第十六話 森の中の再会
門の外には運良く、隣国のゼクセン方面に向かう乗合馬車がいた。
ジュンは銅貨五枚で、夕方には次の町まで行ける、その馬車に乗り込む。
街道は大きな荷馬車も通るので、右回りが常識になっているため、ジュンは来た道とは別の道を通る事になる。
乗合馬車に乗り込んだのは九名で、乗客は気軽にあいさつを交わすと、それぞれが自由に座席に着いた。その日の乗客は、二人の子供を連れた夫婦と、老夫婦、二人の商人だった。
雨風を防ぐホロが巻き上げられ、天井の近くで固定されている。
箱馬車よりほこりっぽいが、穏やかな風と馬車の揺れに身を任せるのも、悪くはないようである。
夕方には次の町に到着したが、ジュンは町には入らずに、人目を避けてテントに入る。金を払って安宿に泊まるくらいなら、テントの方が過ごしやすい。
馬車に乗って楽をした分、これからの旅の食事を作る事にしたようだ。
王都でたくさん仕入れていたパンは、時間が止まる倉庫の中で焼きたてのままだった。
米を二つの鍋で炊き、一つ分で肉そぼろや焼き魚のほぐし身の握り飯を作る。
火の通した野菜はジュンの好物で、焼き野菜や温野菜は多目に作った。
戒めの森で大量に作った、くず野菜と骨からとったスープをベースに、トマトやミルクのシチューも作り、熱いうちに倉庫に入れる。
「疲れている時は、料理が面倒になるしね。コンビニがないから、作り置きは大事になると思うんだよ」
小麦があってパンがあり、卵も油もあれば肉も魚もある。カツレツや唐揚げやフライはこの世界でも人気のある、定番料理である。
ジュンは行儀が悪いと思ったのか、『味見』と命名したつまみ食いをしながら、調理を楽しんだ。
イザーダの家畜は、馬もそうだが元は魔物だ。
卵はピルスという飛べない鳥の夢精卵で、鶏の物よりかなり大きい。
亜空間の倉庫には、心臓が動いている物を入れる事はできないが、無精卵や放出されたばかりの卵は入れる事ができる。
牛はいないが、大きめのヤギに近いブロールの毛を刈り、毛糸を作りミルクを搾る。当然だが、肉のために魔物を飼育する事はない。
旅は思っていた以上に快適なものだった。身体強化を使用して毎日歩くのだが、強制的な筋トレになっているようで、日に日に速度が上がっていくのが分かる。
街道に出て来る魔物は、弱くて狩りやすいが素材も安価なので、襲ってくる時だけ狩る事にしたようだ。走る速度が上がると、弱い魔物に遭遇する確率も減っていくのは、ジュンにとってうれしい誤算だったに違いない。
村や町や街道に強い魔物が現れにくいのは、魔素が少ないせいである。
人の住む場所は、魔素を多く出す、野草や樹木が茂る自然を壊して作られる。
大地の三分の二が未知領域なのは、強い魔物が生息しているせいだが、魔物が生きやすい自然があるからなのだろう。
魔人族には竜騎士隊がいるので、かなり正確な地図は作成されている。大きな街道は地図にあるが、細い脇道や獣道は表記されてはいない。
おいしい肉や薬草、天然の果実を求めて脇道に時々それながら、ジュンは旅を続けていた。
(旅人って仕事や旅行のために、目的地に向かう人だと思っていたよ。でもこれなら旅人も有りかもね。まぁテントがあるからなんだけど)
人口密度の少ないこの世界では、町や村の近くの道ですら、人とすれ違う事は少ない。
危険がいつも近くにあるので、一人旅をする者はほとんどいない。
荷馬車がすれ違うと、声を掛けられたり、馬を休ませている、馬車の人たちとお茶を楽しむ事もある。
見ず知らずの人に声を掛ける程、ジュンは社交的ではない。
不思議に思っていたのだろう、一人旅の者は盗賊である心配も少ないので、話し掛けやすいのだと、農夫に言われてジュンは納得したようだ。
王都を出て十日も過ぎた頃。街道は避ける事なく森の中に続いていた。森は危険が多いので、日のある内に通り抜けるのが普通である。ましてやジュンは一人旅なのだ、おのずと歩く速度は速くなっていった。
森を三分の二ほど進んだ所で、貴族の物だろうか、立派な箱馬車が見えたが、少々様子がおかしい。
ジュンは立ち止まって、首をかしげた。
