第一楽章 Girls Voice
2029年大阪。この賑やかな町中に建っている一つの学校「私立白陵学院高校」
この高校に僕、空野薫は通っている。
白陵高校の制服のきれいな純白のジャケットと水色のチェック柄のズボンとネクタイに身を包んでいる。
栗色に染まる髪は母親譲り、優しい色をした黒の瞳は父親譲り。
性格は周りや幼馴染から「元気」「優しい」「頼りになる」と言われている。
僕はこの有名進学校で倍率がとても高い白陵学院に入りたくて、必死に勉強してギリ合格して入学した。
「はぁ…。もっと頑張ったほうがよかったな~」
僕は大きなため息をついた。
白陵学院に入学して、はや一週間経っていた。
「薫‼おっはよー!」
ぎゅっ‼
「うわっ!!」
僕は急に後ろから抱きつかれて前へ倒れそうになった。
「智…、毎日びっくりさせないでよ。おかげで心臓がいっつも爆発寸前」
「わりィわりィ」
彼は、月野智。
僕の幼馴染で幼稚園の頃からの大親友。
短い黒髪は太陽の光が当たるとキラキラ輝いて、スタイルもとてもよく運動神経抜群。女子にもモテる。
気が強くて、信頼できて、優しい性格。
しかも頭がとてもよく、学年主席で白陵学院の入試も余裕で合格するほど!
音楽仲間でもあって、僕のことをとても理解してくれてるんだよね♪
こんな漫画やアニメに出てきそうな奴が自分の幼馴染だとは…。
「どうしたんだ?俺の顔をじっと見て?…それより早く教室に行こうぜ。HRに遅れっぞ」
「あ、ごめんごめん。早く行こっか」
「おぉ」
僕は智と一年A組の教室へ向かう。
ここで僕と彼女は出会った。
HR後の休み時間。
一年A組は生徒の声で賑やかだった。
僕は次の授業の準備をした後、智と話していた。
話しているときに僕は不意に自分の斜め左の窓際の一番後ろの席を見た。
その席には誰も座ってなく、空席だった。
その僕の視線に気づいたのか、
「あそこ、音田陸の席だろ」
智が言った。
「音田陸ってずっと学校に来てない子?」
「あぁ。この一週間全く来てねぇよ」
智は少し真顔で言った。
音田陸か…。一週間も学校に来ていないのなら、知らないのも当然かな。
「なぁ薫。聞いたことねぇか?あの暴力事件」
「え?あぁ、知ってるよ」
去年、警察沙汰になった物騒な事件。
しかも、この学校の近くで起こった事件だ。
「その事件、音田とその仲間がやったらしいぜ」
「!?」
「俺も顔は見たことねぇけど。噂じゃあ結構有名らしいぜ」
智が話している時だった。
バンッ!!
