第十三話 中等部卒業試験
中等学校の卒業試験は、在校生と外部受験者で校舎が分かれる事は知っていた。
しかし、ジュンは家名の有無で、教室が分けられる事は、当日に知らされた。
家名は国王より功績が認められ、代々跡を継ぐ者をたて、国を支える事が許された者に授けられる物で、王族や貴族や豪商が家名を名乗る事が許されている。従って没落をすると、家名は剝奪される。ギルド島はどこの国にも属していないが、扱いが国になるので、家名はあるのだ。
ジュンは少し重たい足取りで、指定された教室に向かう。
別に貴族や豪商に何かをされた事がある訳ではない。ただ、身分に階級がある現実に、戸惑いと不安はある。
試験会場の朝はどこの世界でも同じように、空気が張り詰めている。
午前中に一般学科、午後からは魔法学の筆記と、武術か魔法の選択実技がある。
教室に入ると、自分の受験番号がある席を探して座った。
一般教科は、日本の高校入試より難易度はかなり低いので、ジュンは本を開かずに、羽ペンとインクの用意をした。
羽ペンは万年筆のペン先のように加工をして使うのだが、筆圧や羽の種類により、使い具合が異なる。
ジュンは勉強より羽ペンを使いこなす方が、はるかに難しかったのである。
「おはよう。私はリチャードだ。よろしく」
「ジュンです。よろしく」
茶色の髪に緑の瞳の彼は、人懐っこい笑顔であいさつをする。
身に付けている服装は、見るからに上等な物で、間違いなく彼は貴族の子息だと想像がつく。
三人掛けの椅子の両サイドに座る形で試験を受ける。
ジュンの席は窓側の一番後ろだったが、リチャードの番号が隣の席と分かり、ジュンは少し緊張がほぐれた。
(嫌な感じの貴族じゃなくて良かった……)
試験は十五歳で社会人になる上で、必要な常識問題だった。
午前中の試験が終わり、昼休みに入ったが、教室内での飲食は禁止されていたので、ジュンは中庭で休む事にした。学校は歴史がある建物なのだろう、外壁は白いが中は古く暗いので、外の光と空気は気持ちが良い。
足音が近付いてきたので見上げるとリチャードがいた。
「ねぇ、ジュン。体調が悪いのかい?」
「え? いいえ。なぜです?」
「こんな所で、急に座り込んだからさぁ」
「ここで休もうかと、思ったんです」
「それなら良かった。元気なら食堂へ行ってみないかい? 私はそれを楽しみにしていたんだ。一人じゃ寂しいからね。どうだい?」
学校に通う予定もないジュンは、見学をかねてリチャードに、付き合うことにしたようだ。
天井が高いホールはとても広く、壁に沿って二階席まであり、空席を探す必要もない。在学生と外部受験者の昼食時間を、ずらすと事前に説明を受けていたが、確かにこれはありがたい。
食券一枚を銅貨一枚で購入する。
ここの学生ではない二人は、メニュー表を見てから券を購入する。
ジュンは三枚の券を買い、バジルスープ麺に二枚とサラダに一枚使用した。
リチャードは肉・サラダ・スープ・パンのセットで、四枚の券を使った。
「セットはパンのお替わりが無料らしいよ」
喜ぶ彼の手元を見ると厚さは三センチ程で、三十センチは優にある大きさの肉。
「お替わりどころか、僕では完食も無理だよ」
ジュンは情けない顔でつぶやいた。
バジルスープ麺は、デュラム小麦を使ったスープパスタだった。サラダはトマトときゅうりとゆでた芋に、塩とコショウとハーブオイルで混ぜた物。
イザーダの料理はどこで食べても、プロが作った物はおいしい。
旅の途中で気になってはいたのだが、この世界の人たちは悪い意味で、陽気に食事を楽しむ。
ルーカスたちやモーリス家の人もしないし、目の前のリチャードに至るや、かなり美しく食事をするのだが、周りに座っている人たちは違う。
クチャクチャと口を開けて租借し、頬袋があるかのごとく、両頬が膨らんでいるのに、器用にスープを飲む。その状態で話すものだから、口の中が丸見えなのだ。食べ物がペースト状になる過程は学べるのだが、こちらは学ぶ気があるわけではない。
