戦記6「ドラゴニア広間」
…はじまるよー。
戦記6「ドラゴニア広間」
剣姫様は、すでに自身の戦支度を終えた姿だった。
致命傷を防ぎつつも動きやすさを重視した軽鎧。
治癒力を活性させる薬などを仕舞い込んでおくための腰袋。
平素から束ねられてる白髪はけして乱れぬようきつく整えられ、金属でこしらえた髪飾りとハーフヘルムの中間のような被り物と一体となっている。
そしてもちろん姫の愛刀『国宝、銀の長剣』。
『徹底抗戦』
姫のいでたちに浮かんだ文字を見て、なぜだか少し軽くなる。ほんのキモチ気持ちが軽くなる。
「キョウ王さ―ユウ竜!」
固い面持ちで王を見、オレがいると知ると安堵したように破顔し―かけ、だから可愛いから辞めなさいと思っているうちに、気持ちと表情を切り替え、王へと近寄る。
「お楽しみの最中に申し訳ございません、キョウ王様」
「どうだ剣姫。お前も混ざっていくか?」
「混じりません!」
「これが最後にななってもか?」
「…混じりません」
夫婦としてのこの二人のことなど、知ってるようで知らない。
せいぜい知っていることといえば、あれだけ女好きなキョウ王が、なぜか剣姫様とは色事に励むことはせず、剣姫様もまたキョウ王がどれだけ他の女性を抱こうと、自分への寵愛を望もうとしない。
そのくせ、有る。
太く、長い、他者が入り込む隙のない繋がりが。
そして今この瞬間も、二人はその繋がりを確かめ合っているのだろう。
互いに互いを尊重し、その結果二度と会えなくなるかもしれないとわかっていても。
「苦労をかける」
「この程度、労われるほどのことではありません。いつもの…いつものことです」
「そうか」
「そうですとも」
「わかった。兵を頼む。いつものようにな」
「はっ! お任せを!」
剣姫が背筋を伸ばし、王に背を向ける。
背を向けながら、オレに視線を向ける。
そしてすぐ視線を外す。
まるでここに存在していない者を見たかの如く。
そして言葉もなく、広間を立ち去った。
己が率いるたった一軍で、王の最後の一時を守るために立ち去った。
その立ち居振る舞いに、恋敵たる…とは違うかもしれないが、侍女達も頭を下げ、あるいは固い視線で見送った。
そして王はその背が見えなくなるまで…いや、みえなくなってもほんの少しの間、佇んでいた。その後ろ姿を目に焼き付けるように。
「して、ユウ竜よ」
二人が作った空気をあえてかき乱すように、王ではなく、イスに座ったままの竜姫が問う。
「お主はここから何をする?」
そう…人の事ばかりではない。
自分もまた、選択の時にある。
とはいえ、選択肢はそう多くない。
そしてどれを選択したところで得るモノは少なく、失うものは限りない。
それでも選択しなくてはいけない。
あの日、二百名を犠牲にしてでも生き残ることを選んだように、
あの日から、何を犠牲にしてでも生き残ることを選んだように、
今日もまた、何を犠牲にしてでも生き残ることを選ばなくてはいけない。
(―力ないモノに選べる道などありはしない)
そんな言葉を受け取っていたはずなのに。
受け取って尚、選ぶほどの選択肢を作れなかった自分に辟易しながら、それでも選ばなくてはいけない。
(―決め難きを決め、捨て難きを捨て、誹られようと呪われようと、続く限りの道をゆく。それが上に立つ者の役目)
王の前で、膝を折る。
初めて折ったのは大剣を受けた時、
二回目はユウの名前を貰った時、
そして三度目は…今この時。
未熟ながらも、せめて王の言葉を受け取った人間として、辟易しながらも、道を選ぼう。
言葉はすでに、浮かんでいる。
いつかこの日が来ると、きっとどこかで分かっていたから。
「お別れを、キョウ王様」
淀みない俺の言葉に、王もまた淀みなく返した。
「武運を祈る。ユウ竜よ」
床に膝がめり込むような、短くも重い一言…
もしかすると、王もすでに浮かべていたのかもしれない。
この日俺に言うべき台詞を。
おかげで、腹が据わる。
「妾が欲しいのではなかったか、ユウ竜よ?」
「欲しくないと申せばウソになりますが、せめて手に入れる方法ぐらいは選びたいと思います」
「ふむ。花も、モノも、言葉でも手に入らぬ妾をいかにして?」
「無論、力で」
折っていた膝を伸ばし、その力とやらの一つ…あの日目覚めた力で手から剣を取り出し、竜姫に切っ先を向ける。
こんな剣では、
こんな俺では、
こんな力では、
老いた王にすら勝てぬ竜では、竜姫の肌はおろか衣にすら届かない。いわんや国など遠きに過ぎる。
「願わくば、力が及ぶその時までこの国と民をお守り頂きたく」
くっくっくと、姫の笑い。
かっかっかと、王の笑い。
けして仲睦まじいわけではないが、これはこれで似た者夫婦といえるのかもしれない。
「いわれんでも妾の国と民は守る。が…生意気にも取りに来ると申したか? 竜姫とこの国を?」
「いつの日か、必ず」
「その時、妾は敵ぞ? 此度のように静観すると思うておらんだろうな?」
「侵略者に手籠めにされるお姫様とか、許されない恋とかって燃えません?」
「あくまで組み敷くというなら、やってみせぃ。手加減はせんぞ?」
「勿論そのつもりで。あ、逆に手加減欲しい時は早めにいってくださいね?」
「ぬかしおる…よかろう。ほんの僅か、楽しみに待っててやるとしよう」
言って竜姫は立ち上がり、こちらに歩みを進めると、そのまま唇を重ねてきた。
そして、すぐに離す。
色恋のそれではないと、オレの体を覆った姫の魔力ですぐにわかる。
「一時的じゃが、竜の加護が宿ったはずじゃ。餞別と褒美代わりにもっていけ」
「ご加護よりもどうせならその先とかのほうが嬉しいんですが?」
「たわけ。奪いに来るのじゃろう? それに、真にその気がない奴と情を交わすほど妾は安くない」
やはり…この人には隠し事ができない。
どれだけ美しかろうと、調度品を異性とは見れない。
そういう目的で描かれた絵なら別として、芸術的な絵画に欲情はしない。
俺にとって竜姫とは、そういう方。
同じ姫でも、あの人とは感じ方がまるで違う方。
「別に女性と思ってないわけじゃないんですよ?」
「わかっておる。今のお主が低すぎるだけじゃ。さっさと上がってこい。せめて女に見える程度にな」
なるほど、そういわれるとそうなのかもしれない。高嶺の花ってやつかしらね?
