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石ころテントと歩く異世界  作者: 天色白磁
第一章 イザーダの世界
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第三話   初めての森

 一週間もたつと、ジュンは家事を一人でできる様になっていた。

 ラミロに教わった剣や槍の型は、忘れないように日課にし、読めるが書けない文字の練習も、真面目に取り組んでいる。


(イザーダ語も日本語も読めるんだけど、イザーダ語を日本語に翻訳しているような違和感があるんだ。十四年間まるで生きていたかのように、イザーダ語が母国語だと、どこかで認識させられた感じがする。少し慣れてはきたけど理解は全くできないよ。消化不良のまま体になじむのを待っている感じが気持ち悪いんだけど、受け入れるしかないんだよね)


 夜更かしをする事もないので、早朝から目を覚まし、ガラスのない窓のよろい戸を開けると、薬草を日に当て、食事の支度に取り掛かる。

 石のかまどもあるが、朝から凝った料理は作らないので、火の調節が簡単な魔石コンロを使う。この世界には電気はないが魔道具の開発が盛んなので、魔力の少ない人でも日常、魔道具を使う事に不便はないようだ。

 

 ミゲルの説明によると、魔石は魔物の体内にある魔法の入っている器のような物で、中に入っている魔法は、魔物の種類によって違うらしい。

 形は少し平たい円形で、大きさは四種類ほどと決まっているようだが、特殊個体はその限りではなく、高値で売買されていると聞かされた。

 

 魔石にある小さなくぼみから魔法の出し入れが可能で、それを利用した魔道具が生活に浸透していると聞いて、家電量販店が好きなジュンは興味津々である。

 ちなみに空になった魔石は、回数に制限はあるようだが補充をして使えるらしいので、小さな魔石を使用している照明なども、毎回買い替えの必要はないようだ。


 ジュンは神界でラミロに魔法の使い方を習っていた。

 この世界は空気中に魔素が含まれていて、住民は誰もが魔法を使う事ができるが、魔力量は階級制で一級と二級使いが圧倒的に多い。

 例えば水属性の一級使いが一日に出せる水は、コップ二杯強である。

 

 等級が増えると魔力量も増えるが、魔法の種類の増加には個人差があるようだ。たとえ三級使いでも、生涯一種類の魔法しか使えない者もいるらしい。

 基本の四種は火・水・風・土の属性である。

 魔力量の四級から『魔法使い』としてギルドに登録が可能になるようだ。

 

 五級・六級になると闇や光の属性を持つ者がいて、上下水道が発展しているこの世界では、それらを使える魔法師は国に仕える事が多いようである。

 魔力量の等級は八級使いまでだが、種類は六属性以下しか使えない者が多いようだ。

 

 時と空間の魔法のどちらかを使える者は、まれに現れるようだが、その魔法でかつて滅びた国があり、各国の同意のもとでギルドが保護しているらしい。

 全ての属性魔法が使える者は全種使いと呼ばれ、その数は極めて少ない。

 魔法使いと魔法師の差は学歴の差なのだと、ラミロが笑って教えてくれた。


(ラミロが言うには、全種類が使えても得手不得手があるから、器用貧乏にならないためにも、得意な魔法を使いこなせって話なんだけどね)


 キッチンでジュンは楽しそうに朝食の支度をしている。

 夕べのスープを温め直しながらサラダを作り、魔道具である冷蔵庫から大きな卵を出してオムレツを作る。

 

 いぶした肉を薄くスライスしたころ、キッチンにミゲルが現れる。

 彼はジュンと挨拶を交わしながら、スープ鍋のふたの上で温めてあったパンを、かごに入れて食卓に置き腰を下ろした。

 

 森須家は商売をしていたので、大人たちは忙しかった。

 子供たちは自分でできる事は、自分でするのが当たり前だったのだが、兄や姉に知恵が付くと状況は変わってくる。お陰で家事に苦手意識がないのだから、何が幸いするのか分からないものである。

 

「今日は薬草を採りながら、少し狩りをしようかのぉ。肉が少なくなってきたじゃろう?」


 ミゲルの言葉に、ジュンは子供のような笑顔を向ける。

「はい。薬草の図鑑を読んだので、どれほど覚えているか、試してみたいと思っていたところです。昼食の用意もしますね」


「それは楽しみじゃのぅ」

 実はこの二人、互いに料理の味の好みが似ていたのである。

 

 ミゲルは自室の本に興味を示したジュンに、自由に本を読む許可を与えている。

 ジュンの左目は鑑定眼なのだが、知識のない物を鑑定する事はできない。

 

