単な夕食をとりながら狩りの話をしていると、なぜかミゲルが面白そうにニヤリと笑ってジュンを見る。
「解体は覚えた方がいいのじゃがのぉ。人がいる所には必ず解体屋があるのじゃ。商業ギルドの加盟店は値段が共通でのぉ、不要な部位を買い取ってくれるからおすすめじゃよ」
「え? えぇ! 全部終わってから言いますかぁ?」
「全部終わったから言ったのじゃ。先に言ったら解体を覚えないからのぉ」
(したり顔はむかつく! でも、教えてもらって良かったと思う。魔物の形状が変われば解体の仕方も当然違うから、こればかりは経験が大事そうだよ。命を狩って食すもの位は、自分でこれからも解体しなければね)
ミゲルに言われて倉庫に解体部位を入れていた。
「空間魔法を使える者は少ないのじゃよ。ダンジョンで見つかるマジックボックスやマジックバックはせりにかけられての、高値で貴族や商人や高位の冒険者がせり合うのじゃ」
ボックスとバックの差は容量の差で、時間の経過はしない物のようだ。形状はどちらもカバンらしいが、デザインはランダムのようだ。
(大バックと小バックじゃ駄目だったの? まぁ箱だったら邪魔かもね)
魔道具として販売されている魔法袋は、収納できる重さで値段が変わるらしい。
重量は二百キロが最大で時間が経過するため、初級の冒険者は解体を必ず覚えなければならない。ちなみに値段は平均月収の三か月強からだと聞かされた。
「そう言えば、空間から物を取り出すのって、避けた方が良いでしょうか?」
「儂はローブの内ポケットから出すのじゃが、カバンが多いじゃろうのぉ」
ジュンの目には、倉庫の中にある真っ赤なバックが、映し出されている。
(服も靴もカイからもらった物で、不自由はしていない。下着や靴下は新品で数もあるから気にならなかったけど、自分で作る事も考えてみようかなぁ。だって、赤いカバンはチョット嫌だ)
ひと月もたつと、日常生活で困る事は少なくなった。
午前中は家事をこなし、午後からは一人で狩りをして過ごす。そして夕食後はミゲルにイザーダの常識を習い始めた。
「これがイザーダの通貨じゃよ」
通貨単位はセリだと教えてくれた。ただ、あまり使われてはいないようだ。
各硬貨は十枚で別の硬貨が一枚になる。
鉄貨は十セリ。
銅貨は百セリ。
銀貨は千セリ。
大銀貨は一万セリ。
金貨は十万セリ。
大金貨は百万セリ。
白金は千万セリになる。
硬貨は重いので十枚単位になるらしい。
ちなみに宿屋は普通の部屋で一泊銀貨四枚。二食付きの値段は銀貨五枚。
ギルドの宿泊施設は全国共通で初級者は銀貨三枚。
一般人の月の収入は平均金貨一枚と大銀貨五枚程、十五万セリになるらしい。
「僕の持たされた荷物にある硬貨は、違うみたいです」
ジュンは数枚の硬貨を倉庫から取り出した。
「シオン様が行方不明になられたのは、五百年以上も前の事じゃ。王都で換金はできるのじゃ、心配するでない。遺跡や洞窟でたまに硬貨はでてくるのじゃ。今は石貨が使われておらんので、数が十枚ないと駄目じゃが、手数料は引かれるが換金はできるのじゃよ」
「何かあった時に使えないと困りますから、王都に行けたら忘れずに変えます」
「王都で思い出したが、ジュンは何月生まれなのじゃ?」
「六月です」
「何! 六月で十五歳になるのか?!」
「はい。六月では何かまずいですか?」
いつもとは違う、ミゲルの慌てた様子に、ジュンは小首をかしげる。
「今は三月なのじゃ」
「はい。ここに来てからひと月以上たちますね。ミゲル様がカレンダーに毎朝丸を付けているので、知っていましたよ?」
イザーダは一日が二十四時間でひと月が三十日。一年は十二か月になっている。
「イザーダでは十五歳の七月は特別なのじゃよ」
初等学校は七歳から十二歳までが通い、義務教育になっている。
軽い朝食と昼食がだされ、学費の支払いができない子供の親は、申請をして空の魔石に魔力を入れる事で、支払う事ができる。孤児や虐待児童を保護する制度でもあるようだ。
子供たちは教会で学ぶが、教会がない辺ぴな村は、村長が教育の責任を負う。領主は成果を確認する義務が課せられている。
中等学校は最低十二歳から学ぶ事ができて、年齢制限はない。
十五歳以上が卒業試験を受ける事ができて、合格すると中等の証しがもらえる。
証しがないと雇用・商業・冒険者のギルドに加入する事ができない。
正規雇用が十五歳以上なのは世界共通の規則らしい。
高等学校の受験資格は中等の証しのある者で年齢制限はない。
期間は三年間で魔法師・騎士・文官・教育者・侍従・鑑定師・神職など、国営機関に勤める者には各コースの高等の証しが必要とされる。
近年は一般の執事・侍女なども、証しが求められる事が多いらしい。
国によって学べないコースもあり、働いてから入学する者も多く、年齢や国籍はさまざまなようである。
「十五歳以下は働けないのですか?」
「家業の手伝いには制限はないのぉ。十五歳以下の者が働くと、親が注意を受けるのじゃ。三度の注意を受けた場合は、子供は教会に保護されるのじゃよ。十五歳になってから働いて、自分の収入で中等教育を受ける子供も多い。どのギルドも働く者を守るためにあるからのぉ」
「守られたければ、証しを持って来いって事ですか? それでは子供の多い家は大変ですね? 中等教育までが義務教育みたいです」
自立を目指していたジュンは、数々の制限を知り顔を曇らせてうつむく。
(日本だって中学までは義務教育だけど、なんかギルドって偉そうだ)