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森の中を西へ向かい歩き続けていると、途中何度かゴブリンであろう反応が索敵範囲内に感じ取れ、うまくかわして未だに敵と遭遇していなかったのだが、
「これは避けられないか。戦うか......そういえば<隠行>があったな」
京介はゴブリンで逃げながないほど埋められている前方へ<隠行>のスキルを使い、ゴブリンに接近した。
6m.....5m......4m.....3m.....2m....
(驚いたな。2mぐらいまで近づいてもバレないとは、これが<隠行>の効果か......そうだゴブリンの情報を見てみるか)
アナライズを起動させると、
《NONAME》
性別 :オス
種族 :ゴブリン
レベル:2
HP :25/25
MP :12/12
力:5
体力:5
知力:2
精神力:3
敏捷:3
運:1
≪パッシブスキル≫
槍術Lv1
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「おお、出たな。見れると思ったけど本当に敵のステータスも見れるんだな。相手のスキルを知れるのは大きいな。あると無しとじゃ全然違うな.....にしても、ずいぶん弱いな。やっぱり<異界の恩恵>によるステータス補正が大きいのか」
ゴブリンのステータスを見て、そう感じた京介だった。それもそのはずだ。彼とゴブリンのステータスの能力値には同じレベルなのにかなりの差があるのだから。
京介は<異界の恩恵>によるものと考えているが、そうではないのだ。いくら<異界の恩恵>があったからといってその効果は同レベルのゴブリンとこれほどの差を生むことはない。これだけの差があるのは純粋に京介が強かったからなのだ。地球での武術の鍛錬によって元々強かったのに補正が入ったことでこれだけの差を生んでしまったに過ぎないのだ。
「とりあえず倒しておくか」
京介は<隠行>により近づいていたので、ゴブリンの気づく間もなく後ろから強襲をかけ倒した。
「ギャッ!!」
《レベルアップしました。柳京介はレベル3になった。》
「レベル3になった...か。まあ確認は後にしてまずはこれだな」
京介はゴブリンの死体に近づくと持っていたものを拾う。それは槍だった。
実は京介の周りにいたゴブリンが個々で剣や棍棒など様々な武器を使っていることに気づき、自分の持つ<槍術>スキルを使うために槍を扱うゴブリンの所に接近していたのだ。
「槍が手に入ったか....これは心強いな、まあ脆そうだけど」
《ウッドスピア:木製の初心者用の槍。[10級]》
「初心者用か。まあ、あるだけマシだな.....ふっ!」
京介はその場で槍を振るう。昔から同じことを繰り返してきたのでその様には一切のよどみも無く、見る者が見ればその技量の高さがわかるほどのものだった。
「ふぅ...<槍術>スキルが発動しているのか、いつもより鋭いし、力強いな。これならゴブリン程度ならいくらでも倒せそうだな」
槍を振るった京介は明らかに上がっている身体能力と技量をひしひしと感じ、異世界に飛ばされて心の片隅にまだ残っていた魔物との戦いと死への恐怖感で擦り切れ始めていた心の中に安心感が少し芽生えた。
「槍があればなんとかなるかもな.....敵のステータス確認も出来ることも分かったし、そろそろ本格的に町を探さないと空腹で死んじまうかもな」
そうして、京介は<索敵>を広げながら町を探すために歩き始めた。
「全然見当たらないぞ、どうなってるんだ? まさか....」
森を西にひたすら歩いていた京介の脳裏には嫌な予想が立っていた。
「でも、さっきから同じ方角に20kmぐらい歩いてるはずだ、なのに<索敵>には敵と思わしき反応しか出ないってことは、まだまだ森が続くってことか。 西の方角にただただ長い森ならまだ良いけど、もし普通にとんでもなく大きい森だとしたら、周辺に町がない可能性があるかもしれないぞ」
京介の空腹にはかなり限界が来ていた。ここまで何度かゴブリンに見つかっては倒してレベル5になっていた京介だったが、そろそろ何か口にしないと力も十全に使えずに、ゴブリンにすらやられてしまうかもしれない。結構な窮地に立たされている京介だった。