 カイからの贈り物は『赤い石の剣』と『指輪』と『石ころテント』で、指輪は亜空間倉庫で展開させると、消滅してたくさんのアイテムがでてきたのである。

 その中にあった図鑑に目を通しているところを、ミゲルに見られて笑われた。

 六百年前の図鑑は、すでに古代資料だと言われ、新しい図鑑を見せてもらったばかりだったのである。

 

 十四年間の空白を埋める知恵を得るために、付けてもらった鑑定眼はコピーの様に本を覚え、知りたい時に引き出せるので、ミゲルの部屋の本は夕食後に毎日、目を通している。

 ジュンはそれを『入力作業』と名付けて面白がっていた。

 鑑定機能はすぐに使いこなし、大きな町には図書館があるとミゲルに聞いた時には、目を輝かせて喜んだのは知識欲だけではなく、おそらく入力作業が面白いせいなのだろう。

 

 ちなみに、この世界は米も麦もあるので、良質ではないがワラを使った紙は量産されていて、本やノートは安価ではないが手に入る。

 巻いてもいないし、柔らかくもないが、尻を洗ってくれない水洗トイレには、紙もある。

 印刷は活版印刷だが、現役を退いた鍛冶職人たちが活字を作っているらしく、印刷業が発達した理由は学校制度にあるとミゲルに教わった。


「この世界の就学率は九十九パーセントなのじゃ」

 誇らしげなミゲルを見てジュンは笑う。


(子供みたいに威張っちゃったよ……。元いた世界の話を得意げに、僕はしようとは思わない。養子先で実家を自慢する人みたいで嫌なんだ。そんな人は知り合いにいなかったけれど、いたらきっと嫌だったと思うからね)



 次の日。ジュンは初めて家の敷地の外に出た。

 

 春の森の緑は優しい。

 木々の広げたばかりの葉は薄く、太陽の光を通し森を明るくする。

 雪解けの水を大切に抱え込んでいる朽ちた葉は、歩みを柔らかく受け止めた。


「うわぁ森! ザ・森! すごい! 森だ!」

「森の中で暮らしておるのに、何をいまさらじゃのぉ」

 ミゲルはジュンを見て笑う。


 ジュンの目には、家の周りに張り巡らされている結界が見えている。それは、目は森を認識するが、それ以外の五感は森を認識できない事になる。

 

 ジュンはコンクリートに囲まれて育った。

 自然とは言いにくい、郊外のキャンプ場にある小さな林しか知らない彼が、気持ちを弾ませたのは仕方がない事だろう。

 しかし、ここは同じく春を待っていた魔物たちもいる事に気が付き、彼は初めての狩りに気持ちを引き締める。

 

 ミゲルが薬草の名前を言うと、ジュンの左目にはその薬草の絵や使用部位、効能や用途が開示される。

 それを探そうと検索しながら歩くと、緑色の光が目的の草の場所で点滅する。

 魔物は赤く光るので採取は難しくないのだが、この森は魔物が多く目的の場所に行くのも決して楽ではない。

 

 ラミロに魔法の制御を習ったにもかかわらず、初めて呼吸をする生き物に遭遇すると、動揺するのか加減が難しい。

 肉がうまいとミゲルに教えられた、シカのような角を持つウサギのジャッカロープを、魔法で跡形もなく吹き飛ばしてしまったり、魔力が足りなくてはぐれウルフに近接戦を強いられたりと戦闘デビューは散々だった。


「狩りに慣れるまで火魔法の使用は禁止じゃな。森は大切な宝箱なのでのぉ」

「……はい」

 うな垂れたジュンの肩に彼は優しく手を置いた。

 ミゲルはだてに老いている訳ではない。ジュンの資質を見定めて、実はそっと顔をほころばせていたのである。


 日が高くなり腹も減ってきたので、そろそろ昼食にしようかという時に、ジュンはカイが作った石ころのテントをミゲルに見せる。

 

「使った事がないんですよ。開け方は教えてもらったんですけど」

「テントなのじゃろう? 見てみたいのぉ」

 ミゲルが興味を示したので、ジュンは早速テントを展開させる。

 

「扉だけですね?」

 ジュンの目の前には一枚の扉だけがある。

「ほぉ。儂には見えんがのぉ」


 ジュンは自分にしか見えない扉に慌てるが、ミゲルは少しも動じずにジュンの肩に手を置く。


「ほぉ、やはりのぉ。儂にも扉が見えとるよ。これは、認証制なのじゃろうのぉ」

 ジュンは安心したように、ミゲルに笑顔を向ける。

 

 二人は秘密基地の入る子供のような顔で、その扉を開けた。

 



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