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第二楽章前半の部 契約 1

 僕と陸はあの後、グリーンライトを後にして、陸に元の世界に帰るための道を案内してもらい、グリーンライトとつながった道に戻ることができ、外がもう暗かったため僕の家の近くまで陸が送ってくれた。

 陸と別れた時、綺麗な黒髪が月の光に照らされて輝いていたことが脳裏に焼き付いた。

 玄関では、母と妹が心配して待ってくれていたようで僕に抱きついた。

 家族に謝ってすぐに二階の自分の部屋に戻ると、白陵学院のカバンを放り投げ、お風呂に入り、パジャマに素早く着替えベッドに飛び込んで、深い眠りに落ちた。



 その翌日の朝六時。

 僕はパジャマ姿のまま全身が映る大きな鏡の前に立っていた。

 首筋の一ヶ所だけが赤くなっている。そこは昨日、ヴァンパイアに変貌した陸に噛まれたところだった。ずっと痕が残らないか気になった。

 「うーん…。制服を着れば隠れるとは思うけど…」

 独り言をつぶやいていると、

 「薫~!朝ごはん出来たわよ!早く下りてきなさ~い!」 

 下から明るいお母さんの声が聞こえた。

 「うん!今行くよ!」

 大きな声で返事をし、僕はすぐに一階のリビングへと急いだ。


 朝ごはんを食べた後、歯を磨き、顔を洗い、自分の部屋に戻ってそそくさと登校の準備をする。

 ブレザーを着る前にもう一度鏡で赤くなっている首筋を見た。

 「これ…大丈夫かな?」

 小声で呟くと、

 「何が大丈夫だって?」

 ふと聞き覚えのある声が聞こえた。

 「えっ?ってうわっ!!」

 僕は声が聞こえたほうを見てびっくりして後ずさってしまった。

 そこには、窓枠越しに陸が涼しげに座っていた。

 「り、陸!!なんでここに!?っていうかどうやってこの二階まで!?」

 窓の開く音も何も聞こえなかった。窓の鍵も閉めていたはずなのになんで!?

 僕はどうなっているんだかわからなくて焦った。

 

 トンっ

 

 と、陸が僕の部屋の中に入る。

 しっかり土足は脱いでいるんだ…。そこは普通だな…。

 そう思っている僕に陸は軽やかな足取りでどんどん近づく。

 僕の手前で陸は立ち止り、僕の口に人差し指を当てた。

 「んっ!?」

 急にされたから僕はビクッと体が反応してしまった。

 「そんな大きな声出したら、家の人に聞こえちゃうよ?」

 小声で陸は注意した。

 「ご、ごめん」

 人差し指を当てられてドキドキしながら僕も従って小声で言った。

 小声で謝った僕を見てうんと陸は頷いて僕の口から人差し指をゆっくりと離した。

 まだ高なっている心臓を落ち着けるため少しだけ深呼吸をした。

 落ち着いたところで、僕は陸に問う。

 「それで、どうやって二階まで来たの?」

 それに陸はくすっと可愛く笑った。

 「薫、私はヴァンパイアだよ?たとえ人間の姿でも体内にその力があるんだから、浮遊して飛ぶことは可能だもん」

 「そうなんだ。初めて知った」

 「昨日言ったらよかったね」

 そっか。陸はヴァンパイアなんだから僕がいろいろと知らないのも驚くのも仕方ないのかな。

 心中納得していると、冷たい何かが僕の首筋に触れた。

 「……?」

 見ると、陸の細い指が僕の首筋を触っていた。

 異常なまでに冷たい指が僕の首筋を撫でまわす様に這っていく。

 その冷たさが僕の体自体をゆっくりと犯していく。

 「あ…っ…!!陸……」

 「どうしたの?そんな可愛い声出して?」

 悪戯っぽく陸は微笑む。

 「だ…って……急に……こんな…こんな…」

 「可愛いね。薫は」

 陸はまたゆっくりと次は肩を撫でまわす。

 「あ…っ…う…あ…」

 「その声、そそられるんだけど?」

 悪戯っぽい顔のまま陸は言った。

 その表情が僕を狂わせる。

 「だけど」

 そう言った陸はゆっくりと僕から離れた。

 「だけど、今日はお前の昨日噛みついたときに付いた痣が大丈夫か見に来ただけだ。楽しみは取っておこう」

 グリーンライトでヨハン・エレルカになった時と同じドキドキするような意地悪な表情で陸は笑った。

 「あ…あの…陸?」

 「なんだ?」

 少し落ち着いた僕はそういうと、男口調のまま陸は僕を見据えた。

 「今日、一緒に学校に行かない?」

 僕の言ったことに陸は笑顔になる。

 「うん!!行こっ!!」

 先ほどまでの表情とは一変していつもの笑顔ではしゃぐ陸に戻っていた。

 ギャップ凄すぎだろ…。これ…。

 すると、


 ギシギシ…。


 と、誰かが二階に上がってくる音が聞こえた。

 「ヤバッ!!誰か来る!!んじゃ、外で待ってるかんね~」

 「え!?ちょっ、陸!?」

 僕は陸を止めようとするが、陸はもう窓から飛び降りたところだった。

 「凄いな、ヴァンパイアって」

 そうつぶやいたのと同時だった。


 カチャ…。


 と、ドアが開く音が部屋に響いた。

 「お兄ちゃん?」

 そこにいたのは、僕に似ている栗色の長いストレートの髪に優しそうな黒の瞳が輝いている女の子。

 小学三年生の妹・空野理亜そらのりあだ。

 「理亜。どうしたの?」

 「うん。もう学校行く時間だよ?あと、お兄ちゃんさっき誰かと話してた?」

 理亜の言葉に僕はドキッとした。

 「だ、誰とも話してないよ!?っていうか、早く学校に行こっか!!」

 「う、うん」

 僕は鞄を持って、理亜と学校に向かう。

 

 「あ!薫~」

 家を出てすぐ目の前にある電柱のところに陸が手を振っていた。

 僕は陸に駆け寄る。

 「ごめん、陸。お待たせ!」

 「ううん!全然大丈夫!ん?その女の子は?」

 陸は顔を理亜の方に向けた。

 理亜は少し恥ずかしそうに僕の後ろに隠れた。

 「妹の理亜だよ。小学三年生なんだ」

 「は、はじめまして…。空野理亜です……!よ、よろしくお願いします…!」

 「はじめまして、理亜ちゃん。私は理亜ちゃんのお兄ちゃんと同じ学校に通っている音田陸です!よろしくね!!」

 にこりと笑顔で陸は理亜に自己紹介した。

 ふわぁ……と理亜は魔法か何か不思議なものを見たかのようにキラキラと表情を輝かせた。

 そっか。陸は端正な顔立ちをしているから、もしかしたらその陸の笑顔自体がまるでお姫様のように輝いているからなんだろうな。

 「それじゃあ行こっか。理亜ちゃんも一緒に行くんだよね?」

 「ああ。いつも途中までは一緒に登校してるからね」

 「OK‼途中までってことは、理亜ちゃんはお友達と待ち合わせをしてるの?」

 「うん‼」

 「そっか」

 「じゃ、早く行こ」

 僕ら三人は、まるで親子のように僕は理亜の左手を陸は理亜の右手を握って自分たちの学校へと向かった。


 「お兄ちゃん‼陸お姉ちゃん‼行ってきます‼」 

 「気をつけてねー」

 陸は笑顔で手を振った。

 「帰るときは寄り道しないで帰ってくるんだぞー‼」

 僕は手メガホンで言った。

 うん‼と理亜は頷いて、待っていた友達と一緒に学校に登校した。

 僕と陸も白陵学院へ登校する。

 「理亜ちゃん可愛いね」

 陸はふわふわしたような顔で言った。

 理亜を見て和んだのかな?

 「僕の自慢の妹だよ。結構モテるしね」

 「薫にとても似てたよ。やっぱり兄妹だね」

 「そんなに似てるかな?」

 「私が言うんだからそうだよ」

 「なんか説得力ないな……」

 理亜の事を話していると、ちょうど校門を通ったところだった。

 が、僕は校門を通ったのと同時に周りののことに気付いた。

 周りの生徒たちはみんな僕と陸のことを卑下するような目で見ていた。

 ヒソヒソと話す声も聞こえてき、視線も鋭く僕の心に突き刺さるようだった。

 きっと陸と一緒に歩いてるからみんなあんな目で僕らを見るんだよね…。陸は本当はとても優しくて相手のことを考えてくれる普通の女の子なのに…。陸の家柄?音田組の娘だから?そんなの関係ないのに……、なんで……‼

 口には出せないが、僕は怒りが沸々とこみあがってきた。

 

 「気にしないでよ、薫」


 「え?」

 僕は即座に隣の陸に目を向ける。陸は優しいまっすぐな目で僕の瞳と重なった。

 そしてその瞳と同じ温かい声で、

 「私、全然気にしてないよ。他の人なんて私信じてないし、信じているのは昨日言ったのとそのまま変わらない。幼馴染、家族、二人の従兄、組のみんな、パートナー、そして薫しかいない」

 そう言った。

 陸が僕を信頼して、信じてくれているなんて、嬉しい…。


 鉄製の下駄箱に入っている上靴に履き替えて、西校舎の4階にある一年A組の教室に向かう。

 明るく廊下全体を照らしている春の日差しは今日に限って少し蒸し暑い。

 教室に着き、中に入る。

 教室中も鋭いクラスメイトの目が痛く突き刺さる。

 ああもう‼どうすれば‼

 「薫」

 陸がどうすればみんな鋭い目を向けるのをやめてもらえるか少し考えていた僕を呼んだ。

 「こんな時は私に任せて」

 陸は少し悪戯っぽく笑った。

 僕はわけがわからずきょとんと首を小さく傾げた。

 「見ててよ」

 そういうと、陸は僕らのことを見ていた教室中の生徒全員を睨みつけた。

 さっき僕に見せた優しい目つきではない。僕が初めて陸に会った時と同じとても冷たく、自分を見た者は絶対に恐怖のどん底に落とすような鋭い目つきになっていた。

 クラス中がその目つきで恐怖に震える羊やシマウマみたいに小さく震える状態になった。

 「そんな目で俺らを見んなボケが…。おれにはそういう目で見ても構わねぇけどな、薫にもそんな目で次見たらおれが許さねぇぞ!わかったらその目を今すぐ止めろ!!雑魚ざこどもが!!」

