表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/104

戦記1「かくして戦記は始まる」

 さすがにプロローグだけってどうだよ、って思うので書き溜めがある間は早めに更新。ただし、数日で切れる。切れる前に書き溜めを増やすことができるのか? 本編と関係ないモノカキの戦いが今幕を開く。


戦記1「かくして戦記は始まる」


 戦いというよりは、狩であった。

 他国との争いに勝利し、迎えが来るまでの本の束の間のお遊びといってもいい。

 むろん戦いである以上気を抜くようなことはしなかったが、難易度、のようなものであれば稽古にも劣る程度のものであった。


 また、異世界から人間が来た。


 その情報を得た軍は、異世界人狩りを行うことを決めた。

 どういう理屈で、どんな手段で、どんな場所にやってくるのかは謎だが、この世界には異世界人が定期的にやってくる。

 こちらの世界からみて、異世界人というのは宝箱のようなものである。

 身に着けているものはコチラの世界にはないものが多く、集めるとそれなりの額となる。

 人によっては、有している知識や技術に価値がある。

 これといった特徴はなくとも奴隷や兵士にすれば利用価値がでる。

 そういった価値ある者がタダ同然で転がっているのだ。しかもコチラに来たばかりの人間はたいていが生ぬるい。争うことすらできなかったり、騙されやすかったりと、とにかく容易い。

 争いには勝利したとはいえ、軍事行動をとったことででた経費や損耗は少なくない。その損失を埋める駄賃にでもなれば儲けもの…そういうことだ。


「…思いのほか殺したようだな」


 戦果の確認をする女兵士…この隊を率いている隊長である女がつぶやいた。


「戦争のあとですからね、気が立ってたんじゃないですか。それに、王様の命令もありましたしね」


 そばにいた兵士の返答に「まぁな」と短く返すと、女は残りの指示を与え、主たる男を探し洞窟の中を進んだ。


 背を向ければ殺す、

 逃げようとしても殺す、

 生き延びる意思を見せた者のみ奴隷として連れて行く。


 遊び心…というにはいささか乱暴に過ぎる主の発案だが、反対も心配もいらない。

 すべての人間を奴隷として連れて行けるわけでもない。

 すべての人間が抗うわけでもない。

 現に奴隷として生き残されたのはおそらくは三十に届くかどうかぐらいで、その三十にしたって兵士達に明確な傷を負わせたものなど報告されていない。

 そんな兵士にすら勝てないような群れに、女の主がどうこうなるはずない。


(―そう、万一などあろうはずがない)


 女は、それほどに主へ信頼を置いている…というよりは、異世界から来たばかりの人間を見下していた。


(―死ぬ気で踏み込めば、傷の1つくらいはできただろうに)


 数は学生の方が多かったのだ。

 戦えば、ただ逃げるよりは多くの人間が助かったのだ。

 だがその『死ぬ気』は、なかなかできない。

 この世界の人間ですらできないのだ。

 話を聞くに、包丁程度しか握ったことのない輩に何を求めるや…

 その考えからいけば、誰も辿りつかず、気持ちの矛先を見失った主の機嫌の方が不安なくらいである。

 しかし…どうやらそれもまた、杞憂であったらしい。


(―あの方と対峙してなお戦った者がいたか)


 女が歩みを進めると、愛刀『竜一文字』を赤くし、倒れた少年を見下ろしている主の姿があった。

 折れた剣や割れたビンなどをみるに、少年は少年で健闘したのだろう。

 他の学生たちに向けていた侮蔑に比べれば、遥かに好意的な印象を抱いた女は、


「キョウ王様」


 と…号令をかけた時とは違う、柔らかい響きで男を『王』と呼んだ後、


「キョウ王様!」


 と、すぐに違う響きでまた名を呼んだ。

 無言のまま少年を見下ろす男に駆け寄り、血が滴る右腕を…あるべき腕を切り離された傷口へと手を触れた。

 魔力とでもいうべきエネルギーが変質し、淡い緑色の光が女から溢れ、男の滴る血をせき止めてみせた。が、それだけ。腕が生え変わることも、地面に転がった太くたくましい腕が付くようなこともない。