教室の後ろのドアが勢いよく開いた。
教室にいた生徒たちは一斉に勢いよく開いたドアに視線を向けた。
ドアの向こうには、長い漆黒の髪を後ろで一つにまとめている女の子が立っていた。
身長は一六〇cmはあるだろうか。冷たい瞳に鋭い目つき、端正に整った顔立ち、青のヘッドフォンをしている女の子。
『っ!?』
その女の子を見たクラス全員は肩を震わせて怯えていた。
「お…音田…陸だ」
智も恐怖に歪んだ顔になった。
「あの子が…。っていうか智、顔見たこともないのになんで怯えてんの?」
僕はさっき智が『顔を見たことがない』と言っていたのに、怯えてるなんておかしいと思った。
智は恐怖の表情のまま僕の耳元で言った。
「さっき言おうと思ってたことなんだけどな。音田はあの有名で最強な三大不良組織『音田組』の娘で、知らない奴はいないって言われてんだぞ。たとえ顔を見たことがない奴でも噂で聞くんだ」
それを聞いた僕は唖然とした。
三大不良組織なら僕も何度も耳にしたことがあるが、まさかここの学校にその三大不良組織の一つ『音田組』の娘が通っているなんて…。
他の二つは確か『鳳組』と『愛川組』だったはず。
頭の中に三大不良組織の名前と音田陸のことが脳内を埋め尽くす。
キュッキュ…。
と上靴を擦った音が教室に響く。
冷たい表情のまま音田さんが窓際の席へと向かい、ドカッと座った。
「薫…。あんまり音田に近づかないほうがいいぜ。ましてやお前はあいつとの席が近いんだからな」
こそこそと智が耳打ちをする。
「え?あ、う、うん」
僕はそれに小さく頷いた。
僕からしては、あんまり悪い子じゃない感じがするんだけどなぁ…。
英語の授業中。
「えー、このように中学校で習ったかもしれないけど現在形と過去形と過去分詞が同じ綴りのものがあるけれど、発音が全く違うので読むときは気をつけること。そして」
英語担当の女教師・前田志穂先生が黒板を叩きながら授業を進めていく。
僕はノートを写し取っているときにチラッと音田さんのほうを見た。
音田さんはヘッドフォンで音楽でも聴いているのだろうか、窓の外を見ていて授業には全く参加していなかった。
(智はあんまり関わらないほうがいいって言ってたけど、ノート書いてなかったら後々しんどいよね)
僕は休み時間に音田さんに英語のノートを見せようと決めた。
キーンコーンカーンコーン♪
授業終了のチャイムが鳴った。
「じゃあ今日はここまで!今日習ったところをしっかり復習しておくように!」
『はいっ!』
「んじゃ、日直号令」
「起立‼気をつけ‼礼‼」
『ありがとうございました!』
前田先生に挨拶をしてからみんなは友達のところへ行ったり隣のクラスへ行ったりと思い思いの場所へ行って短い休み時間を過ごす。
僕は音田さんが座る席の隣の席に座り、肩をつつく。
「音田さん?」
ツンツンと音田さんの肩をつつくと、
「?」
と、音田さんは首を傾げて僕を見た。
「!?」
ガタタ‼
自分の近くに僕がいることに気付かなかったのか、音田さんは椅子を後ろに勢い良く下げた。
「ご、ごめん‼びっくりさせちゃったよね?」
「い、いや。私のほうこそ、ごめん。君のこと全く気付かなかった」
ヘッドフォンをはずし首にかけ、音田さんは頬をポリポリと掻いた。
近くで見ると、結構かわいいな…。端正な顔立ちだし、目も少し鋭いけど目じりもきりっとしていて、眉毛も綺麗に通ってるし…。なんだか少し人間離れしているような綺麗な顔立ちだなぁ。
「で、君は私に何か用?」
音田さんは少し低い声で問いかけた。
「あ、と、えーっと。英語のノート、見せようと思って」
「………」
音田さんは黙ったまま僕を見ていた。
「あ、えと、迷惑じゃなかったらだけどっ」
僕は音田さんが怒っていると思い、慌てて言う。
その慌てた僕を見て音田さんは
「ふっ」
と笑った。
「君、珍しいね。みんなから恐れられている私を怖がらないなんて」
そして僕の英語のノートを手に取った。
「サンキュ。んじゃ、ありがたく見せてもらうよ」
音田さんは、僕の手からノートを受け取り、そのノートを開いて自分のノートに書き込んでいく。
「しっかり持ってきてるんだね、ノート」
僕は自分の自然に出た言葉に少し驚いて口を塞いだ。
音田さんが次は冷酷な表情ではなく、逆に驚いている表情だった。
(駄目だ!せっかく音田さんと口が少し聞けて嬉しかったのに!!これじゃあ、音田さんが「何コイツ?」って思って口きいてくれなくなるかもー!!)