 急に不良の口調になった陸の言葉にクラス全員はおびえて声を出さないが「わかりました」という顔になって僕らに痛い視線を向けなくなった。

 「はぁ…」

 陸は大きくため息をついた。

 僕は陸のあまりの怒涛どとうの凄さに驚いた。

 「陸、すごい迫力だったよ」

 「あれぐらい言わないとやめないと思ったからね」

 「言いすぎたとは思わないの?」

 「ん?全く。ああいう雑魚ざこには興味ない」

 「うわ~、厳しい~」

 いつもの優しい笑顔の陸に戻ったものの、口調はまだ変わってなかった。

 「そういえば、音田組のほかに鳳組おおとりぐみ愛川組あいかわぐみがあるけど、その二つの組にも若頭とかお譲がいるの?」

 「うん、いるよ。鳳組には若頭で私の幼馴染の鳳時雨おおとりしぐれ、愛川組にはお嬢で時雨の従姉いとこ愛川千帆あいかわちほがいるよ。二人ともこの白陵学院に通ってるしね」

 「ええ!?」

 僕はついつい大きな声を出してしまった。

 「そんなに驚かなくても……」

 「いや、ごめん。つい……。ということは、その近畿三大不良組の陸お嬢、時雨若頭、千帆お嬢は仲がいいの?」

 聞くと、陸は首を少し傾げた。

 「どうなのかな?私と時雨は小さい頃からの幼馴染で親友だけど、千帆姉さんとは会っても話はあまりしないかな。でも、お父さんやお母さんたちはみんな普通に仲がいいんだけどね」

 「やっぱり近畿三大不良組は凄いね……」

 「そうかな?普通だと思うけど?」

 「いやいや!僕らからしては頭が上がらない存在だし!近寄るのも躊躇ちゅうちょするぐらいだし‼」

 「完全最後のはうちらを怖がっているにしか聞こえないんだけど?」

 「………」

 「なぜそこで黙る」

 陸と友達になってまだ一日しか経っていないのに驚くことばかりが話に詰まっているなぁ……。

 僕がそう思っているのを知らない陸は、くるっと方向転換して自分の席に着こうとしていた。

 「て言うか早く座ろっか。もうすぐHR始まるし」

 「あ、ああ。うん」

 僕もギクシャクした返事を返し、自分の席に着こうと思った時、

 「あ、そうだ薫」

 陸が何か思い出したように僕を呼んだ。

 「何?」

 「少し聞きたいことがあるから、あとでちょっといいかな?」

 「うん」

 「んじゃ、二時間目の休み時間ぐらいにね」

 「わかった」

 陸はそう言うや否やすぐ自分の席に着き、ヘッドフォンでまた周りの音を遮断した。

 また今日も授業受けないのかな?

 そう思ったが、陸は一時間目の授業である現代社会の準備を机の上に置いていた。

 「陸……」

 陸の姿を見て僕も頑張らなくてはと僕は思ったのだ。

 「おーい。HR始めっぞー」

 そう言いながら、担任で数学科担当の黒峰大我くろみねたいが先生が教室に入ってきた。

 「起立‼」

 学級委員の号令が教室中に響き渡る。

 「気をつけ‼礼‼」

 『お願いしまーす‼』

 今日も一日平凡――――いや、非日常の生活に変わった学園生活のチャイムが校内すべてに響き渡り、一日が始まった。


 社会の時間――。

 「今日は本来の授業に入る前に中学でも習った国学と蘭学のことを復習する。このことを知っていても損はないからな。まずはじめに国学のことだ。国学を描いた人物は誰だ?それじゃあ、これを……」

社会科担当の小坂純一こさかじゅんいち先生が授業を進めていく。

 ノートに板書していくとき、ずっと頭の中で考え事をしていた。

 考え事というのは……。

 「じゃあ、月野」

 小坂先生が呼んだ名前にびくっと体が反応してしまった。

 「はい」

 小坂先生に指摘された智が立ち上がった。

 考えていたことというのは智のことだった。

 「本居宣長です」

 「よし、正解だ。流石だな、月野」

 「ありがとうございます」

 先生に褒められた智は笑顔でお礼を言って席に着いた。

 すると、右隣の列からヒソヒソと声が聞こえてきた。声の主は二人の女の子だった。

 「月野君ってすごいよね~」

 「うんうん!勉強できるし、スポーツもできるし、優しいし、何よりもかっこいいよね‼」

 「私、月野君の彼女になりたいな~」

 「難しいでしょ?月野君に振り向いてもらうにはまず、たくさんアピールしないと!」

 「だよね‼がんばろっと‼」

 隣から聞こえてくる話は、今の僕には関係なかった。

 何よりも、早く智と仲直りがしたいという気持ちだけであふれていた。

 智……。早く仲直りして、親友に戻りたいよ……。

 喧嘩して一日しか経っていないけど、智と話さないと何かが抜けてしまったと思うほど心の傷は深かった。

 僕はその気持を抱えながら社会の授業を受けたのだった。


 休み時間――――。

 「薫、中庭に行こ」

 「………」

 「おーい?か―おーるー?」

 「………」

 「空野‼聞かんか‼」

 「は、はい‼……って?」

 僕は突然の大きな声が隣から聞こえ、自分の横に立っている人物を直視した。

 「まったく…。さっきからずーっと呼んでるのに‼」

 そこには陸が膨れた顔をして立っていた。

 「ごめん、陸…。ぼーっとしてた……」

 陸に謝ると、彼女は膨れた顔から心配するような目で僕に視線を合わせた。

 「大丈夫?顔色、何か悪いよ?保健室に行く?」

 「ううん。そんなんじゃないんだ…。ちょっと、考え事してて…」

 「もしかして、月野智のこと?」

 ズキッ‼

 図星をつかれて、僕は胸のあたりが痛くなった。

 また僕は悲しい気持ちになる。

 「ねぇ、薫」

 陸が優しい笑顔で僕の顔を覗き込んだ。

 「話したいことがあったけど、まずはさ、実験室に行かない?次の理科の授業まであと五分しかないし」

 「うん。そうだね」

 僕は理科の教材一式を持って陸とともに実験室へと向かった。


 だが、陸は実験室へ行く方向とは逆に中庭の方向に進んでいく。

 「陸?実験室は反対側だよ?なんで中庭の方向に行くのさ?」

 「いいから‼」

 グイっ‼

 急に陸は僕の腕を引っ張った。

 「うわっ!」

 「行くよ、中庭に」

 「で、でも、授業は!?」

 「今はそんなこと心配しなくてもいいの!」

 「陸……」

 僕は陸に手を引かれながら、中庭へ連れて行かれた。


 中庭は白陵学院内で一番人気の場所である。

 どこの高校を探してもないぐらいの敷地の広さにその中庭にたくさん植えられている桜の木々。風が吹くととても心地よい。

 その広い中庭にいくつか置いてあるベンチに僕と陸は少し間隔を取って座った。

 温かい春の太陽の光が桜の木の隙間から入り込んできて、少し眩しい。

 「あ、あの、陸…」

 「何?」

 「もしかして、僕さっき陸を怒らすようなこと言った?」

 「別に」

 明らかに機嫌が悪そうな声の陸は僕のほうをまったく見ようともせずそっぽを向いたままだ。

 何を話そうか脳の引き出しを探っていると、


 ヒラリ…


 ん?

 僕の目の前に落ちてきたのは、桜の花びらだった。

 桜が風に吹かれてヒラヒラと舞い下りてきたのだ。

 「桜だ…」

 小声で言った僕の声に気付いた陸も上を向いて桜の木を見上げた。

 「本当だ」

 「きれいだね」

 「うん。桜って、なんか和むよね」

 「わかるかも」

 短いが僕らは会話が自然とできていた。この桜の木に助けられたようで「ありがとう」と僕は心の中でお礼を言った。

 桜の木を見上げている陸へ目を向けると、

 「あれ?陸」

 「ん?」

 「頭の上に、桜の花びらが…」

 「え?」

 陸の黒髪には桜の花びらが一枚だけちょこんと付いていた。

 陸が取ろうとするがどれも狙いが定まらずどうにも取れないようだ。

 「僕が取ってあげるよ」

 「あ、ありがと」

 僕は陸に近づき、髪に付いていた花びらをそっと指でつかんだ。

 陸の黒髪はとてもサラサラでいい香りが漂ってきた。

 「綺麗だね」

 「そうだね」

 「陸の髪の毛は」

 「え?」

 突然陸が素っ頓狂な声を出したとき、僕もはっとした。

 「今、薫、なんて…?」

 陸が驚いた顔で僕を見つめていた。

 僕はすぐに言葉を探した。

 「え!えっと‼こ、これは、反射的に言ってしまったことで‼」

 「そ、そうだよね!あははは!」

 この会話だけでまた気まずい空気になってしまった。

 ああ!もう!僕は何であんなことを本人の前で言ってしまったんだ!?こういうことは心の中だけで呟いとけばいいのに‼

 「ねぇ、薫」

 「な、何?」

 「なんで、私が次の理科の授業をさぼって君を連れて中庭に来たと思う?」

 突然の質問に僕は首を傾げるしかなかった。 

 「月野智のことだよ」

 「……ッ!?」 

 「薫がさっきとても悲しそうな顔してたし、社会の授業中も何か考え事してたでしょ?最初はどうしたのかなって思ったけど、小坂先生が月野の名前を呼んだとき、薫が肩をびくつかせてたのがわかったから、月野のことで何かあったのかって思ったの」

