第二十一話 王都ゼクソンまで
三人は町を出た。
カルロたちはジュンの所なら、安全は確保されている事と、なにより王族が二人もいては息が詰まるだろうと、リックが朝までの自由行動を許可したのだ。
テントの入り口では、レオがお約束の停止状態。
リックがそれを見て大笑いをしている。
「な、なんだここは?!」
「テントだってジュンが言うんだよ。違うよねぇ? あ、靴は脱ぐんだよ」
リックに言われて、レオは器用に辺りを見回しながら靴を脱いだ。
「違うだろ。取りあえず、おじゃまをする」
「ジュンはこの世の者じゃない気がするんだよ。いろいろと変なんだ……」
(この世の者じゃない……。言い得て妙ですよね)
リックはジュンと、コンバルで出会ったところから話し始めている。
学校の試験の話は、レオも聞いていたらしく大笑いをしていた。
(ギルドと王族の情報網は要注意ですね。学校って守秘義務がないんだっけ?)
今日手に入れた、鮭やマスのようなオレンジ色の身をした魚で石狩鍋を作る。手に入れた味噌は大豆が原料の甘味噌だったのだ。
鍋が濃厚なので、肉好きの二人には、大きな肉をシンプルにガーリックと塩、コショウで焼き、そのフライパンでソースを作ってかける
(豆腐は作れるけど、白滝は無理だろうなぁ。取りあえず野菜が食べたい!)
鍋から自分で器に入れた事がないと言う二人は、面白がって鍋を楽しんだ。
「ジュン。この肉、すげぇ、うまいんだけど何の肉だ?」
「レオも気になった? 私もなんだ。でもジュンだからねぇ。食べ終わってから聞こうかと思っていたんだよ」
レオとリックの疑問に、ジュンは笑顔で答える。
「あぁ、いい味でしょ? 戒めの森にいた、サーペントの亜種ですよ」
「うまい訳だ。貴重な物をすまんな……」
レオの言葉にリックが同意する。
「おいしいね。今回は先に聞くべきだったなぁ。珍しい物なのに」
「一人で果物を採っていたら出会ったんですよ。倒してからミゲル様に見せて、亜種だと教えてもらったんです。おいしいから得をしましたよね」
ジュンの話を聞いてレオが言う。
「リック。なんか俺、分かった気がする。ジュンと付き合うコツ?」
「驚きと諦めの間にある、笑いの心地良さは、ジュンの性格があるからなんだよ」
二人の会話を完全に流して、ジュンはうれしそうに尋ねる。
「仕上げの『おじや』食べるでしょ?」
二人は『おじや』を知らない。それでも笑顔でうなずく。
ちなみに獅子族のレオは猫舌ではなかった。
翌日から六人での移動が始まる。
食事の支度はカルロとジュンが担当になった。
ホリスは馬の世話があり、エイデンはリックとレオの身の回りの世話。
レオは解体が上手で、日に数回ほど狩る魔物を手際良く解体していく。
リックは……。リックは……。うれしそうに笑っていた。
カルロの母親は料理が好きだったらしく、手伝いながら料理を見て覚えたらしい。
「カルロさんすごいですね。それに手際がとてもいいです」
「私には妹や弟が四人もいたんですよ。麦やイモなら畑にありましたから、こうして水あめや、あめ玉を作っては食べさせていたんです」
出来上がった水あめは、砂糖も使っていないのに素朴な甘さがあった。
(たしか婆ちゃんが子供の頃、作ってもらったって言ってたから、同じ物かもしれないなぁ)
ジュンはカルロがあめ玉にした残りの水あめに卵・薄力粉・ミルクを入れて小判型に焼くと、そこに手作りジャムや、カスタードクリームを入れ二つ折りにしてみる。
「カルロさんどうです? これなら簡単で種類もたくさんできます」
「本当ですね! ジャムは田舎ではいろいろと作りますし。今度作ってやります。甥や姪が喜ぶ姿が目に浮かぶようです」
「カルロ。甥や姪の喜ぶ姿は休暇までお預けだよ? 私の喜ぶ姿なら今すぐ見られるけど?」
甘い匂いに誘われて、やってきたリックのおねだりに、カルロは優しくほほ笑んだ。
「男が六人もいて、甘い物が苦手って奴がいないのは珍しいよな?」
レオの言葉に、ジュンは皆にお茶を入れながら言った。
「好きなだけ飲んでくださいって、お酒は出してあるのに減りませんからね」
「あれ? エイデンとホリスは酒飲みのはずだよ?」
リックに言われて、ホリスが苦笑いを浮かべる。
「リチャード様。だされてるお酒は全て、市場ではめったに手に入らない物なんですよ? でている物だけで、家が建ちます」
「あぁ、なるほど。ジュンだしね」
ジュンはそれを聞いて小さく笑う。
「そうなんですか? なら急いで飲むか、マジックバックに入れるといいですよ? 僕は料理に使うだけですからね」
ジュンは二人に酒を持たせ、ついでに酒の種類や価値を教えてもらった。
「祖父から譲り受けた物で、よく分からなかったんです。これで料理に使う順番が決まりました。ありがとうございます」