「キョウ王様…」


 三度名を呟かれ、ようやく男が女に視線を向ける。


「…やられた」


 嬉しそうな顔に、深い声…傷の痛みも苛立ちもない、音の無い笑顔。

 それに対し女は少しの間の後…溢れんばかりの笑顔を男に贈った。


「ご満足いただけましたか?」

「うむ。初物とは思えぬよい戦いだった」

「それは、ようございました」

「聞くか?」

「勿論」


 男は語る。

 地に伏せた少年が…刈り取られるだけだったはずの少年が、いかにして右腕を切り落として見せたかを。

 爛々と、

 乱々と、

 英雄譚を語る子供のように女に語った。


 曰く、


 少年は、剣を構えた。

 王は、竜一文字を振りかぶった。

 少年は振り下ろされる大剣を剣で受け止めた。

 ズシリとした重みに少年の片足が崩れる。

 岩をも切り裂く大剣が、少年の剣に切れ目を入れる。

 パキン、と剣が砕け、そのまま自分が割かれる前に、少年は剣を諦めた。

 少年は体をひねり、大剣の軌道から逃げながら、両手で握っていた剣から手を放し、

 その手で、王へと…いや、竜一文字へと手を伸ばし、そして奪い取った。


 この世界に目覚めた能力で。


 少年の手が竜一文字に触れた途端、

 王が少年の手を切り裂こうと刃を動かした直後、

 竜一文字は、少年に吸い込まれるようにして消えた。

 そして、すぐに表れた。

 ただし今度は、少年の手に握られて。

 そして岩をも切り裂く大剣は、現れると同時に剣を振る動きをしていた王の腕に触れ、王自身の腕力と剣の切れ味の

相乗効果でもって、本来の主の右腕を切り落とした。


(―生成ではなく、格納能力か!)


 少年の目覚めた力に気が付いた王は、歴戦の猛者と相対したような高揚感を抱きながら…


(―じゃが、それはいかんじゃろう?)


 初めて人間の肉を切り落としたショックに見舞われた少年の顔面にこぶしを叩きつけ、勝利を勝ち取った。



「では、確かにこの者がキョウ王様の右腕を?」

「信じぬか?」

「信じます」


 曇りのない返事に男は満足げに頷く。


「こちらに来てすぐに力を有したのも驚きだが…よもやワシの右腕もっていくほどに扱うとは、狡い奴め」


 男が、他の女にはもちろん自分にも向けない視線を少年に送るをみて、僅かに嫉妬にも似た揺らめきをみせる女。

 女はその揺らぎを払うようにやや事務的に…隊を預かる者としての気持ちを前面に押し、姿勢を正す。


「して、この者の処遇は?」


 元の話でいえば奴隷として連れて行くことになっていたが、右腕を切り落とされたとあってはどうなるか…少年が生きていることを確認し女が問い、男は暫し…顎ひげをなでる程度の間悩み、


「…連れて行く」

「はっ、では部下を呼んでまいります」

「違う。そっちではない」


 踵を返し、奴隷として連れ帰ろうとした女を止め、言った。


「ちょうど一つ空いていたしな。新たな竜として連れて行く。我が国の…いや、こちらの世界の女を代表して面倒を見てやれ」


 さすがに予想していなかった言葉に、女は動くことも喋ることもできず、男の背中を見つめた。

 男は大剣を鞘に納め、少年に切り落とされた右腕を拾うと、笑いながら…女にも理解できない含みのある笑い声をあげながら、洞窟から立ち去った。

 女は男の笑い声が聞こえなくなるほどには茫然としたのち、聞こえないと分かっていながらも膝をつき言った。


「キョウ王の仰せのままに」


 そんなやりとりがあったとも知らず、少年が気が付いたのは、王が立ち去った後のこと。


「…ここは?」

「気が付いたか」


 目が覚めると少年は、見たことのない場所に…異世界なのだから見たことのない場所だらけで当然なのだが…気絶する前にいた洞窟とは打って変わって人工的な部屋の様子にやや驚いた。