 「―――……」

 まさか陸にまで分かるほど智のことを考えていたなんて…。

 「悩んでたのって、月野とケンカしたこと?」

 こくりと僕がうなづくと、陸は俯いた。

 「そのケンカの原因って私でしょ?薫が私に英語のノートを貸したから…」

 「うん…」

 「ごめん。私のせいで月野とケンカさせちゃって……。薫は何も悪くないのに……」

 自分を責める陸に僕はかぶりを振った。

 「ううん。陸のせいじゃないよ。智はきっと僕のことを心配して言ったんだと思う」

 「でも……」

 陸はやはり自分のせいだと責任を感じているようだ。

 陸のせいじゃない。僕のせいなんだ。

 心中で自分に言い聞かせた。

 すると陸がさっきのような暗い表情ではなく、真剣な表情で僕にこう聞いた。

 「でも、薫は月野と仲直りしたいでしょ?」

 陸は僕に確認するように問いかけた。

 「そりゃあ……」

 そうだ。僕はもう一度智と仲直りして、もとの関係に戻りたいんだ。

 「じゃあさ、今日の放課後にでも謝ったらどうかな?」

 「でも…。きっと智、まだ怒ってるよ…」

 「弱気になったり、ネガティブなことを言ったら駄目だよ!私も途中までついて行くから。きっと月野も心の中では薫と同じことを思ってるんじゃないかな?」

 「………」

 黙った僕に陸は温かい声で言った。

 「言ったでしょ?私は君を守るって。必ず何があっても助けるって」

 僕はゆっくりと顔をあげた。

 「自信を持って、ね?」

 いつもの優しい笑顔で陸は言った。

 まるで陸の言ったことすべてが僕の力になるような気がした。行動、言葉などすべてが僕の力になるようだ。

 「ありがとう、陸。僕、智に謝るよ‼」

 急に立ち上がったからか、陸は驚いたような顔だったが、また笑顔になる。

 「うん。薫、いい顔になったね」

 「そうかな?」

 「とてもいい表情だよ。絶対に仲直りできるっていった自信に満ち溢れている顔……。やっぱりそういう表情が薫には似合うんだよね」

 陸の言葉に僕は嬉しくなった。

 陸は僕を守るって言っていたけど、本当は僕が陸を守らなくちゃいけないよね。


 キーンコーンカーンコーン……♪


 授業終了のチャイムが鳴った。

 本当に理科の授業をさぼっちゃった…。もしかして、陸は中学一年の半ばからこんな風にさぼったりしていたのかな?でも、なんだか悪い気はしないな。

 「陸」

 僕は陸に声をかけた。

 「ん~?」

 気持ち良さそうにのびをしていた陸は僕のほうを向かずに返事をした。

 「ありがとう。なんか陸と話したら気持ちが軽くなった‼今日の放課後、智に絶対謝って仲直りするから‼あと……」

 僕は後ろ頭を掻きながら言った。

 「心配かけて、ごめん……」

 ザっザっ

 音を立てながら陸が僕に近寄った。

 すると、

 

 ポン……。


 頭に手が乗っかった。

 優しくぽんぽんと頭を叩きながら陸は言った。

 「気にすることないよ。私はいつでも薫の味方だし、薫を陰から見守るのも私の役目だから。ああ、あとさ。昨日言っていた演劇部を創部しようって話、私賛成。演劇に歌を入れて、歌いたいし。それに……全校生徒にも見て聴いてほしいし」

 「本当に!?やった‼」

 僕は喜んだが、それと同時に陸は真剣な表情になった。

 「でも、最初にやらなきゃいけないことがある」

 「やらなきゃいけないこと?」

 僕は首を傾げた。

 頷いた陸はゆっくりと口を開いた。

 「今の時点で、部員は私と薫の二人だけ。あと八人か九人ぐらいは部員を探さなきゃならない。あと、顧問の先生も」

 「あ……」

 そうだ。新しい部活、文化系の部活を作るには部員が十人以上はいなければならない。僕と陸で二人…。あと十人ぐらいは探さなきゃいけない。

 「どうしよ……」

 「あせらずゆっくり考えていったらどうかな?ゆっくり探していこう」

 「うん……」

 僕は小さく返した。

 そうして僕らは教室へと足を進めた。


 


 私は薫と一緒に教室へ戻るとき、薫の後ろで歩いていた。

 薫の背中を見つめながら、私は薫に聞こえないようにつぶやいた。

 「私って一日しか経ってないのに最初っから薫に迷惑かけてばかりだな……」

 『あまり自分を責めないでください‼ヨハン様‼」

 「うわっ!?なんで、つながって…‼」

 『いつどこでヨハン様が危険にさらされるかわからないから、テレパシーで聞いていてとスクラルド様から』

 「お母さんが!」

 声を殺しながら頭の中に聞こえる少し低い男の声と応対した。

 いま私の頭の中に話しかけているのは、私の十体のパートナーの一人・氷牙だ。

 私がまだ小さい赤ちゃんだった頃、私の母でヴァンパイアのスクラルドが私を守るためにと契約した者たち。 

 パートナーは合わせて十体契約。しかも狼。

 「はぁ」と私は溜息をつきながらも話を続ける。

 「責めるっていうか…、王子としてスフィアエレルカ国を守るっていうのは自覚してんだけど、まだどうすればいいのかわからなくて……」

 『ヨハン様は今のままでいいんです!スフィアエレルカ国は、私たちとスクラルド様、それにディアン様とシュアン様もいます‼』

 次は女の声が脳内に響く。

 この声は私の十体のパートナーの一人・雷花だ。

 契約した狼たちは皆、テレパシーを使って脳内に声を届けることができる。しかも契約した狼たちは他の人に狼だとばれないように人間の姿で家事や料理の手伝いなどをしている。

 「そういや、ディアンとシュアンとは長いこと会ってないな」

 

 

 ディアン・サルレカとシュアン・サルレカ。私の叔母で母の実姉じっしであるミハイ・サルレカ王女(旧性ミハイ・エレルカ)の双子の息子であり、メフィスサルレカ国の王子である。

 兄のディアンは水と風属性の魔法を使うものであり、ヴァンパイア界の中で指折りの魔法の使い手である。弟のシュアンは氷と闇属性の魔法を使うものであり、シュアン自身もヴァンパイア界の中で指折りの魔法の使い手である。

 いえば兄弟二人とも優秀であるということだ。

 私が四歳の頃に初めて会ったとき、とても優しく音田家の屋敷の中で遊んでくれて、いつも面白い話をしてくれたことを六年経った今でも鮮明に覚えている。

 ディアンとシュアンは孤児院からいつも音田家に通っていて、初めて会う前から音田家とは親戚同士ということは施設長さんから聞いていたようだ。

 だが、初めて会った日から五年後。二人は音田家に来なくなってしまった。どうやら孤児院からもいなくなってしまったようだ。お母さんが言うには自分たちが普通の人間じゃないことを何かで知ったか、ミハイ叔母さんが二人に自分たちがヴァンパイアだと伝えてそして、自分が二人の母親だとも伝え、メフィスサルレカ国に戻ったかこの二つしか考えられないと言っていた。その日から現在まで姿も何も見ていないのだ。

 

 

 「確か二人の人間界での名前は……」

 『空瑠そらる海瑠かいるで生活していました』

 「一体二人は今どこに……」

 『ヨハン様には伝えていなかったのですが…、お二人はこの人間界に戻ってきており、ヨハン様が通う白陵学院に入学したとお二人からお聞きしました。直接音田家に来て。ヨハン様と一つ歳が離れていますので、今は高校二年生かと』

 「マジか!相変わらず何も私に伝えないで…!まぁ、その時会ったら久しぶりに話すか」

 『そうですね』

 話がひと段落ついたので、私は今日遅くなることを告げた。

 『ヨハン様、遅くなるって何かあるのですか?』

 「まあ、ちょっと。ね。お父さんとお母さんにはしっかり伝えとけよ?」

 『かしこまりました』

 そこで雷花の声も氷牙の声も何も聞こえなくなる。

 私はふう…と吐息が出た。

 「早く自分の答えを出さないとなぁ」

 普通の声量で呟くと、前を歩いていた薫が振り向いた。

 「陸、なんか言った?」

 きょとんとした薫を見た私はなんだか嬉しかった。こういうふうに友達ができて一緒に歩いたり話したりすることができるのは楽しくて嬉しいことなんだと。

 私は口元がニヤけてしまうのを必死に抑えた。

 「なんでもないよ」

 「??」

 薫は頭にクエスチョンマークを浮かべた(見えてなくてもわかるものだ)。

 そのまま私は足早に中庭を去ろうとする。

 「ああ!陸、待ってよ~!」

 薫も後ろから叫びながら私たちは中庭を後にした。


 


