第十七話 テントの中で
リックは改めて、ジュンを護衛の三人に紹介してから言った。
「ジュンの事は、気にしちゃ負けだからねぇ。彼、私の事も貴族だと思っているようなんだよ」
「アルバラード家は貴族じゃなかったんですか? ごめんね。合格発表は見たんだけど、僕は亡くなった祖父と、人のいない場所で暮らしていたから。貴族の名前はよく知らないんですよね」
ジュンは素直にそう告げる。
「ね? いろいろと変わっているでしょ?」
リックは笑いながらそう言ったが、騎士たちは気の毒そうにうなずいた。
「さすがに僕だって分かるよリック。貧乏平民が騎士様となんて、一緒に旅はできないでしょ?」
「ここまでくると、天才の域でしょ?」
三人の騎士は練習したように、口を開けたままうなずいた。
(多分、騎士を従えているリックは、王家の関係者だと思うんだ。本人が言わないのに聞く事はしないけどね。だって、もし王子様だとか言われたら面倒だしね)
ジュンは取りあえず、入浴をすすめて食事の支度を調える。
テントに馬屋はないので、馬は解体室に入れるしかない。
ホリスは馬が好きなようで、傷がいえたばかりだというのに、マジックバックから、馬用の水おけを出し、牧草を出して馬をねぎらう。
ホリスの乗っていた馬が最初に襲撃され、馬は助からなかった。彼の傷が深かったのは、落馬の後で襲撃されたのが原因だったようである。
食事は作ってあったトマトシチューや唐揚げなどを出し、倉庫に入れてあったカイの酒も出した。
「ジュンには本当に驚かされるよ。このテントの事は誰にも言わない。まぁ、言っても信じてもらえないだろうけどね。石のテントなんてさ」
リックの言葉を聞いて、ジュンは少し困った顔で言った。
「これを作った人は、少し変わっている人なんですよ」
「ジュン。君がそれを言うのは、どうなんだろうね?」
全員が同じ事を考えていたようで、微妙な顔でジュンを見た。
旅の途中は宿屋であっても、護衛の者は気を抜く事ができない。
彼らは久しぶりに、ゆっくりと眠る事ができたようだった。
ホリスたちの体力を回復させたいようなので、ジュンはもう一日、テントを貸す事にした。
急ぎの旅ではないので問題はない。
幸い倉庫には、家一軒分はありそうな家具もあったので、ベットやつい立てに、不自由はしなかった。
ジュンが料理を作り始めると、カルロが手伝いに来る。
「休んでいてください。ほとんど出すだけですから」
「野営でこんなに手の込んだ食事ができるなんて、本当にありがたい」
「野営では料理はしないのですか?」
「湯を沸かして、飲み物を用意するだけですね」
カルロはジュンの扱いに慣れてきたようで、優しく笑った。
戒めの森から王都までの旅では、ルーカスがホットドッグやハンバーガーを、マジックボックスから出してくれた。
冷たい飲み物と温かい食事に、少しの疑問すら感じなかった自分に、ジュンはため息を一つついた。
(僕は何も不自由をした事がないんだ。社会見学や旅行に来た訳じゃないのにね。平和ボケやぜい沢ボケをしている場合じゃないよね)
野営で湯を沸かす理由は、カルロに見せてもらった携帯食料で理解ができた。
二度焼きした固いパンは、そのまま食べるのには無理がある。確かにドライフルーツなどが入っていて、味は良いのだろうが……。
干し肉・干芋・干飯と干物のオンパレードで、人の唾液に頼れる量ではない。
車や飛行機がない世界で、三時間おきに休む馬車。町や村までの距離を考えると食料は必要で、荷物の量を考えると干物になる。
騎士団などは武器や装備等の重たい物や、野営の備品がマジック・ボックスに入ると考えると、軽い食料を個人に持たせる方が効率的だろう。
ジュンはもらった干し肉を一片、口の中で転がした。
(味を付けて干したんだね。ジャーキーより薄味だけど、少し食べる分にはおいしいかもね)
食事の後片付けは、カルロがしてくれた。
この世界の台所洗剤と洗濯洗剤は、泡の木から採れる実の皮を、粉にした物が売られている。泡の木はどこにでも植わっているので、家庭でも洗剤は作られているようだ。口に入れても害はないので、すすぎは泡を流すだけで良い。
