第二十六話 ジェンナの腹の内
次の朝。
ミゲルに会うために、森の家に着いたジュンの手には、手作りのごつい重箱。
ミーナの弁当とレオの弁当は、テントに置いてきたが、昼まで待てるのかは、かなり怪しい。
「おはようございます。ミゲル様」
「息災じゃったかのぉ?」
「はい、お蔭様で。朝食は済まされましたか?」
「ジュンの弁当が食えるのかのぉ?」
ミゲルはそう言うと、うれしそうにジュンに笑顔を向ける。
「はい。作ってきました」
ジュンはいつものテーブルの上に弁当を並べる。
陶器で作った重箱の中には、ミゲルの好きな物ばかりが入っている。
森の家はいつもと変わらない。しかし、少しの風も感じる事ができない事に気が付き、ジュンは窓を見て小さく笑う。
ルーカスたちが窓にスライムを入れ、暖炉の掃除もしてくれたようで、その騒ぎを想像したのだろうか、ジュンの表情は次第に柔かになっていく。
食事の後でお茶を入れ、ジュンは椅子に座る。
「ミゲル様。ギルドで使っている通信機って何ですか?」
「ギルド長たちと本部、各国の王が話をする物じゃが。聞きたい事はそれではないのじゃろう?」
「見た事がないので何でできていて、どういう原理で動くのかが知りたいのです」
「これじゃがのぉ」
ミゲルは倉庫から、台座に載った半球体の水晶を取り出す。
「この面で相手の顔も見られるのですか?!」
「相手の状況が分からなければ、重要な話ができないからのぉ」
(テレビ電話か? 水晶はモニターなのかなぁ?)
「これは魔道具ですか? だとしたら魔法陣があるのでしょうか?」
「魔道具じゃよ。ギルドの創始者が作ったものじゃ」
(カイだ! カイが作ったんだ。だったらきっと分かるはず)
ジュンはカイのノートを探る。完成までに至らなかった、たくさんの落書きの中にそれはあった。
(『いえでん』……。しかも平仮名。固定電話と同じ文字数だしね。まぁ取りあえず、何とかなりそうかな)
「ミゲル様。スライムを張った時の、切れ端とか残っていませんか?」
「余りはないがのぉ、予備は置いていったのぉ」
「僕に頂けませんか?」
ミゲルに出してもらったスライムに、ジュンは慣れた手付きで、カイの魔法陣を書いていく。それから新たな魔法を組み込んで、それを小さく切り取ったスライムに付加する。
ミゲルはその様子を、楽しそうに見ている。
「できました! 実験してみますね?」
「ほぉ。楽しみじゃのぉ」
「はい。その前にお茶にしますか?」
ミゲルは楽しそうにうなずく。
ジュンはお茶を入れ。先日ミーナのために作った、薄焼きのクッキーを出して、ミゲルに勧める。
ミゲルはクッキーを口にして、手渡された水晶と、ジュンが自分の部屋に入って行く姿を見ている。ただ、何か面白い物を見る事ができそうで、顔には笑みが浮かんではいたが。
まもなく、ミゲルの手元の水晶に先程の二人が写し出された。
『できました! 実験してみますね?』
『ほぉ。楽しみじゃのぉ』
『はい。その前にお茶にしますか?』
部屋から出て来たジュンが、笑顔でミゲルの所まで戻ってくる。
「どうです?」
ジュンは楽しそうに聞いた。
「これは記憶ができるのかのぉ?」
「そうです。そして通信機のある所に送る事ができます」
「便利じゃのぉ。さて、何をしたくてこれを作ったのかのぉ?」
ジュンはミゲルに、かい摘んで事情を話し計画を話す。
「通信機はカイ様の魔法陣でできているからのぉ。文字が全く分からず、解明がされていないのじゃ。ギルド総長だけが、原版を持っておってのぉ、他の通信機は陣が見えぬようになっておるのじゃよ。気を付けて使うのじゃよ?」
「はい。ちゃんと隠す文字も入れて使います」
「儂からジェンナに話しておこう。くれぐれも無理はせぬようにのぉ」
「はい」
ジュンはミゲルにあいさつをして、森の家を後にする。
「ジュンに尻拭いをさせる気かのぉ……。もしや駒じゃなかろうのぉ」
ミゲルは険しい顔をしながら、転移陣でどこかに移動していった。
ジュンはテントの扉を開ける。
「ただいまミーナ」
「ジュン……。いた」
ジュンは走って来たミーナを受け止めて抱き上げる。
「良い子にしていた?」
コクリとうなずくミーナを椅子に座らせると、倉庫から凍らせたハージンの皮にシャーベットを入れてテーブルにおく。
「レオとミーナにご褒美だよ」
「俺にもか?」
ミーナ以上の笑顔で、レオが聞く。
一口食べてミーナはうれしそうに、ジュンとレオを見る。
