第十四話 お嬢様襲来
試験から十日後。
学校の掲示板の一番上にはジュン・モーリスの名前。
リチャード・アルバラードの名前も、クレア・モーリスの名前も上位にあった。
「ジュン様。おめでとうございます! 満点合格ですね」
「ありがとう。クレアもおめでとう。合格はクレアのお蔭だよ。教科書の横にあったノートはクレアでしょ?」
「少しでもお役に立ちたくて……。出過ぎたまねをいたしました」
うつむいたクレアに、慌ててジュンは言う。
「そんな事はないよ。とてもうれしかったんだ」
その言葉でようやく顔をあげたクレアに、ジュンは優しくほほ笑む。
(かわいいよなぁ。本当は四歳も年下だからね。この気持ちは懐かしいかも……)
中等学校の卒業試験後、高等学校の入学試験か卒業試験の申し込みができる。
両方を受ける事ができないので、落ちた場合はどちらも翌年まで待つ事になる。
二人は中等学校卒業の証を受け取り、ジュンは高等学校の卒業試験、クレアは入学試験の手続きをした。
数日後。ジュンは高等学校卒業試験の会場で、リックと再会した。
高等学校卒業試験の年齢層は広い。十五歳から上は制限がないため、年齢が近い者が集められると、おのずと二人は出会う事になる。
リックは笑顔でジュンに話し掛ける。
「ジュン! すごいじゃないかぁ。今や時の人だね」
「なんでですか?」
「筆記の満点もさることながら、全種持ちかもしれないと、うわさが立っているよねぇ。で?」
「で? とは?」
「ギルド初代の魔力を持った、シオン様の再来と言われているけど? モーリス家だろ? 全種持ちなの?」
「あぁ。そういう事か……。面倒事が嫌いなので、聞かないでください」
「実技試験の的を貫通しておいて、聞くなねぇ?」
「え? 待って! あれは貫通させない物なの?」
「いや。あれはできない物なんだよ。普通はね」
ジュンは聞かされた真実に、がっくりとうなだれる。
(一緒に受けた三人の詠唱が気恥ずかしくて、見てなかったんだよ)
リックは少々浮き世離れしている、新しい友人に興味が尽きなかった。
中等の試験が社会人の基本であるなら、高等の試験は職業人としての資質を問われる事になるようだ。
学校で学んでいる者ですら、毎年一割が落ちると言われる筆記試験は、中等の試験に比べると難易度はかなり高い。外部受験者は、すでに仕事に就いている者もかなりいて、実技で点数の加算を狙う者も多いのである。
ジュンは魔法コースの実技試験に挑んでいた。
攻撃魔法は動きの有る的か静止の的を攻撃する。
防御魔法は決められた大きさの盾か結界を一定時間維持する。
製作魔法は時間内に土器を作る。その中から二つの試験に挑戦する。
自分の魔力を把握していなければ、もちろん二つは達成できない。
ポーションの持ち込みは認められてはいないのである。
ジュンは、中等の試験での失敗を教訓に慎重に挑んだ。
攻撃魔法の試験では、室内を飛び交うフライングディスクのような物を、ゲーム感覚で楽しく? いや、慎重に落とした。
防御魔法の試験では、教官の前に決められた大きさの盾を作り、試験官の解除の合図を待って試験場を後にした。
(今回は事前に無詠唱の申告はした。決められた事だけを、きっちりやったから、大丈夫!)
