第十一話 男らしさと王都
コンバルの王都は、高い石塀に囲まれていた。
イーゴンに王都はどこも有事に備えて、塀に囲まれているのだと聞かされた。
コンバル城があるので、王都の名前はコンバル、国と王都は同じ名前になる。
「人が多いですね?」
ジュンが何気なく言った言葉に、イーゴンが答えた。
「ん? 王都は国の中心だからなぁ。こんなもんだぜ、なぁアイク」
「ミゲル様の所は特殊だから、まぁ驚くのも無理はないかな」
ジュンは、こことは比べものにならない程の都会で育っている。
(体が弱っていたせいか、僕はいつもどこかに座って人混みを見ていたんだ。人の流れが景色のように通り過ぎて行く都会。この世界で人が多いと感じるのは多分、すれ違う人との距離だ。確かに存在する人とすれ違う感じがするんだよ)
「コンバルは奇麗だろ? 高い所から見ると三方が海だから、この白い家は波のように見えるんだぜ」
イーゴンの言葉に、ジュンは笑顔を向ける。
「それは一度、見てみたいですね」
イーゴンが言うように、王都コンバルは王城も家も白い。
しかし、無機質に見えないのは、どの建物の二階にも、花が咲き誇っているからだろう。
(そういえば、この体になって、花粉症がなくなったのは、うれしい)
ショーウィンドウが並ぶ、メイン道路から脇道に入ると、オーニングの下にまで商品が並ぶ、生活感がある店が並んでいて、人々の楽し気な会話が飛び交う。
目的の店。ハサミの看板がある散髪屋に三人は到着した。
イーゴンは笑顔で店の扉を開ける。
「おぅ、エルモ。元気だったかぁ?」
「いらっしゃい。イーゴン、アイク。おや? こちらは?」
「ジュンだ。こいつが散髪をしたいそうだ。頼むぜ」
鏡の前にあるのは、少し豪華ではあるが、食卓にでもあるような椅子で、ジュンはあいさつもそこそこに、その椅子に座らされる。
カリフをかけられるのは、日本の散髪屋と同じである。
「本当に切るの?」
エルモは緑の瞳でジュンを見て尋ねる。
薄茶色の長い髪を一つにまとめているが、散髪屋と言われなければ、冒険者にしか見えない、たくましい筋肉がついていた。
「はい、バッサリやってください。男らしく、りりしく見えるようにお願いします!」
ジュンの言葉に三人は盛大に吹き出す。
「ジュン、いい? 僕は散髪屋だよ。男らしく、りりしく見せるのは、君の頑張り次第だね」
「それはそうですね。髪を切るのがうれしくて……。つい」
少し照れくさそうにジュンは目線を下げた。
「エルモ。ジュンは散髪屋が初めてなんだ。どうもその甘い顔立ちを、気にしているみたい」
「そうなのか? ジュン」
アイクの言葉にイーゴンが尋ねた。
「うん……」
「優しい顔立ちは人に好かれるよ。いい男なんだから自信をもって!」
エルモはそう言うとハサミ一本で、見事にジュンの髪を仕上げる。
ジュンは、ようやく男らしくなった鏡に映る自分の顔に、満足したのかうれしそうに礼を述べた。
人は自分の顔を、客観的に見る事ができないようだ。時間の流れの中で慣れや妥協とともに、折り合いを付けるからなのかもしれない。
誰もが恐れる強面の男が、鏡の前で毎回、恐怖に固まっている姿は、見たいが見る事ができないように……。
エルモはペコリと頭を下げる、ジュンにほほ笑む。
「男の子らしくなったね。大丈夫、大人になるとちゃんと、りりしくもなるよ」
(ごめんねジュン。丸刈りにしたって、男らしくは無理なのよね。顔がね……。長髪の方が似合うと思うけど、今日は言わない方が正解かな)
白銀の髪は、どんな色にも染まるので高く売買されるらしい。切った髪はさほど長くはないが使い道があるようで、ジュンの散髪代は半額になった。
エルモの店を出た後。首筋に風を感じてジュンは立ち止まる。
(風が暖かい……。こちらに来て四か月かぁ。早かったな)
少し長めの前髪が風を追いかけて揺れた。
次にイーゴンとアイクが、ジュンを連れてきたのは広場だった。
同じ形の屋台が、規則正しく並んでいる。
「露店はなぁ。商業ギルドが場所も屋台も、貸してくれるんだぜ」
イーゴンはそう言いながら、おすすめの屋台を紹介して歩く。
昼を過ぎていたので、三人はそこで昼食をとることにした。
ジュンはしぼりたての果実水と、手軽なホットドッグを選ぶ。
アイクは、少し大きな木の板を魔法袋から取り出し、イーゴンの横を歩く。