自分の心の中で焦っていると、
「まあね。一応持ってきてないとヤバいかなと思ってね。ま、でも全然勉強なんて出来ねぇし、ましてや先生が何言ってるのかすら分からねぇ。特に英語とか?マジ意味不明的な?」
話してくれた。
普通に話してくれた。
「あ、あのさ」
「何?」
音田さんが僕を見る。
もう鋭い目つきなんかじゃない。本当に普通の優しい女の子みたいな優しい目。
「よ、よかったら今度勉強教えてあげよっか?」
「マジで!!助かる~!私困ってたんだよね!このままじゃ留年だー!!ってね」
「ははっ。音田さんも面白いね」
「何!どこがどこが!?」
「あはは」
「笑うな~!!」
僕たちは本当の友達みたいに笑った。
音田さんって本当は、結構優しい女の子なんだと僕はそう思った。
すると、
ガラガラ…。
と、教室の扉が開く。
「それじゃ、授業始めんぞ~」
入ってきたのは、国語担当の男教師・山田隆弘先生だった。
山田先生が入ってきた時、生徒たちは自分の席へと座る。
「先生が来た!それじゃあね、音田さん」
「あ!ねぇねぇ君!」
音田さんは何か思い出したように言った。
「どうしたの?」
「君、名前なんて言うんだ?」
音田さんが言ったことに僕は微笑んだ。
「薫、空野薫。覚えてね」
そう言って僕はすぐに自分の席に着いた。
音田さんは、またヘッドフォンをし音楽の世界へと入った。
そこでまた、授業が始まる。
いつもの平凡な時間が刻々と過ぎていく。
僕は気付かなかった。
僕が自分の席に戻るときに音田さんがニヤッと不敵な笑みを浮かべたことを…。
国語の授業終了。
僕が国語の教科書などを横にかけてあるカバンの中に入れているとき。
「薫!!」
智が見たこともないぐらいの鬼の形相で僕に詰め寄る。
「智?どうしたの?」
僕はきょとんと首をかしげながら智に聞いた。
智は鬼の形相のまま言った。
「どうしたの?じゃねぇよ!!お前休み時間に何やってんだよ!!」
「え、何って…、音田さんに僕のノートを貸しただけだよ」
そういった僕に智がまた怒鳴る。
「馬鹿かお前は!!あいつは、音田は、あの暴力事件を起こした張本人なんだぞ!!他校でも恐れられている奴だぞ!!なのにお前……。ヘラヘラと音田と話して!!何かあったらもう遅いんだぞ!!」
ハァ…ハァ…。
智は息が荒れた。
僕たちのことを他の生徒たちが
「なになに?」「喧嘩?」
と口ぐちに言っていた。
僕はそんなことは耳に入らなかった。
僕の口から出たのは、
「最低だよ。智は。音田さんのことを悪く言うなんて!!僕はそういう智のこと嫌いだし、もう口もききたくないよ!!音田さんのこと、悪く言うな!!」
こんな言い方をしたのは久しぶりだった。
小学生の時に、一、二回だけ他の人と喧嘩になった時以来に出た言葉だった。
はっと気づくと自分が言ったことで智をいやな思いにしたと気付いた時には、もう、遅かった。
智は下に俯きながら言った。
それはまるで友人関係にピリオドを打つように。
「ああ、そうかよ!!俺、もうお前と話さねぇからな!!大切なたった一人の幼馴染で、誰よりも大切な親友だったのに…。ガッカリだよ!!」
夕方。
「じゃあねー」
「また明日ー」
学校が終わった自宅までの帰り道。
僕は一人でとぼとぼと帰っていた。
智…。本当に口きいてくれなかった…。でも、ああいう風に音田さんのことを言うなんて…。
「はぁ…」
僕は大きなため息をついた。
とぼとぼと変わりなくさびしく歩いていると。
「あ、あれっ?」
気づくと、いつの間にやら見たこともない道を歩いていた。その道はまだ夕方の四時過ぎなのに薄暗かった。
「ど、どうしよ…!道に迷っちゃった…!」
オロオロしてても仕方がないよね!誰か近くにいるかもしれないし呼んでみよう。
「だれかー!誰かいませんかー!」
呼んでみたがあるのは、しん…とした静けさだけだ。
「誰もいない…」
僕は怖くなり、恐怖で涙が出てきた。
「ふっ…うっ…誰か…っ、助けて・・・」
小さい子のように泣いていると、
「~~♪」
どこからか歌が聞こえた。
それは、ずっと道の奥のほうから聞こえる。
「誰か、いるのかな?」
僕はその声のする方向へと進む。
何分経っただろうか。
その歌がどんどんはっきりと聞こえてくる。
そして、光が見えて僕はすぐさま走り出した。
早く人に帰る道を教えてもらって帰ろうと思い、走り出した。
「ッ!」
眩しい光が入りこみ、目をつむった。
だんだん慣れてきてゆっくりと目を開けてみると、
「え?」
見たこともない風景が目の前に飛び込んできた。
それは、一面に広がる野原。
草花が広がる野原だった。
「ここは、どこなんだ?」
僕は、この場所は自分の住んでいるところではないことには気づいた。
でも一体ここはどこなんだろう?
