season1過去-1
俺と彼女が出会ったのは、夜のビルの屋上だった。
「…こんな時間に何をしているんだ…?」
高いフェンスに腰をかけていた彼女は、無表情で振り向いた。
呟くように俺の口から漏れたその言葉は、果たして彼女の耳に届いていたのだろうか。
闇夜の中でも凛と光る彼女の瞳に吸い込まれてしまったかのように、俺はしばらく目をそらす事ができなかった。
恋人と夫婦と愛人、これらのような男と女の関係に、
果たして違いはあるのだろうか。
少なくとも、俺にはその答えがわからない。
42年もの間生きてきて、それなりの人並みの経験はつんできたが、
一向にわからない。
恋をして、お互いに惹かれあって結ばれるのは、至って自然で当然の成り行きであり、生物の本能だ。
何の束縛もなく、ただ自由に相手の心を読もうとする。
そうやって、駆け引きのゲームを楽しんでいるかのように。
この世で最も贅沢でスリリングなゲームである。
結婚すれば、その男女には様々な法律が付きまとい、
一生を区切られた空間の中で過ごす事になる。
しかし愛とは、紙切れ一枚の成約によって縛り付けられてよいものなのだろうか。
結婚とは、契約だ。
お互いがお互いを自分のものにするため、縛り付けあう。
それを幸せと感じるか、何かとてつもなく重荷になるととるかは、個人の自由だ。
しかし大抵の人間は、前者のために契約書にサインをする。
三つの例の中で、最も至極だと言えるのは、愛人という名の関係だろう。
ただの遊びか、真剣な愛か。
真剣な愛であれば、これほど美しく純粋な愛はないだろう。
全てを捨ててでも、ただ一人を愛せる幸せを手に入れたその時、
きっと濃厚な愛の形がはっきりと見えてくる。
ざっとこんなような事が、俺の専らの持論だ。
おぼろげながらも恋愛観の概要はつかめているはずだ、
しかし、本能的に理解できるものなら、してみたい。
もうこの歳だ、今まで散々仕事に全てをかけてきて、気がつけば世間一般が望む「結婚」という普通の幸せというものを手に入れていなかった。
いや、結婚はしなくてもいい、
だけどせめてもう一度、
人生最後の誰かを愛する気持ちを感じる事ができればいい。
しかし今の俺には、結婚や恋愛には魅力を感じる事ができなくなっていた。
どうでもよくなっていた。
軽く伸びをしてため息をこぼし、再び目線をカルテへと移した。