第三十一話 許しの手
ギルドの会員でもないジュンには、面識のないギルド長に呼ばれる理由が、思い当たらない。
ギルド長室に通されると、なぜかジェンナがソファーに優雅に腰を掛けている。
「お疲れだったね。ジュン」
「げ! ジェンナ様。どうしてこちらに?」
「何が『げ!』なんだ?」
「何か怒られそうな気がして……。ギルド長に呼ばれているのだと、思っていたものですから」
「あやつは事後処理に行ったよ。決闘で三人も死者がでたんだ、当然だよ」
ジェンナは苦く笑う。
「本部に送られて来た映像をもらいたくてねぇ。情報を望む国がかなりあるのさ」
「水晶を今、持っていますか? すぐできますよ」
「そうかい。悪いねぇ」
ジュンはその場で、付加の陣を取り出し水晶にデーターを入れる。
「会話の途中でもここに魔力を流すと、何回でも再生されます。消す時は、時の魔法で消してください。他の方のも同時に消えますので、開示期限を設けて置くと良いかもしれません。ジェンナ様の水晶に保存場所を作っておきますか?」
「そんな物が作れるのかい? 助かるねぇ。頼むよ」
ジェンナは、ジュンが手慣れた様子で作業するのを、興味深く見ている。
作業を終えたジュンに水晶を手渡され、ひととおりの説明を受けると、彼女は尋ねる。
「水晶が使いやすくなったねぇ。ありがとうよ。時に、あのマジックボックスはどうするんだ?」
「ミーナは完全に立ち直っていませんし、ルマール家の方にご相談して、渡すつもりです。彼女の両親の形見ですし、思い出の品もあると思いますので」
「それが良いねぇ。それと、決闘の火魔法。あれは何だい?」
ジェンナが一番聞きたかったのは、あの魔法の事だったのだろうか、身を乗り出して尋ねる。
「見ていたんですか? あれは、キャメロという魔法使いのものですよ。僕は結界を張っただけですよ。結界って外からの攻撃を防御して、中からは外に攻撃ができますよね? 逆にしただけです」
「だけです。ではないわ。あの映像もくれるんだろうな? 大祖父が知りたがる」
ジェンナは心配しているであろうミゲルに、報告を兼ねて全てを見せると知り、ジュンはうなずく。ミゲルにだけは評価はどうあれ、隠すつもりはないようだ。
「入ってますよ既に……。変な噂が流れたら嫌ですからね。それで、僕の罰はいつ頃下るのでしょう?」
「罰が下らない様に、小細工をしたんだろ? すっきりしたかい?」
「いいえ。全く。警備兵に渡せば、きっと楽でしたよね。ただ、それだとミーナや鍛冶屋のカールさんの危険を、完全に排除する事ができない可能性が、大きかったですからね」
ジェンナは難しい顔でジュンを見てから告げる。
「決闘を選択したのも、条件を替えさせたのも彼らだよ。ジュンが罪を裁いた訳ではないし、快楽で人を殺したのでもない。決闘だったんだよジュン。そう自分にちゃんと言い聞かせな。魔物の命を奪った分、人の命を奪った分、強いものを相手にする道を歩く事になるのがこの世界だよ」
ジェンナの言葉に、ジュンはしっかりうなずくと、少し悲し気に笑う。
「ご心配をおかけして、申し訳ありません」
「旅に出ると聞いた時から、覚悟はできていたからねぇ。気に病む事はないよ。これから緊急会議を開く事にはなるが、それは仕方があるまいよ」
ジュンは自分の行動の、最終的な後始末をジェンナに任せるようで、気が重そうだったが、未成年で何の地位もない彼にできる事は何もない。
ジュンが去った後。ジェンナの横に一人の男が現れる。
「後継だな、総長。悩みながらも止まらないのは強さだ」
「あぁ。フェルディかい。好きな道を探したいとは言っていたがねぇ。あの子は自ら知らずに歩き始めたようだねぇ」
「まぁどこかに捕まんない様に、俺たちは露払いをするしかないがな」
「助かるよ。あれはひ弱に見え過ぎる……」
フェルディは吹き出すと、そのまま腹を抱えて大声で笑う。
ヘルネー城の離宮。
ジュンは大人が四人ほど寝られる、大きなベッドで目を覚ました。
横から不安気な顔で座っているミーナが、顔をのぞき込む。
「ジュン……。ねる」
「あぁ、ごめんね。ちょっとお仕事で疲れていたんだ。もぅ元気になったよ」
「レオ……」
帰って来てからすぐに眠ってしまったジュンに、レオは手紙を書いてミーナに託していたようで、ずっと持っていたのだろうか、手紙の四隅がよれている。
レオとドナに王から呼び出しがあったようで、ミーナを連れて行けないが、離宮の外に警備を配備したと書かれている。
