第二十四話 食寝亭
「ミーナ? 大丈夫だよ」
ミーナはしがみ付いていた、ジュンの足から顔を上げ、不安なのだろう、すがるような目でジュンを見つめる。
ジュンはミーナを抱き上げて、息の詰まりそうな小屋を出る。
ミーナを一度下ろすと、自分のストールをミーナの頭に掛けて、再び抱き上げる。
門扉の前の騎士たちに目礼をして敷地を出ると、レオが追い付いた。
「すまねぇ。巻き込んじまったな」
「僕は未成年者ですからね、発言をしても、ミーナを任せては、もらえなかったでしょうね」
「そうか。良かったんだな?」
ジュンは静かにうなずいた。
「宿に行く前に、ミーナの服を買いましょう。これではかわいそうです」
「だな。どうせなら、堂々と歩けるように男みたいな格好はどうだ?」
レオの言葉にミーナはキョトンとして言う。
「ミーナ……。ちがう」
「うん。ミーナはかわいい女の子だよね。だけどかわいいからすぐに、悪い奴らに見つかるかもしれない。だからね、そんな人たちに分からないような、格好をするんだよ。きっと似合う服を探してあげるよ」
ジュンの言葉を理解したのか小さくうなずく。
「ミーナ……。おとこんこ……。なる」
レオはその小さな決心に声をあげて笑う。
ジュンたちはメフシー商会に着いたが、大きな店舗だけあって人も多い。
ルーカスから貰ったカードは、ここでその価値を発揮する。店長に人目を避けたいと伝えると、店長室で買い物をさせてもらう事になったのだ。
レオが魔物の素材を、全て生活費だとジュンに渡すので、来たついでに、素材の買い取りも頼む事にしたようである。
ジュンはミーナの身に付ける物の全てを、店長の女性の従者に持って来てもらい、下着と寝間着は女の子の物を頼み、それ以外は性別を選ばない服を頼んで、レオと話し合いながら選んでいく。
ジュンは帰り際に、子供用の腕輪と大人用のペンダントを購入した。
人目を避けるようにして、ジュンたちは予約の入れてある『食寝亭』にたどり着いた。
レオが女将と話をしている間に、ジュンはミーナと部屋に先に上がる事にしたようだ。
「ミーナ。今夜はここに泊まるんだよ」
ミーナはジュンの服の端を握ったまま、辺りを見回す。
「大丈夫。そばにいるからね」
ジュンはミーナを椅子に座らせると、腕輪とペンダントを出しミーナとクレアの名前を付加して自分の左目に記憶させる。
レオが女将と一人の女性を連れて、部屋に入ってきた。
「ジュン。女将のデランナと看板娘のアレッタだ。二人は安心していいぞ」
レオの知り合いの宿だと聞いていたので、ジュンは疑ってはいなかった。
ジュンはレオの言葉に少し笑って、あいさつをする。
「ジュンと申します。この子はミーナです。お世話になります」
アレッタはジュンにあいさつをした後、ミーナの前で膝を折り、目線を合わせる。
「ミーナちゃん。アレッタよ、よろしくね」
ミーナは用心深くアレッタを見つめる。
「随分汚れちゃったわね。新しく服を買ってもらったんでしょ? お風呂に入って着替えようか?」
ミーナはジュンがうなずくのを見てから、ようやくアレッタにうなずいた。
「お願いします」
ジュンはミーナの服をアレッタに渡して頭を下げる。それから、ミーナの顔を見て、優しくほほ笑む。
「ゆっくり入って、奇麗にしておいで。ここで待っているからね?」
風呂がうれしいのか、ミーナが少し笑顔になると、アレッタと部屋を出て行った。
「だいたいの話は聞かせてもらいましたよ。うちは次男が冒険者で、今日は居るから安心してお休みいただいても大丈夫ですよ。ただ、食事は部屋に運ばせましょうね」
「すまないなデランナ。これから忙しくなるってのに、アレッタにまで面倒かけちまって」
「いいんですよ。ミーナちゃんの分はルークが張り切って作るみたいだから。食べさせてくださいね」
そう言うと女将は部屋を出ていった。
レオはミーナが一人で風呂に入れるのかを、見て欲しいと頼んだようだ。
「え? 一緒に入ればいいでしょ?」
「俺が人と風呂に入ったのはこの前、皆で入ったのが初めてなんだぞ? ジュンは爺さんと二人暮らしだったんだろ? 洗ってやれるのかよ」
「あぁ、なるほどね。深く考えすぎです。溺れないように、見ているだけでいいんですよ」
「そんなもん? 俺なんか今でも女官が洗ってくれるぜ」
ジュンはあきれてレオを見る。
「五歳ですよ? 女の子ですしね。風呂上りの風邪にだけ注意をしましょう」
「なんだ、それでいいのか。心配したぜ。そういえば腹も減ったな」
「ミーナの食事は、ルークさんが作るって何ですか?」
「あぁ、ここの料理はスパイスがたっぷりで、からいんだ。次男のルークは料理だけは跡継ぎの兄貴よりうまいんだよ。冒険者をやっているけど、ここの料理の素材集めがメインだ」
しばらくするとミーナを連れて、アレッタが部屋に戻って来た。
「レオさん。大丈夫ですよ。ミーナちゃんは上手にお風呂に入れます」
「あぁ。ありがとうな」
レオはアレッタに手間賃を渡しながら、ルークが宿の仕事が終わった後にでも、話ができないかと聞く。
アレッタは笑顔で、ルークに伝えておくと返事をすると仕事に戻って行った。
