第三十三話 旅立ちの前
夜の王城。
初めてジュンたちが訪れたあの、王族ファミリースペースにジュンたちはいる。
あの日、不安そうにジュンにしがみ付いていたミーナは、王妃にもすっかり慣れて、菓子をもらいドナと楽しそうに、小さな包みを開けては目を輝かせている。
ミーナは昼間の疲れがでたのか居眠りを始めたので、ジュンが眠らせて、ドナが離宮へと連れて行った。
ジュンは今、困り切った顔で、目の前の親子を眺めている。
「だから言っている。マドニアは隣国だろう? 歩けば十日。王都まで十日。二十日もあれば着くだろう」
「子供を連れて、そんな短期間で着くわけがないでしょ! 馬車だって二週間は掛かるのよ。その間、何かあったらどう責任がとれるのかしら?」
レオの言葉に、王妃も黙ってはいないから、二人の話は終わらない。
レオはだんだんと声が大きくなるので、ほぼ喧嘩状態。
「誰が行ったって同じだろうがぁ!」
「違うわ! 王様がマドニアの王女に頼まれたのよ。その時点で万が一は許されない事なのよ。転移陣でお行きなさい!」
「分かってねぇな! 三人で楽しみながら、連れて行きたいんだよ! ミーナは女の子なんだ。長の家に入ったら、王族と同じで護衛なしでは出歩けないんだぜ? 初めての旅が、残酷な思い出だけなんて悲しいだろうよ」
(どっちも間違ってはいないんだけどね? 大きい声の方が勝ちとかなの? 子供じゃないんだから、相手の意見を少し取り入れれば良くない?)
この騒ぎは、王族会議でヘルネーの王が、マドニアの王女に『ミーナを頼みます』と言われた事が発端である。
エルフの国はもともと王国ではない。
一人の長が広い土地を収めるために四人の長を作り、森を四等分にして収めさせたのだ。森には不可侵の結界がある。その長は王となり結界の外に王都を作り、森を守りながら他国との交流を図ったのがマドニア王国なのである。
ミーナの祖母は今、森から離れる事ができない状況にあり、迎えに来られない事を気に病んでいると言う。
少々熱くなってきた親子に、ジュンはため息をついて言う。
「レオ。長は息子さんを亡くされたんですよ。一人になった孫に、すぐにでも会いたいのは当然でしょう? 長が迎えに来られない程、忙しいのならどうでしょう。僕たちが向こうでミーナが慣れるまで、滞在する許可はもらえないでしょうか? エルフの森は美しいそうですよ? ミーナと三人で森を歩いてみたいですね?」
レオは渋々うなずき、王妃はジュンを見て、満面の笑みを浮かべた。
「それが良いわね。王女のアルラーモとは仲良しなのよ。手紙を書くわね。そうそうお菓子を用意しておかなくては、女の笑顔の半分は甘い物でできているのよ」
「んなわけあるか……」
上機嫌になった王妃の前で、レオはあきれた顔でそうつぶやく。
ぶつぶつと文句を言うレオを連れて、離宮に戻ったジュンは、早速、露店で見つけたナイフに物理防御を付加する。
(僕の代わりにクレアを守る事が君の使命だ! なんてね? おやすみ。クレア)
転送陣が小さく光り、剣はクレアの元に向かった。
次の日の朝。
城の庭師に白い花をもらい、ジュンは教会の共同墓地に一人で立っている。
たくさんのプレートが並ぶ中に、真新しい三つのプレート。その前にいるのは仲間だろうか、頭を下げている。
ジュンは少し離れた東屋で終わるのを待つ事にしたのだが……。
「俺たち、もぅ終わりますから、どうぞ」
声を掛けられ、ジュンは驚いた顔をして彼らを見る。
責められる覚悟はできている。
ジュンは軽く礼をして、献花台に花を乗せ頭を下げる。
永遠の眠りについた彼らは、もう罪を償う事はできない。花は去って行く彼らへの手向けと、自分自身のけじめのため。
ジュンが顔を上げると、先程の男が話しかけて来る。男女四人は仲間だろうか。
「俺たち、ゼクセンから大会を見に来ていたんです。ギルドの宿泊所で決闘の事を知って見に行っていました」
「私たちは教会の出身者で、彼らと二年間だけ一緒に生活していたんです」
穏やかに話す彼らに、ジュンは静かに言う。
「そうでしたか……。彼らの命を奪った僕には、あなたたちにかける言葉がありません」
一人の男が真剣な顔でジュンを見る。
「違うんです! 俺たちはあなたにお礼が言いたかったんです」
驚いているジュンに、彼らは口々に礼の言葉を告げる。
「あの日の深夜、ギルドに彼らの処罰が張り出されました。永久追放と私財没収という、亡くなった冒険者に対する、異例の処罰に驚きました。でもその罪状を見て、彼らがこれ以上、罪を犯さずに済んだ事に、私たちは感謝をしたんです」
「私たち教会の出身者は、信頼を得るのがとても大変なんです。兄弟姉妹が大勢いますから。全員が品行方正とはいきません……」
