第十話 盗賊との遭遇
六日目の宿泊予定の町に着く前の、今日、最後の休憩時間だった。
ジュンの左目には先程から、人を現す黒い点が、包囲を徐々に詰めて来ている様子を捉えていた。
「イーゴン来ます。数は十二です」
「了解。ルーカス様とカーターのオヤッサンを頼めるか? きっと守ってやるぜ」
ジュンは馬車の中に、ルーカスとカーターを誘導する。
「馬車ごと結界を張ります。外には出ないでください」
二人のうなずきだけで、ジュンには充分だった。
(守ります、きっと)
馬がおびえないように、ジュンは異空間に馬車ごと彼らを閉じ込めた。
盗賊を相手にイーゴンは、剣を交わしている。
「馬車はどうしやがった?!」
「何を言っているのか、わからねぇなぁ」
イーゴンは近接、アイクは弓使いだ。
ジュンは彼らの邪魔にならないように、遠距離攻撃の者をターゲットに定める。
全身強化をかけると、盗賊の標的にならないように、ジュンは走り出す。
走りながらエアーカッターを飛ばしていく。狙いは首。
断末魔はいらない。死に際の一撃は受ける気もない。
ジュンの目は隠れている者を見逃さない。
四人の首をはねた所でイーゴンたちに近付いた。
「ガキ! どこから現れやがった! きさ……」
言い終わる前に、彼の首は地面に転がった。
アイスアローを次々に足元に打ち込み、近接攻撃者の動きを止める。
後は三人で仕留めるだけだ。ジュンは槍で盗賊の息の根を止めていく。
盗賊が隠れていない事を確かめてから、イーゴンたちの元まで歩こうとしたジュンが止まった。
(あれ? 僕……。震えている?)
ジュンは大きく深呼吸をしてから、イーゴンたちの元に向かった。
「お前、えげつねぇ」
イーゴンの言葉にアイクが続く。
「ジュンは礼儀正しい良い子だけど、敵には返事もしないから、笑ったよ」
ジュンは困った顔をして言った。
「はい。死ぬ訳にはいきませんので……。話をしたら、僕はきっと殺せない……」
アイクはジュンの肩に手を置いてうなずく。
「うん。オレは分かるよ。だからその担当はイーゴンなんだ」
イーゴンは周りを見て慌てだす。
「おい! ルーカス様はどうした?」
「まかせる! とか言ったのはイーゴンでしょう?」
ジュンはイーゴンを見て言った。
「オレの目の前で、馬車ごと消えたねぇ」
アイクは面白そうに笑う。
「魔道具で見えなくしただけです。ミゲル様からもらいました」(ごめん。嘘です)
ジュンは静かに馬車を戻した。
ルーカスたちが惨状を見て立ち尽くしたのは、仕方がない事だろう。
ジュンに動かないように言われて、二人は穏やかな景色の中で、茶を飲んでいたのだから。
ミゲルが王都まで付いて来ないと知った時、ルーカスはジュンの力はミゲルも認める程なのだろうとは、思っていた。目の前の惨状と無傷の自分の護衛を見て。ルーカスはそっと息を吐いた。
カーターは少しも興奮していない馬の様子を見て、またそれを理解していた。
ルーカスの指示で、盗賊の所持品を皆で集める。
それから、ルーカスは慣れた手つきで、遺体をボックスにすべて入れた。
(触るだけで入るんだけど、食い物とか微妙かも……。ミゲル様に言われて、魔物の倉庫は別にして正解だったよ)
六日目の町で警備兵に、ルーカスは遺体を引き渡す。
「こいつは『漆黒の旅団』のアドラーですね。懸賞金が掛かっています。先日アジトを見つけて、子分は数十人は捕まえたんですが、リーダーを取り逃がしてしまいまして。感謝します」
詰め所で事情聴取を受け、その間にカーターが遅れると連絡を入れておいた、定宿に到着する。
宿屋の女将は、ルーカスが遅くに到着する事を、随分と心配したようで、飛び出して来た。
「ご無事でなによりです。いらっしゃいませ、ルーカス様。お待ち申し上げておりました」
「はい。今回は一泊ですがお世話になりますよ」
王都から近いこの町は、どこもこの時期は空室が少なく、辛うじて空いていたのは特別室だけだった。
高級感のある主人の部屋と、護衛用の寝室。
ルーカスに隣のベットを勧められたが、最後の夜はイーゴンたちと一緒に寝たいと言って、カーターにベットを譲った。
(ルーカスさんのイビキで眠っていられるのは、カーターさんだけなんだよね)
ジュンがルーカスに見せられたのは、盗賊の所持品。
「盗賊の所持品は盗品であっても、討伐した者に所有権があります。いらない物は処分いたしますのでご覧ください」
「僕は必要な物はありません」
「では換金でよろしいですか?」
「はい」
アイクは消耗品の矢を望んだ。矢は誰も使わないのでアイクの物になった。
賞金の金貨五枚を、ルーカスに渡されたジュンは、それを一枚ずつ配った。