「ちなみに王には見えてるんで? 竜姫様が女に」
「歴代の王の中で一、二を争うほどに女と見えてる自負がある」
「自慢げにいうことか、バカタレが」
姫の胸だか尻だかに伸ばした触手を魔力の炎で焼き切られる王。
さすが王というべきか、やっぱりエロいだけのオッサンかとも思う今日この頃。
でもまぁ、これぐらいの方が行き易い。
あ、触手再生した。
「いくつか欲しいものがあるんですけど、持って行っても?」
「退職金代わりだ。好きにしろ」
「あ、じゃぁ剣姫様もいいですか?」
「あれが付いて行くというなら持って行け。付いて行くというなら、な」
「じゃ、無理でしょうね」
「あぁ、無理だろうな」
王を慕い兵から竜になり、王を愛し竜から姫へとなった剣姫様。
その絆は残念ながら、いかな国宝でも裂けることはないだろう…多少の隙は付けたと思うけど。
(―あともう二年…いや、一年あればいけるきもするんだけどなぁ)
が、いずれにしろ…時間切れだ。
「敵襲! 第一陣及び第二陣、きました!」
報告にやってきた兵の声を聴き、窓を見る。
見えたのは飛空艇、一個竜隊。
ということは、もう一個は城門の方からだろう。
「では…いってきます」
「おう、いってこい」
王に背を向け広間の外へ、そしてかかる王の声。
「あの世で、楽しみに見ておるぞ」
振り向かず、背中で受ける王の声。
「三妃、七竜、一三宝…揃えて誰がこの世の真の王なるのかを」
聞きおえ、
耳に余韻が響く中、
返す言葉もなく走り、
右手の剣を握る、強く。
振り向く力が残らぬように、強く。
剣を握り、足を繰る。
やがて広間も見えなくなり、声も届かなくなり、俺はキョウ王の戦記から姿を消した。
そのタイミングを見計らっていたかのように…
実際には単に足を止めていたオレをみつけ、声をかけてくるのが一人。
「ユウ竜様」
ボウが駆け寄り、報告する。
朝の目覚めを促すのと同じように、竜としてのユウを促すいつもの声で。
「処理、済みました」
処理、とは部屋に残していた世界に散らばる秘宝の研究記録や、国や町の調査書、その他やや違法性の高い情報や交渉ルートを使う際に必要になるメモ書きなどだ。もっていくには量が多いし、かといってそのまま残してゴウ竜どもにくれてやるのも癪だ。能力でもっていけばいいだろうって? そんなに都合よくいかないのが世の常よ。よって焼き払え、薙ぎ払えの精神である。
ま、それに本当に必要なら、ボウに書き起こしてもらえばいいだけだ。ボウが自身で手にした情報は、ほぼその全てがボウの頭の中に入っているのだから。思い出すのに時間がかかることもあるが、まぁ辞書でも引いてるようなものと思えばよい。
「わかった。すでに敵襲を受けている。脱出の手筈は?」
「手配済みです。ただ、ユウ竜様と私の分までしか手配できておりませんが」
「十分だ」
「よいのですね?」
「くどい」
「失礼しました。なら、いつでも出れます」
「よし。だがその前に、まずは宝物庫にいく。許可はとった」
「いまさら行ったところで、粗方盗られているのでは?」
「隠し扉の奥にある財宝の一つや二つ知らないとでも?」
「理解しました。ご一緒しますか?」
「いや、鎧を頼む」
鎧、と聞いてボウが顔をしかめる。
「最後の奉公だ。危ないとこまでは粘らない」
「その手の嘘は聞き飽きました」
「そういいながらも用意してくれるボウ、大好き。餞別と褒美にちゅっちゅしてあげるわん」
「どこの痴女ですか、ぶち殺しますよ?」
この国の偉い人んとこの痴女だよ。
とは口が裂けても言わない。
千里眼で音は聞けないといっていたが、それが本当かどうかなんてわかったもんじゃない。
「回復も必要ですね」
「あてがあるのか?」
「逃げ出したであろう方の部屋を家探しすれば手に入るのでは?」
「それもそうだな。じゃ、待ち合わせは…空門の向こうで」
「承知です」
十字路でボウと別れ、一人宝物庫へ。
(―まだ一陣。どの竜が相手でも、まだ剣姫様だけで耐えられる)
焦る気持ちを宥めるようにしながら、プランを立てる。
短いところで、宝物庫での段取り。
中ぐらいのところで、脱出までの段取り。
そして長いところで、脱出したあとの段取り。
まぁ…どんだけ練っても、プラン通りに物事が運ぶ方が少ないわけだが…今は走る以外に何もできないのだから、その分程度は建設的ってもんでしょう?
お読みいただきありがとうございました。
前書きと、アトガキのネタが、ない。