そう言うと彼女は寂しそうにうつむいた。彼女をいたわるように男が話す。
「俺たちは真面目に仕事をして、稼いた金でふた月に一度程ですが、教会におやつを持って遊びにいくんです。真面目に働けば生きていける事を見せたくて……」
「そうなんです。仕事はそれぞれですが、僕たちは兄や姉として、背中を見せて行くのが恩返しだと、僕たちの兄や姉に教わったんです」
ジュンは教会の生活が、貧しくはない事を知っている。
教会で暮らした人たちの、連帯意識の高さに少し驚いて言う。
「絆が深いんですね?」
彼らはジュンに、気持ちが伝わった事が、うれしかったのか笑顔を見せる。
「はい。ですから兄弟姉妹のためにも、ありがとうございました」
一斉に頭を下げられ、ジュンはそれぞれの顔を見てから告げる。
「はい。お気持ちはしっかり受け取らせて頂きます。こちらこそ、素敵なお話をありがとうございました」
ジュンと彼らはそこで別れたが、ジュンはふと振り返った。
(キャメロ、君たちは物を見る目があったのに、人を見る目は全くなかったんだね? さようなら)
王都では、大会の一般の部が佳境に入ったせいか、どこへ行っても賭けの話で盛り上がっている。
ジュンは果物を買い込んで、テントで果実水を作り冷やしてから、離宮に戻る。
「……たくさん」
ミーナがぐったりと座っている。
「ミーナ、どうしたの?」
「ジュン……」
ミーナはジュンに向かって両手を伸ばす。
ジュンはミーナを抱き上げ、見た事のない服の山を見て聞く。
「あの服はどうしたの?」
「ぜんぶ……きてね……いう」
そこへ洋服を抱えたドナがやって来る。
「ドナさん。これはどういう事ですか?」
「王妃が注文されたミーナ様のドレスですが、明日、お発ちになると伺って、お持ちいただくようにとの事です」
ドナもいささか困った顔で告げる。
「これが最後ですか?」
「はい」
女の子が欲しかった王妃の、張り切る姿を想像したのか、ジュンは小さく笑う。
「ミーナ、一度に全部を着る事はできないよ?」
「ジュンも?」
「うん、僕でも無理だよ。王妃様はね、いろいろなドレスを着て楽しんでねって、言いたかったんだと思うよ?」
ミーナは安心したようにコクリとうなずく。
「ドナ、ミーナの横に座って? おつかれさま。お好きな方をどうぞ?」
大きな瓶の果実水を並べ、コップを出すとドナとミーナはうれしそうな顔になる。
「ところでレオはどうしたんです?」
「父の特訓を受けておいでです。父の笑顔が怪しかったので、ご無事かどうかは存じません」
ドナがいつもの事だというように冷たく笑う。
「ご無事でなければ、置いて行きますね」
ジュンは悪い笑顔を浮かべた。
ジュンの通信機に連絡がきたようなので、ドナにミーナを任せて、場所を変えた。
『ジェンナ様、結論を伺いました。ありがとうございました』
『まぁ。言いたい事もあるだろうが、妥協しておくれ』
『いえ。無罪で済むとは思っていませんでしたので、助かりました』
『それなんだがねぇ。解決するのを待っていたように、本部が大変でねぇ』
『本部って? ギルド本部ですか?』
『他に本部はないよ。まず、コンバル国王より騎士団員の救命と、第三王子リチャード殿の護衛への、感謝の印が届けられた』
『大げさなぁ。リチャード王子とは友人なんですよ』
『カブラタ国王とゼクセン国王から、今回の事件の解決に対する感謝の印。それからエスカランテ公爵より、パキス村へ謝罪後の復興支援として、蜂蜜事業計画書と感謝の印が届いておる』
『他はどうでもいいですが、パキス村の情報はうれしいです』
『まだあるねぇ』
『ヘルネー国王より、第二王子レオナルド殿の救命、救出への感謝の印が届いておる』
『待って! こちらが今お世話になっているのにですか?』
『それについては、モーリス家からお礼をしておる』
『ジェンナ様……。なんだか面倒臭いです』
通信機の向こうでジェンナの大笑いが聞こえて、ジュンはため息をつく。
『そう言うと思って、こちらを受付窓口にしたのだ。どの案件も国として、親として知らぬ振りはできない事は、理解をせねばならないよ。未成年者を登城させるには、保護者が同伴せねばならない。私を呼びつける訳にはいかないし、ましてやジュンの保護者は大祖父のミゲル様なのだ、呼ぶ訳にはいかないからねぇ』
『お礼状とか書くべきですか?』
『直筆の礼状は書かなくて良い。こちらで受領の手続きは済ませる』
『よろしくお願い致します』
『マドニアまで、子供を送るのだろう? 気を付けてな』
『はい』
通話を終えて、ジュンは小さく首をかしげる。
(あれ? 感謝の印ってなに? 菓子折りってあるのかな? クッキーなら、全部ミゲル様に送ってほしいよね)