ミーナにかぶせてあったストールを外すと、気持ちが良かったのか、風呂上りの上気した顔が小さく笑う。
「さっぱりした? かわいくなったね」
ジュンはミーナに少な目の量の果実水を渡す。
「もうすぐご飯だからね?」
ミーナはこくりとうなずいて、果実水を口にした。
食事はターメリックの入っていない、スープカレーのような物。
「おいしいですね。米と合います」
「米で食べた奴を初めてみたけど、この食べ方は良いな。うまい」
スプーンに飯を乗せ、同じようにルーに沈めて食べながらリックが言う。
ミーナにはミルクが入った、から味のないシチューが出され。手のひらサイズのスイカで作った容器には、小さくカットされたフルーツが入っていた。
ミーナは自分だけ、料理が違う事が不思議なのか、しきりに見比べている。
「ミーナ。少し食ってみるか?」
レオが差し出した、ほんの少しのスープを口に入れたミーナは、目を丸くして口を押さえた。
「からかったか? ほらパンを食え。治るぞ?」
ミーナは涙目でパンを少し食べると、スプーンで自分のシチューをすくって、レオに差し出す。
「うめぇなぁ」
ミーナは満面の笑を浮かべてうなずくと、ジュンにもスプーンを差し出す。
「おいしいね」
ミーナはうれしそうに笑う。
結局、ミーナはシチューを三さじと、フルーツを三口程食べて食事を終えた。
(いくら小さくても、これはでは小食過ぎるよ。食欲にむらがある子なのかなぁ? それなら安心だけど……。これで旅をしたら、倒れてしまう)
ミーナが眠った後、ジュンとレオは一階の酒場の片隅にある、テーブルに座る。
同じ席には宿の次男のルークと、彼といつもパーティーを組んでいる、ワイアットとエミリーがいた。
「レオさん。気をつけてください。黄昏のリーダーは、リュメロという名前なんですが、まだ二人を捜しているみたいですよ?」
ルークの言葉に続いてワイアットが言う。
「オレ、聞かれたんっす。狼の女とエルフの子供を見なかったかって。見たら教えてくれって。たとえ見ても誰も教えないっすよ。あいつら、何するか分らないっすから」
夜は宿の酒場で給仕をしているエミリーがうなずく。
「黄昏の旅団は四級のパーティーですけど、良い噂は聞いた事がないんです。ギルドから五級に上がる、試験の話が来ないのはなぜかって、窓口でもめていた事があるんです。多分、護衛の依頼主からの、クレームが入っているんだと思います」
「あいつらゴロツキっすから、依頼の時だけ真面目とか、考えられないっす」
どうやら『黄昏の旅団』は、素行の良くない者たちだと分かったジュンたちは、騎士団との連絡をレオがして、旅立てる日まで外出せずに、テントで待機をする事にしたようだ。
部屋ではミーナが小さな寝息をたてている。
ジュンはミーナの体中に回復魔法を掛けながら、左目で異常を確かめる。
「ミーナの体も声帯も異常がないんですよ。自分の心を守って言葉が出なくなったのかもしれません。五歳ですよ? 守ってあげたいですね」
「あぁ。一番身近にいる大人を一度に三人も亡くすなんて、大人だって耐えられないぜ。このちっこい体を削って頑張ったんだ。俺たちが今度は守ってやろうぜ」
疲れていたのだろうか、レオの寝息はベットに入ってすぐに聞こえだす。
ジュンは倉庫から、ゼクソンのギルドで見て覚えた転送陣と、コンバルのモーリス家の転移陣を結ぶ陣を書く。
遺書以外の手紙を書いた事がないジュンには、相手が処分しない限り、消えない言葉を書く事に、まだ苦手意識がある。
それでも、想う気持ちを伝えたくて、ペンダントに手紙を添えて、クレアの元に送った。
場所が変わって、ここはモーリス家のある首都コンベルの住宅街。
一人の少女が、はじかれたように部屋を飛び出し、階段を駆け下りた。
モーリス家の転移陣に、クレア宛ての二度目の手紙が届いたのである。
クレアが嫌でなければ、王都から離れる時、一人で出かける時は身に付けて欲しいと書かれた手紙と、一緒に届いたペンダント。
「ジュン様。これでクレアを見つけてくださるの? 忘れられないように、いつも身に付けておきます。これで二人はつながっているはずなのに、私にはあなたが見つけられない……。本当は直接いただきたいのに……」
小さくうつむいて、つぶやいた願いは、誰にも届かずに夜に溶けていった。
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冒険者ギルドのレベル
一級 登録ギルドのある町の内外の軽作業及び、採取
二級 常駐依頼(一年中ボードに張られている、無期限の討伐と採取依頼)
三級 通常依頼(依頼主がギルドを通して依頼をした物)
四級 護衛依頼(隣国まで)五級昇格試験(ギルドが認めた者が対象)
五級 指名依頼(移動は無制限。断っても良い)六級昇格試験(四級と同じ)
六級 五級と同じ 七級昇格試験
七級 六級と同じ 未知領域依頼 昇格試験はない
特務隊 ギルド本部で災害級の魔物や国からの特殊依頼を専門に受ける。
入隊資格は公にされていない。入隊試験はない。




