第二十二話 王都カブラタ
ジュンとレオは、ゼクソン国からカブラタ国に入った。
旅は獣道に入って狩りをしたり、小さな村では補給を兼ねた、物々交換をしたりしながら続き、二人の笑顔は絶えない。
レオは獣人で足は速く、ジュンも身体強化で速度を上げる事が出来るので、馬車を利用するより速かった。
宿を利用しないので、家事はいつの間にか分担になっていた。
洗濯をしながら料理を作るのはジュンで、解体と掃除はレオがする。
ちなみにこの世界は、風魔法で吸い込む掃除機がある。ゴミも水も吸い込むので使い勝手がよく、おまけに当然だがコードレスである。
獣人族の中でも獅子族は、水にぬれる事を嫌うようで、レオは雨が苦手だった。
急ぐ旅をしている訳でもないので、雨のひどい日は、のんびりとテントで休む事にしていた。
ジュンは朝から数種類のソースを作っていた。肉の切れ端や骨や野菜くずをためておき、作りたかったのは森須家のブラウンソース。
幸いカイは大人になって酒飲みになったのか、料理の酒には困らない。
(どれだけ呑兵衛だよカイ。爺ちゃん譲りかなぁ?)
森須家自慢のソースは、一日がかりで作る物だったが、時間の魔法があるので簡単に出来上がる。焼き色を付けた肉をソースで煮込んだ物に、シチュー用に火を通した野菜を合わせてチーズをのせて焼くと、チーズがトロリと溶けて出来上がる。
「いい匂いがするな……。腹が減ってきた。手伝おうか?」
「すごい。出来上がりの匂いがわかるんですね。出来ましたよ。食べましょう」
サラダとパンをテーブルに置いて、二人は食べ始める。
「あれ? オークだよな? すげぇ柔らかい。うまいな」
「はい。僕の一番好きなソースで煮込んであります」
「俺も好きだぜ。肉味ソースだな」
「褒めているんですよね?」
「もちろんだ! サラダもあれしてくれ」
実はジュンは火の通った野菜は大好きなのだが、生の野菜は苦手なのだ。
自分だけサラダボウルに皿でふたをし、軽く熱を入れ蒸しサラダにして食べていたのだ。レオに見られたので勧めてみると、彼もサラダが苦手だったようで、それから二人は蒸しサラダを楽しむようになっていた。
軽く熱を加えたサラダは、温野菜とは違い、生の風味を損なう事なく、口の中の当たりだけを優しくするので、欠かせない。
「ドレッシングはどれにする?」
「ん? いらない」
レオは食べ終わったシチューの器にサラダを移し、おいしそうに食べた。
(どんだけ肉好きですか……。でも作って良かった。トマトソースも作ったので、後で保存食も作ろう。気に入ってくれるといいな)
「最っ高! 俺、しばらく雨でもいいぜ」
どうやら間食に出したピザも、気に入ってもらえたようで、ジュンはうれしそうに小さく笑う。
(一人じゃきっと簡単な物しか作らない。誰かが喜んでくれるから、料理って頑張るのかもね。喜んでもらえたら、こんなにうれしいんだから。兄ちゃんと姉ちゃんに押し付けられた家事だったけれど、もっと頑張れば、おいしいと言ってもらえたかなぁ。ずいぶん焦げた物も食べさせちゃったから、無理かもね)
二人は酒を飲まないので、風呂上りにはよく冷えた果実水を飲む。
飲みながらレオがジュンを見た。
「ジュン。俺んとこの、城に来ねぇか? 真面目な話」
「ありがとう。リックにも言われたんだ……。僕の魔力は、コカトリスで分かったと思うけど高いんだよ。名前がジュン・モーリスでしょ? どこかの国に仕えちゃ駄目な気がする。かと言って、何になるかは決めてはいないんだけどね」
「そうかぁ。まぁなんだ。決まらなければ声をかけろよ。俺は兄貴を支えなきゃならねぇし、ジュンが右腕になってくれれば、心強いと思っているからな」
ジュンは小さくうなずいた。今は国同士の戦争はない。しかし、どの国でも領地間の小さな戦はある。ジュンの力を得た領主や国がゆがまない保証はないのだ。
(『戒めの森』は一つでいいと思うんだ。僕はこの世界の、異物になりたい訳じゃないんだよね)
ジュンは、真面目な顔でレオを見た。
「お兄さんを支えないで、フラフラと旅をしていていいんですか?」
