第十八話 バキス村の災難
二日後。馬車は国境に着いた。
出国手続きでコンバルのカードを返却すると、保証金が戻される。
隣の係員に入国税として銀貨二枚と、保証金として金貨一枚を支払って、ゼクセンの入国カードを手に入れる。
リックの馬車は特別のようで、並ぶ事もなく簡単に通してもらえたが、国境を通るのは一日仕事になりそうだった。
村が見える場所まで来ると、ジュンは馬車を止めた。御者台にいるホリスが馬車の中に声を掛けた。
「リチャード様! 村の様子が妙です!」
「何事だ?」
エイデンとカルロが馬車から降りて来た。
「魔物でしょうか? 人が逃げていきますね。僕。見てきます」
ジュンの言葉に、慌ててリックが引き止める。
「待て! ジュン。皆で行こう。村人が逃げる魔物ならば、一人では危険だ」
速度を上げ、村の手前まで来た所で馬車を止めた。
「逃げろ! 石だ! 石にされちまう!」
逃げて来た男が叫んだ。
ジュンは村の入り口に立ったが、中に魔物は見当たらない。
リックたちも入ってきて、近くでぼう然と立ち尽くす老人に話かけた。
「この村の方とお見受けする。私はリチャード・アルバラードだ。何があったのかご説明願えるか」
「村長のアブラーモです。あっ!」
われに返った老人の目に光が戻る。
「どうか! どうか! アスベル様に、いや……」
懐から雑な紙切れを出し、何かを書くと近くにいた騎士服が目についたのだろう、ホルスにそれを手渡した。
「領主のアスベル様に、一刻も早くお願いします! 村の者がコカトリスに石化されました!」
顔色をすでになくしている老人を見て、リックが指示を出す。
「ホルス、エイデン! 急ぎ領主の元に行け! 領主の警備隊を連れてまいれ。私の証を持っていくがいい」
「しかし!」
エイデンは護衛として任務に就いている。
騎士として、リチャードのそばを離れる訳にはいかない。
リックは困った顔をして言った。
「エイデン、馬とホルスを頼むぞ?」
カルロのうなずきを見て、エイデンは決心したようだった。
「御意!」
先に行ったホルスを追うように、エイデンは走り去った。
ジュンは先程から瞳を凝らしている。
「リック、カルロさん。石化した村の人で呼吸をしている方は、半日症状が進行しません。治りますので一か所に集めてください。それと呼吸のない方は、申し訳ありませんが、僕ではお力になれません」
ジュンは村長に頭を下げて、森の方に向かった。
「ジュン。どこへ行く!」
「人がいるんだ。リックは連れていけない。僕を待っていてくれるね?」
「あぁ。待っていよう。死ぬなよ」
ジュンは前を向き、後ろに手だけを振った。
森の手前に何がいるのかを、左目が伝えている。だからこそ、リックを連れてはいけない。
村外れの森の境にいたのはコカトリス。
その目の前で男は盾を持ち、既に石化して動かないであろう足で、仲間を守ろうと敵と対じしていた。
コカトリスは、目の高さが二メートルほどの大きさの雄鶏で、コウモリ状の翼を持ち、長い尾には毒がある。厄介なのは混乱を引き起こす鳴き声。そして目が合うと人を石化させる眼力だ。
ジュンはコカトリスの背後に、ストーンパレットを落とし、男とのにらみ合いに水を差す。
「敵の目は見ないで! 足と尾の動きを見ていて!」
ジュンは男を移動させ、結界を張ると強回復の魔法を掛ける。
「すまない。助かった」
「あれに手を出してもいいですか?」
「あぁ。私は剣士だ。近づけない」
ジュンは自分に身体強化の魔法をかけると、コカトリスの足をにらむ。
「この森に君の住む場所はない!」
ジュンはコカトリスの足元に、次々にアイスアローを打ち込みながら走った。
コカトリスは飛ぼうとその翼を広げるが、足からはい上がる氷は、既にももに達していて動く事はできない。
ジュンはエアーカッターで尾に攻撃を加えた。さすがに一撃では傷を付ける程度だが、目的は尾を切る事ではない。
ジュンは尾を見る瞬間にできる、わずかな敵のすきを見逃さなかった。
コカトリスが、ジュンからわずかに気をそらしたその時、首を二枚のエアーカッターで跳ね飛ばした。
コカトリスを倉庫に片付け、周囲の土地と樹木に時の魔法をかけた。
「見事だな……。助かった。ありがとう」
ジュンは男の礼にうなずく。
「その子は助かりますよ? 大丈夫。二人の男はごめんなさい。無理です」