「うぅ、つめてぇ。ハージンより甘くてうまいな、ミーナ」
「気に入ってくれた?」
ミーナは大きく首を縦に振ると、再び食べ始める。
「レオ。ヘルネーまで転移はできませんか?」
「ギルドか城からだな」
「ギルドはまずいかなぁ。思っていたより、危なくなってしまいましたからね」
「あぁ。エヴァンに頼んで城の陣を使わせてもらえばいいさ。拒絶される程、親不孝はしてねぇしなぁ。俺」
「食寝亭のルークさんに頼んで、こっそり彼らにオードリーがミーナを連れて、ヘルネー国に行ったと、情報を流して欲しいんです。三人が向かったら、陣でヘルネーに行きましょう。レオはミーナと城に居てください。絶対に出ないでくださいよ。ミーナが危ないですからね」
「ジュンはどうするんだ?」
「証拠を手に入れますよ。そうしなければ、マドニア国までミーナを連れて行けなくなるでしょう?」
「行った所で、何を仕掛けてくるか分んないしなぁ。よし。じゃあ、今から宿に行ってくるぜ。ルークがいるといいんだがな」
レオが慌ただしくテントを出て行った。
ジュンはミーナに小さな腕輪をはめる。
「これは、お守りだよ? ミーナが本当に困った時は、この腕輪が僕を呼んでくれるからね? おばあ様に会うまで、外しちゃだめだよ?」
「ジュン……。あんしん……。だいじ」
ミーナは腕輪をした腕を、じっと見つめる。
さほど日を空けずに、ルークたちの協力で『黄昏の旅団』の三人は、思惑通りにヘルネーに向かったとの情報が入った。
微々たる預金を全て下して、馬車を乗り継ぐつもりらしいとルークたちに聞いて、ジュンとレオはただあきれる。
おそらく手元にあると思われるマジックボックスは、どうやら彼らの心の中では、すでに開いているようだ。
テントをしまう予定なので、ジュンは一人で洗濯をしていた時だった。耳の中に温かいお湯をそそがれたような感触に、ジュンは驚いて風呂場に駆け込む。
通信機の着信は音で分かるものだと思っていたが、倉庫にある通信機の音が分かるはずはなく。そのために自分の血と魔力を登録したのだと、遅ればせ気が付く。
『ジュン。なぜ大祖父なんだ? 水臭いねぇ』
『ジェンナ様? え? ご無沙汰しております』
『魔石はもらったよ。ありがとう』
『いえ。偶然、手に入ったので』
『あれを偶然とは言わんがねぇ。まぁそれは良い。いや、良くはないが……。まぁ良い。それより、今回の件だが、手を引く気はないのかい?』
『申し訳ありませんが、全くないです。彼らが魔物ならと、何度、思ったか分かりませんから』
その言葉を口にしてはいけない事は百も承知だろう。それでも、ジェンナに行く道をふさいで欲しくはなかったようだ。
『そうかい。ならば言おうかねぇ。彼らがカブラタの騎士団の言う通りの者だとしても、ギルドができる事は追放だけだ。ゼクセンの警備隊を率いる騎士団の動向を、そこのカブラタ国、レオナルド王子のヘルネー国、被害者の祖国であるマドニア国、なぜか分からんがコンバル国までが注目をしておる。しかし三人の言い分も聞かねばなるまいよ。彼らの家族はゼクセンにおるのだろうからねぇ』
『極刑にはならないと言う事ですね』
人が人を裁く時、それはいつもそこにある。奪われた命は数で数えられ、奪った者の命は一つでもいつも重たい。
イザーダの世界には魔法があり、誰もが武器を所持できる。
盗賊などのように、犯罪をなりわいにしていない限り、個人間のトラブルで魔法や武器を使う事は多々あるのだ。
罪の基準は問題を起こした回数で決まるのである。
『そうさねぇ。子悪党扱いに本来ならなるかねぇ。ただ、それではゼクセンの騎士団の格好がつくまいよ。なによりも他国が納得するまい』
『証拠がそろっても、泣き寝入りをせざるを得ないのですか?』
『ふん。泣き寝入りができるなら寝な。できないのなら多くの証拠を集めるんだ。いいかい? 二度は言わないよ。証拠がそろったら、ジュン。気の済むようにやりな』
『え?』
ジェンナの言葉にジュンが驚いた。
『罪を犯した者は、出身国の法が裁く……。ジュンを裁くのは私かねぇ』
『僕は品行方正でもなければ、正義の味方でもありません。売られた喧嘩は買いますし、ツバを吐かれたら殴ります。それが罪なら罰は甘んじて受け入れますよ』
『モーリス家の血かねぇ。子供だけは危険にさらさぬよう、転移陣を使いな。そっちのギルドには話しておくよ』
『ありがとうございます』
ジェンナが最後まで言葉にしなかったその思いを、ジュンはしっかりと受け止めていた。




