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戦記5「ドラゴニア玉座」

 もしかしたら通勤途中に読む方もおられるかもと思い、早めに投稿。ついでに予約投稿のテストも行う。

 なお、前書きと本編の内容とは一切関係がございません。


戦記5「ドラゴニア玉座」


 案の定というべきか、城内の人気は薄かった。

 まったくの無人というわけではないので、こうして移動している今も声が聞こえてくるが、普段よりもその数は少ない。そのかわりではないが、数のわりに音は大きい。悲鳴、怒声、足音、何かの準備音…オレが竜になってから五年、初めて聞く城の音。

 それを持たらしたのが敵対している軍事国家でも、搾取してきた隷属国でもなく、自国の竜たちというのが、何とも笑える。笑えないけど。


「キョウ王!」


 挨拶も抜きに、衛兵もいない扉を開け放ち、広間へと踏み入る。

 そこには、出る前と同じように…いや、出る前よりも更に色にふける王と女たちの姿があった。侍女の多くが服をきていないのは、服のデザインが着る意味があるかないかを判断した結果ではなかろうことは、王もまたほぼ裸に近い姿で玉座に座っていることからわかる。

 あえて近づく気も細かく観察する気も描写する気もないが、玉座の周りには独特の匂いや液体で溢れていることだろう。

 エロ王様の大胆すぎる大人遊び、と日刊ボウに書かれても仕方ないような光景である。

 ただし、玉座からすぐ手が伸ばせるところに、竜一文字が抜き身で置かれている。他にも国宝級の武具がいくつか見て取れる。


 最後の晩餐ならぬ、最後のキョウ宴…そういうことなのだろう。

 他に様子が違うことといえば、衛兵や大臣の姿もない。気を使ったのか逃げたのか知らないし興味もない。

 そして、いない者達とは逆に、いつもは姿の無い竜姫様が、三人の妃それぞれ専用のイスに腰掛けている。

 腰掛けているだけで、王と侍女たちの情事に混ざっていたわけでも混ざりたいわけでもないだろうことは、その普段と変わらない態度や表情から見て取れた。


「おう、ユウ竜。早い帰りだな」

「剣の伝令が間に合ったようじゃの」


 その伝令を使わしてくれた剣姫様の姿は…ない。王の宴にも、自分専用のイスにもない。おそらくは指揮や誘導のために城内を走り回っているだろう。そういう人だ。

 三人の姫の最後の一人…骨姫様の姿もないが、あの人は竜姫様とは別の意味でめったに人前にでてこないので驚きも何もない。


「で…謀反の話は聞いたな?」


 左手にお気に入りの侍女を抱き寄せ、右手の触手で何人かの胸や尻をもみまわしながらキョウ王は続ける。


「竜姫がいうには、奴ら、目と鼻の先まで来ているらしい」

「ユウ竜、お主、危なかったぞ。もう少し遅れるか進路がずれておったら、鉢合わせていたところじゃ」

「しかも先陣はドン竜らしい」

「童はよう覚えてないが、ゴウ竜派の竜らしいの。運のいい奴じゃ」


 竜姫様の手首から金細工でぶら下がる水晶が淡く輝いている。

 俺たちには見えないが、姫様にはその水晶に見たい映像が浮かんでいるらしい。ただし音は聞こえない。

 『ようは道具を使っての疑似的千里眼じゃ。範囲は姫を中心に城下町まで覆える程度』と前に本人から聞いたことがある。


「一応、教えておいてやろう。おそらくじゃが、ドン竜、ホウ竜が先陣。ゴウ竜が本陣にして後陣。ドク竜が遊撃攪乱。ヨウ竜が包囲捕縛、といった布陣じゃな」


 布陣の全容を掴んでいるということは、確かにすぐそこまで来ているのだろう。

 そして伝令のいった通り、五竜全てが関わっているのも…


「事実…なんですね?」

「あぁ。盛大にぬかったわ…我が息子ながら、やりおる」


 自分を出し抜き、これから刃を向けにくるであろう息子…ゴウ竜のことを思い、笑みを浮かべる王。

 似てるとも似てないともいえない、妾が生んだ息子でありいうなれば王子であるゴウ竜に笑みを浮かべる王。

 それはけして息子に向けた柔らかいモノでも、

 妾が生んだ王子を憐れんだモノでも、

 逆賊を皮肉ったモノでもなく、

 何かを成さんとするモノの生きざまを認めた笑み。


「まだまだと思っていたが…老いぼれを追い込む程度には育っていたということか」


 その笑みに、大勢の人間がこの男を王と認めた。

 慕った。

 集まった。

 抗った。

 失った。

 そうやってこの笑みは広がり、研ぎ澄まされ、腕力では成せないことを成すキョウ王の刃となった。

 敵も味方もなく、

 一つの個として認めた相手に示す、王の刃。


 が…


 いつもなら好ましいその笑みも、今だけは腹立たしい。

 すでに全てを受け入れてるかのようで、腹立たしい。

 そして実際そうであろうから、なお腹立たしい。


 炊きつけた本人が、


 御伽話といいながらも語った本人が、


 おそらくはこの世界で今一番、王に近しい王が、


 今までもこれからもその元にいようと思っていたオッサンが、


 恩人が、


 ライバルが、


 同類が、


 俺にとって変えの利かないオッサンが、道を降りようとしているのが、なお腹立たしい!



