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石ころテントと歩く異世界  作者: 天色白磁
第一章 イザーダの世界
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第三十話  決闘と罪

 決闘は三の鐘、つまり正午に行われる事になった。

 

 ギルドの屋内練習場は、丈夫な作りが自慢のようで飾り気はない。

 足元は土で周りには観客席がある。

 円形なのは観客席に頑丈な結界を張り巡らすためのようだ。

 

『黄昏の旅団』の宣伝効果もあったのだろう、大会に参加する各地のギルド会員も集まって、賭けが始まっている。


(貴族らしいからね。自分に大金貨一枚掛けたけど、それにしてもあんな高配当は失礼だと思うよ? 僕に)


 ジュンは薄色のシャツとパンツ姿で、まるで散歩のついでにふらりと、立ち寄ったかのように練習場に立っている。


『おい、相手って貴族の坊ちゃんじゃなかったのか? 女だぜ』

『黄昏も終わってんな。気の毒によぉ。鍛冶屋をかばったらしいぜ』

『おい。誰か回復できる奴、待機させとけ!』


『それより皮の胸当てくらい買わせろよ。けがじゃ済まんぞ?!』

『あいつら、ランクは四級だろ? えげつねぇな』

 彼らは評判が良くない。しかし、賭けでは大人気だった。

 

 ロルフはジュンとリュメロを呼ぶ。

「それでは、決闘に際しての書類を確認して、サインをしなさい」

 そこでリュメロが、すかさず異議を申し立てる。

 

「決着方法が、敗北を認めた時、および戦闘が不能と証人が判断した時、になってるが、証人がひいきする事もあるんじゃねぇのか? 決闘は貴族の坊ちゃんの、お遊びじゃねぇんだ。息の根が止まるまでだろう」


 身ぶり手ぶりで主張するリュメロ。

 ジュンはただ黙って立っている。


『公開処刑かよ! おいおい、誰か、止められる奴はいないのかぁ?』

『相手は冒険者や騎士じゃねぇんだぜ。そこまでするかよ』

『だれかギルド長を呼べよ! 見てらんねぇ』


『そんなんだから、女を寝取られるんじゃね?』

『ほんとぉに、あいつらカスよねっ』

 冒険者は多少なりとも、強さに自信があり正義感もある。

 ただ殺されるであろう人間に心を痛めるが、決闘である以上、口は出せずにいた。


「それでいいのかね? どちらかが、死ぬ事になるが」

 ロルフの言葉にジュンが口を開いた。

「彼がそれを望むなら、かまわない。ただ、立会人の安全のために、結界は張らせてほしい」


「それでいいかね?」

 ロルフは同じ言葉でリュメロに聞く。

「あぁ? 魔法使いかぁ? 不公平だろう。こっちにも掛けろや」

 リュメロの言葉にジュンは無表情で聞く。

「二人の立会人もそれを望むのか?」


 リュメロは大声で二人に聞いた。

「おまえら、結界を張ってほしいよなぁ?」

 二人は大声で結界を張ってほしいと叫んだ。

 ジュンは大きなため息をついて言った。

「了解した」


(剣を持って来ているんだ。大した魔力もないだろうけど、万が一があるからな、魔力は削らせてもらうぜ。世間知らずの坊ちゃんよ)


 書類ができるまでの待機の後で、二人は書類にサインをした。

「約束により勝者への品をこの台に置きなさい。決闘が終わるまでの管理は、ヘルネーのギルド職員に任せるが、異存はあるか?」

「ないです」

「ねえ」


 ジュンはコールの元に行くと左手で杖を出し、小さな声で詠唱した?

「寿限無、寿限無、五劫のすりきれぇ、海砂利水魚の水行末ぅ」

(長さ的にこんなもんかな?)


 詠唱の後で右手で二つの結界を張った。高魔力の者には分かっただろうが、声は上がらない。

 一つはコールに、そしてもう一つはキャメロとクローテに……。


「コールさん。結界を張りました。ここは安全ですからね? 何があっても絶対に出ないでください。自分で出られますが、危険ですからね?」

 ジュンは剣で結界をコンコンとたたき、小さな火の玉を当てて見せる。


「ありがとうございます。ジュンさん。ご武運をお祈りしています」

「うん。ありがとう」

 キャメロとクローテのしたり顔に、ジュンは背中を向けていた。


(君たちが選択したんだ。最後の選択は間違ってはいけないよ?)