「本当か?! 助かるのか?」
「はい。村まで運べますか?」
男はうなずいて、その女性を抱き上げた。
ジュンは息のない男を二人、倉庫に入れてから村に向かって歩きだす。
村の集会場は、石化の苦しみと精神混乱の叫び、それを慰める付き添いの家族で会話すらできる状態ではない。
ジュンが村長に頼んだのは、治療ができないので動揺している付添人を、すべて外に出してもらう事だった。
それから石化や精神混乱で、その場所を飛び出さないように結界を張る。
結界内に高回復を重ねて掛けていくと、徐々に声が小さくなっていく。
ようやく静かになった集会場の結界を解くと、外で随分と心配していたのだろう人々が入って来た。
互いに無事を確かめ合うと、ジュンに礼を告げて集会場から、それぞれの家へ帰って行った。
「ありがとうございます。なんとお礼を申し上げて良いのか……」
「いえ。亡くなられた方もいらっしゃいます。お力になれなくて、すみません」
村長の言葉にジュンはそう答えるしかなかった。
コカトリスに見つめられていた時間で、症状が変わるが、石化により呼吸が止まってしまうと助からない。石化は十二時間程の停滞期に治療を行わないと、完治は望めない。
コカトリスの石化は植物にも有効で、自分の餌であるコッカ草以外は土まで枯らしてしまう。その土地には数年間、植物は育たない。
「十年も前になります。コカトリスの被害にあった村があったのです。領主様はすぐに警備隊と冒険者を向かわせましたが、すでに村は全滅していたのです。その後は作物どころか、草も生えませんでした。この村はあなた様が来てくださったので、助かったのです」
村人に次々と感謝の言葉をかけられたが、母親を亡くしたのだろう、泣き叫ぶ子供の声が耳に入って来て、ジュンは目線を落とした。
バキスは小さい村である。自分や家族の無事を喜んでばかりはいられない。
仲が良い村だからこそ、失われた命への悲しみも大きい。
ジュンは青い空を眺めて大きく息を吸い吐き出した。
(やれる事はやった。僕には命を戻す事も、悲しみを取り除く事もできないんだ。魔法は確かに便利だけれど、万能ではないからね。人が一番欲しい物は魔法では手に入らない。魔法で手に入れてはいけないものなんだ)
ようやくジュンが平静を取り戻した時、リックに声を掛けられた。
「ジュン。ちょっと良いかい?」
案内されたのは、村長宅の一室。
村長の奥さんだろうか、上品で物静かな老婆がお茶を出してくれた。
「何かあったの?」
ジュンがリックに聞くと、先程の男が立ち上がった。
「まずは自己紹介をさせてくれ。俺はレオナルド・ジャカール。ヘルネー国の国王の第二子になる。先程は助けていただき、深く感謝する」
ヘルネー国は獣人族の国で民族は多種に及ぶ、王子は獅子の獣人だった。金色の目と金色の髪が見事に輝いている。
「王子様なんですね? 僕はジュンと申します。平民です」
ジュンはにこやかにあいさつをしてから、リックに言った。
「すごいねリック。王子様に初めてお目に掛かったよ」
「……そうか。良かったな?」
リックは気まずそうに、苦笑を浮かべるしかない。
「リチャード様……。そろそろ言わなくては、罪が重くなりますよ」
カルロが小声でアドバイスをした。
「今更言えるか!」
リックが小声できれた……。レオナルドは獣人で耳は良い。
「ジュン殿。俺はリックと幼馴染みなんだ。リックはコンバル国の第三王子、王子様だ。だから俺は二人目の王子な? リックを愛称で呼ぶのなら、俺もレオと呼んでくれ」
レオはリックを見ながらニッコリと笑った。
「はい。でも駄目ですよレオ。僕はいつ言ってくれるか、楽しみにしていたんですからぁ。それに殿は勘弁してください。ジュンで良いです」
リックは驚いた顔で言った。
「いつから知っていたの?」
「中等の試験? 柄は見えなかったけど、剣に紋章がついていたでしょ? よぉく考えましたけど、金持ちの平民に護衛はついても、騎士様はないと思います。僕たちは十五歳ですよ? 騎士様に指示を出せるのは、王族しかいないでしょうね?」
リックはうな垂れて言った。
「人が悪いよ……」
「僕はそれでも、リックとは平民でも王族でも、友達でいたかったんですよ」
(初めての友達だなんて、照れくさいから言わないけどね)
リックは顔を上げると、とてもうれしそうな笑顔を見せた。