礼を言うジュンにエイデンがつぶやいた。
「ここまで聞いておいて、なぜ料理に使うのでしょうか……」
リックはあきれた顔をしながら、立ち上がって胸を張り、エイデンを指差す。
「エイデン。その答えを教えよう『ジュンだから』だ」
聞いていた全員が首を縦に振って同意した。
ちなみにジュンも一緒に首を縦に振っていたのは、つられただけである。
数日後。ジュンたちは無事に王都ゼクソンに到着した。
リックたちはゼクソン城に行く事が、この旅の目的だったようで、城には、しばらく滞在をしなければならないらしく、王都の門で別れる事にしたのである。
レオはギルドに、生存報告の義務を果たしに出掛けた。
ジュンは王都の見物を兼ねて、メフシー商会に向かっている。
来る途中で狩りをした物のほとんどは解体を済ませていたが、リックとレオが分配を固辞したのでゴブリンの亜種とコカトリスは、手を付けていなかったのだ。
ジュンは素材の売却と解体を商会で頼む事にしたようである。
ゼクソンのメフシー商会でカードを見せると、すぐに店長が親切に対応してくれた。解体も快く引き受けてくれたので、コカトリスの魔石ともも肉を残し、売却する事を伝える。
解体が終わるまで店を見て回ると、装飾コーナーにある髪飾りが気になったようで、ジュンは足を止めた。
繊細な銀の細工物で、葉脈のモチーフに赤い石が付いている。
ジュンは代金を支払うと部屋を借り、石化防御と混乱防御を付加をしてから、包装してもらう。
コカトリスの素材はめったに手に入らないようで、商会は大層喜んでくれ、解体料は取られなかった。肉の包みをかばんに入れ、魔石は包装をしてもらってジュンは店を後にする。
次に向かったのは、ゼクソンの冒険者ギルド。
ジュンは真っすぐに受付に向かった。
受付にいるいかつい大男が、視線だけをジュンに向ける。
「本部の総長ジェンナ・モーリスと、コンバルのギルド長アンドリュー・モーリスに荷物を送って欲しいのですが」
男は片方の口角だけを器用に上げて言った。
「ギルドの会員証を見せてくれ」
「会員証はありませんので、これを」
ジュンは国籍証を出す。
男はそれに目を通すと、ようやく笑顔を見せた。
「ギルド長のダークだ。アンドリューとはガキの頃からの付き合いだぜ」
「ジュンです。よろしくお願いいたします」
ダークは優しい表情でうなずく。
「あぁ、聞いている。ギルドに送るより二人の家に送った方が、良いんじゃないのか? 送れるぜ?」
「本当ですか? それは助かります」
ジェンナには小遣いのお礼と近況報告の手紙を書き、コカトリスの魔石を送り、クレアには手紙と髪飾りを送った。
(クレアが気に入ってくれると良いのだけれど……)
ダークから送付証明書を受け取り、礼を告げてジュンは門に向かう。
門の前では、レオが大きな荷物と共に立っていた。
「待っていたぞ。良い魔道具が手に入った」
「何です?」
「帰ってからな」
レオとは獣人国のヘルネーまで、狩りをしながら旅をする事になっていた。
テントの中で、レオが荷物を解いている。
「壊れやすい物ですか? 丁寧なこん包ですね」
中身を知らないジュンは、興味深く作業を見ていた。
「いや魔道具だが丈夫だぜ。すげぇ重いから、持ちやすくしているだけだな」
程なく姿を見せたのは、人が入れそうな陶器の箱。
魔道具は陶器と金属と魔石でできている物が多い。その魔道具とよく似た物がこのテントにもあるのだ。
「冷蔵庫?」
「一般家庭じゃ、使われていないからなぁ。これは洗濯機だ」
(出ました! 大型家電!?)
「ジュンはいつも夜に洗濯をしているだろう? 城や警備隊を抱えている領主の所にはあるんだよ。もっとでかいんだけどな。知り合いの魔道具屋に頼んでおいたんだ。世話になってるからな。使ってくれ」
「ありがとう。レオも遠慮しないで、洗濯物を出してくださいよ? 燃やすのはもったいないです」
「あぁ。見られていたか……」
レオは視線をそらして、頭をかいた。
ジュンの洗濯は風呂場で洗剤水に浸した服に、風魔法をぶつけて汚れを飛ばす方法だった。汚れがひどい時は、ミゲルに教わった時の魔法で、時間を戻す洗濯をしていたのだ。洗濯棒でたたく方法は、布地が傷みそうで抵抗があるジュンには、有り難い魔道具だった。
陶器の中にはフタ付きの大きく円筒形の金属容器が収まっていて、風・水・火の魔石が設置されていた。
風と水の水流が一定にならないように、金属容器の内側には凹凸があり、乾燥機能まであるが、全自動ではない。
洗い・すすぎ・乾燥は目視の必要があるのだが、大物を洗うにはかなり都合が良さそうだった。
早速、楽しそうに六人分のシーツの洗濯を始めたジュンを、レオは満足そうに見ていた。




