第三十二話 移動遊園
次の日。
王都ヘルネーの空はどこまでも青く澄み渡っている。
午後からはどれ程気温が上がるのか、大人たちは気になるところだが、子供たちはそんな事に関心はない。
なぜなら、目の前には年に一度、教会を訪れる移動遊園とは別に、二年に一度の大会に合わせて、規模の大きな遊園が、王都にやって来ているのだから。
広場の中央にあるのは大きなメリーゴーランド。
日本にある馬が上下しながら回る物ではない。
テーブルとイスがあり、大人や子供が酒や果実水を飲み、生演奏を聴きながら、回る景色を楽しむのだ。その演奏はまた、遊園のBGMも兼ねている。
小さな椅子を並べた紙芝居屋が、いたる所で子供たちを夢の世界に連れて行き、吟遊詩人が大人たちを夢中にさせている。
天幕の中では旅の一座が、大会の終了時に合わせて、公演の準備に余念がない。
ミーナは王妃に作ってもらった、淡黄色のドレスと共布のリボンを頭に飾り、レオやジュンを先程からしきりに急がせている。
そんなミーナの横で、キョロキョロと周りを見回しているジュンの姿を見て、さすがにレオが笑う。
「ジュン。ひょっとして、遊園が初めてなのか?」
「え? 初めてですよ? この街にはこんなに子供がいたんですね。絵本の中のようです」
「まぁな。紙芝居や吟遊詩人は金がなくても楽しめるからなぁ。年に二回の遊園は国が金を出して、場所も提供するんだぜ」
レオのドヤ顔を見て、ジュンは小さく笑う。
(あぁ、そうか。ここは獣人国なんだよね。獣人族の子供ってかわいらしさが半端じゃない。お金がなければ入る事すらできない遊園地は、確かにすごかったけど、この世界の遊園は素朴で手作り感があって僕は好きだな)
魔物が空を行き交うこの世界の遊園には観覧車はないが、太い柱の周りを馬が子供を乗せてゆっくりと歩く。
大きなベンチ型をしたブランコの揺れに合わせて、歓声が上がっている。
大きくて長い滑り台は小さな子供に人気がある。ミーナはどれにも進んで乗り、意外なお転婆ぶりを発揮して、二人を驚かせた。
移動遊園は子供と老人には人気があり、どこに行っても、優しく子供たちを見守る老人の姿がある。
子供用の菓子を売る小さな小屋がいくつもあり、ジュンが綿あめを買い与えると、ミーナは瞳を輝かせながらそれを見つめる。
ミーナの様子から、遊園は親と一緒にきたのだろうか、臆する事はなかったが、綿あめは初めてなのだろう、一口なめて顔をほころばせる。
大男と腕相撲をする場所では金が賭けられ、大人たちの歓声が上がっている。ひもの先に小物を結んだひもくじには、目的の物があるのだろうか、子供たちが順番を待っている。
人気があるのは射的で、子供用と大人用の弓と的があり、ミーナにねだられてレオが挑戦する。ミーナは欲しかった人形を手に入れ、満面の笑みを浮かべた。
ソーセージやホットドッグとあめで絡めた穀類。
世界各国の酒や果実水も並べられている。気温が高くなった事もあり、こちらも行列ができる程の人気がある。
人だかりの中央では良い匂いをさせながら、魔物が丸焼きにされている。もちろん三人も、できたてを購入することにしたようだ。金を払うと、大きな葉っぱと二つに割られたパンが手渡され、タレを付けた焼きたての肉が載せられる。木陰に敷物を広げ、三人は果実水を飲みながら、肉を頰張る。
余分な脂が炭に落ち、その煙でいぶされた肉に獣臭さはない。腹部以外は皮付きのまま焼いていたのは、肉汁をなくさないためだったようだ。
「うまいな」
肉が好きなレオの言葉に二人はうなずく。
(肉の柔らかさに驚くよね。かむと口の中に肉汁が広がるから、タレはそれを計算した濃さだったんだ。すごくおいしい。成る程、人気があるのはうなずけるよ。甘辛いタレって完全にしょう油がベースだと思うんだけど……。あるって事?)