見たこともない道や見たこともない風景…。
すべてが見たこともないものばかりだ。
キョロキョロと辺りを見回していると、
『夜空に輝く星々《ほしぼし》よ♪みんなにその輝きを与えよー♪きっと未来をつーかーめーるはず♪』
それはさっき聞こえた歌声だった。
優しい女の人の歌声。
「あの人かな?」
近くに人影を見つけた。
「あの人に聞いてみよ」
僕はその人影に近づく。
「ん?」
近づくにつれてはっきりと見えてくる人影。
その人影は見たことのある人だった。
僕は呼ぶ。
「音田さん?」
呼ぶと、人影が振り向く。
「あれ?空野?」
人影の正体は音田さんだった。
「なんでこんなところに?」
驚きの表情で音田さんは質問する。
僕はそれにどう説明したらいいかわからなかった。
「んと…。道に迷っちゃって…。で、歌声が聞こえてきたから、歌声のする方向に進んでいくと、ここにたどり着いて…」
僕はふと音田さんに聞いた。
「もしかして、さっきの歌声って、音田さん?」
「うん…」
音田さんは頷いた。
僕はそれに驚く。
「凄いね!!とてもきれいな歌声だったよ!!聞き惚れちゃった!!」
「ありがとう」
学校の時とはまた違う笑顔で音田さんは笑った。
本当に嬉しそうな笑顔。
ドキッ…!
と、僕の心臓の鼓動が速くなる。
「え、えっと…!な、なんで音田さんがこんな場所に?」
気づかれないように何か話さなくちゃと思い、たじろぎながら聞いた。
「説明はすっけど、その前にここに座ったら?立ってるとしんどいでしょ?」
ポンポンと音田さんは自分の座っている隣を軽くたたいた。
「い、いいの?」
「どうぞ」
なんだか僕は急に嬉しくなった。
なんだか、音田さんが僕のこと信頼してくれてるような感じで、なんか嬉しいな…!
心中でそう思いながら、ちょこんと音田さんの隣に座った。
「で、さっきのことだけど」
音田さんが話す。
「ここは私たちの住んでいる場所とは全く違う世界。日本の中でもましてや外国でもない不思議な場所、名前は「グリーンライト」訳して「緑の光」。誰も知る者はいないとされているけど、今のところ知っているのは私と空野だけ。簡単に言えば、秘密の場所みたいに言ったらいいかな?」
陸は懐かしむように話を続ける。
「私ね、中学一年の一学期半ばぐらいに学校行くのがめんどくなってさ。で、親に『学校行くのめんどくさいから休む』ってそう言って、暇だったから散歩にでも行こうと思って、外に出たんだ。結構遠くまで来てしまったみたいで、帰る道わかんなくなってさ。その時、不思議な光が見えたんだ。その光のほうへ行ってみたら、ここにたどり着いたってわけ。道もすべて覚えてしまって学校さぼった時はいつもここに来たんだ」
音田さんは楽しそうに話していた。
グリーンライトか…。
今知っている人は僕と音田さんだけなんて、
「「不思議な感じ」」
「え?」
今、音田さんとハモった?えっ、でも偶然にしちゃタイミングが良すぎるし…。
「驚いてるね」
音田さんが言った。
「お前…。俺のこと知らねぇよな?」
急に男の人の声が聞こえた。
隣を見る。
するとそこには僕の知らない人がいた。
長身で細身の男の人…。
でもなぜか容姿は音田さんに似ていた。
「あの…誰ですか?」
恐る恐ると聞いた。
男の人は少し妖艶な笑みを浮かべた。
「俺の名は、ヨハン・エレルカ。ヴァンパイアの国・スフィアエレルカ国をまとめているエレルカ家の王子だ」
僕は男の人の言葉に耳を疑った。
ヴァンパイアだと!!