 さぼったことが先生にばれた僕たちは職員室でこっぴどく叱られた。

 だけど悪い気は全くせず僕と陸は職員室から出た後可笑しくて笑ってしまった。

 その後の三時間目の古文と四時間目の体育の授業が無事に終わった昼休み。

 この時間は昼食を食べる時間で生徒たちの幸せな時間に変わるのだ。

 僕は自分の席で机の横にかけてある鞄から弁当を取り出そうとしていた。

 だが、

 「ありゃ?弁当が…ない?あ、そっか。朝、慌てて家を出ちゃったから忘れちゃった…」

 自分のおっちょこちょいなところに苦笑してしまうのもいつものことだ。

 「ん~…。どうしよっかな?購買に行こうかな…でも今の時間だと結構混んでると思うんだよなー…」

 購買に行こうか迷っていると、

 「ほい」

 目の前にメロンパンが置かれた。

 僕の前の席を見ると、陸が僕の机の上に置かれた同じメロンパンを頬張っていた。

 「こ、このメロンパン、僕に?」

 陸はメロンパンをくわえたまま頷き、口の中のメロンパンをごくりと飲み込んだ。

 「薫ったら弁当忘れたもん。ま、私のせいなんだけど」

 「あ、ありがとう陸…!えっと、お金…」

 鞄から財布を取り出そうとすると、陸がパンを持っていないもう片方の手で「いい」と僕の行動を制止させた。

 「いいってこれくらい。昨日のグリーンライトでのことと今日サボらしてしまったからそのお詫びとして食べてほしいから買ってきたの」

 「で、でも……」

 「これは普通有り難く食べるもんなんだけど?」

 「………」

 「食べないんだったら私が食べ」

 「うわ―‼僕のメロンパン‼食べるー‼食べるから返してー‼」

 「小さい子みたいに泣くなよ…。お前はその場合カッコイイを通り越して可愛く見えるよ」

 「む――――」

 僕は頬をプックリ膨らまして拗ねてみた。

 それを見た陸はぷっと吹き出して笑った。

 「あははは!薫!その顔、か、可愛い!」

 「笑わないでよ!僕本気なんだから‼」 

 笑いすぎた陸は涙を拭いた。

 「ああ~…。ごめんごめん。そう膨れて怒らないでよ。食べていいよ~』

 「やったー‼いただきまーす‼」

 「本当に小さい子供か……」

 陸は僕を呆れた顔で見ていたが僕は気にしない。陸からもらったメロンパンを頬張りながら食べていく。

 このメロンパンは学院の中で一日三十個限定の一番人気な購買の食べ物だからすぐになくなるのが落ちなのに。ここで食べられるなんて幸せ~♪

 「ふふっ。可愛いね、薫は」

 「ふぇ?ふぁんで?(え?なんで?)」

 僕は陸の発言の意味がわからず首を傾げてしまった。

 それに陸は笑いながら、

 「その頬張り方、なんかハムスターみたいでかわいい」

 ボッとその言葉で顔が見る見るうちに赤く熱くなった。

 陸は僕の顔の色に気付いたのかオドオドし始めた。

 「え!?ちょっと!!薫、大丈夫!?」

 「だ、大丈夫だよ‼って…あ…れ…」

 なぜか視界が急に揺れ始めた。

 「え……?な…に…」

 僕の言葉はそこで途切れた。


 バタン‼‼


 僕はその場に倒れてしまったのだ。

 「キャ―――っ‼薫くん‼」

 「早く先生を呼んできて!」

 どんどん僕の意識は薄れていく。

 薄れていく意識の中で最後にわかったのは、


 「薫!薫‼」


 陸の声だった。

 その声に答えることはできず僕の意識はそこで真っ暗闇に包まれた。




 バタン‼‼

 薫が椅子から倒れ、その場で動かなくなった。

 「キャ―――っ‼薫くん‼」

 「早く先生を呼んできて!」

 教室にいた生徒たちがザワザワと騒ぎ始める。

 私は薫に必死に呼びかけた。

 「薫‼大丈夫!?薫‼」

 何度呼びかけても反応はなかった。完全に気を失っていた。

 どうしよう…。このままじゃ…薫が…。

 私の目からは涙が溢れ出ていた。私のせいだと自分を責め、涙が溜まっていく。

 だが、ここで泣いていてはだめだと言い聞かせ涙を拭う。

 なんで薫は倒れたのかその原因を頭の中で探っていると、ふとあるものが目に留まった。

 これは……!

 「全員空野から離れろ‼今すぐ近くの病院へ搬送する‼」

 どうやら救急隊員が到着したようだ。数人の隊員が担架を持って薫のほうへ近づく。

 私はその少しの時間で脳内をフル稼働させた。

 病院へ行くまでここから近くても十分はかかると私は思い出し、それだけでも時間の無駄だと悟った。

 なぜなら、薫の倒れた原因は貧血やそんなものではなかった。私がヨハンになった時血を吸った首筋の痣が青く大きく広がっていたのだ。これは精神的なもの。そして病院などの人間が治すのは絶対に不可能だ。私たちヴァンパイアかヴァンパイアの能力自体を防げる者しか絶対に治せない。

 

 「先生」

 

 私は救急隊員が薫を担架に乗せれる位置の数歩手前で止めた。

 「なんだ‼音田‼今は緊急事態なんだぞ‼わかっているのか‼‼」

 「ええ、わかっています。ですが」

 私は全員に聞こえるようにはっきりと答えた。

 「病院に連れていくまでで時間の無駄。薫は私の家で治療します」

 「何を馬鹿なこと言って……」

 「黙れ‼‼‼」

 圧力のある声で私は怒鳴った。全体が静まり返る。

 「薫は俺の家で数日預かる!」

 私は全員が見ている前でパートナーを呼びだす呪文を唱えた。


 「疾風の速き如く‼そなたの風ですべての風を従え、温かき風を世界に送り届けよ‼」


 そして右手を天井に向ける。


 「ブラストウルフ……風也かざや‼」


 パートナーの名前を呼ぶと、天井に緑の魔法陣が現れた。

 魔法陣から灰色の髪の青年が現れ、教室に降り立つ。

 「お呼びですか?ヨハン様」

 風也は私の前で膝まづいた。

 風也は灰色の短い髪、身長は一七〇㎝ほどで瞳は緑色のおっとりとした瞳をしている。私が従える4体目の狼。風属性の狼ですべての風を操ることができる。

 私は倒れて意識がない薫を抱えあげた。

 「俺の友達の空野薫だ。薫を俺の家で数日預かる。家族の方々には俺から伝えておく。風也、お前は今すぐ薫を俺の家へ連れて行け。治療はあいつに頼んでくれ」

 「かしこまりました。では薫さまを音田家へ」

 「たのんだぞ」

 「おおせのままに」

 風也は薫を抱きかかえ、風のように教室を去った。

 「頼んだぞ、風也」

 私が先生たちのほうを向くと、生徒も先生たちもビクッと体を震え上がらせた。

 「今のことは誰にも言うな?言ったらお前らの頭からその記憶だけを消す」

 生徒と先生たちは何度も頷いた。

 私はそれを見た後に教室を出た。教室は今でも静まり返ったままだ。

 「今すぐ薫の家に言ってこのことを伝えなくては」

 私は黒い蝙蝠こうもりの翼を生やし、そのまま薫の家に向かうため廊下の四階の窓から飛び立った。


 

 数分後。

 空を飛んだおかげで早く到着することができた。

 だけど、今は真昼間。

 この翼が生えたまま住宅街にいるのは不自然なので、翼をなくし、元の姿に戻って大きな家の前に立った。

 しかも今日はまだ春だというのに一段と気温が上昇していた。

 「暑い……」

 そう呟きながら私は家のインターホンを押した。


 ピーンポーン♪


 明るい音が鳴った後すぐに女性の声がインターホン越しから聞こえた。

 「はい?」

 少し高い女性の声。母親だろうと私は察した。

 「あの、私、音田陸と申します。えっと、薫くんのことでお話ししたいことがあるのですがよろしいですか?」

 「え?は、はい。いいですよ…あ!」

 

 プツッ


 とそこで女性の声が聞こえなくなる。

 さっき「あ!」って言ってたけど?


 ダダダダ‼‼


 家の中から走っているような音が外まで聞こえた。

 「な、何?」


 ガチャ‼

 

 と勢い良く玄関のドアが開いた。

 その出てきた人物は、

 「陸お姉ちゃん‼‼」

 小学校に行ってるはずの理亜ちゃんだった。理亜ちゃんは私に思いっきり抱きついてくる。

 「また会えた―‼」

 「り、理亜ちゃん!?学校は?」

 「今日ね、お昼までだったの。かていほうもんとか言ってた」

 「あー。だからね」

 納得した。家庭訪問なら辻褄つじつまが合う。

 するとまた玄関のドアが開き、

 「こら!理亜!急に出ちゃダメでしょ?」

 理亜ちゃんに注意する人は、

 「ごめんなさい…。お母さん」

 薫のお母さんだ。

 薫に似ている栗色の長い髪が特徴的な綺麗で優しそうなお母さんだ。

 綺麗な人だな…。本当に薫にそっくりだ…。

 マジマジと見ていると、薫のお母さんはにっこりと微笑む。

 「はじめまして、陸ちゃん。私は薫の母の空野舞そらのまいといいます。薫から話は聞いたわ。よろしくね」

 「よ、よろしくお願いします‼」

 ぎくしゃくと私は挨拶した。

 ああー…。慣れないから緊張する―‼

 「どうぞ。中へ入って頂戴。お茶でも出すからね」

 「あ、ありがとうございます‼それじゃあ、お言葉に甘えて」

 私は舞さんに付いて行くように空野家へお邪魔した。


 なかなか広いリビングのテーブルの椅子に私は腰をかけた。

 私の前の席には理亜ちゃんがジュースを幸せそうかつ美味しそうに飲んでいた。

 「理亜ちゃんはジュース好きなの?」

 私が問うと、理亜ちゃんは可愛い笑顔で頷いた。

 「うん‼大大大好き‼お父さんとお母さんにお兄ちゃんと陸お姉ちゃんぐらい大大大好き‼」

 「ふふっ。ありがとう」

 理亜ちゃんがモテるのわかるなぁ。この可愛い笑顔だったら、男子なら完璧にころっと落ちそう(笑)

 「陸ちゃん、どうぞ」

 「ありがとうございます」

 舞さんはお茶を私の前に置き、自分も理亜ちゃんの隣の席へ座った。

 「それで、薫のことで話したいって何かしら?今はまだ学校にいる時間なんじゃないの?」

 単刀直入に舞さんは本題を聞いた。

 私はそのことも予想通りで慌てもせず冷静な表情で舞さんに話す。

 「今はまだ学校で授業をしています。……実は、今日の昼休みに薫くんが教室で倒れました。今は私の家の者が治療をしてくれているはずです」

 「え!?」

 舞さんは嘘でしょと言わんばかりの形相で立ちあがった。

 当然のことだろう。誰もが薫が倒れるなんて予測はできないんだし、私だって正直びっくりしてしまった。

 「薫は……?大丈夫なの……?」

 舞さんは涙目で私を見つめた。

 私は確信を持って頷いた。

 「はい。私の家の担当医が治療というか何が原因か検査してくれているはずです」

 「そう…。よかった…」

 舞さんはほっと胸を撫で下ろし、椅子に座り込んだ。

 それとは反対に私は冷静な表情をピクリとも変えなかった。

 「しかし問題はここからなんです。薫くんの状態は私もよくわからないのですが重いものだと思われます。数日、いやもう少しかかるかもしれません。薫くんは私の家で治療するために預かりますが、よろしいでしょうか?」

 私が舞さんにどうか聞くと、

 「はい。よろしくお願いします!薫のこと、陸ちゃんの家の担当医に任せます‼治してくれると信じていますから‼どうか薫の身体を治してください‼」

 「わかりました」と私は頷いた。

 理亜ちゃんは私たちの話は気にせず美味しそうにジュースを飲んでいたが……そこは無視しておこう。

 「それでは、私はここで失礼いたします」

 玄関へ向かおうとすると、

 「陸ちゃん」

 舞さんが呼び止めた。

 「なんでしょうか?」

 私は立ち止まって聞くと、舞さんは申し訳なさそうに俯いた。

 「あのね。私、昔から親に近畿三大不良組の音田家、鳳家、愛川家には近づくなって両親に厳しく言われていたの。その言いつけを守ってその三大不良組には近づかなかったんだけど、昨日薫が嬉しそうに「新しい友達ができたんだよ」って言ってて、「どんな子なの?」って聞いたら「とっても優しい子なんだ‼名前は…音田陸」。その苗字を聞いて私は薫に注意したわ」


 『なんでそんな恐ろしい家の子と友達になったの!?そのことはもう話さないで頂戴‼』

 

 「私は怒りが顔に出るぐらい言ったわ。でもね薫がこう言ったの」


 『お母さん、陸はそんな子じゃない。確かに陸はみんなからは恐れられているよ?だけど本当は違うんだ‼とても優しい女の子なんだ‼』


 「ってね。それで今日陸ちゃんと初めて会ってわかったの。たとえみんなから恐れられている不良組の子供でも前向きで優しい子もいるんだって。これからも薫と仲良くしてね‼あと、今まで怖がったりしてごめんね」

