第三十話 決闘と罪
決闘は三の鐘、つまり正午に行われる事になった。
ギルドの屋内練習場は、丈夫な作りが自慢のようで飾り気はない。
足元は土で周りには観客席がある。
円形なのは観客席に頑丈な結界を張り巡らすためのようだ。
『黄昏の旅団』の宣伝効果もあったのだろう、大会に参加する各地のギルド会員も集まって、賭けが始まっている。
(貴族らしいからね。自分に大金貨一枚掛けたけど、それにしてもあんな高配当は失礼だと思うよ? 僕に)
ジュンは薄色のシャツとパンツ姿で、まるで散歩のついでにふらりと、立ち寄ったかのように練習場に立っている。
『おい、相手って貴族の坊ちゃんじゃなかったのか? 女だぜ』
『黄昏も終わってんな。気の毒によぉ。鍛冶屋をかばったらしいぜ』
『おい。誰か回復できる奴、待機させとけ!』
『それより皮の胸当てくらい買わせろよ。けがじゃ済まんぞ?!』
『あいつら、ランクは四級だろ? えげつねぇな』
彼らは評判が良くない。しかし、賭けでは大人気だった。
ロルフはジュンとリュメロを呼ぶ。
「それでは、決闘に際しての書類を確認して、サインをしなさい」
そこでリュメロが、すかさず異議を申し立てる。
「決着方法が、敗北を認めた時、および戦闘が不能と証人が判断した時、になってるが、証人がひいきする事もあるんじゃねぇのか? 決闘は貴族の坊ちゃんの、お遊びじゃねぇんだ。息の根が止まるまでだろう」
身ぶり手ぶりで主張するリュメロ。
ジュンはただ黙って立っている。
『公開処刑かよ! おいおい、誰か、止められる奴はいないのかぁ?』
『相手は冒険者や騎士じゃねぇんだぜ。そこまでするかよ』
『だれかギルド長を呼べよ! 見てらんねぇ』
『そんなんだから、女を寝取られるんじゃね?』
『ほんとぉに、あいつらカスよねっ』
冒険者は多少なりとも、強さに自信があり正義感もある。
ただ殺されるであろう人間に心を痛めるが、決闘である以上、口は出せずにいた。
「それでいいのかね? どちらかが、死ぬ事になるが」
ロルフの言葉にジュンが口を開いた。
「彼がそれを望むなら、かまわない。ただ、立会人の安全のために、結界は張らせてほしい」
「それでいいかね?」
ロルフは同じ言葉でリュメロに聞く。
「あぁ? 魔法使いかぁ? 不公平だろう。こっちにも掛けろや」
リュメロの言葉にジュンは無表情で聞く。
「二人の立会人もそれを望むのか?」
リュメロは大声で二人に聞いた。
「おまえら、結界を張ってほしいよなぁ?」
二人は大声で結界を張ってほしいと叫んだ。
ジュンは大きなため息をついて言った。
「了解した」
(剣を持って来ているんだ。大した魔力もないだろうけど、万が一があるからな、魔力は削らせてもらうぜ。世間知らずの坊ちゃんよ)
書類ができるまでの待機の後で、二人は書類にサインをした。
「約束により勝者への品をこの台に置きなさい。決闘が終わるまでの管理は、ヘルネーのギルド職員に任せるが、異存はあるか?」
「ないです」
「ねえ」
ジュンはコールの元に行くと左手で杖を出し、小さな声で詠唱した?
「寿限無、寿限無、五劫のすりきれぇ、海砂利水魚の水行末ぅ」
(長さ的にこんなもんかな?)
詠唱の後で右手で二つの結界を張った。高魔力の者には分かっただろうが、声は上がらない。
一つはコールに、そしてもう一つはキャメロとクローテに……。
「コールさん。結界を張りました。ここは安全ですからね? 何があっても絶対に出ないでください。自分で出られますが、危険ですからね?」
ジュンは剣で結界をコンコンとたたき、小さな火の玉を当てて見せる。
「ありがとうございます。ジュンさん。ご武運をお祈りしています」
「うん。ありがとう」
キャメロとクローテのしたり顔に、ジュンは背中を向けていた。
(君たちが選択したんだ。最後の選択は間違ってはいけないよ?)
