第二十九話 猿芝居の役者達
その日は朝から、ジュンが忙しく動き回っている。
白いシルクでフリル使いのシャツに、深紅のシルクのパンツ。深紅のロングベストには金色のモールが施されている。首、腕、指にはジャラジャラと宝石を付けて、その辺では少し見られない程の成金仕様。最後に腰に巻き付けたベルトには、きらきらと光る怪しすぎる魔剣。
(カイはこんなの、いつ着たの? この魔剣は絶対使わなかったはず。僕も嫌だ)
「ジュン、どうしちまったんだ? なんてぇかその……。いろいろすげぇな……」
「……。ジュン……。おうじ……。なる?」
二人の残念な者を見る目が痛いのか、ジュンは情けなさそうな顔をした。
ドナはそっとその場を離れるとロルフに伝令を送り、何食わぬ顔で所定の位置に戻り、ジュンの奇行に眉をひそめる。
ジュンは離宮からいつもの宿屋の裏に転移。
王都ヘルネーの中心街から、少し離れた場所にコロシアムがある。
その前にはヘルネーの商業ギルドの露店が、ずらりと並んでいる。
大会前から大会後まで続くこの露店は、世界中の国から来る武器や防具を扱っていて、販売・調整・簡単な修理まで行うので、参加者にも人気がある。
大会は三日間行われ、当日は警備も厳重になるが、今は露店が出そろっていないため、客足も少なく警備兵の数も少ない。
ジュンは足早に露店を巡り『黄昏の旅団』を見つけた。
リュメロたちはすでに、ターゲットを定めたようで、一つの露店に近付いて行く。
「夕べはお楽しみだったようだな。兄ちゃん」
リュメロの言葉に露店の商人だろうか、純朴そうな男が振り返る。
「何の事でしょう?」
「とぼけんじゃねぇよ。その横にいるのは誰だよ」
「キャロラインが何かしたのでしょうか?」
「はぁ? 俺の女を呼び捨てかぁ?!」
(キャメロがキャロラインねぇ? 俺の女って……。あれで金になるの?)
「誤解があるようですが、夕べ宿で食事をしただけです」
「どこの誰が信じんだよ! えぇ?! オイ! キャロラインを連れて行け」
「へぇ旦那!」
そう言ったのは、変装はしているがクローテ。
「コール! 助けてぇ! 私はあなたしか、もぅいらないの! コールお願い!」
(三文芝居かっ! あんなのでだまされるのなら、仕方ないか? 授業料だね)
「キャロラインさんをどうするんですか?!」
「人の女になった奴だぜ? 売り飛ばすに決まってんだろ! それとも何か? お前が買い取ってくれるのか?」
「いくらなんですか?」
「大金貨二枚に負けてやってもいいぜ。俺だって鬼じゃねぇ。一度は心からほれた女だしな」
(いゃいゃいゃ、鬼です。あれで二百万セリはないでしょう。ぼったくり過ぎですよ。まぁその前に男ですから、売れないですけどね)
「そんなお金は持っていません!」
「あぁん? それじゃぁ、しょうがねぇな。おぉ、これでいい。この剣で負けてやるぜ。安くついて良かっただろ」
「困ります。それは父が打った品なんです!」
ジュンはため息をつき、諦めたような顔をして歩き出す。
そして、のんびりと話しかけた。
「悪い人に目を付けられちゃったよねぇ? この男たち三人は、冒険者ですよぉ? 僕ちゃんどこかで見た事あるもん。確かぁ、黄昏の旅団だったかなぁ?」
「て、てめぇ!」
リュメロの怒鳴り声に片耳をおさえて、ジュンは続ける。
「目の前でうるさいですねぇ。キャロラインさんは、残念ですが男の方ですよ? だまされちゃったのぉ?」
コールは現状が分かっていないらしい。
「え? え? 今何と?」
「ですからぁ。男ですよぉ?」
怒りを表すリュメロの横で、ジュンはヘラヘラと笑いながら、ミーナ用の棒付きの飴を、これ見よがしになめて見せる。
コールはキャロラインを見て、まばたきをして、見直す。
キャロラインは上目遣いで、まだ演技は絶賛続行中のようである。
(入る込むタイプ? まぁ僕もアホな僕ちゃん中ですが……)
「てめぇはタダで済むと思うなよ?! え? 貴族の坊ちゃんよぉ」
「僕ちゃんはキャロラインさんとぉ、食事はしておりませんのでぇ、失礼いたしますねぇ」
「そうはいくかよ! なめやがって! お前のその宝石と剣を置いて行け!」
獲物が自分になった事を確信したのか、ジュンはさらにのんびりと言う。
「なんでぇ? 僕ちゃん、お断りしますよぉ?」
「断る権利はないんだよ!」
(あと一押しですね。ここは確実に誘導したい。手を貸していただきますよ?)
