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戦記8「ドラゴニアの竜」

 ついに恐れていたことが…書き溜めが…なくなった…だと。

戦記8「ドラゴニアの竜」


 ユウ竜は駆け出すと同時にわずかに後ろを…姫がいたほうをみやった。

 その視界に、ボウが入る。こちらもまた戦闘用の鎧に身を包み、手には針を打ち出すニードルガン。鎧を貫き通すほどではないが、関節や顔などを狙えば十分な威力を持つ。


「合図を出せば撤退できますが、いかがなさいますか?」

「ちょいと暴れていく。立つ鳥跡を濁しまくり大作戦」

「ネーミングセンス以外は承知」


 いまだ閉じぬ亀裂から押し寄せる軍勢に、単独ぶつかるユウ竜。

 そしてユウ竜から離れ、ボウは人ごみに紛れ声を張り上げる。


「ユウ竜だぁ! ここにユウ竜が現れたぞ!」


 ボウの声を聴き、敵兵の半分は恐れをみせ、もう半分は色めき立ち、色めきだった方の兵がユウ竜めがけて集まった。

 ユウ竜とはこの国において、交友と外遊と遊撃が仕事であり、いかにキョウ王の右腕を切ったとはいえ、『それは疲れた王の隙をついたマグレである』。それが、多くの兵士がもつユウ竜への評価だ。

 が、しかし、


「いけません! 隊を整えなさい!」


 ユウ竜参戦に気づいた細身の男…第二陣を預かるホウ竜が、静止の声を張り上げた。が、


「ざんねーん」


 それより一手早く、ユウ竜は爆弾を投げつけた。

 カイ竜作…殺傷目的で作られた爆弾は、集まった敵兵の中央で粉じんと共に命を四散さす。

 そして舞い上がった粉じんが落ち着く前にユウ竜は剣を振り、ボウが針を撃ち、粉じん収まり視界が開ける頃には場所を移す。


「どこにいった!?」

「わたしユウ竜、今あなたの後ろにいるの」


 そして再び、爆発、粉じん、剣と針…


「なんで…爆弾なんて持ってるようには」

「見えないだけで持ってるんだなぁ、これが」


 名前も知らない敵兵の質問に答えつつ切り殺すや、ユウ竜は剣を消し、弓を手にし、矢を放つ。一死、二死…弓相手ならばと、盾を持った兵士が集まる。


「取り囲め!」

「団体様、ごあんなーい」


 弓が消え現れたのは剣と爆弾。

 やや高めの空中に投げられた爆弾は、接近していた小型の飛空艇をうち落とし、落下に巻き込まれる形で盾兵が倒れていった。


「…誰だよ、ユウ竜が弱いとかいってたやつは!」


 噂には尾ひれがつき、肉は削げ落ちるもの。特にユウ竜は、自分の評価を下げるような噂を積極的に増やして回っているのでなおさら。ドラゴニアの者といえど、ユウ竜という存在を正しく評価できている者がどれだけいるだろうか?


(―まぁ実際、素の力だけなら竜の中なら最下層だしな)


 ゴウ竜、ヨウ竜の二強はもとより、ドン竜、ホウ竜、ドク竜にも勝てない。カイ竜とならなんとかなるかもしれないが、戦わない竜に勝ったところでどうするという。


(―ふはは、俺は七竜の中でも最弱の竜よ)


 だからといって並の兵士に簡単にやられる程度の訓練しか積んでいないわけではない。

 例の力もあり、乱戦であれば勝率を上げる戦いも組める。

 そして他の竜ですら知らない力がもう1つ。人に話すことはまずなく、剣姫や王といった身近にいた者がかろうじて気が付けた、諸刃の刃とも言える能力がユウ竜にはある。

 その能力の加減次第で、ユウ竜の戦闘力は激しく増減する。故に掴めない。ユウ竜は本当は強いのか、それとも本当に弱いのか…だから敵は焦る、驕る、見失う、安堵する、そしてやられる。

 その隙をつくのがユウ竜の勝ち方。

 狡いというか聡いというかはさておき、その戦い方と相性の悪い相手もいる。

 それが、ホウ竜だ。


「無暗に攻めてはいけません! 隊を組んで、忠実に戦いなさい!」


 ホウ竜の命令が行き渡ったか、ユウ竜の戦いを目の当たりにしてか、兵の多くが陣へと下がり隊を組む。奇手や絡め手を封じるもっとも当たり前で、もっとも効果的な戦術…数で勝る正攻法による殲滅。