「リックに聞かなかったのか? 王位継承権三位までを持つ者は、十八歳になったら世界中の王にあいさつに行くんだ。普通は馬車に乗って護衛を付けて行くんだが、獣人族は一人で出される。兄貴は馬を使ったが、俺は自由にのんびり旅をしようと思ったんだ。そんな機会は生涯来ねぇし、大正解だろ?」
得意そうに胸を張るレオに、ジュンはため息をつくと言った。
「石化で死んでいたかも知れなかったんですよ? 危険じゃないですか」
「時々死者は出るからなぁ。まぁお家騒動があった時代でも、護衛はなしだったらしい。弱い奴は獣人族の王にはなれないんだ。俺は運だけは強いかもな?」
「言っててください!」
馬で駆け抜けたとしても、きっと楽な旅にはならないだろう。おまけにレオは優しいから、見て見ぬ振りはできそうもない。
(まぁ、不器用で優しい王族がいたって良いよね)
カブラタ国は世界で一番南に位置する。
入国してから二週間で、王都であるカブラタに到着した。
温度調節機能を付加してあるといっても、真夏に厚手のフード付きのマントを、着ている者はいないので人目に付く。王都を行き交う人々は、麻や薄い木綿や亜麻の布地で、淡い色合いの服装が目に付く。
レオに連れてこられた衣料店には、新品の服が並んでいる。
この世界は既製服の店が少ない。貴族は仕立屋に服を頼み、平民は布地を求めて自分で作るか、古着屋で購入するのだ。
「薄い布の服は古着で買うより、二倍の金でも新品を買った方が長く着られる。旅をするなら新品がいいぞ」
「レオは仕立屋で作らないの? いいんですか?」
仮にも王族なのだ。ジュンが心配するのも不思議な話ではない。
「ん? 作っているのは無名でも仕立屋だしなぁ。サイズが合えばそれでいい」
レオはそう言うと、生成り色のベルトシャツと薄藍色のパンツと、ストールを買いその場で着替えた。
ジュンは亜麻素材のベルトシャツと、パンツが倉庫にあったので、その亜麻色と同色の布に、赤いストライブが入ったストールを買い、着替えさせてもらった。
国土の四分の一が砂漠のこの国では昼夜の温度差も激しく、砂を含む風が吹くので、男女共にストールやスカーフが必需品である。
カブラタにはレオの知り合いの宿があり、料理がおいしいと誘われれば、断る理由はジュンにはない。
ジュンは細身で性別の判断が難しい顔らしく、のん気に買い物をしていると、いろいろな騒動に巻き込まれる。しかし、町中にあふれている果実の誘惑には勝てなかったようで、宿の予約を済ませると、食料の買い出しにレオを引きずり回す。
二人は屋台で買い食いをしながら歩いた。国が変わると食べ物も変わる。
ジュンにとっては、どれもが鮮やかに目に映る。
酸味や辛みのある物が多いがその味にするには、当然甘みが不可欠で、体力を消耗しやすい国ならではの料理だった。
屋台の通りの物陰から、その子供は突然現れた。
「カイさま……。おうさま……。オリ……。たすけて……。オリが」
エルフなのだろう、とがった耳が見えていた。服も体も薄汚れ、やせ細っているその子供をジュンは思わず抱き上げた。
「名前はいえる? 君はだれかな?」
「……ミーナ」
「良く言えたねミーナ。それでオリはどうしたの?」
「あっち」
どうやらオリに何かがあって動けないようだが、ミーナという少女は話す事が得意ではなさそうだった。
ジュンとレオは取りあえずミーナの指示通りに歩いて、そのオリに会いに行く事にしたようだ。
レオは近くの果実水の屋台で、蜂蜜水を買ってミーナに飲ませる。
一口飲むと、よほど喉が渇いていたのか、目を見開いてから、喉を鳴らして飲み始めた。
王都の門から塀沿いに、幼い子供が歩けるとは思えない距離を、進んだところに大きな貴族の館があった。館の門に門番の姿はなく、ミーナはそこでジュンの腕から降りると、鉄製の門扉を登り始めた。
「おいおい。こら待てチビ。ここはおめぇの家か?」
レオの言葉にミーナはうつむいて首を横に振った。
「ひと……。いない……。オリいる」
「門番もいないし、空き家かもしれません。入ってみましょう」
どう見ても、ミーナが平気で悪さをする子供には見えない。
今にも折れそうな体で、救いを求めに来たその理由を確かめようと、ジュンはレオに目で同意を求めた。