「いけませんや、坊ちゃん。ワシは馬車にいただけですぜ。これからは金なんぞ、いくらあったって、足りるもんじゃぁごぜぇません。お持ちくだせぇ」
「カーターさん。みんながそれぞれ、できる事をしたんですよね? カーターさんがルーカスさんといてくれたから、倒せた相手ですからね。これは当然、仲良く分けましょうよ」
盗賊の所持品はメフシー商会が買う事にしてくれ、盗賊の所持金と合わせ三人に均等に分けられた。金貨二枚と大銀貨十六枚は大金だった。
「ありがとうございます。やった! 散髪に行ける!」
「ジュン。髪、切んのか? 魔法使いだろ? 魔力は大丈夫かよ」
うれしそうなジュンにイーゴンが言う。
「髪って切ったら、魔力が減るんですか!?」
驚くジュンにアイクが笑う。
「そう言われてるだけだよ。オレは変わんない」
「風呂に入る時、邪魔なんですよ。魔力が減ったら今度は伸ばします」
(女の子みたいで嫌だとは言いにくい……。ルーカスさんも長髪なんだよね)
「いい散髪屋を知ってるぜ。王都に言ったら俺らと行こうぜ」
「はい。お願いします!」
話を聞いていたルーカスが、口を開く。
「それでは、その後で冒険者ギルドにお連れしましょう」
「ギルドって分かりやすいんですよね? 大丈夫ですよ?」
ジュンは少し笑って心配性のルーカスを見る。
イーゴンがジュンを見た。
「ジュンは冒険者ギルドに入るのか? 俺たち、昔は冒険者だったんだぜ」
「今もそうなのかと思っていました」
イーゴンたちは同じ村の出身で、仲間と四人で冒険者をしていたが、仲間が結婚して子供ができたのを機に解散したのだと言う。
その後はいろいろあったようだが、ジュンはあえて聞きだす事はしなかった。
二人は雇用者ギルドに所属していて、ルーカスの所にいるようだ。
カーターは商業ギルドで、実は御者として商売をしている事になっている。
「ワシは旦那様しか、お乗せする気がねえんです。旦那様が会長になられた日に、ルーカス商会から独立したんでさぁ」
カーターは照れながら、ジュンに言った。
(ルーカスさんは人格者なんだろうなぁ? 皆に慕われているようだしね。腰は低いけど、爺ちゃんと同じ目は、いつも何かを計っている商人の目なんだよ)
「ジュン様は、中等をご卒業されましたら、高等の入試も受けられるのでございましょう?」
ルーカスの問いにジュンは答えた。
「いえ。僕は貴族でも王族でもないですから、通いませんよ。卒業試験は受かるまで、毎年受けますけどね。中等の証がもらえたら、成人になるまで旅に出ます」
「ギルドには入らずに、でございましょうか?」
驚いたように聞くルーカスにジュンは小さく首をかしげる。
「はい。冒険者って職業ですよね? 狩りや採取をしながら、自分のやりたい事を探そうかなって……。ほら、僕はミゲル様に常識を習っていたんですよ? 世の中には、どんな仕事があるのかも分かっていません。実は今回、尻尾のある方を初めて、お見受けしたんです。失礼になってはいけませんので、驚きを隠すのが大変でした」
うん。うん。と自分で自分にうなずくジュンを、四人はぼう然と見ている。
実はこの世界。人間族・獣人族・エルフ族・ドワーフ族・魔人族と五種族もいるのだ。
慌てて口を開いたのは、イーゴンだった。
「ジュン、悪い事は言わない。雇用ギルドに入って、ルーカス様に雇ってもらえよ。絶対にだまされるって。俺たちですら酷い目に遭って、ルーカス様に助けてもらったんだ」
「だまされてもいいんです。だまされた自分が悪いとは思わないですよ。僕はだました奴を、恨む前に殴れますからね。つらい事にはなりません」
「ジュン様。そのお話をミゲル様はご存じなのですね?」
「はい、言いましたからお二人には」
ジュンの答えに、ルーカスは首をかしげながら告げた。
「お二人ですか……。なるほど。そういう事でしたか。分かりました。ジュン様。よくお聞きください。旅にでる日が決まりましたら、必ず王都のメフシー商会にいらして下さい。必ずでございますよ」
ジュンは笑顔でルーカスを見る。
「はい、ご挨拶に伺います」
「店でお名前をおっしゃるだけで結構です。きっとですよ」
その迫力に、思わずコクコクとジュンはうなずく。
次の日、一行は王都の門を潜った。
旅費を支払おうとするジュンに、ルーカスは告げる。
「ミゲル様からたくさんの旅費を、お預かりして参りました。野宿もあるのだからと宿は良い所で、好きな物をお召し上がりいただくようにと承りましたので、ご心配はご無用でございますよ?」
「はい。連れてきていただきまして、ありがとうございました。カーターさんもありがとうございました」
ジュンはルーカスとカーターにお礼を言うと、イーゴンとアイクと共に散髪屋に向かって歩きだした。