飛び交う的は意図的に、全て落とす事が困難な数にしてあり、当然穴などは開かない。全ての的がドーナツ状態になってしまい、頭を抱えた教官の姿をジュンは知らない。
課題の盾は大きいので、試験を二つ達成する受験者は一枚の盾ですら、一定時間の維持が難しい。
火・土・水の盾を瞬時にコの字状にはられた教官は、思考が追い付かず立ち尽くし、終了の合図は別の教官がした事などは、ジュンは想像すらしていなかった。
試験も無事に終わり結果が出るまでの間、ジュンはモーリス家の人たちに乗馬を習っていた。始めた頃は、慣れない筋肉を酷使するせいで小鹿のように歩いて笑われたが、一週間程でコツをつかんで驚かれた。
ジュンの運動神経や筋肉は、短期間で物事を習得する必要があった、カイの特殊な体と同じ物なので、それは不思議な事ではない。
初夏の風が草をなで、木々の枝の葉に優しく触れては過ぎていく。
王都の外れにある丘から見えるのは、遠くにある水平線。
ジュンはここに来た初日に教えられた、その風景を目にしていた。
「奇麗だろう? 尻を犠牲にしたかいは、あっただろう?」
カミルは休みの日を利用して、ジュンの願いをかなえてくれたのだ。
「えぇ。本当に奇麗で、気持ちがいいです」
クレアとモナが二人乗りの馬車で少し遅れてやって来た。
敷物を広げ、並べられたお弁当を四人で囲む。
「おいしいですね」
ジュンの言葉にモナがほほ笑んだ。
「クレア様。良かったですね。頑張ったかいがございましたね」
クレアが恥ずかしそうにうなずいた。
カミルは弁当を食べながら、そんな妹を見て目を細めたのだった。
試験の結果が発表されると、ジュンの面会希望者が殺到したため、モーリス家の門に張り紙がされた。
高等学校を卒業したとはいえ、ジュンは未成年者である。
面会にギルド長の許可が必要となれば、誰もがうかつに動く事はできない。
モーリス家はギルド総長の家系として有名で、王であってもギルドに喧嘩を売るような行為は、何を招くかを知っている。騒動は大きくなる前に収束を迎えたと誰もが思っていた。
その日、一組の客が応接間でクレアと対じしていた。学校の知人が訪問した目的がジュンに会うためだと分かり、クレアが断った事が発端だったようだ。
モナから事情を聴いたジュンは応接間に向かった。
「お初にお目に掛かります。私はサリバン家に仕えるエトーレと申します。こちらが当家の御嫡女のリア様でございます」
「ジュンです。僕に何か御用がおありでしたか?」
仰々しく、二人分の自己紹介をする男に、ジュンは不快な顔を向ける。
二十代後半のエトーレと名乗った男の目的は、ジュンを引きずり出す事であったのは明らかなのだ。
「ジュン。すぐに荷物をまとめるが良い。わがサリバン家が面倒をみてやろう」
「お断りします」
「わがサリバン家を知っておろう? 高祖父が王国魔法師長を拝命した家系。精進次第で、わが家の婿養子も夢ではないのだ。ただの平民には、もったいない話であろう」
大きな扇子をピタリと突き付ける姿は、驚く程に様になっていて、ジュンは奥歯で笑いをかみ殺す。
横のクレアが胸元で、自分の震える手を抑えている姿を見て、ジュンは相手をにらみ付けた。
「お断りはすでにいたしましたが?」
「お断りになる理由をお聞かせいただけますか。お金はもちろん、何一つ御不自由をお掛けする事はないのです。大変に失礼では御座いますが、ジュン様にはまたとないお話かと存じます。こちらのお宅にも謝礼の用意がございます」
十五歳の年齢と女性的な見た目に、エトーレは勝算を確信したのだろうか、いやらしく口角を少しあげた。
(しょせん、遠縁の孤児。調べはついているのだ。高い魔力がサリバン家に授かれば、金などにお嬢様は糸目などお付けにならない。ふん。高魔力だけで将来が安泰とは、良い身分じゃないか)
「確かに失礼な話ですね。自己紹介もあいさつもできない。人への配慮もできず、自己主張をする幼稚な方とは過ごせません。学友をだまして上がり込み、居座った揚げ句に、婿養子などとご本人が直接おっしゃるとは、正気なのか逆にお聞かせを願いたい。僕には心に決めた方がおりますので、お引き取りください」
ジュンは無表情でその男を見て言い放つ。
想定外の拒絶にリアの手は怒りに震えている。
「な、何を無礼な! 誰に物を申したか分かっておるのであろうな! サリバン家に仇をなすつもりか!」
「そのお言葉、サリバン家の総意と受け止めさせていただきます。一語一句覚えておりますので、ご当主様へは後見人よりお返事をさせていただきます。お引き取りください」
初対面の人間に、取り付く島もあたえない程の物言いを、あえてしたのはクレアのためだった。
したたかな二人を相手に、ジュンを守ろうと頑張った彼女の気持ちが、うれしかったのだ。
モナが二人を見送るために退室した後の事。
ジュンの視界の片隅に一瞬だが、小さな光が見えた気がして顔を向けた。
それがうつむいていた、クレアの涙だと気が付くのに、時間は掛からなかった。