 

 私は思った。舞さんのように昔から言われていたとか親に厳しくそう言われたとかそんなことでもいざ本人と話して目の前で見てみるとその者の本当の姿がわかるという人を見る目がある者はこのようにすぐ打ち解けることができる。だが、人の心理や本当の姿を見る目がない者はいつまでたっても打ち解けられないと。

 

 「いいんですよ。そのようなことには慣れっこですし、何よりもみんな舞さんのように私たち三大不良組を見る目を変えてほしいと毎日願っていますから」

 「薫のことお願いね」

 笑顔で舞さんは告げた。

 私も舞さんにつられて笑顔で会釈をし、玄関のドアを開ける。

 「陸お姉ちゃん‼バイバーイ‼」

 大きく手を振る理亜ちゃんに手を振り返し、空野家を後にした。


 空野家を出ると、目の前に赤い髪の風也同様の好青年が立っていた。

 「ヨハン様」

 「よお、炎天。どうした?」

 若頭のような(っていうか若頭の口調ってこんなの?)で私は青年に問う。

 青年の名前は炎天えんてん。赤い癖っ毛の髪に少しつり目の茶色の瞳をもつ私の一体目のパートナーに母が契約した炎属性の狼。十体の中で一番リーダーシップがある。

 私が問うと、炎天は姿勢を正したまま、

 「薫さまの状態をお伝えしたいと天良てんらからのお願いでヨハン様を迎えに来ました」

 と言った。

 私は頷いた。

 「わかった。炎天、ついてこい」

 「かしこまりました」

 人目のつかないところまで行きまた翼を生やし、炎天や他のパートナーたちは人間の姿のままいろんな所へ飛び移ることができるから、そのままの姿。私と炎天は同時に飛び上がり、自分の家へと向かった。

 

 

 数分後。

 音田家に到着した私と炎天は大きな木製の門の前に降り立つ。

 時間はまだ午後二時を少し回ったぐらいでまだ明るい。

 翼が消えたとき、私は急な眩暈めまいに襲われたが、フラフラしながらも立ち続けた。

 「ヨハン様!?大丈夫ですか!?」

 炎天は私の様子に気付き、横で体を支えてくれた。

 私は心配させまいと小さく微笑んだ。

 「大丈夫。少し眩暈がしただけ。やっぱり、ヴァンパイアの力を人間の姿のまま使うのは無謀なことだったかな…」

 「あまり無理しないでくださいね」

 「うん。ありがとう、炎天」

 そう言った私は炎天の支えなしで自力で歩き、門を開けた。

 『お帰りなさいやし‼お嬢‼』

 門を開けた瞬間両端に並ぶ組員が膝に手をつき、頭を下げた。

 「ただいま」

 それだけ言って、私は玄関に足を進める。

 玄関には着物を着て待っていた二人の男女とその両脇に八人の男女が待っていた。

 「お帰り、陸。今日はろいろと大変だったな」

 「別に大丈夫だったよ。お父さん」

 私を優しく迎えてくれたのは、私の父で音田組の組長の音田装苑おとたそうえん

 短い黒髪は漆黒に染まり、茶色の瞳はとても優しい雰囲気が漂う。身長は一七〇㎝以上ある(正確には知らない)。

 音田組は関西にある多数の組のトップの家柄の一つ。そのトップの座にある音田組を背負っているからか、最近精神的な疲労で倒れやすくなってしまった。私はお父さんの体が心配で不安だ。

 「御苦労ごくろうさま陸。しっかり薫くんのお母さんには話した?」

 「大丈夫。しっかり話して、承諾ももらってきたよ。お母さん」

 

 お父さんの隣にいるのは、私の母でヴァンパイア界スフィアエレルカ国の姫でもあるスクラルド・音田。旧姓はスクラルド・エレルカ。

 金色のストレートに伸びる髪はいつも輝いていて、青色の瞳は優しくおっとりとした雰囲気がある。身長は一六〇㎝ぐらい(お母さんの身長も正確には知らない。もう次からは身長のことは口にしないでおこう)。

 いつも組や家族みんなのことを優しく支えてくれる。料理も上手でいつも豪華な食事が食卓に並ぶ。その豪華な食事に驚きを通り越してしまう。

 

 「ヨハン様、お疲れ様です。あとでお茶をお入れしますね」

 「いつも悪いね、氷牙ひょうが

 

 私の気を使ってくれたのは、私のパートナーで十体の狼の中で一番冷静な氷属性の狼、アイスウルフの氷牙。

 青の綺麗な髪はまるで宝石のラピスラズリのように真っ青で、青の瞳は見た者の動きまで止めてしまいそうなほどの冷たい瞳だが、どこか優しい瞳の炎が揺らめいている。

 私のニ体目のパートナーで私のどんな命令にも忠実に従う。

 

 「今日は暑いですね。心配しましたよ」

 「いつも優しいね、水狼すいろうは」

 

 心配してくれたのは、十体の狼の中で一番優しい性格の水属性の狼、ウォーターウルフの水狼。

 水色にきらめく髪はまるでアクアマリンのような色、黒の瞳の目は優しい眼差しが見受けられる。

 私の三体目のパートナーで私の面倒をよく見てくれているお兄ちゃん的存在だ。

 

 「ヨハン様、お体は大丈夫ですか?ヴァンパイアの力を使うのはお体によろしくないと…。しかも人間の姿では…」

 「心配はない。これからは考えて使うようにするよ、月光げっこう

 

 私の体のことをよく知っているのは、十体の狼の中で一番ミステリアスな存在の闇属性の狼、ダークネスウルフの月光。

 その名の通り、闇のようにサラサラでストレートの黒い漆黒の髪は後ろで一つにまとめ、暗い紫の瞳の目はちょっと鋭い。

 私の五体目のパートナーで私の言うことを何でも聞く執事系。

 いつもミステリアスな発言や行動をとるから、何を考えているのかも予測は不可能だ。

 

 「でもでも‼ヨハン様が元気なだけでうれしいな‼ヨハン様が早く帰ってきたのもなんか特別で嬉しいし‼」

 「まったく…。いつも明るいのはいいけど、どこかで失敗しないようにしてよ?光輝こうき

 

 明るく話すのは、十体の中で一番明るい性格の光属性の狼、ライトウルフの光輝。

 月の光のように輝く白銀の髪は少し寝癖がついていて、茶色の瞳をした目はぱっちりと可愛い目をしている。

 私の六体目のパートナーで小さい頃から私のことを笑わせたり、励ましてくれたりして明るくしてくれる。

 

 「ヨハン様~…。今日私が少しでも護衛として遠くから見ておくべきでした…。すみません…」

 「謝ることないよ、雷花らいか。君はいつもそばで頑張って守ってくれてるじゃん?自分に自信を持て。ずっと小さい頃から見てるからね。君のこと」

 「ヨハン様…‼」

 

 私に擦り寄ってきたのは、十体の中で一番警戒心が強い雷属性の狼、ライトニングウルフの雷花。

 金色の長い髪は雷のような形をし、ピンクの瞳をした目はちょっと鋭いが若干垂れ目である。

 私の七体目のパートナーで私の護衛役としてそばに付いている。唯一の一体目の女の子のパートナーでもある。

 

 「薫の状態は?」

 「はい。今は少し落ち着いています。ぐっすりと{蒼穹そうきゅうの間}でお休みに」

 「部屋を貸してくれたんだね。ありがと、天良てんら

 「お役に立てて光栄です」

 

 深く私に頭を下げたのは、十体の中で一番真面目な性格の天空と治癒属性の狼、スカイウルフの天良。

 光輝と同様の白銀の短い髪は太陽の光を浴びると輝くほど美しい髪で、水色の瞳はまるで快晴の空のようだ。

 私の八体目のパートナーで雷花とともに私の護衛役としてそばにいる。

 薫の治療をしてくれたのも天良だ。担当医の者に検査してもらうと先生や舞さんにいった人物も天良のことだ。

 

 「なぜあのような状態になってしまったのかはわかりませんが、今スクラルド様とともに調べているところです」

 「何が原因かわかったらすぐに伝えてくれ、呉葉。君とお母さんの情報も結構重要だからね」

 「かしこまりました」

 

 薫の状態を調べてくれているのは、十体の中で一番癒し系の植物属性の狼、グラスウルフの呉葉。

 緑色の長い髪はほのかに鼻のいい香りがしていて、茶色の瞳をした目はすべての場を和ませてくれるようなおっとりとしている。

 私の九体目のパートナーで私や家族の疲れを癒してくれる優しいパートナーで二体目の女の子の狼。

 

 「風也はどこに?」

 「今、{蒼穹の間}で薫様のお傍に付いております」

 「うわっ‼陽炎かげろうくん、いつの間に‼」

 「最初からいました。装苑様」

 「そ、そうか」

 「陽炎…。君は某バスケアニメの影の薄い主人公みたいだな…」

 

 とある某バスケアニメの影が薄い主人公のような彼は、十体の中で一番存在感が薄い影属性の狼、シャドウウルフの陽炎。

 月光と同様の漆黒の髪は癖っ毛がつき、おっとりとした茶色の瞳とは逆にすべてを見透かされているような洞察力を彼は持っている。

 私の最後のパートナーで私のことを月光と同じぐらいよくわかっている。

 両親、私、パートナー十体の狼、組員五十人の総勢六十三人でこの音田組は成り立っている。

 

 「さて、長い時間ここで立ち話をしてしまったな。陸、早く薫くんの様子を見に行きなさい。天良くん、陸を{蒼穹の間}までついて行ってくれ」

 「わかりました」

 「炎天くんもごくろうさま {枝垂しだれ桜の間}に行ってお茶でも飲んで休むといいぞ」

 「ありがとうございます」

 お父さんは私と天良以外のみんなと一緒に{枝垂れ桜の間}(普通の家で言えばリビング)に向かい、私と天良は薫が休んでいる{蒼穹の間}(天良の部屋)に向かった。


 {蒼穹の間}にて。 

 「ヨハン様!」

 薫を見てくれていた風也が勢いよく立ちあがる。

 「しっ。風也、そんなに大きな声を出したら薫様が起きてしまうよ?」

 天良が人差し指を口に近づけて風也に注意した。

 「あ、そうだね…。ごめんなさい……」

 風也はしゅん…と小さくうずくまった。

 「風也、私が帰るまでずっと薫のそばにいてくれたんだね。ありがとう」

 私は風也のサラサラとした髪の頭を優しく撫でた。

 すると、風也はぽーっと私を甘えるような目で見ていた。

 「撫でられるの…気持ち良いのか?」

 「いっ、いえ‼そういうわけじゃ…‼」

 「ははっ‼可愛いな風也は。そういうところが苛めたくなる」

 「ヨハン様の意地悪……」

 風也は脹れっ面になって目をらした。

 ああ~。マジで苛めたくなるわ、こいつ…。ま、いっか。

 「さてと」

 私は風也の頭から手を離し、立ち上がる。

 「ヨハン様どちらへ?」

 「自分の部屋。着替えてくる。あとは私が見ておくから、風也と天良は{枝垂れ桜の間}にいって休んでこい。薫が目を覚ましたら呼ぶから。みんなにも伝えておいて。いいな?」

 「はい。承知いたしました」

 風也と天良は膝まづいた。

 その二人を見た後、私は三階にある自分の部屋{暁の間}へと向かう。

 ギシギシと音を立てる廊下を進みながらも脳内では薫のことで頭がいっぱいだった。

 

 薫…。早く目ぇ覚ませよ。ずっとそばにいるから…


 そう心で呟きながら。


 


 「うっ……」

 僕はずっと寝ていたのか?