「僕ちゃんの護衛がねぇ、警備を呼びに行きましたので、お待ちくださいねぇ。あぁ来ましたよぉ。まさか騎士団の近衛隊長を呼ぶとは、思いませんでしたねぇ。ロルフさんこちらですぅ」
宿から隠れて護衛していたロルフは、それを見抜かれていた事に驚くが、そこは隊長の地位を持つ男。ぬかったりはしない。ヘラヘラと笑いながら手招きをする、ジュンの元に行き話し掛ける。
「知らせを受けて来たのだが、何かあったのか?」
(見ていたくせに。役者だらけ? おまけにみんなで猿芝居……)
「あ、いえ……」
(リュメロが逃げ腰? 逃がしてはやれないよ。こんな格好をしているんだから。レオとミーナにあんな目で見られてさ。本当に誰のせいだと?)
八つ当たりなのか、やけになったのか、もともとの人間性なのか、ジュンはのん気にアホな僕ちゃんを続けるようだ。
「こちらの方々がぁ、僕ちゃんのちっぽけな宝石とぉ魔剣が欲しいって言うんですよぉ。決闘を申し込まれちゃったら、仕方が無いですけどぉ……。そうじゃないならお断りしてもいいですよねぇ?」
上目使いで話す、思考回路に欠陥がありそうな、貴族の子の話を聞いて、リュメロはチャンスだと思ったのだろう即座に返す。
「いえ。決闘を申し込みました! ご本人が自ら戦ってくださると!」
ジュンは少し口を開けて、四十五度程上の空間を見てから言う。
「あれぇ? 僕ちゃん、言ったっけぇ? なら仕方がないかぁ。宝石とぉ剣だけだよぉ? それで君たちは何をくれるのぉ?」
奪う事しか考えていなかったリュメロは少し慌てたようだが、彼らの金目の物は一つしかないとすぐに気が付いたようで、表情に安どが浮かぶ。
「ま、マジックボックスだ。な?」
後ろでコクコクとうなずく二人。
(それしかないもんね? キャロラインは抜けたのかなキャメロは)
「それじゃぁ、ロルフさんが証人ねぇ?」
「よろしいのですか? 彼らは冒険者ですぞ?」
「うん。冒険者ってさぁ、中等学校の子より強い? 受けちゃったしね。いいよ」
三人は喜びを隠そうとしているのだろうが、成功しているとは言いがたい。なぜなら、ジュンの前で無自覚に百面相を披露しているのだから……。
「日時と場所はいかがなさいますか?」
「僕ちゃんはねぇ。剣術大会をぜぇんぶ見たいからぁ、明日がいいかなぁ? 駄目かなぁ? 大会が始まっちゃうとねぇ。僕ちゃん、抜け出せないんだよぉ」
ロルフの問いに答えながら、ジュンはなめていた飴をクローテに渡して、ニコリと笑う。反射的に受け取ってしまった彼は、ジュンと飴を交互に見て、何かを言おうとした時、リュメロが大声で告げる。
「俺たち、ギルドの練習場を予約します!」
「うん。よろしくねぇ」
「それでは明日、時間は騎士団まで知らせよ。立ち合い人は私では不服か?」
「いえ!」
「では、私がやろう。付添人はその二人がなるのかな?」
「も、もちろんよ」
キャメロは役を忘れて答えたが、あまり変わってはいない。
(ロルフさんも悪いよね。付き添いって両者同数二人以内って決まってるのに)
「僕ちゃんは付き添いは、いなくていいよぉ」
そこで三人に絡まれていた男が声をだす。
「あの……。ボクにさせていただけないでしょうか? ボクのせいで! 申し訳ございません」
「気にしなくていいのにぃ。じゃあ、お願いねぇ」
「それでは俺たち、ギルドにいきますんで!」
三人は急いで、その場から立ち去った
(気なんて変わらないのに……)
「ボクはコール・スミスと申します。今年は父が来られないので、初めて露店を任されて、職人と来たんです。助けていただいて、ありがとうございます。それなのに……。こんな事になって本当に申し訳ない!」
コールは真面目な男なのだろう、顔色を失くして頭を下げる。