(レオ、もぅ大丈夫なんだよ……。誰もミーナを傷付けたりはしないんだ)
気が付くと、部屋は魔道具のあかりに照らされている。
ジュンはほんの一時間程の仮眠を取るつもりが、寝入ってしまったのだと、ようやく気が付く。
「ミーナ、食事は終わった?」
「たべた……。ドナ……。おふろ……。あらう」
懸命に話そうとするミーナに、ジュンは優しくほほ笑む。
「そう。ドナがお風呂に入れてくれたんだね?」
「みず……。いつも……」
ミーナは残念そうにうなだれて見せる。
ジュンはそれを見て、珍しく声をたてて笑う。
「僕は起きたばかりでね、のどが渇いてカラカラなんだよ。ミーナが一緒に果実水を飲んでくれるとうれしいな」
ミーナは瞳を輝かせて、ジュンを見つめると笑顔を見せる。
小さな手が、コップに添えられている。
おいしそうに目を細めて飲むミーナを、ジュンは優しく見つめる。
(何度でも、ミーナに降りかかる火の粉は払いたいと、僕は思うよ。両親に愛され、大切にその腕に抱かれていたこの子が背負わされた物を、運命などと決して言わせたくはないんだ)
ジュンはミーナを抱き上げて言う。
「ミーナ。明日はお祭りを見に行くかい?」
ミーナはうれしそうにコクリとうなずく。
「たくさんの露店が出ているんだよ。子供が遊ぶ移動遊園も来ているって聞いたんだ。行くかい?」
「いく!」
よほどうれしいのか、ミーナはジュンの腕をスルリと抜けて、部屋の中を駆け回る。
ジュンはその様子を見て、穏やかに笑う。
ミーナが眠った深夜。
離宮のリビングには重たい空気が停滞している。
原因はジュンをにらみつけている、目の前のレオである。
「証拠をつかむって言ってたよなぁ? 俺だと目立つからと一人で行ったよな?」
「うん。間違っていない……」
「なら、なんで決闘なんだ?! 命をかけるだと? ふざけんな! お、お前が死んだかもしれないんだぞ?! ミーナを引き受けたのは俺だ。お前に万が一があったらどうする気だったんだ!」
烈火のごとく怒鳴るレオ。
ミーナに結界を張って良かったと、ジュンはのん気に自分を褒めていた。
「命うんぬんは、向こうが言ったんだし……。万が一があったらって? それ、僕にはどうしようもできないでしょ?」
「お前! 俺やミーナが悲しむとは、考えなかったのか? ミーナはまた、身近な人間を失くしたかもしれないんだぞ! 直接手を汚さなくても、方法は他にもあっただろう?!」
終わった事はどうしようもない事は、レオにも分かってはいるはずである。
ただ先程、緊急会議から戻った父親に、ギルド本部からの映像を見せられた時の衝撃を、平気な顔の裏に隠す事はレオには不可能なのだろう。
「ごめんレオ。ミーナはもちろんだけど、レオだって王子でしょう? 危険にさらす訳にも、罪を犯させる訳にもいかないですよ。分かっていますか? 僕のした事は人殺しです。犯罪なんですよ……。誰に任せたら良かったんです? 誰だったら人を殺しても、平気でいられたんでしょうか?」
悲し気なジュンの問いかけに、レオは表情を曇らせる。
「だったらなお、俺はジュンと一緒に戦いたかったぜ。王子の地位なんかより友達の方が、はるかに大事に決まっているからな。ジュンとだったら刑務所にだって付き合うぜ? きっと俺は楽しめる自信があるからな」
「むちゃな……。でもロルフさんを付けてくれたでしょ? ありがとうございます。気持ちはすごく、うれしかったですよ」
レオがそう言うであろう事は、ジュンには想像がついていた。だからこそ、巻き込みたくはなかったのだから、ジュンに反省の色はない。
「あぁそれと、父からの伝言だ。ギルド島で王たちの緊急会議が開かれたんだ。決闘は代闘士を立て、双方合意の書面を交わし正式に行われた物である以上、異議は誰であろうと認めないって事らしいぜ。鍛冶屋の代わりにジュンが戦ったって事だ。ヘルネーのギルド長が、コール・スミスから書類も受け取っている。つまり、決闘で倒した相手が、偶然犯罪者だったって事で、王たちの意見が一致したらしい」
あまりにも都合の良い筋書きに、ジュンは言葉を失った。
「いやいや、いくら何でも、こじつけでしょう?」
「どこがだよ、その通りじゃないか。素性はギルドによって隠されているが、有能な関係者が彼らの素行を全て調べたらしくて、俺も見せてもらったが、ほぼ完ぺきな証拠が挙がってきていたなぁ。だいたいジュン。王たちの決定に異議を申し立てるのか? できないだろう?」
少し意地の悪い顔をしたレオの横で、ジュンはがっくりとうなだれた。