 ボーっとする頭のまま僕はゆっくりと上体を起こした。

 「ここは……どこだ?」

 確か僕は学校で倒れて、陸の声までは聞こえてたけど……そこからあとの記憶は全くない。

 しかし目を覚まして周りを見てみると、どうやら和室のようで木で作られた本棚にはたくさんの分厚い本がぎっしりと並べられ、その横には大きな机が置かれていた。

 病院でないことと僕の部屋でないことは確かだ。それじゃあ、一体ここは……?

 「目ぇ覚ました?薫」

 突然聞き覚えのある声が僕の耳に届いた。

 声が聞こえたほうへ目をやると、

 「り、陸…?」

 障子にもたれかかりながら胡坐を掻いているのは、男の人が着るような着物と羽織を肩にかけている状態の陸だった。

 「な、なんで陸がここにいるの?」

 焦る気持ちを抑えきれず、涼しげにこちらを見ている陸に聞いた。

 「ここは音田家。この部屋は私のパートナーである天良の部屋{蒼穹の間}」

 「陸の家!?……って、僕、どれぐらい寝てたの?」

 恐る恐る聞くと陸はクスッと笑った。

 「薫、今はもう夜の六時時だよ?大体五時間から六時間ぐらい寝てたんじゃないの?」

 「六時間も‼」

 驚きのあまりに大声を出してしまった。

 すると、廊下から何人もの走ってくる足音が聞こえてくる。

 「ヨハン様‼今何か大きな声が聞こえたのですが‼」

 白銀の綺麗な髪の美男子が部屋に勢い良く入ってきた。

 うわぁ…イケメン…。て言うか、今、ヨハン様って…。

 「ああ。天良にみんな。来たんだ。薫が目を覚ましたよ」

 「薫様が?」

 陸が天良と呼んだ美男子はおっとりとした目をこちらに向けた。綺麗な青の瞳が僕をじっと見つめる。

 「あ、あの~…」

 どぎまぎしている僕に天良さんは僕に歩み寄り、僕の額に手を当て、目を閉じた。

 なんだろ?

 僕はじっと動かずに天良さんの手が離れるのを待った。


 何分か動かないでいると、天良さんは額から手を離し、陸に目を向けた。

 「凄いです‼たった六時間寝ただけで結構回復しています‼この調子ですと、三日で治ると思います‼」

 「三日で…!だが、念のためにあと一週間はここで休んでもらうとしよう。三日後の月曜日の学校は行けると思うけど、もしまたその症状が出たら治療しなければならない。私も学校で薫の様子を見るようにする」

 「かしこまりました‼」

 「ねぇねぇ終わった?」

 廊下のほうから男の子が顔を出した。

 「ああ。みんな入っていいよ」

 陸が言うと、十人以上の男女が部屋に足を踏み入れる。

 「紹介しよう。真ん中からいくね。私の父で音田組の組長で関西多数の組をまとめている一人、音田装苑」

 「父の音田装苑です。薫くんよろしくね」

 「よ、よろしくお願いします!」

 装苑さんは優しく微笑んだ。

 組長って聞いたから、もっと怖い人かと思った…。

 「そしてお父さんの隣にいるのは私の母、スクラルド・音田」

 「母のスクラルドです。薫くん、陸と仲良くしてくれてありがとう」

 「い、いえ!陸と友達になれて僕も嬉しいです!」

 「これからも陸をよろしくね」

 「は、はい‼」

 スクラルドさんはとても綺麗で優しい。

 こんなにもきれいな人が陸のお母さんなんて…。陸は幸せだろうな…。

 「最後に私のパートナーたち。左から炎天、氷牙、水狼、月光、光輝、風也、雷花、呉葉、陽炎。そして薫を治療してくれたこの子が天良。全員呼び捨でいいぞ」

 「「「「「「「「「「よろしくお願いします、薫様」」」」」」」」」」

 陸のパートナーたちは声をそろえて挨拶をしてくれた。みんな美男美女だ。

 「僕は空野薫。皆さん、よろしくお願いします」

 自分も自己紹介をすると、スクラルドさんが思い出したように手を合わせた。

 「あ、そうだわ‼薫くんにお客様がいらしてるの」

 「僕に?」

 「ええ。確か……、月野智くんって子が今{枝垂れ桜の間}で待っているわ。呼んできましょうか?」

 スクラルドさんが言った名前に僕は反応した。

 「智がここに…?スクラルドさん!お願いします!」

 「わ、わかったわ!今すぐ連れてくるからね‼」

 そう言ってスクラルドさんは智を呼ぶために{蒼穹の間}を出て行った。

 なんで智がこの家に?なんで僕がここにいることを知ってるの?

 疑問が頭の中を埋め尽くしていく。

 そのとき、

 「薫?大丈夫?」

 陸の声で僕は我に返った。

 顔をあげると、目の前に陸の顔が目に映った。

 一瞬にして心臓の鼓動が速くなっていく。

 「り、陸…?」

 陸の心配する表情にドキドキは止まらない。

 陸はその表情のまま僕に顔をまた少し近づけた。

 「さっき天良が回復が早いって言ってたけど。やっぱり顔色がまだ悪い。まだ横になってたほうがいいんじゃないか?」

 「だ、大丈夫だよ‼僕はこの通りピンピンして」

 元気な姿を見せようと立ち上がった瞬間、

 「うっ……」

 眩暈が僕を襲った。

 『薫様‼』「薫くん‼」

 装苑さんと陸のパートナーたちの声が耳に届いたが、僕の体はどんどん後ろに倒れていく。


 倒れる!


 と思った瞬間。

 

 ふわっ


 急に体が宙に浮いた。

 「ほら。言ったそばから」

 呆れた顔で陸が上から言った。

 今の状況を僕は理解した。

 今、僕は、陸に、『お姫様だっこ』をされているのだ。

 「‼‼」

 「何?人の顔見て」

 「い、いや」

 「そう。まだ寝とけ。そのほうがいい」

 「うん」

 『お姫様だっこ』の状態から布団に寝かされた。

 もう心臓は爆発寸前まで脈を激しく打っていた。

 

 ああー‼何さっきのは‼急なことでびっくりしたけど、なんかハズい‼姫だっこって‼姫だっこって‼‼‼‼‼‼

 

 顔を赤くしながら布団の中に潜り込もうとすると、

 「薫くん、入っていいかしら?」

 スクラルドさんの声が聞こえた。

 「は、はい‼」

 声が裏返るのを堪え、平然を装い、僕は言葉を返した。

 スクラルドさんが部屋に入ってきたとき、隣にいる一人の男の子も部屋に入ってきた。

 「智」

 智は僕の声を聞き、俯いていた顔を上げる。

 その顔はもう今にも泣きそうなほど涙が溜まっていた。

 「薫……」

 鼻声で智が僕の名前を呼んだ。

 智のこの顔……。いつも放っておけない。

 智が僕のすぐそばまできて座り、僕の右手を握った。

 「薫ごめんな…。あんな…っ言い方…っしてしまって…っ、俺…」

 嗚咽を漏らす智に僕は頭を撫でた。

 「もういいんだ。昨日みたいに心配して守ってくれるのが智なんだって、わかってるから」

 「薫……」

 ギュッと智は僕の手を強く握った。

 僕たちの仲直りしたところを見たからか、陸たちはみんな{蒼穹の間}を出て行こうとする。

 全員が出ていく直前。

 

 「待ってくれ」

 

 智が呼びとめた。

 「待ってくれ、音田」

 智の呼び止めに陸はピタリと止まった。

 陸はこちらに顔を向ける。

 「なんだ」

 「お前にも謝りたい」

 真っ直ぐな眼差しで陸を見つめる智。その瞳をじっと見つめ返す陸。

 二人の間に微妙な空気が流れる。

 何?この空気…。

 「わかった」

 この場の空気を引き裂いたのは陸だった。

 それだけですぐに微妙な空気がなくなった。

 陸は智とは反対側のほうに胡坐を掻いた。

 二人に挟まれる状態になった僕は口を固く閉じた。

 「本当にごめん!俺、お前にもあんなひどい言い方して」

 土下座をして智は謝った。

 陸は涼しい顔のまま目を閉じる。

 「頭を上げろ、月野。別に気にしてはいない。そういうのはよく言われるからな」

 いつも僕と話すときの優しい口調ではなく、この音田組のお嬢のような男口調で話す(お嬢の口調と言う前に完全に若頭のような感じだけど…。自分も組の娘とか息子とかどう話すのかはよく知らない)。

 「この話は終わりだ。それよりもだ、薫」

 陸に呼ばれた僕は反射的に上体を起こしてしまった。身体を急に起こした僕にくいっと顎で『寝ろ』と示され、僕は再び横になる。

 「お前、月野に聞きたいことと言いたいことがあるんだろ?しかも言いたいことは二つほど」

 心中思っていたことをズバッと言われ、心臓が跳ね上がる。

 「聞きたいことと言いたいこと?」

 きょとんと智は首を傾げた。

 「あの、聞きたいことなんだけど。智はなんで僕がここにいるってことがわかったの?」

 陸の家に僕がいるということは知らないはずだ。智は僕が倒れた時、どこかに行っていたし、あんな騒ぎなのに戻っても来なかった。

 