「それでは双方準備!」


 リュメロは両手剣を正面に構える。ジュンも剣を抜き全身強化の魔法をかけて、リュメロを見据えた。


「始め!」

 言葉と同時に、リュメロは勝利を確信して、ニヤリと口元を緩める。

 

 地を蹴って、その剣を振り下ろしてくるリュメロ。

 だが、その剣を操る速度は遅く、鋭さも力強さもない。

 

 後ろに一歩下がると、リュメロの振り下ろした剣が、ジュンの目の前を通り過ぎて行く。

 

 四級の冒険者なら、十分な実力を持っているのかもしれない。

 しかし、神界で剣術をたたき込まれ、戒めの森で戦う事が日常だったジュンにとっては、楽に回避できるような一撃だった。

 

 命のやり取りをしているのだから、ここは間髪を入れずに、攻撃に転じなければいけないのだが、それでは他の二人の出番がなくなる。

 そのために、ジュンは剣のみで戦う気でいるのだから……。

 

 剣と剣が打ち合う鋭い音が、練習場に響きわたっている。

 それが分かる程、周りは静かだった。見物人はその異様な光景に息を飲む。

 リュメロは五級の実力もあると噂される程の、中堅冒険者なのだ。

 

 その男を無表情で軽々とあしらっているのは、少女とも少年とも断言できない、華麗な人物なのだから仕方がない。

 ただ一部の高魔力の魔法師だけは、首をかしげている。

 魔力が全く感じられない、彼の張った結界は、低魔力のそれではなかったのだから。


(そろそろ、いかせてもらおうかな……)

 

 ジュンは相手の剣の柄元まで剣を滑らせ、剣を下に向けると、体重を乗せ力をかけて抑え込む。

 リュメロの武器を止め、手足の動きを抑えると、あらがえない彼の体は、無防備になる。

 そこからがジュンの反撃だ。


 リュメロを体ごと突き放し、防御が崩れた時だった。

 ジュンは素早く剣をくるりと手首で回転させると、リュメロの剣をその回転の中に取り込む。

 次の瞬間、リュメロ剣は回転して弧を描き、近くの地面へとその刀身を突き刺した。


 観戦していた者たちが皆、ジュンの勝利を確認した時だった。


「キャメロやれ!!」

 

 リュメロのその言葉と同時にキャメロとクローテは炎に包まれた。

 刹那。こもった叫び声は練習場の小さな真っ赤なドームから聞こえている。


「てめぇ! 何をしやがった!」

 リュメロは、瞬時に剣を拾い上げる。


「死ね!」

 リュメロの視線が、ジュンを再び捕らえようとした、その時。

 

 ジュンの剣はリュメロの首筋を滑っていた。

 

 リュメロがゆっくりと、膝から崩れていく。

 みるみる広がる血だまりの中で、まばたきを忘れた彼が、何を見ているのかは誰にも分からない。

 

「勝者ジュン!」

 

 ジュンはキャメロとクローテの結界を解除する。

 黒焦げの二人の元に、ギルド職員が駆け寄って首を振った。


「何をした」

 ロルフの言葉にジュンは顔色も変えずに答える。


「結界を張りました。自分を守るためです。魔法を使われるのは、分かっていました。カールさんを危険にさらす訳にはいきません」

「そうか……」

 

 ロルフはそれ以上何も言わなかった。自分の立場では、望んでも彼らの最後を見る事はできなかったと理解している。

 それをジュンにさせてしまった事を、後悔していないと言ったら嘘になる。

 彼は掛けるべき言葉を、探しているようだったが、見つからなかったのだろう、しずかに首を振るしかなかったようだ。

 

「ジュンさん。おめでとうございます。そして、ありがとうございました」

 

 コールは落ちる涙を、袖で拭いながら告げる。返す事のできない程の恩を受けた。それでも返す機会が消えなかった事に、彼は心から感謝をしているようだった。

 

 コールがギルド職員に呼ばれ、説明を受けてからサインをする。

 ジュンはギルド職員の台から、自分の出した品をかばんに入れ、アルベルトのかばんを手にした。

(取り返した……。ミーナが両親に触れる事ができる物を……)


「ジュン様。大変お疲れのところを申し訳ありませんが、ギルド長室にご足労願えませか?」

「はい。伺いますが、これ換金してからでいいですか?」

 ギルド職員は親切に賭けの換金場所にジュンを案内する。

 

「坊主ありがとうな! しこたま飲めるぜ!」

「譲ちゃん。つえぇなぁ。冒険者になれよ。おっちゃんが仕込んでやるからよ」

「男だろ? なぁ?」

 ジュンに声をかけるのは、賭けでもうかった者だけではなかった。

 

 自業自得とはいえ、事情を知らない者たちは、嫌われていても冒険者仲間なのだ。

 遠くから送られる冷たい視線を、ジュンは甘んじて受け止める。


(それがきっと、一番人間らしい反応だと思うよ。どんな目で見られても、何を言われても構わない。僕は後悔だけはしない覚悟で、この場所に居るのだから……)

 

 

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