(森で馬車が止まっているのは不自然だよ。急病・トイレ・盗賊・魔物……。多分最後だ)
緑色の小学生位の大きさはゴブリン。
魔法使いと剣士。もう一人は貴族だろうか。どうやら苦戦を強いられているようなので声を掛けた。ゴブリンは弱いとはいえ、数が多ければ話が変わってくる。
「大丈夫ですか? 助太刀します!」
「ありがたい!」
ジュンは外側から削る様に、ゴブリンの群れにウインドカッターを放ちながら走った。
ゴブリンの数を減らしたところで、反射的に避けた物が矢であると気付く。
彼らの苦戦はこれにあったのだ。
アースウォールで彼らの防御と目隠しをすると、片手剣を抜き素早く横に回り込み、ゴブリンアーチャーを片っ端から切り付けてせん滅した。
街道沿いにゴブリンが出るのは珍しい。
おそらく、近くに出来立ての集落があるのだろう。
馬車の周りのゴブリンが、ほぼ全滅したようなので、森に左目を凝らす。
比較的近くにゴブリンがいる。
近付くと子供の姿がない事から、出来立てであろう集落がある。
そこにいたゴブリンは、大人の人間程の大きさで、黄土色の肌をしていた。
ゴブリンが奇声を発して攻撃してきたのは、なんとファイアボールだった。
ゴブリンの中では珍しく尊敬もされただろうが、ジュンにとっては間の抜けた火の玉以外の何物でもない。
「森で火魔法は禁止です!」(……とミゲル様が言ったんだ)
言葉と同時にすれ違いざまに相手の脇腹を切り付ける。それから体を返して、そのまま剣は斜め後ろから、ゴブリンの首を跳ね飛ばした。
ジュンの左目には、そのゴブリンはゴブリン以外の表示はでなかった。
「亜種ですね」
先程の剣士が追って来たのか、いつの間にかそばに来て言う。
「この辺りにもうゴブリンはいないようですね。この個体が集落を率いていたのだと思います」
ジュンはその剣士に告げた。
「私はコンバル騎士団のカルロと申します。ご助力を感謝いたします」
「ジュンと申します。お気になさらずに」
馬車に戻ると見覚えのある人物がいて、ジュンはため息をついた。
「ありがとうジュン。助かったよ」
リックだった。
彼らは四人で、隣国のゼクセンに向かう途中で、襲撃を受けたと言う。
馬車の中にホリスという剣士が一人、かなりの出血で倒れていた。魔法師のエイデンもアーチャーに狙われたようで、やはりかなりの出血がある。
ジュンは取りあえず二人の傷を光魔法でふさぐと、カルロと御者台に乗り森を抜けた。
「二人を休ませます。先に行っても、戻ってもホリスさんの命が持ちません」
「ジュン。しかし、ここでの野営はいくらなんでも危険すぎるよ」
リックの言葉にうなずいてから、ジュンは告げる。
「これから見るものは、他言無用でお願いします。僕が彼を助けます」
「うん。それで彼が助かるなら頼むよ。君たちもいいね?」
リックは、二人の騎士にそう言った。
二人は仲間の命の心配もあるのだろう、約束をしてくれたので、馬から箱車を離し、ジュンは箱車を倉庫の中に入れる。それから石ころテントを展開させて、馬と四人を中に入れた。
ジュンは何も言わずに、まずホリスを横にすると本格的に光魔法を使う。
中の組織をつなぐイメージで繰り出した光は、白くホリスを包み込む。
ホリスの傷が跡形もなく消え、顔に生気が戻ってくると、彼はまぶしそうに目を開ける。
「ホリス! 気が付いたか?!」
カルロが呼びかけると、彼は自分の身に何が起きたのかも、覚えていないようで、のん気に言った。
「カルロ? 何かあったのか? 何をそんなに慌てているんだ」
ホリスの事はカルロに任せて、ジュンは魔法師の傷の治療を始める。
カルロがホリスに状況説明を終えると、ホリスはジュンに何度も礼を言った。
「ホリスさん。まだ、気持ちが悪いですよね? 増血薬です。飲んでください」
「そんな高価な物! いただけません!」
「え? これ森に生えている草とか、魔物から取れたものばかりですよ? タダなんですよ」
なぜか得意気に説明するジュンに、全員がポカンと口を開けていた。
なぜなら、この世界の薬はほぼその方法で作られているのだから……。