ジュンは僕ちゃんを止めて、真顔で答える。
「頭を上げてください。引き受けてくださってありがとう。大丈夫ですよ。本当に僕は負ける気はないですからね」
「はい! そ、そうですよね」
コールはそれでも、何度も何度も頭を下げて戻っていった。
「僕は、随分と弱く見えるらしい……」
「はい。今日は特別に……。しかけましたね?」
「はい。ごめんなさい。レオには内緒にしてくださいね? 彼は見ていられず飛び出す人だから、王子の自覚も足りないですからね」
「はい。ミーナ様はどうなさいます?」
「内緒に決まっているでしょ?! 何考えてるんですか。恐ろしい」
ロルフは先程のジュンを思い出すと、再び笑いが込み上げてくる。
少女のような少年が戦うと決めて、仕掛けたそのやりようは、何も聞かされていないロルフには、ただ奇妙な行動に見えたようだ。
ジュンは何事もなかったかのように離宮に戻り、ミーナたちと時間を過ごす。そうして深夜になると一人で起き出し、寝ている二人に結界を張り、記録の編集をしながら、悪い顔をして新作を見ている。
彼らを捕らえるだけの証拠はそろっている。それでもジュンは喧嘩を売られ、決闘まで持って行かなければならなかった。公の場を利用する事で、モーリスの家名に泥を塗らずに済むように……。
モニターの中で上機嫌な彼らを見て、ジュンは口角を上げる。
「やったぜ! なぁ見たかよ? あんだけのお宝が手に入るんだぜ!」
「でもよぉリュメロ、マジックボックスはまずくないか? 冒険者の男が持って行ったって事になっているしよぉ」
「どんなかばんか、誰が知っているんだ? ズーッと持ち歩いていて、誰にも聞かれた事なんてないだろう? 平凡なかばんだしな。ダンジョンで拾った、でいいんだよ」
「開けて見せろって言われたら、どうするんだよぉ?」
「荷物が入っているから、負けたら取り出すって言えばいいだろう。第一、負けると思うか? あれに」
(いやいや。あれとか言われていますし、散々だよね……)
「ねぇねぇ。全部売るの? 指輪が六個。ネックレスが三本。それに魔剣よ?」
「俺が魔剣な? あれで大会に出て、賞金はもらえるしランクも上がる。いいな!」
「僕は青い石のネックレスよぉ。あれは僕にこそ、ふさわしいでしょ?」
「全部、売りだろぉよぉ。そうして分けてきたんだろぉ、今まで」
(仲間割れはイケナイ。あの魔剣だけは譲ってあげてもいいかも……)
「ガキが見つかるまでの食いぶち分だけ売ってぇ、こっちのお宝を拝んでからでも、分配は遅くないだろぉリュメロ」
「そうだな。明日は楽勝だしな」
「向こうは貴族だしぃ。油断はできないよぉ。魔道具を隠し持っているかもなぁ」
リュメロとキャメロに比べると、クローテは盗みが得意なだけあって用心深い。
「あんな頭の弱いガキを、野放しにしている親なのよ。確かに持たせているかもしれないわねぇ」
(ひどい……。ミゲル様に謝れ! 親じゃないけど)
キャメロが何かを思い出したかのように、再びリュメロを見て言う。
「死んでも文句なしの、一文を入れてもらってサインするのよ」
「分かってるって。いつもの手口な。消し炭作戦だ。二人共」
リュメロの言葉に、クローテはニヤリと笑う。
「魔道具を使っていたから、手を出しましたぁ、みたいな作戦だね?」
「火力全開で真っ黒にしてやるわ! 消し炭のようにね」
「クローテ。奴の死体に魔道具の残骸らしき物を付けられるか?」
「うん。深夜に調理場から集めておくからよぉ。キャメロどこかで焼いてくれ」
「いいわよ。完璧な残骸を作りましょう」
(へぇ。死んでも文句なしなの? 僕は選ばせてあげるよ? 君たちが選択を間違わない事を祈っているよ)