 そして視線を彷徨わせた後、白髪の女性…隊を率いていたあの女性だと気が付くと、更に驚いたように凝視した。


「今、この船は我が国ドラゴニアへと帰還の途中だ。お前が目覚めたら可能な限り質問に答えるよう、王から仰せつかっている。気になることがあれば尋ねるとよい」

「…船っていったけど、空飛んでない?」

「飛空艇だからな」


 窓の外に流れる雲をみて問うた少年に、女性はこともなげにいう。


「さっき王っていってたけど、もしかしてあのオッサンが王様?」

「言葉を選べ、あのオッサンとはなんだ、あのおっさんとは」

「じゃぁ、竜一文字とかもってたオッサンが王様?」

「…もういい。いかにも。ドラゴニアを収めるキョウ王様だ」

「…右腕は?」

「止血はした。治るかはわからんが、お前の奮戦、王は大層お喜びだ」


 明らかに何を言ってるんだコイツは、って顔をする少年。


「右腕切ったのに?」

「初物にしては見事な戦いだったと聞いた」

「治るかもわからないのに?」

「戦いでの傷は誇りであり、物語だ。よい戦いでの傷ならなおの事」

「…王様、変態なの?」

「…少々変わった指向をお持ちではある」


 やや拗ねたような女の様子を見て、少年は話題を切り替えることにした。

 聞きたいことはいくらでもあったろうが、優先順位をつけ、まず真っ先に聞くべきを尋ねた。


「で、オレどうなるの?」

「選択肢はいくつかあるが、選ぶべきは一つだけだ。切った右腕の代わりに、お前がなれ」

「小間使い的な? それとも恋人は右腕的な?」

「一部意味がわからんが、王はお前を竜とするといっていた」

「竜…」


 少年のつぶやきに重みが乗った。


「竜が何かを知っているのか?」

「おっさんから聞いた。三妃、七竜、一三宝」

「王から? 戦いの場で?」

「そうだけど?」


 女は言葉を重ねる代わりに、少年を再度凝視した。


「竜…てことは、オッサンの国の将軍にするってことだよね?」

「不服か?」


 問うた女に、少年は数秒の間をおいてから…笑った。おもしろそうに、声を出して笑った。それは緊張から解放された反動だったのかもしれないし、もしかしたら激動の自分を嘆いたものかもしれなかったが、不思議と女には、その中心に別の感情があることを見て取れた。

 そして、王がなぜこの少年を竜としたいのかもわかった。


「あー、疲れた」


 たっぷり、数分は笑っていただろう…少年はぐったりとした様子で呼吸をすると、寝かされていたベッドに体重を預けるように力を抜いた。

 声からも険が取れ、息の多くまじったかすれ気味な音に代わる。


「王様は?」

「別の船で先に戻られた」

「そうか…後でお礼をいわなきゃ」

「うむ、それがよかろう。右腕を落としたとはいえ、本来竜になるには相応の―」

「ううん、違う。そっちじゃない」


 といわれ、女はまじまじと少年の顔を覗き込み、


「ようやく、こっちの世界の美少女とお喋りできた」


 少年は、まっすぐに女の目を捕えていったあと、再び気を失った。

 満足そうに目を閉じた少年に、女はなんともいえない気持ちを抱き、溜息へと変えた。


「…色を好むところまで似なくてもよかろうに」


 かくして少年はドラゴニアという国に連れていかれ、物語はそこで一度途切れる。

 途切れた間も語るべき出来事はあったが…

 今は、戦記が綴るままに続けよう。

 途切れた物語が始まるのは、実に五年の月日が流れてからだった。




 今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。

 主人公がほとんど喋らないどころかほぼ寝たきりという作者的に衝撃の展開。しかしまぁ、美少女とは話せたし、よかったねって思う今日この頃。

 なお、次のお話はここから5年後のお話です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