ジュンは再度、肉を買いに一人で向かう。
手にしたパンと肉を渡したのは、隠れている護衛たち。
「ご苦労様です。僕たちが遊ぶせいで、余計な仕事を増やしてしまって、すみません」
ペコリと頭を下げられて、護衛は苦笑いを返すしかなかった。なぜなら、渡された食べ物は人数分がちゃんとあり、彼らはおん密を得意とする護衛だったのである。
子供は全力で遊ぶからだろうか、腹が膨れたミーナは眠そうに目を擦り始める。
ジュンがミーナを抱き、背中を優しくたたくと、小さな寝息が聞こえてくる。
人混みの中、子供を抱えて移動するのは大変だろうと、レオがミーナを抱いて二人はコロシアム前の露店を歩いていた。
武器を一度にたくさん見る機会など、そうめったにあるものではない。
ジュンもレオも武器に困っているわけではないのだが、それでも男としてそんな機会を逃したりはしない。
「ジュンは魔法師だと思っていたが、剣も使うんだな。昨日見て驚いたぞ」
「あれは、相手に合わせたんですよ。魔法は人間相手だと、決着が早くついてしまいますからね。でも剣と槍の型だけは、毎日やっているんですよ」
「へぇえ。気が付かなかったな」
「年寄りと暮らしていたので、早起きなんです。僕は六時間も眠れば、十分ですからね」
こちらの人は実によく眠る。娯楽が少ないとか、体力を使うとか理由はあるだろうが、幼い頃からの生活習慣だとジュンは考えているようである。
「レオ、あれを見てください」
露店の片隅に刃こぼれした武器や、錆ている武器が山積にされている。
「手入れをして、練習用の武器にする者もいるが、溶かして修理に使うのが、普通だろうな」
「銀貨三枚って書いてあるけど、いいのかなぁ?」
「そんな物だろう」
ジュンはその武器の山の下の方から、鞘から抜く事さえできない、古い小さな短剣を取り出す。
「お客様はお目が高い。それは遺跡で発掘された物ですよ」
「嘘をつけ。墓荒らしから安く買い取った物だろ?」
愛想笑いの露店主に横からレオが言う。
「お兄さん、こんな露店で売ってる物を、詮索しちゃあいけませんよ。売る者がいて買う者がいる。ここは高貴なお方には縁のない店です。新品の武器は高いですからね。ここにある剣を買って自分で研いで、冒険者登録をする者は多いんですよ」
「これをください」
二人のやり取りを素知らぬ顔で無視をして、ジュンは銀貨三枚を手渡す。
店から外れた所で、レオが不満そうな顔で言う。
「そんな汚い短剣をどうするんだ? 鞘から抜けねぇ時点で、武器ですらねぇぞ?」
「ん? 見ていて下さい」
ジュンは物陰に入ると、時の魔法を使う。土がこびり付き、腐食で真っ黒な短剣が本来の姿を取り戻していく。その鞘は堅木を赤い皮で張り、金の美しい模様が施されていた。
スルリと鞘から現れた剣身はミスリル。
銀貨三枚などでは、到底買える品ではない。
「すげぇな!」
「うん。美しい短剣ですよね。もうかった気がしますね」
目を丸くしているレオの横で、ジュンは剣を見てうれしそうに笑う。
(クレアに似合うだろうなぁ)
ようやく目が覚めたミーナに、果実水を飲ませながら休憩をしていると、コールが駆け寄ってきた。
ジュンはコールが代闘士のサインをしてくれた事への礼を告げる。
「いえいえ。本当にそうでしたから、ボクでは決闘はできません。露店で一番の目玉商品を、取られるところだったんです。そんな事になったらボクは国には帰れませんでしたよ。ジュン様には感謝しきれません」
レオやミーナを紹介すると、コールは露店を見ていけと言い出す。
「家はテンダルの国で、古くから鍛冶屋をしているんです。ボクはまだまだですが、並べてある商品はほとんど、父や彼のように父に師事している方の物なんですよ」
後ろで作業をしている人が目で軽くあいさつをしてくれる。コールも彼もドワーフ族特有のがっちりとした体で、彫りの深い顔立ちをしていて背が低い。
「鍛冶場には興味がありますね。素人が入っては迷惑になりそうですが、見学させてくれる鍛冶屋さんとかは、ないんでしょうか?」
「テンダルに来てくださったら、いつでもお見せしますよ。弟子を育ててる位ですから、秘密なんてありません。少々危険ですから、注意には従ってもらっていますけど、いつでもおいでください」
「お隣のマドニア国に行くんです。その後で少し、お邪魔させてもらってもいいでしょうか? 一度も見た事がないんです」
「はい。きっとですよ。忘れずに来てくださいね」
ジュンはコールと約束をして、その場を後にした。
「鍛冶屋になりたかったのか? この国にも鍛冶屋はいるぜ?」
「コールさんの露店を見たでしょう? あいつらが目を付ける位、他とは違っていたんです。見せてもらえる機会なんて、そうそうないと思うからうれしいですよ」
ジュンが子供のように興味を示したのを見て、レオは笑みを浮かべる。
「直しがメインの街中の鍛冶屋と違って、テンダルは鉱石から作り始めるから、見るには確かにいいかもなぁ」
その後、街中に戻ったジュンたちは、ミーナの旅装用のマントを購入するために、店に入ったのだが……。
「赤ですよね。かわい過ぎます」
「あぁ、赤だな。将来が楽しみだよなぁ」
ミーナに試着をさせて、だらしなく目尻を下げる二人。
店主は笑いを堪えるために、そっと目をそらした。




