第十九話 蜂蜜と炊き出し
村長夫人が、一人の女性を案内してきた。
「先程は命を救っていただき、ありがとうございました」
「もう大丈夫か? ここに座れ」
レオは彼女を座らせると、それぞれ自己紹介をした。
イラーリは家計を助けるために、女性冒険者になったと言う。
人間族だが回復魔法が得意らしく、レオとは数回パーティを組んだ事がある、顔みしりらしい。
今回一緒にいたのは、フラーゲンとアルトという名前だとイラーリは言った。
「今回は公爵家のご子息からの、指名依頼だったんです。フラーゲン様とは初めてお会いしたんです。アルトさんとは学校が一緒でした」
彼女が言うには、アルトの紹介で回復役の依頼がきたらしい。どこで何をするのかも分からないのに、依頼料が二日で大銀貨五枚と破格なのが不安で、ギルドに来たレオに相談したらしい。
「レオって冒険者もしてたっけ?」
「いや、母上へ二日に一度の生存報告だ……」
聞いたリックがあきれて笑った。
フラーゲンはこの村で怪しい人物から何かを買い取ったらしい。
「それがコカトリスの卵だったんです」
「なんだって?! どうしてあの時、言わなかったんだ」
レオが声を上げ、立ち上がった。
ジュンはレオを座らせてから、彼女に優しい目を向ける。
「その卵はどうしたんですか?」
「コカトリスに村が襲われた時、フラーゲン様の静止に逆らって、アルトさんは卵を抱えて、村から出てすぐに壊しました。アルトさんは、知らなかったみたいなんです。それから私に『ごめん』って……私、私では石化は治せない。知っていたらお断りしたのに……。村に迷惑をかけるからって、そのまま森へ行かれて……」
イラーリは涙を流しながら、つらそうにうつむく。
彼女はそれでも、村に着いたレオと、森まで二人を助けに行ったようだ。
卵は雄が産むと書かれた文献も多いが、雌が産む。ふ化まで九年間もかかるために誤解を招いたようだ。卵は常に湿らせておく必要があるので、カエルの生息する沼地で育てられると図鑑の解説には書いてあった。
(卵で何がしたかったのか分からないけど、浅はか過ぎて腹が立つよ。泣き叫んでいた子の前で殴ってやりたい。それもグーでです!)
村長の家で朝を迎えたが、誰もが疲れた顔をしていた。
村は六人の犠牲者を出し、静かではあるが人々は弔いの支度に忙しい。
村長もまた、忙しそうに走り回っていた。ジュンは時々気付かれないように、回復魔法を村長にかけていた。
(気が張っている時は動けるんだよね。後から疲れが出るんだよ、お年寄りはね)
領主が自ら、兵とギルドの冒険者を率いて、駆け付けて来た。
村長に話を聞いて、領主はジュンたちのいる場所までやってきた。
ドミニク・アスベル伯爵は自己紹介の後、感謝の言葉を口にし、イラーリに事の真相を聞くと眉間にしわを寄せた。
「皆さんには、どんなに感謝をしても足りないのです。ですが、アスベルの町までご足労願えないでしょうか? お礼もさせていただきたいのです」
ドミニクの言葉にリックがいぶかし気に眉を上げた。
「本当のところはどうなんです? 私たちに何か用事があるのでしょう?」
ドミニクは諦めて、話す気になったようだ。
「私はかつて、コカトリスで領地の村を一つ、失ったのです。今回は皆様が偶然お立ち寄りくださったから、村が救われたのです。出来ましたら父親に、嫡男の遺体を返してやる時、事実を話していただきたいのです。私は彼の友人を長くやり過ぎたようです」
リックは王都に行く予定だったので、その町には立ち寄る予定があった。
レオはアスベルの町に、イラーリを送るつもりだったらしい。
ドミニクは依頼完了のサインを、父親にさせるとイラーリに約束をした。
ジュンは、菩提樹の蜂蜜の事しか考えない事にした。
(伯爵の家での事情説明に僕はいる? 息子には腹が立つけど、息子を失った親なんて無理。父親と被って泣ける自信があります)
どんよりとした顔のジュンを、村長が呼びに来た。
「村の者たちが何かお礼がしたいと、話し合っておりましたところ、カルロ様がジュン様が菩提樹の蜂蜜がお好きで、この村においでになったと伺いました。村の者に話したら、皆が大喜びでしてね。こうして集まったんです」