小説や漫画やアニメでしか出てこないと思っていたのに!!
まさか、本当にいるなんて…!
「なんでヴァンパイアがここに!?音田さんは!?」
「音田陸は俺のもう一つの姿だ。俺は人間と吸血鬼のハーフなんだよ」
少し低い声で淡々と言ったヨハンという名の男はまた笑みを浮かべる。
音田さんが人間と吸血鬼のハーフ!?
「な、なんでヴァンパイアがいるのさ!!僕に何かあるの!?」
僕は少し怒りに近いぐらい強い口調になった。
ヨハンが口を開く。
「あるさ。お前の血を吸うという大切なことが」
「僕の……血?」
「ああ。お前の血をもらうためにここにいるのだ」
「ちょ…、何それ!?」
「お前に選択する権利はない」
ヨハンは涼しげな顔で言った。
血を貰う?意味わかんないし!?
「いい顔だ」
はっと我に返った。
僕の顔の目の前にヨハンの顔があった。
端正に整った顔立ちに、海を想像させるような蒼い瞳、金色の短い髪。
そんなきれいな顔が間近にある。
「!?」
驚いたのも束の間。
どさっ
気づくと僕はヨハンに押し倒され、片手で両手首をつかまれて動けない状態になっていた。
「なっ!?早く離して!!」
必死にもがくが、
「だまれ」
「ッ!?」
ヨハンの威圧感がある冷たい声にビクッと体が反応する。
「いい顔だな…。恐怖に怯えた人間の顔」
ヨハンはやっぱり笑顔のままだった。
こ、怖い…。
恐怖心を僕は抱き始めた。
「さて、そろそろ血をいただくか」
開いた口から見えたのは鋭く尖る牙。
きらりと輝く白い牙。
首筋にヨハンの顔が近付く。
熱い息が首にあたって体が強張る。
「待って…!心の準備がっ…!」
「無理。もう待てない」
ヨハンが僕の話を遮った。
刹那。
首筋に何かが突き刺さったような痛みが首筋から走る。
「痛っ!!」
僕は今までに感じたことのない痛みを味わう。
痛みを感じていると、スゥっと何かが吸い取られていることに気がついた。
吸われているのだ。
血が。
僕は脳裏に横切った言葉を感じる。
死
て、死にたくない!こんなとこで死にたくない!!
すると、なぜか痛みが治まった。
死んだの?僕?
