第二十八話 離宮と証拠
レオの部屋で三十分程待たされた後、案内されたのは庭にある平屋。
王族が暮らす一角から見える庭に、その家は建っている。
広いリビングに簡易キッチンが付いていて、侍女や従者のための次の間があるのは、身分が高い者の住居の仕様だろうか。
リビングと同じ広さがあるベッドルーム。
広いとはいえ二間しかないのに、そのどちらにも庭に面したかなり大きい窓があり、その不思議な作りに違和感がある。部屋にある大きな温度調節の魔道具が、夏の暑さや冬の寒さの対策なのかもしれない。
「ミーナここはどうだぁ、いいだろ? これで俺とジュンとミーナは一緒に居られるぞ」
ミーナは戸惑いながら見回し、ジュンが笑顔でうなずくのを見て、レオに満面の笑を向ける。
「レオ、ここは?」
ジュンの問いに、レオが答えを返す。
「一応離宮だ。祖母が患ってな、父が建てさせたのだが、間に合わなかったんだ」
レオの祖母は病が重くなり、目が不自由になると、かすかに見える光を恋しがったようだ。王城はどこも戦に備えて、外部に面した窓がほとんどない。
王が長年、国母として国を支え、国民から愛された母親へ贈った物のようだ。
ジュンは話を聞いて、この離宮への違和感が優しい物へと変わった事に気付く。
それにしても、普段は使われていないであろう部屋の掃除を、短時間で仕上げる侍女たちの実力にジュンは舌を巻いた。
レオは入り口から一人の女性を連れて来る。
「ジュン、ミーナ。紹介する。ドナータだ。困った事は何でも言ってくれ」
「ドナとお呼び下さい。よろしくお願いいたします」
その時。ミーナがドナに手を伸ばす。
「オリ……」
「ミーナ様。オードリーとは親戚です。よろしくお願いしますね」
ミーナの伸ばした手を、優しく両手で包み込んでドナが言う。
オードリーと同じ狼族のドナに、ミーナはほほ笑んでコクリとうなずく。
ドナータは近衛騎士団長ロルフ・コンベールの娘で、近衛隊に所属している。
ミーナをおびえさせずに、レオの客人を警護する事が今回の任務。
王族が遠出の時は、侍女も兼ねる優秀な人材で、人見知りのミーナのためにドナは選出されている。
ジュンはレオにミーナの相手を頼み、ドナを簡易キッチンに連れて行く。
「ミーナの事情はご存じですよね?」
「はい。伺っております」
警護に就くにあたってドナはあらかじめ、ミーナの情報は把握している。
ジュンは自分で作った、ミーナのお子様ランチの食器を二組渡す。
「初めはスプーンで三杯程のスープしか飲めなかったんですよ。今はこの皿にある分だけは、頑張って食べるようになったんです」
「それにしても……」
「えぇ。体も食も細いでしょ? ですから質を大事にしてやりたいのです」
ドナは大きくうなずく。
「魚、色の淡い野菜、濃い野菜、肉、豆類の順番で、大人の女性の一口分をこの五枚の花弁に入れてください。野菜は火を通して欲しいのです。中央にはパンか麺を収まる大きさで、チーズは好きですのでできればこうして添えてください。スープはこの葉の部分にある小さなカップに、具は入れずにお願いします。フルーツは食後少し時間を空けてから自分で食べますので、このふたのある器に入れて置いてください。こんな感じです。大人の料理から少しずつ、分けてもらうと楽なんですよ」
ドナは出来上がった、五枚の花びらを持つ花のような料理を見て、コクコクと首を縦に振る。
(どんな女子だ! これ、この男が毎食、作っていたのかぁ? 今すぐ嫁に行け!)
「ジュン様。この料理を頂いてもよろしいでしょうか?」
「おなかがすいたの? 何か食べる?」
(んな訳ないだろ! おまけに天然か?! たち悪っ!)
「い、いいえ! これを調理場に持って行きたいと思います。口だけの説明より分かりやすいかと思います」
「ご面倒お掛けしてすみません。皆さんによろしくお伝えくださいね」
「はい。承知いたしました」
ドナは殺気を消そうともせずに、調理場に向かっていたものだから、すれ違う者はたまらない。逃げ場のない廊下で、彼らは慌てて廊下の壁に助けを求めるが、ドナはそんな事には全く気が付かない。
(なんだあの女子力の高さは! 柔らかな物腰の美人で、料理上手だと? 子供好きだと? この敗北感は何なんだ? いや、大丈夫! 私には……。私には父から受け継いだ剣がある!)