食後のお茶を飲みながら雑談をしていると、思い出したようにリックが言った。
「そういえばジュンは、どこまでの旅なんだい?」
「そうですねぇ。どこと特定していませんね。昨日も言いましたけど、僕は人のいない場所で育ったんですよ。(神界だし)だから世間を見て歩いて十八歳になるまでには、自分に合った仕事に就こうかと考えて旅に出たんです」
「ジュンは勧誘がたくさん来ただろう? 世間を見た後でも良いから、私の父のところに来ないかい?」
「ありがとうございます。たどり着く場所が、リックのお父さんの所になるかもしれませんが、縁故には頼らないでおこうと決めています。婿養子の話もたくさんあったみたいですが、僕は押しかけてきた一人に会っただけです。モーリス家でも僕のわがままは認めてくれていますから」
ホリスが思い出したように口を開いた。
「それって、サリバン家ですね。コンバルのギルド長とギルド総長からの抗議があったようですよ。リチャード様」
「あぁ。あれってジュンが被害者だったんだ。サリバン家は高魔力者を輩出してきた家柄でねぇ。王宮で官職に就いていたんだけど、高魔力者がいなくなってね、現当主を最後に領地に戻る事になっているんだよ。王都育ちの孫には納得できなかったようでね」
(それで僕だったんだ。田舎で暮らせよ。領地を潤せ!)
リックが同情したように言うので、ジュンが不満気に言った。
「それで自分で婿養子探しですか? ほぼ強制でしたけど」
リックたちは声を出して笑う。
無口なエイデンは、笑い終わると少し眉を寄せた。
「リア様は御気性が激しいお方ですからね。おじい様に付いて、よく騎士団にもいらっしゃいます。お小さい時から目的は、容姿の良い魔法師狙いですけどね」
リックはエイデンの話にうなずいてから口を開く。
「リア嬢は兄たちが病弱だったから、大切に育てられたんだよ。小さい時から高飛車で、私なんかは幼い頃、城で見かけたら一番に逃げていたよ。ジュンには気の毒だけど、彼女の男を見る目は確かだよ? 相手が逃げ出すだけでね。そろそろ年頃だからじきに親が婚約者を決めるだろうね」
ジュンは小さくため息をついた。
「良い相手に恵まれて、領地で幸せに暮らして欲しいですね」
リックたちはそれぞれの思いでうなずいた。
ちなみにこの世界。結婚は男女共十五歳から可能だが、未成年者は親や後見人の許可が必要になる。加えて届けの提出時に金貨一枚が必要になるため、仕事に就いてから金をため、十八歳の成人後に結婚をするのが一般的のようだ。適齢期は種族により異なるらしい。
リックが話を変えるように切り出した。
「それじゃあジュンは、ゼクセンに行くんだよね?」
「はい。この国から歩いて行けるのは、そこだけですからね。国境のそばにある村で菩提樹の蜂蜜を買いたいと思っているんです」
「私たちの馬車で行こうよ。あと二日で国境だしね。蜂蜜は私も購入しよう」
(歩いたり走ったりする方が速い気がするけど、退屈しなさそうだから良いかな)
翌日から旅は再開した。
寝食をともにすると、人との距離は縮まるのは早いようで、ジュンはホリスに馬車の扱いを習いながら、皆とのにぎやかな旅を楽しんでいるようである。
遠くに深い緑にけむる戒めの森が見えている。
ジュンは森を見て、寂しそうに笑った。
(あの森には、ミゲル様がいると思うと会いたくなるけど、今はまだ戻ってはいけない気がするんだよね。手紙をルーカスさんから受け取ってくれたかなぁ)
コンバル国とゼクセン国の間にある『戒めの森』は、イザーダ神からカイの願いをかなえたとジュンは聞かされていた。確かに森は亡国の王都だったようだが……。
(子供たちの絵本では悪い事をすると、王様でも神様にお仕置きをうけるので、忘れないように王たちがみんなで、森を作りましたってお話になっているけどね)
カイのノートによると、竜の魔石などを使い強大な魔力で、亜空間と異空間は展開されたようで、その影響で王都に巨大な空間のいびつができてしまったらしい。
カイは人々から危険を遠ざけるために、王都を森にかえて、人が立ち入ると外に出される、エルフの不可侵の結界を張ったようだ。
戒めの森は、今はモーリス家の所有地で、ギルド本部の管理下にある。