あれ?でも景色は全く変わっていない。
「?」
なにが起こったのかわからない。
風が吹いた時、
ぱささ
何かが僕の鼻をくすぐる。
「なんだろう?」
鼻をくすぐっていたものを手に取る。
それは、黒い髪。
漆黒に染まった艶のある髪だった。
僕はその髪をたどるように横を見る。
横には、ヨハンではなく音田さんが倒れていた。
「音田さん!」
僕は音田さんに声をかけながら体を揺する。
「音田さん!しっかりして!目、開けてよ!!」
必死に声をかける。
すると、
「んッ……」
音田さんの目がゆっくりと開く。
「空野?私…なにして…」
「音田さん!!」
僕は安堵の息をついた。
ゆっくりと音田さんの体を起こす。
「空野、私…。ん?どうしたの?この噛まれたような傷は?」
首筋に音田さんの細長い指がさっきヨハンという男に牙を突き立てられたときの傷に触れる。
指からは、人間の温かさはなく、冷え性のような冷たさでもないまるで本当の死人のような冷たさが指から全身に伝わる。
僕はここで、音田さんは普通の人間じゃないことを感じさせられた。
「えっと…これは…」
言えない。
言っても信じてもらえないだろう。
音田さんの中にいるヴァンパイアにかまれたこと。そして何よりも言えないのは、音田さんがヴァンパイアということだ。
話すのに躊躇っていると、
「ごめん」
音田さんは謝った。
「本当にごめん。自分が嫌になっちゃうな……」
音田さんの言ったことに僕は驚いた。
「音田さん?もしかして、自分がヴァンパイアってこと…」
僕が聞くと、
こくっ。
と、頷いた。
「もう、知ってたんだ」
小さくそう言った。まるで何かを背負っているように。
僕は音田さんの正面に座った。
「ねぇ。なんで音田さんは人間とヴァンパイア、両方で生きていかなくちゃいけなくなったのか教えてくれないかな?嫌なら嫌でいいんだけど。でも誰か一人でも多く知っていたほうが少しでも楽なんじゃないかな?」
「………」
静かな沈黙が流れる。
けど、チラッと確認するかのような上目遣いで音田さんは僕を見た。
「話して」
少しでも楽に話せるように僕は優しく微笑んだ。その場の空気を変えるために微笑んだ。
ゆっくりと彼女は口を開いた。
「私は昔から『音田組』の娘として育ってきた。最強の組として家族も私も恐れられていた。まるで私たちを妖怪みたいに得体の知れないものを見たときのような目を音田組に向けられていた。私は、他の人たちのことが憎かった。信じれたのは、家族や組のみんな、そして大切な幼馴染だけだった。そうやって、ずっと家族や幼馴染と仲良く平凡に暮らしていけると思った。だけど…」
音田さんは深刻な表情になった。
「だけど小学五年生ごろに不思議なことが起こった。なぜか『血が吸いたい。人の血が吸いたい』っていう気持ちが溢れ返ったの。不思議なことに、普通ならば「気持ち悪い」と思うはず。だけど私はそのことを変だともなにも思わなかった。そういう気持ちがだんだん大きくなっていったとき、これは変だと私はやっと気づいた。その夜にお父さんに思い切って聞いた」
『お父さん、あたしなんか変なの。毎日毎日血が吸いたいって思うの。あたし…何かの病気なのかな?』
「って。そう言ったらお父さんは「もう隠す必要などないだろう」って言った。お父さんは、言葉すべてを大切にするようにゆっくりと話してくれた」
『ずっと黙っていてごめんな…。陸、お前のお母さん・スクラルドはフランス人だとお父さんは言った。だが、本当は…、ヴァンパイアの国の王の娘。言えばそのヴァンパイアの国の姫なんだ。だからお前の体の半分はヴァンパイアの血液、人間の血液が半分混ざっている。お前は、本当は、ヴァンパイアと人間のハーフなんだ…!そしてお前は、スクラルドの生まれた国・スフィアエレルカ国の王の孫、スクラルド姫の娘であり息子にも当たる。人間界では女の子の姿になって生活するが、中にはヴァンパイアの姿もある。今やスフィアエレルカ国の現・姫…いや、王子としても生きていかねばならないんだ。ずっと黙っていてすまなかった…。許してくれ…!この通りだ!!』
