戦記12「ドラゴニアから」
キレイなお姉さんは好きですか?
ただし残念な。
戦記12「ドラゴニアから」
「よっすよっす。みた? なぁ、みた? あの爆発、すごいだろ? この飛空艇の火力みた? すごいだろ?」
降りた途端、周りの事など顧みずユウ竜に話しかけた女性、カイ竜。
細身の女性が多いドラゴニアでは柔らかめの体形に、誰が見ても柔らかいと分かる胸元。高めの背丈。ブラウンのクセがかった髪。くりりとした丸い目は大きなカブトムシを捕まえた子供の用に輝き、黙っていればお姉さん然とした外見とのギャップを感じさせる。
男性百人に尋ねれば、半分が『黙っていれば可愛い』といい、残り約半分が『残念な美人』といい、一部が『それがたまらない』という。それがカイ竜という女性への評価である。
「おまえ、こんなすげーの持ってるなら、最初から戦えよ」
「え? やだよ。壊れたらどうすんだよ。これ、一点ものなんだぞ。そこらへんの量産型と一緒にすんなよな!」
「あー、悪かった悪かった、俺がわるぅございました」
「ん、わかればいいんだ、わかれば」
どう聞いても面倒臭い、というニュアンスしか漂ってこないユウ竜の言い方だが、本人はまったく気にしていないというか気づいていないらしい。うんうん、と大きく頷きながら、褒めてもいいんだぞ? という熱い視線を向けている。
が、ユウ竜褒めない。
褒めてほしいカイ竜、褒めないユウ竜、カイ竜褒めてほしい、ユウ竜褒めない。どうあっても褒めない。
そしてカイ竜の表情がむすっとしたものに変わったとき、タイミング悪くゴウ竜側の兵士達が襲ってきた。
「カイ竜!! さっきの爆発で、俺達の仲間はぁ!」
「うっさい、死んどけ!」
カイ竜が手に持った機械を操作するや、停止している飛空艇の砲塔が集まってきた敵兵めがけて砲弾を放った。そして着弾、爆発、死滅。範囲こそ狭いものの、鎧など意にも介さぬ威力である。
「よし、これで寂しくないだろ、いいことしたな、あたし!」
「リモコン操作システム、本気で作ったのかお前」
「おう! お前のおかげだ。ありがとな、お礼にほら、こ、このボ、ボタンおしてもいいぞ! 特別だぞ!」
「いらん」
「なんで!? ボタンだぞ! 突起物だぞ! 押したくなるだろ!?」
「いや、怖い」
「…そうか、こんなにかわいいのにな。残念な」
肩を落とし唇を尖らせるカイ竜に頭痛を覚える、命がけで戦っていた兵士達。
なにかもう、いろんな意味で早く行け、と思い始めた周りの空気を察したわけではないのだろうが、カイ竜は気持ちを切り替えるようにボタンを押した。
頭上を飛び回る戦闘機が、三機ほどが撃墜された。
「よし、いくか!」
「え、なんで? なんで今ボタン押したの? なんで今散弾打ち込んだの?」
「ん? 腹いせ」
もう、誰も何も思わないことにした。
「で、逃げるんだろ? さっさと乗り込めよ」
「待った、先輩も連れて行っていいか?」
「えー…これ、運転手いれて三人乗りなんだけど…」
「大丈夫、先輩もボウも小柄だから、詰めればなんとかなる!」
「…すげー、密着するじゃん」
押しづめになった飛空艇内を想像しながらカイ竜がいう。
「しかたないだろ、非常時なんだし」
「とかいいながら、喜ぶんだろ。うわ、ヨウ竜やわらかい、とか気持ち悪いこと考えたいんだろ!」
「大丈夫、ちょっとだけだ!」
「なにがちょっとだ! ちょっとも全部も、入ったらおなじなんだよ! 死ね! 爆ぜろ!」
「そこをなんとか! あと誤解がないよういっておくが、うわ柔らかい、よりは、うわいい匂いを期待してる」
カイ竜、大きく息を吸い込み、
「やだね! ぜってーやだね!!」
「じゃぁオレが運転席に座るから、お前俺の膝の上に座って運転することにしようぜ」
「そ、それならまぁ」
「まぁ冗談はさておき」
「だよなぁ! そうだとおもった!!」
ボタン、砲撃、死にゆく兵士。
「冗談はさておき、こんなところに放置とか危ないだろ」
「大丈夫だ、ヨウ竜ならそこらへんにころがしといても死なないって」
「そういう問題じゃなくてだな」
「じゃぁ、どーゆー、問題ですかー、わかるよーに説明してくださいー」
「助けてくれたんだって。向こうを裏切って。このままドラゴアニにいたんじゃどんな処遇をうけるかわからないだろ?」
だからどうした? と言わんばかりにそっぽを向くカイ竜。
こうなると、もうユウ竜が何をいっても聞いてはくれない。
体験からそれを悟っているユウ竜は、だがしかし同じく体験から対応策を心得ている。
「…ボウさんや、出番です」
適材適所という名の人任せという対応策を心得ているユウ竜…
ボウはどちらに向けたのか分からないため息をつくと、そっとカイ竜に近づいて、そして二人にしか聞こえない程度の声で話した。
(カイ竜様、ここはユウ竜様に恩を売っておくべきです)
(え、なんで? だってヨウ竜だぜ? どう考えても邪魔じゃね?)