「…ここまでですか?」


 低い…自分でも驚くほど低い声。

 目つきも悪くなっているのだろうか?

 触手にしなを作り戯れいてた侍女の数人が体をこわばらせる。

 事と場合によっては護衛にもなる、腕の立つ侍女が眼光を光らせる。

 荒事に慣れていない侍女が王や他の侍女の背中に身を隠す。

 動じないのは、王。

 それと、竜姫。


「いい顔じゃ。いつもの悠々とした顔よりよっぽど惹くの」


 茶化すような竜姫に、視線だけを向ける。

 この状態の何がお気に召しているのかなんて知らないが、喜ばす気などあるわけもない。

 すっと視線を王に戻す。

 そして今一度、目で問う。


(―ここまでですか?)


 一つ、深い呼吸…その呼吸の間に、王は問いに対する答えをまとめたのか、左の侍女と、右の侍女達から両手を放し、口を開いた。


「ここまでだ」


 ストン、と。

 片付けた積み木の最後の一個がピタリと箱に収まったような、そんな王の深い声。


「三妃、七竜、一三宝を揃えるとこまでは辿りついたが…オレの戦記はここまでだ」

「…キョウ王!」

「王とはなったが、誠の王ではなかった…ということだ」


 戦記の終わり、

 王の終わり、

 そしてこの人の場合は…自分の終わり。


「まぁ…それもまた良きことよ」


 俺には、わからない。

 道半ばで座したというのに、良きことと思えるその訳が。

 死ぬというのに、良きことと言えるその訳が。

 自分の物語が潰える瞬間が来るのを良きことと待てるその訳が…わからない。


「…わかりません」

「わかってたまるか、小僧め。これは、俺の物語だ。だから」


 と、王は言葉を繋ぎ、


「分かる必要はない。お前の物語には…同じものを刻むな」


 そう、結んだ。

 なら、

 はじめ、繋ぎ、結んだのなら、今度はオレが返す番。

 どう返す?

 どう返そう?

 男らしくいくか、

 おちゃらけていくか、

 それとも皮肉を聞かせていくか、いやいっそ…


「…刻むなよ? ユウ竜」


 結び目を固くするように、終の言葉を重ねる王。

 それに返す言葉が…頭の中にも耳の奥にも胸のどこかからも浮かばない。

 普段なら、十でも二十でも浮かぶのに…

 今だけは、唯の一つも文字が出ない。

 見知った顔が死んでいくときにだって浮かんでいたのに、

 はっきりと文字が見えていたのに、

 なのに今は浮かんでは消え、浮かべては消えていく。


「…」


 言葉のでない空間に、

 呼吸と視線だけが交じってく。


 おびえていた侍女がその身を現し、

 構えていた侍女が表情を緩め、

 強張っていた侍女が緩く拳をにぎる。


 王の侍女たちは、

 こんな状況の王と共にいることを選んだ侍女たちは、

 終わりを合わせることを望んだ侍女たちは、

 王のそばに居続けてきた侍女たちは、

 オレが王の戦記の片隅に刻んできた言葉を、物語を知っている。

 剣の振り方はおろか、この世界での生き方すら知らなかったオレが、ここでユウ竜と呼ばれ仕事をするようになったまでの物語を知っている。

 五年。

 たかが五年。

 誰でも刻むようなものばかりだったかもしれない五年。

 それでも…

 五年前を思い出せるか?

 五年前から今までを思い返せるか?

 俺は…できる。

 それが幸か不幸かは分からないが。

 あの日、キョウ王に拾ってもらったから。

 できる。


「まだまだと思っていたら育っていた奴がいるというのに。お前は相変わらず…小僧だな」


 悪態つき笑う王。

 俺はその笑いに、結びの言葉に、王に、結局返しの言葉を紡ぐことができなかった。

 俺が返しの言葉を定める前に、


「キョウ王様!」


 大声を張り上げ、剣姫様が広間へとやってきた。



 お読みいただきありがとうございます。

 本編どうよう、ネタや書きたいことがなくならない限り、前書きとあとがきも書いていきたいと思う今日この頃。

 そこに意味はなく、あるのはただ意地と趣味。

 それではまた明日とか、次のお話で会えると幸い。

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