「ゴブリン食うか.....いやいや、それは本当に最終手段だ。他に食えるものを探そう、木の実でもキノコでもなんでもいいから腹に入れんと...」
血眼になって食べれる物を探す京介は、視界に入る木々や草花にまで瞳のスキルを使って探し始めた。
《魔樹:空気中の魔力を少し宿した木。》
《グラスノコ:薬草などの効果をほんの少し上昇させる不思議なキノコ。調合の素材としてよく用いられる。》
《アルラの花:森のいたるところに生えている。》
《魔力草:その名の通り魔力を宿した草。グラスノコと合成することでMPポーションが調合可能。》
「くそっ!腹を満たせそうなものはないか。グラスノコ食べるか? いや、調合のスキルもあるし、調合して回復薬作るか」
グラスノコと魔力草を手に取ると調合しようとしたのだが、
「.....どうやるんだ?.....くそっ、とりあえず持っていくか」
京介は魔力草とグラスノコを持つと、カバンに詰め込んだ。素材は取っておいても損はないだろうと考えたのだ。
相変わらず空腹は京介を弱らせていくが、何かゴブリンとは違うような反応を索敵範囲内に感知した。
「来たっ!期待外れじゃありませんように!」
京介は食の本能に身を任せ、反応の出た方に走り出した。
「何がいるか分からんし、一応使っとくか.....<隠行>」
<隠行>を使い、静かに気配を消しながら反応に近づいていくとそこには・・・猪のような魔物がいた。
「フゴ」
《NONAME》
性別 :オス
種族 :フォゴン
レベル:2
HP :55/55
MP :22/22
力:8
体力:5
知力:2
精神力:2
敏捷:5
運:1
≪アクティブスキル≫
突進Lv1
備考:食用として、人にも魔物にも食べられている。
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「キターーーーーーー!!!」
思わず叫んでしまった。探し求めていた食料が目の前にあるのだ。仕方ないといば仕方ないのだろうが<隠行>の効果も解け、その叫びでフォゴンに気づかれてしまった。
「!!!フォゴーーーー!!!」
そのまま突進をしてきたが、その動きは正しく猪のそれで直線的なものだった。京介は空腹で多少冷静さを失ってはいるが、突進をうまく横にかわして頭に槍を突き刺した。フォゴンはそのまま動かなくなった。
「飯ダーーー!.....ハッ! 火がないじゃねえか!! いや、中学の林間学校を思い出せ俺!! 火種が無くたって火はつけれるはずだ、気張れよオレーーー!!!」
少しおかしくなり始めている京介は、林間学校で習った火起こしの方法を思い出した。火きり棒の回転力をうまく使い、摩擦熱を利用して火をおこす方法だ。記憶の片隅に眠っていた方法を自分なりのやり方で実現させる。追い詰められた手負いの獣ほど恐ろしいとも言うが、まさに京介は食欲の獣と化していた。一心不乱に火きり棒を回し、火を起こそうとする姿には何とも言えない覇気がにじみ出ていた。
「ウオォォォォ........よっしゃついた!! これであとは焼くだけだ!!」
槍で血抜きを済ましておいたフォゴンを丸焼きにする。
そして、
「や、焼けたよな...もういいよね...よっしゃー食うぜぇ!!!」
一人、肉の前でブツブツ言っていた京介に待ち望んだ瞬間が来た。その肉に大きくかぶりつくと溢れ出す肉汁と鼻を通る香ばしい香り。一日中、何も食べずに歩き回っていた京介はただ焼いただけの肉だが、今は極上の料理だった。
「美味い、こんな美味いもん久しぶりだ……くそっ、なんでこんな事になっちまったんだ」
京介は久しぶりの食事で無我夢中に肉にかぶりついていたが、食欲が満たされ始めると正気に戻り、冷静さを取り戻すと、何故こんな世界なんかに自分はとばされたのか、魔物を殺しているのか、なぜ自分が.......などと暗い気持ちが溢れ始めてきた。
今までとはまるで違う世界に戸惑いはしたものの、持ち前の適応能力でここまでやって来たが、今になって色々と心の奥底から溢れ出てくる感情の嵐に頭が回らなくなり、自然と目からは涙が流れ始め、異界の森で1人大声でみっともなく泣いた。