第十二話 王都のモーリス家
王都は貴族の居住区と平民の居住区、商業地区が区分けされている。
モーリス家は、真四角で同じ大きさの家が並ぶ平民区にあったが、その中でも門と塀がある少し大きな家が立ち並ぶ一角にあった。
普通の家が三軒分ほどの大きさだろうか、庭の手入れが行き届いた白い家。
ジュンは思わず吹き出しそうになり、慌てて顔をふせた。
(人様の家を笑ってはいけないけど、ここはカイの家だったんだね)
明かりがともっている二本の門柱は、間違いなく祖父の家の庭にあった、石灯篭だったのだ。
ルーカスからの先触れがあったようで、家族全員がそろっていた。
アンドリューの妻のアリソンは、薔薇のように赤い髪に緑の瞳で、普段はギルドの事務職に就いているらしい。
長男のカミルは二十三歳。赤い短髪と青い瞳。騎士団に所属しているだけあって、がっちりとした体つきだ。
次男のセインは二十歳。薄茶色の長髪で緑の瞳。王城で文官職に就いているらしく、細身だが姿勢が良い。
長女のクレアは十五歳。ジュンと同じく、卒業試験を受ける現役の学生。薄茶に赤が入っているのか、落ち着いた桜色の髪に緑の瞳。控えめで少し人見知りな女の子だ。
アリソンが一人の女性を連れてきた。
「モナは私が子供の時からお世話になっているのよ。モーリスに嫁ぐ時にきてもらったの。家の事は何でも知っているから、遠慮なく聞いてね」
「ジュンと申します。しばらくお世話になります。よろしくお願いします」
「まぁまぁジュン様、私のような者に頭を下げられるものではありません。何かございましたら、いつでもお声をおかけ下さいませ」
モナは、モーリス家の遠縁で身寄りをなくした彼が、礼儀正しい好青年である事に、安心したようだった。
それぞれ自己紹介を兼ねながら、あいさつが終わると早めの夕食になった。
アリソンとモナが用意してくれた夕食は、豪華だったが量が多く、ジュンは手を付けて良いのか迷ったが、勇気を出してカミルに助けを求めた。
「カミルさん、とてもおいしそうなのですが、食べきれそうにありません。助けていただけないでしょうか?」
「だよなぁ。セインの量位ならいけそうか?」
「はい。すみません」
カミルはジュンの分の料理を受け取ると、うまそうに食べ始める。
「まぁ、多かったのね? 育ちざかりの男の子だって聞いていたから、張り切り過ぎたわね。次からは少し減らしてあげるわね。好き嫌いはあるの?」
アリソンは気を悪くした様子もなく、ジュンに尋ねた。
「いえ、ありません」
「カミル兄さんと父さんが大食漢なだけで、私が普通だといつも言っているのに。ジュンくん、気にする事はないよ。これでようやく、私が小食ではないと証明されたよ」
セインはうれしそうにそう言うと、クレアの皿に青菜を乗せる。
「セイン兄様……」
クレアはため息をついて、それを口にした。
ジュンには賢い兄と強い姉がいた。
『兄ちゃん、長ネギも食べなよ』
『俺はキリギリスではない。淳にやる』
『じゃあ。淳はキリギリスってこと? 私の弟はキリギリスかぁ?』
『飯の時間だけ変身する』
『しません!』
「どうしたジュン?」
アンドリューに声をかけられ、ジュンは少し笑みを浮かべる。
「いえ。兄弟っていいなぁと思いまして」
全員がジュンを見つめた。
(しまった! 僕、死んだ祖父と二人暮らしだったんだ! 同情された? かわいそうな子確定なの?)
