第二十五話 ジュンの始動
テントの中に入ると、ミーナは不思議そうに辺りを見回した。
ジュンがここには誰も入れないと告げると、ようやく安心をしたのか、つないでいた手を離す。
「ジュン……おうち?」
「誰にも分からない、秘密のおうちなんだ。気に入ってくれたかい?」
ミーナは笑顔で大きくうなずく。
テントの中では運動不足になると、レオとミーナは上機嫌で走り回っている。
ジュンはキッチンで、なにやら忙しそうである。
「ジュン、何の匂いだ? 菓子の匂いがするが……」
「うん。たくさん食べられないみたいだからね、間食にと思ったんだけど」
「へぇ。器用だな」
レオは粗熱を取っている、薄焼きクッキーを見て言う。
「ジャムを自分で乗せたら、食べる気になるかなぁと思ったんだけど」
ジュンの言葉を聞くと、レオはミーナに言う。
「ミーナ。ジュンが面白い菓子を作ったぞ。手を洗ってくるか?」
レオたちが手を洗っている間に、ジュンはミルクと紅茶を用意した。
「ミーナ、おいしい?」
ミーナはコクコクとうなずくと、ジャムを乗せては小さな口に入れる。
ミーナより大きめのクッキーに、ジャムを乗せてレオも横で食べだした。
この世界の菓子類は甘みが強く、特にクッキーは殺人的に甘い。
「甘くないから、ジャムを乗せるとうまいな」
「そう、良かった」
レオの言葉にジュンは小さく笑う。
(いやいや、それは普通のクッキーだからね? 十分甘いよ)
しばらくの間レオは騎士団に通い、何の情報も得られず帰って来た。
ミーナはエヴァンから贈られた絵本を、ジュンに読んでもらい、字に興味を持ったようである。
ジュンは倉庫にあった小さな黒板を出し、ミーナに字を教えながら、ゆったりとした時間を過ごすことにしたようだ。
ジュンは夜になると、土魔法の勉強をしながら陶器を作り始める。
魔法があるので、窯やまき、時間すらも必要がなく、粘土があれば結界を張るだけで、作る事が可能なのだから、待機の合間に挑戦することにしたのだろう。
カイもやっていたらしく、灰の種類で出せる色などの資料が残っている。
作りたかったのは、ミーナの食器。
ミーナの表情はかなり子供らしくなったが、もともと食が細いのか、食べる量が少ない事がジュンの心配の種のようだ。
試行錯誤を繰り返し、ミーナ用の食器が仕上がり、盛り付けをしたところで、レオが聞いた。
「なんだ? ミーナの飯か?」
「うん。いろいろと食べさせたいし、好みも分かるからね。女の子はかわいい物が好きでしょ?」
(お子様ランチはこの世界にはないようだけど、食の細い子には便利だよね)
ミーナはよほど珍しいのか、目は花の形の皿にくぎ付けになっている。
「ミーナ、このお皿の料理はね、食べる順番があるんだよ」
「あんのか?」
なぜかレオが尋ねる。
「うん。好きな物から食べて、全部食べる事が出来たら、ご褒美があるんだよ」
ミーナは目を輝かせた。
(これで好みがはっきりするね)
完食したミーナの手に、ジュンは小さな折り鶴を乗せる。
ミーナのうれしそうな様子を見ているジュンの横で、レオが真顔で言う。
「俺も全部食ったぜ?」
「え? レオも欲しいんですか?」
「幸せの鳥なんだろ?」
ジュンは二人の熱い視線を浴びながら、小さな紙を折る事になった。
緊張が解けてきたのか、ミーナは親を求めて、深夜に泣き出すようになり、ジュンとレオは交代であやす事になる。
ミーナは日中、わがままを言ったり、泣いたりはしない。
それが二人には不安だったので、寝ぼけていても感情をぶつけて来るミーナを、二人は大切そうに扱った。
ジュンが泣きやんだミーナを寝かせた夜。
レオがジュンに話があると言う。
ジュンはミーナに結界を張り、間の空間をゆがませて音を遮断する。
「ミーナの護衛の許可が、俺の実家とルマール家から降りた」
「レオの実家って?」
「ミーナの戸籍証が今はないだろう? このカードは三人の入国証になるんだ。俺の国ヘルネーとエルフの国マドニアのな」
「へぇ。便利だね。という事は分かったんだね、いろいろと」
「パーティーリーダーのリュメロは剣士だ。魔法使いはキャメロ。そしてクローテは槍使いらしい」
「え? 弓は? オードリーは毒矢の傷でしょ?」
「あぁ。毒はフーラルクと分かった。しかし黄昏の旅団が警備隊やギルドに報告をしたのはなぁ……。オードリーの裏切りだぜ」
「そうきましたか……。聞かせてくれる?」
レオは騎士団から聞いて来た事を話し始めた。
王都カブラタが見えて来た時。閉門に間に合わないと、一行は最後の野営の準備をしたらしい。