「お父さんは土下座をして謝った。だけど私はお父さんを全く責めなかった」
音田さんはまっすぐに真剣なまなざしを向けた。
「確かに最初はびっくりした。自分が人間じゃない、ヴァンパイア界の王子ってことに。けれど私は、お父さんに言ったの。「たとえ何があっても、今はこの『音田組』の娘『音田陸』ということにずっと変わりはないよ。この人間界では『音田陸』、ヴァンパイ界ではスフィアエレルカ国の王子『ヨハン・エレルカ』として生きていく」って私は言った。て言うか、決めた」
「でも、ひとつ、引っ掛かるところがあるんだけど」
僕は少し考える素振りを見せた。
音田さんはきょとんと首をかしげた。
「音田さんは女の子だよね?なのに、なんでそのスフィアエレルカ国の王子になってるの?」
普通なら、男の子が王子、女の子は姫となるはず。なのになぜ音田さんは姫と王子の二つにあたっているのだろうか。
僕の質問に音田さんはまた悲しげな表情を見せた。
「私のお爺様とお婆様が治めている国スフィアエレルカ国とそのスフィアエレルカ国を守る家エレルカ家は、代々男の子が受け継ぐ家柄なの。お母さんが私を産んで、そのことをお爺様たちに伝えたの」
『お父様‼お母様‼可愛い“女の子”が産まれました‼』
「それを聞いたお爺様はとても怒ったって」
『女の子なんぞ産みよって‼わしは男の子でなければ嫌だぞ‼その子を男の子のように育てることをお前に命ずる‼』
「そして私は音田家でお父さんとお母さんに男の子がやるようなことをたくさん習わせた。柔道、空手、合気道。でも本当はお父さんもお母さんも私を普通の女の子に育てたかったのに、お爺様の言ったことで渋々男の子のように私を今まで育てた」
「??」
僕は少し訳がまだ掴めず首を何度も傾げた。
音田さんは表情は今と一切変わらず悲しげな顔のまま言った。
「いえば、お爺様の欲望で私を男の子のように育てた。そして次にお爺様に会うときは姫ではなく、王子様となって帰ってきた私を会わせなければならない」
「それをまとめると、音田さんはそのお爺様に王子様のように育ったことを認めさせなければならないってこと?」
「まあ、そういうこと。ややこしい話でしょ。でも私は決めたからね。音田組とスフィアエレルカ国どちらも守るとね。そしてもう一つ、空野に伝えなきゃいけないことがある」
「僕に伝えなきゃいけないこと?」
音田さんは頷いた。
そして正面に座っている僕を綺麗な黒の瞳で音田さんは見つめる。
「私は決めた。空野薫…、あなたを私が守ると。今日貴方から話しかけてくれたときからそう決めたんです。まずは、私と友達として付き合ってくれますか?」
僕はそのことに少し黙った。
音田さんは一瞬悲しそうな顔になったがすぐまた笑顔になる。
「やっぱ怖いよね!!ヴァンパイアと友達になるってやっぱ怖…」「怖くない」
僕は音田さんの言葉を途中で遮った。
音田さんの手を優しく包み込むように握った。
冬の雪が、春の温かい太陽に溶けていくように音田さんの手は僕の体温で暖かくなっていく。
「怖くないよ。僕は君を怖がったりしない。それに、僕は初めて会ったときから友達になってたくさん話したいって思ってたんだ。友達になろう、陸。僕のことは薫って呼んでよ」
そういうと、陸は頬に涙を伝わせていた。
子供のように泣く陸は涙を拭う。
「嬉しい…。私のこと…っ、そういう風に……思ってくれる人……っ、幼馴染しかいないって…思ってたっ」
と、泣きじゃくりながら言った。
泣きじゃくる陸を優しく撫でた。
「もう泣かないでよ~。音田組とスフィアエレルカ国を守るって言っていたのに泣いてどうするのさ~」
陸は涙をまた拭う。
「うん。ありがとう。これからよろしくね!薫!!」
笑顔になった陸を僕は見て、自分がずっと高校に入ってやりたいと思っていたことを話す。
「ねぇ、陸。僕と一緒に演劇部創らない?」
第一楽章どうだったでしょうか?
書くのに必死で手が瀕死中です。
次の第二楽章も楽しんでください!!(正確には次回)