肉や魚のフライや、酢や塩で漬けた野菜、揚げパン等を紙と大きな葉っぱに乗せて店主が手渡す。
イーゴンはそれを次々と板の上にのせていった。
広場のベンチに腰掛けると、イーゴンがアイクの持っている板から、たたみ込まれていた脚を伸ばし、テーブルが出来上がる。
ジュンは手慣れた二人の行動を、面白そうに見ていた。
「ここなら、ゆっくり眺められるよ?」
アイクの言葉に、イーゴンが笑う。
「王都は世界中の人がいるからな、食べながら観察ができるぜ。気になっているんだろ?」
ジュンは笑顔でうなずいた。
大きな広場には噴水が水しぶきをあげ、たくさん並んだベンチには、さまざまな人種がくつろいでいる。
イーゴンたちはどうやら、ジュンにそれを見せたかったようである。
「人種差別みたいな事ってありますか?」
ジュンはイーゴンに尋ねる。
「ないと言ったら嘘になるかなぁ。自分の種族が優秀だと思いたい奴も、そりゃいるよ。でも、それを口にすると間違いなく、社会的に孤立するぜ」
「それより、個人的に誰かとトラブルになって、その種族の全員が嫌いになった人は結構いるかもね」
そう言いながらアイクがイーゴンを見たのを確かめて、ジュンは見なかった事にした。
(二人をだました人は、他種族だったんだ……。きっと)
獣人族は、身体能力が高くて耳や鼻が利く。エルフ族は誇り高く、薬草に詳しい。ドワーフ族は小柄だが力がある。魔人族は魔力が多く手先が器用だと、二人はベンチから見える種族の説明をし始める。
(ファンタジーだ……。とりあえず魔人族が、悪でなくて良かったよ)
ちなみに魔人族の王は、魔王とは呼ばれていない。
この世界では、ゴミは持ち帰るのが当たり前のようで、屋台には客用のゴミ箱があり、宿にも住宅にも焼却炉がある。
露店の飲み物は器を返すと返金がある。カップや瓶を持参する者も多い。
液体の物は薬以外は、量り売りが基本である。
ガラスがないので、当然だがガラス瓶はない。陶器の瓶が使われているが、ワラやヒモを巻く事で壊れにくい工夫がされている。
休憩後。色々な店を見ながら、入ってきた門の場所まで戻ってきた。
「門はな、一の鐘から六の鐘までしか通れねぇ。忘れるなよ。どんな事情があってもだ」
イーゴンは小さな子供に言い聞かせるように言った。
「覚えておきます。朝六時から夜九時までですね?」
「そうだよ。冒険者ギルドは街道に近い門のそば。どこの国もそうなんだ」
そう言いながらアイクの指さす方をみると、盾の上にクロスした杖と剣の看板が見える。
ギルドの中は暇な時間帯なようで人は少ない。
受付窓口が六つ程並んでいるが、今は男性が一人しかいなかった。
イーゴンたちの説明によると、冒険者ギルドの受付は元冒険者の男性が多く、いざこざが起こると、危険もあるので女性はいないらしい。
壁に貼られた依頼カードを持ってきて、依頼を受ける仕組みのようだ。
依頼の証明部位がある時は、鑑定室で鑑定をしてから、終了のカードをもらい、受付に提出して終了になるらしい。
鑑定室では買い取りもしてくれるようだ。地方の小さなギルドでは、鑑定士が受付も兼ねるらしい。
受付で名前を名乗り、ギルド長への面会を申し込むと、話が通っているようで、すぐに案内をしてくれるようだった。
イーゴンとアイクは、困った事があれば、メフシー商会を訪ねてくるようにと言うと、帰って行った。
『ギルド長室』とプレートの貼ってある扉を、係の人が先に入った後で、入室を許された。
「突然お伺いして申し訳ありません。ジュン・モーリスと申します」
「アンドリュー・モーリスだ。よく来てくれた。待っていたよ」
薄茶色の髪に、ミゲルやジェンナと同じ青い瞳。
優しい笑顔はミゲルと似ていて、ジュンは緊張を解いた。
女性がお茶を用意し退室したところで、席をすすめられ腰をおろす。
簡素な部屋に、重厚な執務机と応接セットだけだが、先程の女性が退室した扉の向こうには、人の気配がある。
「母から聞いている。おじい様の事は残念だったな。家族だと思って頼ってくれ」
「お手数をお掛けする事になり、申し訳ありません。よろしくお願いいたします」
アンドリューは、しばらくミゲルとは会っていないらしく、ジュンの話を楽しそうに聞いていた。
それから昔話しも加わって、モーリス家に着く頃には夕方になっていた。