さほど大きくもない村なので、話こそしていないが、昨日から幾度も見た事のある人たちだった。
「僕に菩提樹の蜂蜜を売ってくださるのですか?! 村が大変な時だから、諦めていました」
「売るだって? 兄ちゃん。バキス村にそんな恩知らずはいねぇよ。幾らでも持ってってくれ」
「あぁ、そうだともよ! うちの旦那が生きていれば、いつだって手に入るんだ。助けてくれてありがとよ。ほら、あんたも礼をいいな」
声の大きな、小柄の女性の後ろにいた、大きな男が頭を下げた
「ん? あぁ。その助けてくれたんだってな。普通の治療師じゃ無理だったって聞いたぜ。ありがとうな」
「村の自慢の蜂蜜だ! さぁ持って行っておくれよ」
「今年はまだまだ採れるんだ。遠慮はなしだぜ!」
陶器製の瓶ではなく、つぼが次々に並べられていく。しゃがんだ子供程のつぼに並々と入っている蜂蜜。
「こんなにいただけません。それにまた、お元気になられた皆さんと、バキス村に会いに来ます」
蜂蜜の中でも、菩提樹の蜂蜜は希少なのだ。人手が減ったこの村を支える大切な蜂蜜を、ジュンは一つぼだけありがたくいただいた。
村の広場で村人と、助けにきてくれた人たちへの、炊き出しが始まった。
大きな鍋が次々と、たき火を囲った石の上に載せられて、村人が育てた野菜や肉が投入される。
村の女たちに混ざって、ジュンもそれらをいため出した。水を入れて煮込む間に各家庭で貯蔵されていた、野菜の酢漬けを数個の大きな器に分け入れる。
領主のマジックボックスから、器とパンが大量に出された。
村一番の料理上手が、各鍋の味見をして調節していく。
ジュンは出来上がった物を器によそい、並んでいる者たちへ手渡していた。
それぞれが仲間たちと、酢漬けの器を手渡しながら食事が始まった。すぐにお替わりの列がどの鍋の前にもできて、鍋が空になるまでそれは続いた。
空になっても大きな鉄鍋は重い。男たちがその鍋を村の水場に運んで洗っていく。
村長の家の一室では、リックやレオたちが食事を終えていた。
食べ損ねたジュンは自分の倉庫からパンを出し、いぶした肉と野菜にマヨネーズをかけて挟み、果実水を出して食べ始めた。
「まだおなかに余裕があるなら、食べますか?」
全員がコクコクと首を縦に振った。
実は彼ら、お替わりには並べなかったのだ。
「うまいな。黄色いソースが良い味だ」
レオの言葉になぜかリックが得意そうに言った。
「だろう? ジュンは料理上手なんだよ」
「上手だな。この肉はどこで買ったんだ?」
「肉は狩りですよ? 塩漬けにしていぶした、ただのベーコンですよ?」
その言葉にリックは笑い。レオはまじまじとジュンを見た。
騎士たちはその光景を見て小声で言った
「出ましたね。ただのベーコン……」
「ジュン様らしい」
「不思議な方ですよね」
食事を終えると出発の準備が始まった。
村人たちに見送られて、ジュンたちはアスベルの町に向かう。
馬車の中にはリック、レオ、イラーリ、ジュンが乗っていた。
アスベルからバキス村に援護に来た者は、宿泊施設がないため、昼飯後は火葬などを手伝う者を数人残して、とんぼ返りをするしかなかった。
コカトリスを単独で打ち取り、石化や混乱に陥った村人の治療を行ったのが、十五歳の少年だと聞いて彼らは一様に驚いた。
名前すら聞いた事のない少年は、気の弱い少女のような風貌で、村人と共に炊き出しを作り、笑顔で配給の手伝いをしているのだから、兵や冒険者にも欲は出る。
さまざまな思惑からジュンを守るために、リックは馬車にジュンを乗せた。
(せっかく、いろんな人が馬に乗せてくれるって、言っていたのに……)
太陽が沈むべき場所に、少し傾き始めていた。
どこまでも広がる、畑の青い麦たちの頭を、優しくなでながら、風が通り過ぎていった。
(畑だよ? ハ・タ・ケ! 気持ち良さそうだよねぇ。歩きたい……)
アスベルの町に着いた時には既に夜になっていて、連れて行かれた領主の屋敷は、高い塀に囲まれた要塞のようだった。
馬車に入れられていたジュンに、宿やテントの選択肢はなかった。




