case1-6
鋼努は昼下がりの商店街をぶらりと一人で歩いていた。
くたびれた灰色のワイシャツに、黒の夏物の薄手のジャケットを肩にかけ、ボサボサの短髪をお気に入りのッフェルト帽で隠す。
桁外れの面倒嫌いであったが、外出時のファッションにはこだわりがあった。
いつもはソファに寝転がり解らないものの、180cmという長身が気だるそうに歩く姿は“ブラブラ”という擬音がしっくり来る。
この町の商店街は活気溢れるとまではいかないものの、目と鼻の先にあるスーパーマーケットとの価格競争に負けんと勢いは持っていた。
登校中の生徒を子供に持つ母親達も、この時間になると夕飯の材料を目当てに足を運び、町が少し賑やかになる時間帯であった。
長身で独特の格好をした鋼はすぐに、商店街に店を構える者達や、買い物客の目に止まった。
昔からこの商店街で商売を続ける八百屋や、自転車屋、肉屋の店主は鋼を見つけると声をかける。
「ツトムちゃん!コロッケ食べていってくれよ。」
「ツトムちゃん、カナちゃんにどうだい?安くしとくぜ。」
「今度うちの女房調べてくれや!」
冗談まじりに声をかける店主たちに、時にはにかんで、時に手を上げて答える鋼であった。
人気者という訳ではないが、鋼の仕事柄=探偵業ではこうしたテリトリーとの深い繋がりが大きな武器になるため、
鋼はこの商店街の殆どの商売人と顔見知りであり、馴染みがあった。
そして、鋼は煙草屋の前で足を止めた。
『ニコタル煙草店』
ボロくなった看板に、濁ったショーウィンドウ。
店の横にある、ジュースと煙草の自販機と、タバコの販売会社が置いた商材看板のみが新しい。
鋼は、こ汚いショーウィンドウの上にあるカウンターにクシャクシャになった一万円札を数枚出した。
鋼
「いつもの。こんだけお願いしますよ。」
鋼がそう言うと、奥からプルプルと小刻みに震えながら、かなり歳を食った老爺が顔を出した。
齢は100近いのだろうか、鋼に何か言おうとするも入れ歯と共に魂も口から飛び出そうな勢いだった。
鋼
「あー、いいですよ。
釣りは取っといてください。
ジュース買ってくるんで、用意しといてもらえます?」
鋼がそう言って、カウンターからジュースの自販機に向かおうとすると、
目の前を中年男性が凄まじい形相をして走り去っていった。
まるで何かに追われるような、獲物に目をつけられた鹿か何かのような走りだった。
鋼は片方の眉をくっとあげ、男が走り去った方向へ目をやり、自販機に小銭をこめ、ボタンを押す。
自販機から缶コーヒーを拾い上げ、震えながら馬鹿でかい紙袋いっぱいに煙草をつめて待つ老爺に向き直る。
鋼
「樽さん。
悪いんだけど、アレも一箱おまけで下さいな。
お釣り分で足りるでしょ?」
鋼が申し訳なさそうに頼むと、ややあって樽と呼ばれた老爺は店の奥に消えてまた現れて、
震える手でBLACK DEVILと白字で銘打たれた真っ黒なBOX煙草を鋼に手渡した。
鋼は満面の笑みで受け取り、先程男が走り去って行った道を一瞥し、自身の事務所のある反対方向へと歩を進めた。