第二十七話 ヘルネー城
ジュンたちはカブラタのギルドから、ヘルネーのギルドの転移陣に移動した。
その場で王家発行の入国証を見せると、裏口で待機していた馬車に乗せられる。
「すまねぇ。母親だ……」
情けない顔のレオを見て、ジュンが吹き出す。
「これは城に強制連行でしょうか? 僕は刑務所に入る程、暇じゃないんで遠慮したいですけどね?」
「んな訳あるか! 全く。いつも人の都合なんて、菓子と一緒に食っちまうような人なんだ」
「カシ……。すき……。ジュンの」
生成りのシャツに、足首を縛った生成りのパンツ、薄緑のフード付きのロングベストでおとなしくしていたミーナが、フードをずらしてジュンの顔を見る。
ジュンはかばんから、手のひらサイズの小さなつぼを取り出して、膝の上のミーナに渡す。
つぼの中には、ミーナがお気に入りの、木の実のタフィー。
ミーナはうれしそうに一つ取り出すと、レオの口に入れてから自分も食べ始める。
二人でニッコリとする姿は、いつものほほ笑ましい光景だった。
「おしろ……」
「お城は大きいね。僕は初めてなんだ。ミーナは?」
「ない……。ん。はじめて……。です」
ジュンに頭をなでられて、ミーナはうれしそうに見上げた。
レオはまるで人事のように言う。
「でかいよな。門から馬車なしで、入り口に行こうなんて思わねぇ」
「そうなの?」
「世界で一番攻撃を受けた国なんだぜ、民を受け入れて守った城なんだ」
さすがはこの国の第二王子。誇らしげに胸を張る。
「すごいですね」
「ただなぁ。住む場所じゃねぇ。家族は城のほんの一角で暮らしているのは、秘密だけどな」
レオの言葉を聞きながらジュンは城を見上げる。
(城に住んでみたいと思った事はないなぁ。何人雇えば掃除できるかって、考える時点で平民だしね)
王都の建物は、煉瓦そのままの色。
樹木も多く、素朴でぬくもりがある街に見えるのは、目にする人々の容姿なのかもしれない。ここは獣人族の国なのだ。
馬車を降りるとレオがミーナを抱き上げる。
「たくさん歩くからな、抱かれていろ」
ミーナはおとなしくレオの腕に収まり、ジュンは生まれて初めて見る長い廊下にただ驚いていた。
(いや、中こそ馬車がいると思うよ? スケボーとか欲しいかも。動物園とか水族館は、見る物があるから歩けるって今知ったよ。ここの廊下ときたら、絵とかつぼとか、よろいとかあるでしょうに、何にも置いてないのはなぜ? たまに壁に扉があるとほっとするって……)
「さぁ、着いた。ジュン、座ってくれ」
(どこにですか! えぇと、上座は? 入り口側が下座? ここ冬はとっても寒いんでしょうか?)
(再度お聞きします! どこにですか? えぇと、上座は? 入り口側が下座? 僕にどうしろって言うんですかぁ?)
林業と木工の国だと、レオが自慢していただけあって、床や壁は色の違う木で美しい模様が施されていた。
扉が二つあるこの部屋は、おおよそ三十メートル四方の広さがあり、縦横の中央に等間隔で四本の柱がある。それはまるで、柱で空間を四等分にしているかのようで、暖炉が四基とテーブルセットが四種類あるのだ。ジュンが途方に暮れても仕方がないだろう。
「レオ、どこに座ればいいの? どこでも良いは、なしね」
「ミーナ。好きな所に座れ」
レオはミーナを下ろした。ミーナはジュンの手を引くと、大きな毛皮が掛かっているソファにジュンを座らせて、その膝に上る。
その毛皮を見て、ジュンはミーナの頭をなでる。
テントで絵本を読む時に、二人で座る毛皮と同じ物だったのだ。
ミーナにはきっと、一番心が落ち着く場所に見えたのだろう。
侍女が静かに入室し、一礼をすると銀の大皿に載った菓子を出し、お茶を各人の前に置き再び礼をすると部屋の隅に立った。
お仕着せなのだろうか、焦げ茶色のドレスは肩のあたりが少し膨らんでおり、長さは足首が見える程度。
エプロンは洗濯がしやすい白なのは納得がいく。頭を緩く包んでいるキャップは、尻尾を隠す仕様のドレスと同様に耳を隠していた。