「それでは双方準備!」
リュメロは両手剣を正面に構える。ジュンも剣を抜き全身強化の魔法をかけて、リュメロを見据えた。
「始め!」
言葉と同時に、リュメロは勝利を確信して、ニヤリと口元を緩める。
地を蹴って、その剣を振り下ろしてくるリュメロ。
だが、その剣を操る速度は遅く、鋭さも力強さもない。
後ろに一歩下がると、リュメロの振り下ろした剣が、ジュンの目の前を通り過ぎて行く。
四級の冒険者なら、十分な実力を持っているのかもしれない。
しかし、神界で剣術をたたき込まれ、戒めの森で戦う事が日常だったジュンにとっては、楽に回避できるような一撃だった。
命のやり取りをしているのだから、ここは間髪を入れずに、攻撃に転じなければいけないのだが、それでは他の二人の出番がなくなる。
そのために、ジュンは剣のみで戦う気でいるのだから……。
剣と剣が打ち合う鋭い音が、練習場に響きわたっている。
それが分かる程、周りは静かだった。見物人はその異様な光景に息を飲む。
リュメロは五級の実力もあると噂される程の、中堅冒険者なのだ。
その男を無表情で軽々とあしらっているのは、少女とも少年とも断言できない、華麗な人物なのだから仕方がない。
ただ一部の高魔力の魔法師だけは、首をかしげている。
魔力が全く感じられない、彼の張った結界は、低魔力のそれではなかったのだから。
(そろそろ、いかせてもらおうかな……)
ジュンは相手の剣の柄元まで剣を滑らせ、剣を下に向けると、体重を乗せ力をかけて抑え込む。
リュメロの武器を止め、手足の動きを抑えると、あらがえない彼の体は、無防備になる。
そこからがジュンの反撃だ。
リュメロを体ごと突き放し、防御が崩れた時だった。
ジュンは素早く剣をくるりと手首で回転させると、リュメロの剣をその回転の中に取り込む。
次の瞬間、リュメロ剣は回転して弧を描き、近くの地面へとその刀身を突き刺した。
観戦していた者たちが皆、ジュンの勝利を確認した時だった。
「キャメロやれ!!」
リュメロのその言葉と同時にキャメロとクローテは炎に包まれた。
刹那。こもった叫び声は練習場の小さな真っ赤なドームから聞こえている。
「てめぇ! 何をしやがった!」
リュメロは、瞬時に剣を拾い上げる。
「死ね!」
リュメロの視線が、ジュンを再び捕らえようとした、その時。
ジュンの剣はリュメロの首筋を滑っていた。
リュメロがゆっくりと、膝から崩れていく。
みるみる広がる血だまりの中で、まばたきを忘れた彼が、何を見ているのかは誰にも分からない。
「勝者ジュン!」
ジュンはキャメロとクローテの結界を解除する。
黒焦げの二人の元に、ギルド職員が駆け寄って首を振った。
「何をした」
ロルフの言葉にジュンは顔色も変えずに答える。
「結界を張りました。自分を守るためです。魔法を使われるのは、分かっていました。カールさんを危険にさらす訳にはいきません」
「そうか……」
ロルフはそれ以上何も言わなかった。自分の立場では、望んでも彼らの最後を見る事はできなかったと理解している。
それをジュンにさせてしまった事を、後悔していないと言ったら嘘になる。
彼は掛けるべき言葉を、探しているようだったが、見つからなかったのだろう、しずかに首を振るしかなかったようだ。
「ジュンさん。おめでとうございます。そして、ありがとうございました」
コールは落ちる涙を、袖で拭いながら告げる。返す事のできない程の恩を受けた。それでも返す機会が消えなかった事に、彼は心から感謝をしているようだった。
コールがギルド職員に呼ばれ、説明を受けてからサインをする。
ジュンはギルド職員の台から、自分の出した品をかばんに入れ、アルベルトのかばんを手にした。
(取り返した……。ミーナが両親に触れる事ができる物を……)
「ジュン様。大変お疲れのところを申し訳ありませんが、ギルド長室にご足労願えませか?」
「はい。伺いますが、これ換金してからでいいですか?」
ギルド職員は親切に賭けの換金場所にジュンを案内する。
「坊主ありがとうな! しこたま飲めるぜ!」
「譲ちゃん。つえぇなぁ。冒険者になれよ。おっちゃんが仕込んでやるからよ」
「男だろ? なぁ?」
ジュンに声をかけるのは、賭けでもうかった者だけではなかった。
自業自得とはいえ、事情を知らない者たちは、嫌われていても冒険者仲間なのだ。
遠くから送られる冷たい視線を、ジュンは甘んじて受け止める。
(それがきっと、一番人間らしい反応だと思うよ。どんな目で見られても、何を言われても構わない。僕は後悔だけはしない覚悟で、この場所に居るのだから……)