「ジュン、俺が兄貴になってやる。弟が二人になるだけだ。セインはおとなしくて、出番はなかったんだ。面倒はどんどんかけて良いぞ。俺に任せておけ!」
張り切るカミルに、セインはため息をついた。
「ジュンくん、私もいるからね。困った事があったら、まず私のところに来る事をすすめるよ。カミル兄さんは『力は正義』の人だから、小さな事が大きくなる可能性がある」
「ありがとうございます。頼らせていただきます」
クレアが何か言いたげに、ジュンを見つめた事に気が付いていたのは、モナ一人だけだった。
それぞれの私室がある二階の客室の一つが、ジュンの使う部屋として、用意されていた。
控えめなノックの音に扉を開けると、クレアが立っていた。
「あのぉ、書庫にご案内しようかと思いまして……。兄たちの使っていた教科書もあるんですよ。それから、それから、そのぉ。シオン様の物も少し……」
赤くなって、だんだん消え入りそうな声になり、とうとう、うつむいてしまった女の子にジュンは優しく目を細める。
「ありがとう。案内をしてもらっていい? クレアさん。僕は教科書を見た事がないので、助かるよ」
クレアは顔を上げると、うれしそうな笑顔を見せる。
「クレアとお呼びください」
「うん。クレアも卒業試験でしょ?」
「はい。私たちは自分たちの教室で……」
「そうなんだ。頑張ろうね、お互いに」
視線を向けると、クレアは小さくうなずく。
「高等は受験するの?」
「魔法コースで治療魔法を勉強しようかと……。でも本当は私、薬師になりたいんです」
「薬師のコースはないの?」
薬師は弟子入りをして学び、公の資格試験を受けるのだとクレアは言う。
今は教会の薬草園で、手伝いをしながら基本を教わっているようだ。
モーリス家の書庫は、日が入らないようになっているので、明かりの魔道具が置いてある。その場所をジュンに教えると、クレアは自室に戻っていった。
ジュンは早速、目につく本をめくっていく。モーリス家の書庫なだけあって、カイの出て来る絵本がたくさんあった。
(カイはすごいね。宝物だった変身ベルトなしで、ヒーローになったんだね)
自分とそっくりな挿絵を見ながらジュンは小さく笑う。
教科書にはセインの名前がある。
奇麗な文字で要点をまとめたノートが、その横に置いてあった。
(ノートが新しい。クレアのかな? 授業の内容かぁ……)
クレアが言っていたシオンの事が気になったのだろう、ジュンは書棚の端にある木箱に入った紙の束を見つけた。
(へぇ、魔法師だったんだ……。時の魔法が好きだったんだね)
この日、書庫で一番真剣に読んでいたのは、シオンの書いた物だった。
次の日から一週間程、王立図書館に通って、かなりの本に目を通した。
入館料は銀貨一枚で持ち出しは禁止。
本の持ち込みはできないが、飲食の場所もある。いつも人が多く、読むスペースを確保すのは大変だった。試験のために通った訳ではなかったが、周りの人の優しい誤解の中、十分に得るものがあった。
試験の前日、一日だけ外部受験者の会場の下見が許可される。
クレアの案内でジュンは中等学校に出掛けた。
門の外にはたくさんの馬車が並び、御者たちがのんびり休んでいる。
「すごい馬車の数だね」
「中等の卒業試験を受けられる、高位の方は多いですから。普段は寮もありますので、馬車はこんなにありません」
「王都に家がある人も寮に入れるの?」
「王族や貴族の方は、通学時の警護を付けるより安全なようです。同性の使用人も入寮を許されていますので」
「へぇ、学校の中も身分制度があるんだ」
「身分を行使する事は許されていません。高等部は分かりませんが、中等部では自然に身分の近い者と、仲は良くなりますね」
「そうかぁ、中等にも貴族はいるんだね」
「はい。地方の貴族の方々が多いです」
受付の場所や教室、実技試験場や手洗いの場所を確かめてから、二人は学校を後にした。
帰りはクレアのお気に入りの、寄り道場所で休憩。
「果実パイの店なんですよ? 夏は氷果実で行列ができます」
「氷果実?」
どうやら氷果実とは、ゆるいジャムを乗せたかき氷の事らしい。
運ばれてきた果実パイとは、なんとタルトの事だった。
目の前で幸せそうにタルトを食べるクレアを見て、ジュンはほほ笑む。
(用心深い子猫みたいだな……。ようやく慣れてくれたみたいだ)
試験当日。
ジュンとクレアは、一緒に校門を潜った。
「ジュン様。頑張ってくださいね」
「ありがとう。クレアもね」
「はい」
試験会場が違うので、校門から二人は左右に分かれる。直後に聞こえるクレアと友人たちの声にジュンは振り返る。学生時代のジュンは多くはないが、普通に友達はいたのだ。
(今は慣れる事に精一杯だけど、きっとできるんだろうなぁ。どんな奴だろう?)