(一時の我慢で、大きな獲物を狙う。それが女の駆け引きというものです)
(そ、そういうものなのか? 女ってそういうものなのか?)
(お考えください。ユウ竜様が恩を感じているヨウ竜様を助けたとなれば、恩人の恩人がカイ竜様となります。恩人の恩人となられたカイ竜様に、ユウ竜様は感謝するでしょう。そうなれば…)
(そ、そうなれば?)
(…おわかりになりませんか?)
中身はからっぽだが、深みだけはある物言いに、カイ竜がつばを飲み込んだ。
(おわかりになったかもしれない! だけどいいのか、そんなところまでいいのか!? 法とモラルは問題ないか!?)
(どんなところまででも構わないのです。例え一宿一飯の恩義だろうと、恩人を前に男は命を懸け、女は心と体をを許すことは、古今東西の物語で立証されています。それが恩人効果です)
(すげぇな、恩人効果!)
(では、いいですね?)
(よし! あたし、恩人になるぜ!)
カイ竜はがっちりとボウの手を握り喜びを示し、ボウはがっかりと手を握り返し溜息をつき、ユウ竜の側に戻ってきた。
「話、つきました。もう一度お願いしてみてください」
「あー…先輩も」
「いいぞ、連れてってやる! お前の恩人だからな、感謝しろよユウ竜!」
ユウ竜が言い終わるも待たず、脱出の準備を…具体的には未だ起きないヨウ竜を戦闘機に詰め込むカイ竜。
「お前、毎度毎度よくあいつコントロールできるな」
「ちょっとしたコツがあるんですよ」
「ちょっとしたコツのわりに、すげー疲れてるよね?」
『お前のせいだ』とは言わない程度には慎み深いのが、自分のいいところだとボウは考えている。
(―まぁ、借金の付けは本人が返すことになりますしね)
便利なものには裏があるのが世の常である。
そして忘れたころに支払いが襲ってくるのも世の常である。
「よし、乗った乗った! いくぞ!」
「の、前に、1ついいか?」
「なんだよ、早くしろよ、囲まれると面倒だろ」
いいながら、囲もうとしていた兵士たちが銃器で一掃された。
「その飛空艇、けっこう強いよな?」
「けっこうどころか、すげー強いに決まってんだろ。しかもまだ開発の余地があるほどに」
「だよな? しかも新型なんだろ?」
「今デビューしたばかりだ」
「じゃぁさ、試し打ちしていかない? 幸いそこらへんに的はたくさんあるわけだし」
ボウが、ユウ竜に非難の…『まだ逃げないつもりか?』という視線を送るや、ユウ竜は補足した。
「ドラゴニアの戦果を支える一つが、飛空艇だ。ゴウ竜は…王になるだろう。それはもういい。で、ゴウ竜が王となれば他国への侵略を進めるだろう。その時要になるのはやはり飛空艇だ。が、もしその飛空艇が…とくに大型の人員輸送タイプの飛空艇がなければ…どうなる?」
大型になればなるほど建造には時間がかかる。カイ竜ほどの技術者ががいなくなれば猶更だ。建設費用や資材だって必要だ。それら必要なコストを生み出すにも飛空艇は役立っていた。が、源泉を生み出すための源泉がなくなる。
もちろん、陸路での行動は可能だろうが、今までのようにはいかない。
そして飛空艇の利便性を知っているからこそ、損得を考える。
そして傾くだろう。待ってでも飛空艇を作ってから侵略する方が、コスト的にはよいであろうという判断に。歩けばいつかつくと分かっていても、少し待って車に乗る方がいい…そういうことだ。
「そしてそれは、オレが国を興すための時間稼ぎにもなる」
「国…ですか」
「オレが興すな?」
まっすぐとボウを見て言うユウ竜。
その目をまっすぐに受け止め図るボウ。
竜と配下という立場の違いはあるが、そこには対等に相手を尊重する意識が窺える。
そして、
「約束、だもんな?」
「…承知です」
詰めの言葉をかけられ、ボウは意見を受けいれた。
「おい、あたしは承知してねーぞ」
「今ここで恩を売っておけば…」
「あたしに任せとけ!」
カイ竜が乗り込み、ボウもついていく。