ジュンが男である事を、どこかに置き忘れてしまったようで、ドナは少々そそっかしく立ち直る。
この後、調理場はちょっとした騒ぎになり、ライバル心に火が付いた料理長により、ミーナは毎日おいしい食事が頂ける事になる。
ちなみに、ジュンは毎食、そんな面倒な事はしていない。亜空間の倉庫にある料理を、所定のスペースに入れるだけの作業だったのである。
数日後。
ジュンは王都の宿屋にいた。
『黄昏の旅団』が首都ヘルネーに入ったと、門の警備から連絡が入ったのは、二日前の事。
三人が宿泊しているのは、王都の中クラスの宿。
大会の十日前なので何とか宿は取れたが、それでも安宿やギルドの宿は満員だったようだ。前金を支払うには、素泊まりの料金の金しかなく、無理を言って二人部屋に三人で入っている。
ジュンは、その宿にロルフの口利きで入り、下働きとして働いている。
スライムの通信機を多目に作り、掃除の名目で彼らの部屋には取り付けたが、ホールでの会話は、テーブルが決まっている訳ではないので、そのつど仕掛けなければならない。
六日目になって、事は動き出した。
いつものように仕事を終え、離宮ではがきサイズのモニターを見ながら、映像の再生をしていたジュンは手を止める。
クローネが不安気にリュメロを見る。
『リュメロ、大丈夫なのかよぉ。もう金ないぜ。大会までどうするんだよぉ』
『うっせい! 俺のせいかよ? 今年から参加料が大銀貨一枚になるって、お前は知っていたのかよ!』
『オレ、もう店主に目ぇ付けられたしぃ。あそこでは盗めねぇよ』
『大丈夫だ。三日前から露店が並ぶんだ、女は買い物が好きだしよ。オリとかいう獣人はすぐに見つかる。駆けずり回らなくてもな』
ジュンは魔道具の前で、リュメロとクローテの話を不愉快そうに聞いている。
だがそこに魔法使いのキャメロが加わる。
『だから、変なのよ。二人が一緒にヘルネーに来るなんて、ありえないのよ。僕の矢は砂に刺さっていたけれど、どっちかに当たっているのよ。フーラルクの毒なのよ。死んでいるはずよ。その辺の治療師がどうこうできる代物じゃないのよ。僕は教会を見張っていたしね。治療はできないはずなのよ』
『警備兵に聞いただろう? どっちも死亡届は出てないんだ。てめぇがきっちり仕事をしていたら、あのガキにこれを開けさせて、始末しちまったのによ。まったく、使えねぇ』
ジュンは一人、不適な笑みを浮かべた。
(良し! 動かぬ証拠は確保しました)
『ふん。僕とクローネがいなかったら、リュメロは飢え死にしていたのに、偉そうねぇ。露店の方は大丈夫なんでしょうね? ギルドに嘘がバレているかもしれないでしょ?』
『あぁん? あの男は公爵に捕まったんだぜ? この目で見たから間違いはねえ。二度と出て来るかよ。それより、狙いは高そうな剣だな。キャメロ、今度はヘマをやらかすんじゃねぇぞ』
男たちはゼクセンの冒険者だった。未知領域のソロの冒険者が、公爵に捕まったのなら、エスカランテ公爵が、コカトリスの卵を売った犯人を、捕まえた事になる。
ジュンは公爵の顔を思い出したのか、不快そうに小首をかしげる。
(あの公爵、村に行ってわびたのかなぁ? そこが僕には大事なんだけどね)
画面の中ではキャメロが得意気な顔で口を開く。
『僕を誰だと思っているのよ。一座じゃ花形子役だったのよ』
『ふん。腐った親たちの、一座の話か。餓鬼の稼ぎで食ってるくせに、親だからって偉そうにしやがって、あいつらの無能振りは思い出したくもねえ』
三人は旅の一座の子供だったようだが、稽古が厳しかったのか、リュメロが苦々しく言い捨てる。
『全員ぶっ殺してよぉ。ゴブリンの餌にしちまって、オレはせいせいしたよ』
『あぁ。教会の大人たちも頭が悪りぃしな。子供は自分の都合が良いように、嘘をつくって、教えてやりたかったぜ』
『僕の泣き演技も調子が良かったしね。良い子の演技は得意なのよ。お蔭で飯が食えたよね』
画面に映る三人が、楽しそうに自分の親を手にかけた話をしている姿を、ジュンはあぜんとした表情で見つめていた。
『クローネの手癖は健在だったけどな?』
『なんだよリュメロ。教会の外でしていただろう? オレがいたから、いい思いもできたんじゃないかぁ』
『そうね。孤児や貧乏人の子なんて、辛気くさくて一緒にいられたもんじゃないわ』
『違いねぇ』
(彼らを救ってやれって? 罪を償える? 誰が救われるの? 罪を償って救われるのは彼らだけでしょう? 取りあえずは、ミーナの安全のために、野放しにはできません。捕まえる気はなくなったけどね)
幸せそうな顔で寝ている二人を見て、ジュンはほほ笑んだ。
(レオには事後報告ですね。王子は人情派だしね。これは見せられないでしょう)