(獣人族の城で、耳を隠す必要があるのかなぁ? 聴覚の優れた種族なのにね)
部屋の外でかすかな金属音と足音が止まると、扉が開かれた。
侍従が開けた扉の横に立つと、後ろに騎士と初老のローブを着た男を連れて、一組の男女が入って来た。ジュンは椅子から立ち上がり、ミーナを立たせる。
「ご尊顔を拝しまして恐悦至極に存じます。ジュン・モーリスと申します。横におりますのはミーナ・ルマールと申します」
「スティーブン・ジャカールだ。そう固くならずとも良い。城とはいえ、ここは家族が交流する場だ、楽にして良い」
王は金色の髪と瞳を持ち、レオとそっくりな優しい目をしていた。
「お心遣い頂き、恐縮です」
「ジュン、ミーナがおびえるだろうが。ほら座れって」
レオの言葉で、ジュンはしがみ付いているミーナを座らせ、腰かけた。
侍従の合図で侍女が新しく、お茶を出した。
「本来であればリチャードの命を救ってくれたのだ、謁見の間で感謝を伝えるべきなのだ。しかし、モーリス家の名を出せば、余計な思惑の渦中に巻き込まれぬとも限らんからな。このような場だが息子の命を救ってくれた事、感謝する」
「もったいない、お言葉でございます」
「剣術大会も近い、ここに滞在しこの国を存分に楽しんでくれ。歓迎する」
「ありがとうございます」
国王はレオやジュンとしばらく雑談をした後、執務があると退室した。
王妃エレノアはミーナに笑顔で菓子を差し出し、ミーナがゆっくり受け取るのを見て目を輝かせている。
「女の子はかわいいわね。男が四人よ。四人」
「母上、それだけは俺のせいじゃ、ないからな?」
「私とおっしゃい! ジュン君、大変でしょ? どうしてこのような、ならず者になってしまったのでしょう?」
(ならず者って……。まぁ確かに王子としての品位はないかもねぇ)
ジュンは見るからに天真らん漫そうな王妃に少し笑って、レオに助け船を出す。
「僕にとっては、頼りになる心優しい友人です」
「まぁ! ありがとう。意地の悪い子ではないのよ。よろしくね」
「俺は幼児かよ……」
レオはうなだれた。
「そう! 大切な事を忘れていたわ。ロルフこちらにいらっしゃい」
「失礼いたします。レオナルド殿下、お帰りをお待ち申し上げておりました」
「あぁ。取りあえず終わったんだけど、また出かけるぜ。ジュン、ロルフは近衛騎士団長なんだ。すんげぇ強いの、俺一度も勝てた事ねぇ。勝てる日が来るとも思えねぇ」
「ジュンです。よろしくお願いいたします」
苦笑いを浮かべるロルフにジュンはあいさつをした。
「ロルフ・コンベールです。オードリーは私の母方の伯母です。事の成り行き上、公にできる状況ではありませんが、お世話になりました」
「そうでしたか。ご存命中にお会いする事が、かないませんでした。残念です」
「いえ。ミーナさんのご無事が、伯母には一番の安らぎでしょう。母は庶民の出でしたから、気を遣って伯母は家には来ませんでした。それでも姉妹仲は良くて、王都に来た時はかわいがってくれたんですよ。私は伯母の無実を信じています」
ジュンは黙ってうなずいた。
ロルフは儚げな少女のような容姿のジュンが、各方面から情報が流れてくる、強者『シオンの再来』と呼ばれる少年なのかを、見定めようとしたようだ。
しかし、ジュンからは少しの魔力を感じる事ができない。彼はその事に驚き、その強さを感じ取っていた。
ジュンたちに用意された客間は二つあった。
ミーナは女の子が喜びそうなかわいい部屋を見て、ジュンにしがみ付いた。
「レオ、今ミーナを不安にさせると、僕が動けなくなるよ」
「だよなぁ。ミーナ、俺もジュンも一緒だ。安心しろ」
ミーナはそれでも不安そうな顔をする。
「おうち……。かえる」
「俺の部屋に石ころテントを置くか? いやまて、大騒ぎになるだろうなぁ。飯、掃除、洗濯、風呂……」
「ミーナは顔が知られているから、外には出せないよ」
「ん。チョット待て!」
レオは付いて来た護衛の一人に耳打ちすると、彼は大きくうなずき立ち去った。