 「先生に聞いたんだよ」


 普通に帰ってきた答えに、

 「「はい?」」

 と、陸と僕はまぬけな声をそろえてしまった。

 「薫のこと先生に聞いたんだよ。俺、あの騒ぎには救急車が来たときに何があったのかと思って自分のクラスに行ってみると薫の姿も音田の姿もなくて、いたのは何かに怯えたように震えている生徒と先生、そして救急隊員の人たちだけだった。放課後にその教室にいた先生に薫はどこにいるのか聞いたら…」


 『空野だったら音田の家にいるぞ?音田の家の担当医が検査してくれてるんだとよ。なんか天井から男の人が出てくるわ、その男の人が空野を抱えて教室から急に姿を消すわ。もう何がどうなってんのか俺にもわからん』


 「って、首をひねっていたぜ」

 「「へ、へぇ…」」

 「それを聞いたから薫がここにいることがわかったんだよ」

 これもまた普通に言われた僕らは苦笑するしかなかった。

 昔からそんなやり方をするのは変わらないなぁ。

 「それで言いたいことっていうのは何だ?」

 すぐ智は次のことに話を進める。

 本題に入るか…。僕がまた少し上体を起こすと、

 「馬鹿‼お前起き上ったらまた眩暈に襲われるぞ‼」

 陸が注意するが僕は陸に微笑んだ。

 「大丈夫だよ。これくらいなら眩暈もあまり起こらない。眩暈が起こるのは急に立ち上がったりしたときだけみたいだし」

 「―――――……」

 「大丈夫だから。な?」

 「……わかった」

 陸はまだ心配しているようだがゆっくりと引き下がった。

 僕は再び智に向き直る。

 「これが本題なんだけど。…智、僕らと一緒に演劇部を創らない?」

 「演劇部?」

 「うん‼今は僕と陸の二人だけなんだけど、あと二人か三人部員を集めなきゃだめで。僕、演劇部を創ってみんなと劇をしながら歌ったりしたいんだ‼そこで智にも入ってもらいたいんだ‼ねぇお願い‼」

 「ええっと…」

 「私からもお願い‼」

 僕と陸は智に手を合わせてお願いする。智は少々戸惑った様子を見せたが、「うーん」と考え込んだ後、ぱっと笑顔になる。

 「いいな、演劇部。俺もぜひ入部させてもらうよ」

 「本当‼」「本当か‼」

 「うん。入りたい部活がなくてどうしようかと思ってたけど。俺も歌好きだし、演技なんてできないけど、初心者でもある俺でもいいなら喜んで入部させてもらうぜ」

 「「やった‼」」

 僕と陸はハイタッチした。

 「これで三人目‼」

 「あと七人ぐらいだね‼」

 「おいおい、お前ら。なんか伝えたいことがまだあるって言ってなかったか?」

 智の申し出にピタッと僕らは動きを止めた。

 「喜ぶのはそのあとだ」

 「「あ、うん」」

 僕と陸は再び真剣な表情になった。

 そして一言一言を大切にするように僕は話した。

 「これは合唱部に入った人たちにしか離さないって決めたんだけど」

 「うん?」

 「陸は、実は…、ヴァンパイアなんだ」

 


 陸がヴァンパイアだってことを演劇部に入った人たちだけの秘密にしようと陸にも伝えたのは、職員室から教室へ戻るときの廊下でだ。

 「え?私がヴァンパイアだってことを演劇部の部員だけに伝えるって?」

 「うん」

 「どうして?」

 その時の陸はあまりびっくりした様子でも否定するような様子でもなくただただ僕の考えを聞こうとしている感じだった。

 「このことを僕だけが知っているよりも、演劇部に入った部員達だけに知ってもらったら陸もなんか安心するんじゃないかな?」

 「安心って…」

 「どうかな?」

 陸は考え込んだ。

 「別に私は構わないけど。まずその前に部員たちがしっかり内緒にしておいてくれるかどうかが心配なんだけど……」

 「そこは安心して‼僕がしっかりと秘密を守ってくれる人を探すし、智とかなら守ってくれるから‼あいつ、口は堅いからさ」

 「でも…」

 「それに」

 僕は陸の前に回り込み、向きあう形になった。

 そしてこう続けた。

 「それに、僕が陸を守るんだからさ。もし言ったやつがいたらぶっ倒すよ!」

 「‼」

 覚悟はできていた。

 陸を守るって決めたのは、僕自身だから。

 ほうけた顔をした陸はしばらくその顔だったが、すぐまた優しく微笑んだ。

 「ありがとう、薫。私、薫を信じるよ」

 「ああ!」

 「本当に、薫と友達になってよかった」

 「僕も陸と友達になれてよかったよ‼」

 「じゃ、そのこと、よろしくね」

 「OK‼」



 約束したんだ。陸と。僕が陸を守るんだって。

 「え?」

 智は一瞬陸に目を向け、すぐにまた僕を直視する。

 どうも信じていないようだ。当たり前のことだけど。

 「うそだろ薫?音田がヴァンパイアなわけ……」

 「本当のことだ」

 陸は普段の声よりも少し低めの声で言った。

 「嘘だと思うんなら見とけ」

 陸が少し後ろに下がって立ち上がり、目を閉じた。

 そして、

 

 「我の中に眠るヴァンパイアよ。その姿を。解き放て!」


 呪文らしきことを唱えると、


 ピカっ!


 眩しい光が陸を包み込んでいく。

 片目だけを何とか開くと、陸の姿がどんどん変化していくのが見てわかる。

 光が徐々に消えていき、完全に光がなくなったとき、僕と智は目をゆっくりと開いた。

 「うわっ‼」

 急に驚きの声を出した智は後ろに倒れそうになったが、なんとか手をついて体を支えていた。

 陸がいた場所に立っているのは、陸自身ではあるが陸ではない。

 「これでわかるか?」

 ヴァンパイア界スフィアエレルカ国の王子兼姫、ヨハン・エレルカがそこに立っていた。

 僕が初めて見た時と同じ金色に輝く短い髪、海を想像させるような青の瞳、この美しい姿なら老若男女問わず振り向くであろう容姿。

 「本当に、音田は、ヴァンパイアだったのか……?」

 「恐がらなくてもいい。お前の血は吸ったりしねぇ。だが」

 ヨハンになった陸が通った鼻を僕の首筋に当てた。

 「ん……」

 ピクリと僕は肩をびくつかせた。

 「薫傷つけた奴は誰であろうと絶対に許さねぇし、生きて帰さねぇ。そして、合唱部の仲間を傷つけた奴も許さねぇ。だから、月野。お前も俺に守られる対象者ってことだ」

 「‼‼」

 「だが、オレが絶対に守れるという確率は極めて低い。だから、全員が全員を守るんだ!」

 「全員が全員を守る…」

 「ああ。それが仲間ってもんだろ」

 「仲間…、仲間…か…」

 智が陸の言った『仲間』を何度も呟いた。

 そして、勝ち誇ったような笑みを見せた。

 「そうだよな!仲間!仲間がいなくちゃ絆もできねぇし、守ることもできねぇ!」

 「智…!」

 「わかったぜ、薫!俺、合唱部を絶対に守ってやるし、合唱部に入った仲間も守ってやる!それと、音田の秘密も絶対に守る!」

 勢いよく立ちあがった智がそう言ったとき、僕はほっとした。

 智を誘ってよかったと。

 陸は「ふっ」と笑い、立ち上がった。

 「これでオレらは仲間だ。これからよろしくな、智。オレっていうか人間の時もヴァンパイアの時も陸って呼んでくれ。陸とヨハンで呼び方変えたらなんか変だし」

 すると、智はもう怖がる素振りを見せず陸の手を握った。

 「ああ。よろしくな、ヨハン……じゃなかった。陸」

 「早速間違えたが、まあいっか。よろしくな」

 「薫くーん!智くーん!陸―!」

 トタトタと軽やかに走ってくる音が聞こえ、同時にスクラルドさんの声も聞こえる。

 {蒼穹の間}の障子がスーっと開くと、スクラルドさんが着物の袖を捲りそれを紐で止めた姿で立っていた。

 「ご飯ですよ~…あら?」

 まだヨハンの姿のままだった陸と智が握手をしていることに気がついたのか、スクラルドさんは微笑んだ。

 「あらあら。また友達ができたのね!よかったわ、陸に友達が増えて。これから夕食なんだけど、智くんもどうかしら?今日は御馳走よ!」

 「いいんですか!ではお言葉に甘えて!」

 「お母さん〝今日は″じゃなくて〝今日も″でしょ?」

 「あら?そうだったかしら?」

 「自覚してよ~」

 「いいじゃないの。じゃあ、三人とも早くいらっしゃいね?みんな待ってるわよ」

 「「「はーい」」」

 僕らは声をそろえて返し、スクラルドさんはまたトタトタと{蒼穹の間}を出て行った。

 智が僕に手を差し伸べる。

 「行こうぜ、薫。立てるか?」

 差し伸べた手に僕は首を振った。

 「ありがとう、智。大丈夫だから、先に行ってて」

 「わかった」と言って、智も{蒼穹の間}を出ていく。

 

 出口を見ている陸に僕は声をかけた。

 「陸」

 「お前。本当はまだ立てないのになぜ断った?」

 問いかけに僕はにっこり笑った。

 「陸にまたやってもらいたいんだ」

 「またって何を?」

 「姫抱っこ」

 「は?」

 間抜けな声を漏らした陸に僕は続けた。

 「なんとなくだけどね」

 「なんとなくって。別に、智がいる前でもそう言ってくれたらよかったのに」

 「やっぱり、幼馴染が見ている前だと恥ずかしくてね」

 「なんだそれ」

 「で、やってくれるの?やってくれないの?」

 ニ択の質問に陸は後ろ頭を掻いて、数秒後、僕にゆっくりと近づく。

 

 バサッ


 背中に温かさを感じた。

 見るとそこには羽織が掛けられていた。

 「り…」

 陸と続けようとしたときだった。

 