「立て直し早すぎるでしょうよ、ホウ竜さん…」

「さすがですね」

「しゃーない。次、いくぞ」

「承知」


 足元にあった槍を投げ牽制しつつ、味方の兵士の波へと消えるユウ竜とボウ。

 正攻法に対する奇策もある。が、無理をする必要はない。

 これは相手を制す戦いではない。

 時間を稼ぐ戦い。

 正攻法で、着実にすりつぶしにくるというなら、ユウ竜としては願ったりだ。故に、終始表に出る必要はない。勇気をもった戦いではなく、幽鬼のように見え隠れし、ユウ竜がいるという恐怖を与えればいい。行動の一つ一つに意味があると思わせればいい。それだけで敵の足は鈍る。


「今のうちに、布陣を治せ!」


 攻勢から防御へと転じた敵軍の隙を突き、剣姫の指示が飛ぶ。見る間に亀裂は閉じ、姫自身も前列へと戻る。これで戦況は元通り…というわけには無論いかない。

 時間を稼いだために起きることがもう一つ…敵の増援。


「ここが正念場…数に怯むな!」

『応!』


 ついに発着場へと兵を降ろす、第五陣。

 この第五陣は兵を城門にも回している。

 はたしてどちらにゴウ竜がいるか…


(―いや、ゴウ竜でなくても変わらぬか)


 ユウ竜にボウがいるように、ゴウ竜にもまた副官がいる。

 竜でこそないものの、ドラゴニアに勝利をもたらしてきた将軍であり、その力は竜に比べて極端に劣るものではない。


(―竜が出るか将が出るか…いずれにしろ厳しいことにかわりないが)


 剣姫の位置からでは、誰が下りてきた鎌では見えない。

 代わりに聞こえた。その声は、


「全隊、突撃!」


 ゴウ竜ではなく副官。

 副官率いる新たな隊は一か所に的を絞り、門を開けることに全力を注いできた。

 そうはさせじとユウ竜が兵の中から爆弾を投げ、足を止めた。

 が、それはホウ竜の想定内。

 爆発からユウ竜の位置を割り出したホウ竜が魔法を練る。

 ホウ竜の体から魔力が漏れ、周りに漂う要素と結合し、色の無い粘土や水に少しづつ絵具で色が足されていくように渦巻き、やがて渾然一体となる。その魔力を練る『詠唱』と呼ばれる行為…ホウ竜のそれは圧倒的に早い。本来なら十分に移動するだけの時間が生まれるはずが、人ごみに紛れてるからとはいえたいして離れる前に完了する。


「万焦ライト」


 発動のきっかけとなる呪文の名前を口にすると、狙いをつけた上空に光の束が生まれ、そして降り注いだ。

 途端、たいした声を上げる間もなく焼き焦げる兵士達…その中にユウ竜がいないであろうことは察しつつ、次の光の束を生むために魔力を練り上げるホウ竜…そして照射。再び逃げるユウ竜…そして起こる疑問。


(―なんでカスリもしないんだ?)


 こんな真夜中に光の魔法を使えば、照射位置など簡単にわかってしまう。


(―ならどうしてそんな魔法を? 他の属性魔法も使えるはずなのに?)


 そして気づいた。


「これ、オレを逃がすように撃ってない?」

「でしょうね。でなければ一発目で焼かれてましたし、そもそもホウ竜様が本気なら開戦と同時に魔法連発します」

「魔力を温存してるとかは?」

「戦場でホウ竜様の魔力が尽きた話聞いたことありますか?」

「ないな。相手も極力被害は出さないようにと思ってはいるのか…」

「でなければ、市街地の方に一個竜隊置いたりはしないでしょう」

「ゴウ竜の指示だと思うか?」

「ユウ竜様は思いますか?」

「ううん、思わない。ということは、だ」


 ユウ竜は思考を巡らせた一瞬後、ボウを潜ませたまま敵兵の…正確にはホウ竜と言葉が交わせる位置まで躍り出た。

 長いうねりのある銀髪を紐で結び、金縁の眼鏡をかけた知性の漂う細身の男…外見の年齢だけでいえば、三十代だろうか? 若いとも老いてるとも違う独特の雰囲気の竜、ホウ竜。