「いろいろとにぎやかで、壮絶だねぇ」
「う、うん。楽しそうで何より?」
リチャードもさすがに、パンのお替わりはできなかったようだ。
食後。中庭のベンチに腰掛け、リチャードと高等学校の話になった。
「兄たちが通学をすすめるけれど、私は卒業試験を受けようと思っているんだよ」
「貴族は人脈も大切なのでしょう? 僕は貴族じゃありませんから、卒業試験を受けますけど」
「いいなぁ。二人も兄がいるのに、私に人脈など必要とは思えないだろう? 勝手に受けて事後報告をする気なのさ。内緒だよ?」
「リチャードさんのご実家を、僕は知りませんから……」
リチャードは驚いた顔で聞いた。
「え? 知らないで付き合ってくれていたの?」
「ええ。そうですが?」
ジュンの答えに、声をたてて笑った後で彼は言った
「ジュン。私の友になってよ?」
「別にかまいませんが、僕は平民ですよ。良いのでしょうか?」
「平民だからいいんじゃないかぁ。私の事はリックでいい。さんもいらないよ」
「よろしくリック。そろそろ時間みたいです。午後からも頑張りましょう!」
「あぁ。そうだね。頑張るぞ」
リックの剣には、金色の紋章が光っていた。
目の前の廊下を、ハンドベルを鳴らしながら、学校の職員が歩いている。
魔法の筆記試験は全員が受けるので、常識問題だった。
その後は実技試験になるので、武術試験を剣術で受けるリチャードとは、会場が異なる。
魔法の実技は、四級使い以上の魔力と制御が試される。基本の四種類の中から得意な魔法で、的を狙うだけの簡単な試験だった。
試験は四人ずつ会場に入れられ、番号順に呼ばれる。
最初に名前を呼ばれたジュンは、ウインドアローで的の中央に穴をあけた。
「君。詠唱はどうしたんだ? 力を過信するとけがをするぞ」
若い試験官にけげんな顔で、ジュンは注意を受けた。
「はい『名前を呼ばれたら、速やかに所定の位置に立ち、的に向かって魔法を放て』と伺ったので、そういたしました。詠唱は必要なのでしょうか?」
「嫌。別にかまわんよ」
書類を見ていた、高齢の試験官がそう告げると、二人目の受験者の名前が呼ばれた。
中等学校の授業では、危険防止のために詠唱は大声を出してするのだと、親切な受験者が気の毒そうに教えてくれた。
(声が小さくて注意されたと思われたの? 無詠唱は? 恥ずかしすぎるよ。カイは軽い中二病に侵されたけど、僕には感染しなかったんだ。でも落ちたかな?)
杖を口元で構え、浪々と詠唱する他の受験者の姿に、ジュンは恥ずかしそうにうつむき視線をそらした。
落ちても来年があるのは、どこの世界も一緒なのだが、受験生の身分や年齢に幅があるせいか、ジュンには失敗をしても落ち込んだ様子はない。
モーリス家に戻り、夕食の時間になると話題は当然、試験の事になる。
クレアはいくつかの間違いがあったようだが、大丈夫のようだった。
「ジュンはどうだったんだ?」
「実技で詠唱せずに魔法を放ってしまって、注意を受けたんですよ。どうなるのか分かりませんね」
「なぜ詠唱をしなかったんだ?」
「詠唱をするって知らなかったんです。した事もありませんので……」
カミルに聞かれて、ジュンは正直に答えた。
「無詠唱で発動できるなら、その方がいいに決まってる。そんな事で落としたりしたら、俺が教師たちをダンジョンにたたき込んでやる。魔物や盗賊が詠唱を待ってくれるか? なぁ?」
「そうよね。高等学校を出て教師の助手をして、そのまま教師になるのは問題があるわね。薬師や鑑定士だって、試験があるのですもの、本部の義母様に進言なさってはいかが?」
アンドリューとアリソンの話は、どんどん具体的なものになっていって、ついには周りの人間を忘れてしまったようである。
「ジュン様、ごめんなさい。両親が……。でも、きっと大丈夫です。先生方も生徒が見ていなければ、無詠唱なんですよ。私はそれを何度も見ています」
「そうなの? 少し安心したよ」
「はい!」
なぜかクレアの笑顔が、一番ジュンの不安を取り除いてくれた。