 ヒョイッ


 「うわっと!」

 僕の体がふわりと抱えられた。

 「前者」

 「え?」

 「前者のほうだよ。やってやる」

 「陸……」

 「ご所望なんでしょ?薫王子」

 「お、王子って!」

 「黙ってしっかり掴まってろ」

 「あ、う、うん」

 自分で言ったけど、やっぱり恥ずかしかった。

 でも。

 陸のそのさりげない優しさに僕は支えられるんだ。

 一日だけだけど分かった。

 これからも。

 「やっぱり陸は優しいね」

 「そうか?」

 「うん。この羽織も掛けてくれてありがとう。とってもあったかい」

 「夜は春でもまだ肌寒いからな。特に薫、ずっと布団の中にいたからさ。急に外に出たら寒いだろ?」

 「そうだね」

 「だろ」

 「ねぇ、陸」

 「何?」

 「僕も陸がヨハンになった時は紛らわしくないようにいつものように陸って呼んでもいい?」

 「もちろん」

 「よかった」

 「んじゃ、行こうか」

 「うん」

 月が輝く夜。僕らは月光を浴びながら、{枝垂れ桜の間}へと廊下を進んでいった。



 その後、{枝垂れ桜の間}に言った僕たちは、スクラルドさんが作ってくれた豪華な夕食をたくさん食べ、陸のパートナーたちの本当の姿も見せてもらった。

 陸から事前に僕や智にはもう自分がヴァンパイアと人間のハーフだと伝えたからパートナーたちの本当の姿を見せても問題はないと装苑さん、スクラルドさん、そしてパートナーみんなにも伝えたようだ。

 全員は快く承諾してくれたみたいだ。

 陸のパートナーたちはみんなそれぞれ違う属性をもった狼が本当の姿らしい。

 炎天は炎属性、氷牙は氷属性、水狼は水属性、月光は闇属性、光輝は光属性、風也は風属性、天良は天空と治癒属性、雷花は雷属性、呉葉は植物属性、陽炎は影属性。

 陸のパートナーが狼なのはびっくりしたけど、全員いい奴だと陸は言ったから安心した。

 それに陸の昔話も聞けたし♪陸はワーワー言いながら隠そうとしてたけど、その努力も無念に全部装苑さんとスクラルドさんに話されてしまった。話されてしまったときの陸の顔は本当に恥ずかしさが顔に現われていた。

 ま、結構楽しかったけどね♪

 僕はそのあと『すぐに休め』と陸に言われ、陸と一緒に{蒼穹の間}に戻ることになり、それと同時に智も帰ることになったので、玄関まで見送ってから部屋へと戻った。

 


 {蒼穹の間}に戻ったてすぐに僕は布団の中に入り、寝ようと試みる。

 「………」

 が、眠れる気が全くしない。

 ボーっと天井を見上げていると、

 「薫」

 陸の声に僕はそちらを向いた。

 「どうしたの?」

 「私、そろそろ{枝垂れ桜の間}に戻るね」

 「戻るって?」

 「薫の身体のこと。呉葉とお母さんが調べてくれてるから。天良は三日で治るとか言ってたけど、それはあくまで予想だから、もしかしたらもっと長引くかもしれない。だから、どうやったら薫の身体を治せるのかを聞かなくちゃ」

 「え?あ、ああ。なるほどね」

 僕はあいまいに返事を返した。

 

 なんだろ…。陸が離れるって聞いたら、急に胸のあたりがキュって締め付けられるような感じになって…。――――離れたくない…。もっと、もっと、僕のそばにいてほしい…。

 

 「んじゃ、ゆっくり休んでね。おやすみ」

 陸が立ち上がろうとしたとき、

 「待って‼」

 僕は陸の着物の袖を引っ張って止めた。

 袖を掴んでいる手は震えていた。

 「どうした?」

 陸は膝をついたまま僕に目を会わせ、問いかけた。

 

 陸の声がそばで聞こえるのに…。なんか、手を離してしまえば、遠くへ行ってしまうような気がしてしまう…。


 「ぼ、僕の、そばにいてほしい…。陸にいてほしい…!」

 「薫…」

 本当のことだ。

 でも陸は僕の身体のことを考えてくれている。きっと僕のこの手を離して部屋を出ていくに決まっている…。

 頭の中でそう思っていると、 

 「薫」

 「ん?」

 「よっと」

 「え?うわっ!?」

 急に陸は僕をグリーンライトの時のように覆い被さってきた。

 僕の目の前には陸ではなくヨハンにいつの間にか容姿だけを変えた陸がそこにいた。服は着物のままだ。

 「はぁ…。これでもう逃げられない」

 「陸…」

 「一緒にいたいんだろ?俺と」

 「あ…」

 陸の青い瞳が今は悪戯っぽく微笑み、僕の瞳を見つめていた。


 陸の何もかもが近い。

 身体も。顔も。何もかもがとても近い。

 陸が僕の腕を握る手も冷たさからかけ離れて、熱かった。


 「なあ、薫」

 「な、何?」 

 陸の顔の近さにドキドキしながらも僕は答えた。

 「血、吸っていいか?」

 「血を…?」

 「薫の血が欲しいんだ。お前が愛おしくてたまらない」

 「で、でも」

 「嫌でもオレは止められねぇよ」

 目を細めた陸はかっこよかった。

 男の僕が言うのもなんだが、そう思ってしまった。

 熱っぽい目で僕を見つめる陸。

 二人の間に流れる空気が少しずつ溶けていくようだった。

 「吸ってもいいよ」

 僕の出した答えに陸は少し驚いたようだ。

 「前回は嫌がってたのに。今回は素直じゃねぇか」

 「だけど、僕の血を吸うためには条件がある」

 「条件?」

 きょとんと首を傾げた陸に僕は言った。

 

 「僕に……キスしろ」


 「……え?」

 陸は動揺し始めた。予想外の展開らしい。

 「キ、キスって」

 「できないのか?」

 「っ!?」

 「キスしてほしい」

 「ふぇ~~っ」

 キスを連発していく僕に陸はついに女々しい声を出した。女だけど。

 ちょっと苛めすぎたかな?

 クスッと僕は笑って、陸の首に手を回す。

 「キスのことは忘れよっか。さあ、早く、僕の血を……」

 「薫‼」

 「うえっ!?」

 陸が急に僕を強く抱きしめた。

 「り、陸…。苦しいよ…」

 「……やる」

 「え?」

 「その口、塞いでやる」

 

 陸の手が僕の頬に添えられる。

 

 さっきよりも手が熱くなっていたのが温度で伝わってきた。

 

 どんどん陸の顔が近くなっていく。


 「陸……」

 「薫……」


 そして、陸の唇が触れる…。


 「ヨハン様‼」


 「「!?」」

 手前で部屋に大きな声が響き渡る。

 そこには、息を切らした氷牙が立っていた。

 素早く僕らの体が離れる。

 幸いなことに、氷牙は下を向いて息を整えていたため、さっきのことは見えていなかったようだ。

 「ど、どうした!?氷牙」

 動揺して震える声で陸は応対する。

 声、めっちゃ震えてますけど?

 息を整えた氷牙はすぐに陸の耳元で何か小声で伝えている。

 「…………」

 ぼそぼそと話していて何を話しているのか聞こえない。

 氷牙が小声で話し終えた後、陸は深刻な顔をして立ちあがる。

 「薫。すまないが、少し席をはずすぞ」

 「何かあったの?」

 聞くと、陸は首を横に振った。

 「ごめん…。それは話せない。また話せるときになったら話すから」

 陸の表情から見て、それだけ重要な話なのだと察した。

 やっぱりあんまり追求しないほうがいいよね。

 そう思い、僕は微笑んだ。

 「わかった。それだけ重要な話なんだよね。あ、僕なら大丈夫だよ‼あと、さっきは急にあんなこと言い出してごめん…」

 後のほうは小さく言った。

 陸も返すように小さく微笑んだ。

 「ヨハン様、参りましょう」

 「ああ」

 二人は{蒼穹の間}を足早に出て行った。

 

 さっきのこと…。強引過ぎだったよね…。明日もう一度みんなのいないところで謝ろ。


 そんなことを頭で考えながら、僕は眠り、闇の底深くまでの眠りに落ちた。


 


 私は{枝垂れ桜の間}でお母さんと呉葉、氷牙と話していた。

 話の内容は『薫が倒れた原因』だ。

 その話で誰一人として真剣な表情を崩さない。私を含む全員は真剣そのものである。

 「お母さん、それで薫が倒れた原因がわかったって?」

 私はお母さんに単刀直入に聞いた。

 氷河が耳打ちしていったこと。それは……。


 「薫様が倒れた原因がわかりました。しかし、原因が信じられないことでして……」


 氷牙の報告に私はすぐ{枝垂れ桜の間}で待っていたお母さんと呉葉のもとに来た。

 薫の倒れた原因はもう自分の中で明確だ。

 私自身、原因はもう分っていた。そのことがお母さんの原因と一致した。

 

 「ええ。薫くんの倒れた原因は……。陸、あなたよ」


 「………」

 

 「薫くんの血を少し摂取したのよ。その血液を天良くんの魔法で詳しく見てもらったら、あなたの血が混ざってたの。そして出た結果が言った通りよ」

 

 予想通りの答えに私は「やっぱり」と呟いた。

 「やっぱりって?陸、何か心当たりがあるの?……あ!陸!あなたまさか…‼」

 お母さんは今までに見せたことのない驚きの形相で私を見た。

 私は小さく頷いた。

 「私は薫の血を吸ったんだ。昨日のことだよ」

 「ヨハン様……!」

 氷牙は信じられないといった顔で私にすがった。

 「嘘ですよね!ヨハン様!あなた様は中学校卒業時に言っていたではありませんか‼好きになるのも結婚するのもヴァンパイアだけだと‼それなのに……、なぜ……」

 氷牙は瞳を潤ませて今にも泣きそうだ。

 私は目を瞑って、氷牙に言った。

 「すまない、氷牙。でも私は薫のこと本当に好きだし、守ってやりたい。だれに何と言われようと、私の気持ちは変わらない。昔、言ったことなど、もう忘れてくれ」

 

 私のような人間とヴァンパイアのハーフのヴァンパイアの末裔は数少ないが、ヴァンパイアの血が濃ければ、そちらの力のほうが強くなる。そちら側の視点で話せば、ヴァンパイアに血を吸われた人間は、そのヴァンパイアの愛しい人、愛人、つまり婚約者となるのだ。

 

 {枝垂れ桜の間}に静寂な空気が流れる。

 私はその空気の中、嗚咽を漏らして泣き始めた氷河を自分の胸元で抱きしめた。そして、優しく彼の綺麗な水色の髪を持つ頭を撫でた。

 少しずつ、少しずつ、氷牙は落ち着きを取り戻していた。

 


第二楽章前半の部、楽しんでいただけましたでしょうか?

後半の部に続きますので、次にそちらをご覧ください‼


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