「こんばんわ、ホウ竜さん。ご機嫌いかが?」


 武器を構えた兵士たちを抑え、ホウ竜も僅かに歩み出て会話の意思を示す。

 一方で、第五陣に所属する隊は副官と共に剣姫の隊とぶつかっている。


「聡い君の事だ。遅からず話に来ると思っていた」

「あらら、お待たせしてしまって申し訳ない」

「いや、いいさ。それで? 何か聞きたいんだろう?」

「じゃぁ手身近に。これ、合同作戦だけど目的はけっこうバラバラですよね? あと、指揮権も基本的には各竜ごとにあって、共同ではあっても統一はされてない」


 頷くホウ竜に、続ける。


「じゃぁ、キョウ王を退陣させたいのはゴウ竜だけで、あとは関係ないんで?」

「それは…少し違う。退陣を望んでいるのは、ヨウ竜君を除いた四竜全てだ」


 内心、ヨウ竜が外されたことを安堵しつつユウ竜が続ける。


「ホウ竜さんも? なんでまた?」

「…至極、個人的な理由だ」

「至極個人的な理由? 何よりも規律を重んじているホウ竜さんが?」

「そうだ…自ら法と規律を守ることの大事さを説いてきた私がだ」

「…骨姫様がその理由とやらですか?」


 否定も肯定もしないホウ竜だったが、それこそ肯定の証であろう。

 周りを固める、ホウ竜直属の部下の反応を見ても間違いなさそうだ。


「…他の竜はともかく、君ならわかってくれるだろう?」


 噂というには目の当たりにしすぎた、ホウ竜が骨姫を…仕える王の妃に好意を向ける様を思い返すユウ竜。

 剣姫という相手との関係があるユウ竜には確かに、ホウ竜のいわんとしていることは分かる。

 ましてや、ホウ竜はキョウ王と戦場を駆け抜けてきた親友ともいえる存在であり、方やユウ竜はキョウ王に育ててもらった親子や子弟ともいえる関係だ。分からないはずがないが、


「ま…いいや。その一枚岩じゃない作戦に、なるべく犠牲者を減らすっていう協定とかあるんですか?」


 ユウ竜はあえてそれには触れなかった。


「察しの通り。必要以上の犠牲は必要ない。破壊ではなく譲渡が目的だ…いらない犠牲にはもちろんキミも剣姫様も含まれる」

「だから、剣姫様を説得するなり拉致するなりして引いてくれ。同じ苦しみを抱えている同志として、と」

「…どう取ってもらっても構わない」

「お気遣い頂き、痛み入ります」


 声にしないだけで、ユウ竜の言葉の後ろには、『余計な御世話だけどね?』と続く。


「ここにホウ竜さんがいるのも、自分で志願しました?」

「やはり君は聡いな…そのとおりだ」


 剣姫なら、自分が一番重要な拠点を…空門を守る。

 剣姫が空門にいれば、ユウ竜は空門へと来る。

 ユウ竜が空門へとくれば、第五陣に剣姫が敗れる前にホウ竜に話しかけてくる。

 そしてそれは実際にそうなった。


「しかけられたのはコチラとはいえ、ここまで手のひらの上だとやんなるね、まったく」

「予定通りなら、まもなく城門が破られる。時間はない。君なら剣姫様も頷いてくれるだろうし、ボウ君…だったかな。君の副官なら脱出の手筈も用意しているはずだ。いくといい」

「いくって、どこに?」

「どこにでも…狭いようでこの世界は広い。静かに暮らすに困りはしない」


 きっと、それは本心からの言葉なのだろう。

 そして、願いの言葉でもあるのだろう。

 自分が骨姫とそうなりたいという願いの元でた、ユウ竜と剣姫への救済と配慮にみちた言葉なのだろう。

 だがそれは、侮辱だ。

 王と姫と竜が守ろうとした絆へのこれ以上ない侮辱だ。

 故に、ユウ竜は剣を構えた。


「自分の道は、自分で選びます。オレも、剣姫様も」

「そうか…君たちは強いな。そして夢見がちに過ぎる」

「ご感想どうも。で?」

「…老婆人ながら一つ忠告しておこう。剣を向けるべきは私ではなく、上だ」


 その言葉だけはウソ偽りなく忠告であった。


「潰せ、無明剣」


 聞いたことのある声が魔法の発動を促した途端、黒く重い球体がユウ竜を地面に押しつぶした。


 お読みいただきありがとうございます。

 次回、未登場の竜達がわんさかと(全員揃うとはいってない)。

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