ミーナの父アルベルトは、依頼書にサインをしながら三人に感謝をして、王都に着いたら、割増金を払うとまで言ったそうだ。
三人がたき火の用意をしていると、突然一人の男が現れてアルベルト夫妻を切り付け『そのガキは金になるから、連れていけ』とオードリーに言ったらしい。
オードリーが子供を抱えて走り出し、冒険者の一人が追ったが、獣人族にはかなわず見失ったと悔しそうに語ったという。
冒険者たちは、その男の名前もすご腕の冒険者である事も知っていたらしい。それでもアルベルトたちを守ろうと、必死に戦ったが逃げられたと語ったようだ。
アルベルトは最後に『娘を父のもとへ』と冒険者たちに言い残したらしい。
彼の金品の入ったマジックボックスは、その男が持ち去ったと、彼らは語ったようだ。
「それで、騎士団はなんと?」
レオの話を聞いてジュンが尋ねる。
「ミーナの父親は『ミーナをルチアーノの元へ』と言ったんだと思うぜ。代々ルマール家はエルフの四長の一人なのは知っている者も多いが、それが女性である事は王家位しか知らないんだよ」
「彼らは『父』と言ったんですね……。でも証拠としては足りないでしょうね?」
ジュンは不快そうにつぶやく。
「奴らが矢の話をしていないのは、おそらく矢は回収したんだろうぜ。オードリーに当たったとは、思っていないんだろう。亡くなった事も知らずに探しているんだからな」
「オードリーがミーナを連れて訴える前に、先手を打ったのでしょうか? ばれるでしょう?」
ジュンのあきれた口調に、レオも同意とばかりに肩を落とした。
「彼らが名前を出した男は、ソロで未知領域専門に挑むゼクセンの冒険者らしい。カブラタの警備団と冒険者ギルド、オードリーが登録している雇用者ギルドが捜索している。オードリーもその冒険者もカブラタの国籍も住民籍もないんだ。黄昏の旅団もゼクセンの登録者だしな。カブラタ国としては派手に動けないらしい」
「その間に彼らはオードリーとミーナを、探しているって事ですか?」
「おそらくオードリーは始末する予定だろうな」
ジュンの気難しい顔を見て、レオはそのまま続けた。
「マジックボックスは他人では解除できねぇ。死ぬと魔力は流せないから、普通は家族も登録をする。ミーナは一人っ子だからミーナかルマール長が登録しているだろうが、ミーナが登録していると考えるのが普通だろうな。だからミーナを探しているんだろうぜ。実家は四長のルマール家でアルベルトは社会的地位もある、ボックスの中は期待できるだろうからな。こっちの騎士団はオードリーの手帳を信じている。両ギルドは逃げた冒険者からも事情を聴く方向のようだ」
「ふぅん。すご腕の冒険者と戦って、けががないのは不自然でしょ? 三人への取り調べはできないの? 自白剤は使えないのでしょうか?」
「旅は盗賊や恨みのある者に狙われて、命を落とす事なんて珍しくないからな。犯人扱いはギルドが許さないだろうな。目撃者も証拠もない。ミーナは五歳だしな」
「それじゃぁ、殺された方が悪いみたいですね」
ジュンはうんざりとした顔を、隠そうともしない。
「そう言うなって。ただヘルネーは二年に一度の、剣術大会が開かれるんだ。リュメロは参加したいはずさ。時間がねえからこそ、冒険者に声を掛けて血眼で探しているんだと思うぜ。陣を個人で持つなんて、普通はあり得ねぇしな。カブラタに逃げ込んだと確信してんだろうな」
「ミーナたちが見つからなければ、どうするんでしょう?」
「過去の優勝者とギルドの上級者は参加枠が別になるので、上位四位に入るとギルドの階級が一つ上がるんだ。五級になりたがっているなら、参加はしたいだろうが、まだ四級だから諦めるだろうな。大金の方が大事だろう」
ジュンは下を向き、何かをぶつぶつとつぶやくと顔を上げた。
「レオ、僕は明日、少し時間が欲しいです」
「何を考えている?」
「いろいろと考えていますよ。ただ、どうしても手に入れたい物があります」
質問の答えは返ってきそうにないジュンに、レオは諦めて言った。
「それで俺は何をすればいいんだ?」
「明日、ミーナと留守番を頼めませんか? このテントから出ないでくださいね。無人になると、認証が解除されますから、僕が戻るまで入れなくなりますよ?」
レオはミーナと二人っきりになるのは初めてだった。それでも胸を張って、ジュンに返事をする。
「お、おぅ。分かった。任せておけ」
ジュンはレオに気付かれないように、小さく笑う。
(そろそろ我慢の限界ですね。自分で動いた方が早そうです。僕は怒っていますから、首を洗って待っていてくださいね。許さない事に決めました)