ユウ竜だけはわざと最後になるようゆっくりと歩き、いつもと変わらぬ顔で見送ろうとしてくれた兵士たちに、いつもとかわらずにいようと思った顔を向けた。
お互いに、ほんとうにいつも通りできていたかは、本人たちしかわからないが…兵士を代表し、とある男がいった。
「死ぬまで、バカやってこい」
「ん、なるべく笑ってもらえるようにしてくるわ」
ユウ竜が乗り込むとすぐさま飛空艇は浮かび上がり、思うが儘、飛空艇を打ち沈めていった。
小型から大型まで…まるで、城にいる兵や竜や王や姫に見せつけるかのように飛び回り、撃墜を繰り返す。
「ひゃっほー、爆発は芸術だぜ!」
「ふつう、芸術は爆発だじゃない?」
「なんだよ爆発する芸術って。鑑賞客、血みどろじゃねーか」
「だいぶ狙われてきましたね」
「あいつら落とせないのか?」
「無理だな。機体性能でどうにかなってるだけで、技術の差であたしが負けてる」
「わかった。危ないと思ったら早めに逃げてくれ」
「んじゃ、あともう少しいけっかな!」
短時間のうちにカイ竜と戦闘機の特性を把握した飛空艇のエース達に追いつめられながらも、カイ竜は爆撃を続けた。
その報告が、ゴウ竜と副官に届く。
「…捕まえたからここにきた、だったな?」
「も、もうしわけありま―」
副官が軽く数メートルは吹き飛んだ。ゴウ竜の拳が副官の腹を殴り飛ばした勢いでだ。
「もう、しわ、っぇぅぐ」
死んではない。口からよだれを垂らし、よろよろと立ち上がり、そして這いつくばるようにゴウ竜の足元にひざまずいた。
「申し訳、ござ、いません。今から打って出ます…今度こそ必ず!」
「できないことを軽々しくいうなと教えたはずだ」
「…いつか必ず! 仕留めます! この手で!」
「…いいだろう」
「はっぁ! ありがとうございます!!」
頭を上げることもせず、女は感謝にむせび泣いた。
打てたはずの大将首を二人も取り逃がすという失態を見せた自分にチャンスを与えてくれたゴウ竜に、心からの感謝をささげ、咳き込みながら泣いた。
その様子を異様とみるか、麗しき主従関係とみるかは人によるだろう。
「…あのクズどもめ」
広間にはめ込まれた大窓の向こう、歪な形の飛空艇が飛び回るをみて怒りを放つゴウ竜。
「まんまと足元をすくわれるとは、馬鹿者め」
「腹立たしいと思うべきか、清々しいと思うべきか。ま、なかなかに意味のある足掻きよの」
その様子を嘲り笑うキョウ王と竜姫。
他に広間にいるのは、ホウ竜、ドク竜、そして互いの陣営の兵士達。
そこに剣姫と侍女たちの姿はなかった。どこかに隠れているのか、それとも…
「…反省はする」
ゴウ竜がきつく剛剣無明を握りしめる。
キョウ王が竜一文字を大きく振り、構える。
「乗り越え、俺が王になる。手は、出すな」
兵や副官はもちろん、ホウ竜とドク竜も頷いた。
「親子の玉座争い、しかと見届けてやろう。存分にやるがよいぞ、ドラゴニアの子どもたちよ」
竜姫がキョウ王とゴウ竜を囲むような結界を作り出す。
竜姫を含めた三人以外は結界の外へと弾きだされ、何者も何事も通さぬ透明な壁となる。
「この戦いに勝った方がドラゴニアの王と、妾が認めよう。異論は認めん」
もう何十年と前、
この玉座の前で自分の父を倒し玉の地位を得たキョウ王に、同じく玉座をかけて戦いを挑むゴウ竜。
「どれ、久々に稽古をつけてやろうか、バカ息子!」
「ほざけ、老害が!」
今の王と次の王の刃が交じり、
姫と竜と兵は、その戦いを静かに見守った。
(―歴史は繰り返す、ということかのぉ)
二人の剣劇の隙間をぬって窓の外に竜姫が視界をやると、歪な飛行船が遠く、小さく、姫の千里眼でも届かない場所へと消えていったところだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
主人公たちがドラゴニアから離れ、そして戦争の終結です。
次回、ドラゴニア編エピローグラッシュでお会いしましょう。