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鋼鉄探偵  作者: フォボス
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case1-5

眩い朝日が隅端の目を刺した。

最悪の気分で目を覚ました隅端が体を起こすと、そこは昨夜自殺を図ろうとしたマンションの中心であった。

隅端は状況が飲み込めず、あたりを見回すが、

あるのは仕事の鞄、しわくちゃになった自分だけであった。

隅端は一人急に、吹き出し、笑い始める。



隅端

「そうか・・・結局死ねなくて下らない夢を見たんだ。」



隅端はポツリと呟いて、身に着けていたくたびれた腕時計に目をやるとぎょっとした。

時間は午前11時。

とっくに出社時間は過ぎていた。

そして、雷に打たれたようにビクリと動いて携帯に目をやると『着信28件』の文字が。

急に胃が痛くなり、携帯を持つ手が震える。


何故。どうして。また怒られる。次は殴られるかも。


様々な思いが胸を駆け巡り、胃腸をしめつける中、急に携帯がバイブと共に鳴りだした。

“ひっ”と小さく声をあげ、思わず携帯を地面に落とす。

地面に落ちた携帯の着信表示のディスプレイには 『鬼戸部長』の文字。

隅端は顔面を蒼白にして、携帯を拾い、電話を取った。



隅端

「ぶ・・・ぶぶぶ部長!

 これには訳が・・・!」


鬼戸

「やっと電話でてくれましたねぇ。

 すぐに会社に戻ってきてください。」



丁寧な口調ではあったが、隅端の内臓を抉るような冷淡な声がそれだけ告げ、電話は切られた。

隅端は鞄を拾い上げ、泣きそうなりながら走りだした。






case1-6

町中の商店街の一角に建つ雑居ビル。

古くも新しくもなく、清潔感もなければ、脆さも見受けられないビルだった。

大手保険会社である、愛楽あいらくグループの連結小会社である愛子アイコ商事の自社ビルである。

段々と、人口増加傾向の見られるこの町で新規顧客開拓を一手に任せられている。


昨日、奇怪な体験をした隅端は、この愛子商事の営業員であった。

そして、息絶え絶えになりながら会社の前に着いた隅端は、自身の所属する営業部のある2階へと駆け上がる。

すれ違う同僚達は、隅端の凄まじい様相に一瞬ぎょっとするも、すぐにその目は蔑みへと変貌した。

隅端は陰口と軽蔑の眼の霧を振り払うように会談を上り、営業部と書かれた扉を明け放った。



隅端

「も・・・申し訳ありません!!」



隅端は叫ぶように言って、地面に突っ伏した。

日本人の最大級の謝意を表す土下座の形を取ったのだ。

昼休憩の真っ只中の営業部の奥にあるひと際大きなテーブルと椅子。

椅子は営業所の入り口、即ち隅端のいる場所とは明後日の方向を向いていたが、

隅端の声からややあってキイと音をたてて、椅子に座る“テーブルの主”が隅端へ目をやった。

営業部部長の鬼戸きどであった。

定年寸前の隅端より二回りも若く、有名大学を卒業し、安定したエリートコースを進む“できる”風ば男である。



鬼戸

「いやぁ、心配しましたよ隅端さん。」



言うと、鬼戸は毛先をちょいちょいと動かし、隅端を呼び寄せた。

隅端は雷にでも撃たれたかのように体を起こし、鬼戸のほうへ向かった。

そして、鬼戸のデスクに着くと、再度土下座の形を取った。



隅端

「ここ・・・この度は大変申し訳」


鬼戸

「ふふふ、いやーいいんですよ。

 隅端さんがいないとね、仕事がはかどるはかどる。

 本当に嘘みたいにね?なぁみんな?」



鬼戸は下品な笑みを浮かべてオフィスにいる十数人の部下に同意を仰いだ。

ほどなくして、同僚の冷たい笑い声が地面に伏せた隅端を包みはじめる。

鬼戸はそれを聞くと、実に満足そうな表情をして続ける、



鬼戸

「でもね、隅端さん!

 やっぱり隅端さんみたいな人でも必要なんだって、いなくなって痛感しましたよ私は。」



鬼戸はそう言って、自分の席を立つ。

思いもよらぬ言葉に隅端も顔をあげる。

鬼戸は隅端と同じ目線になるように、いわゆるヤンキー座りの体制を取る。

ポンポンと隅端の背中をやさしく叩く。



隅端

「ぶ・・・部長。」



隅端が安堵の表情を浮かべた、次の瞬間。

背中を優しく叩いた手は、少なくなった隅端の髪をグシャリと掴み、全体重を隅端の頭へと傾けた。

顔面をしたたかに地面に打ちつけられ、息もできなくなる隅端。

打って変わって般若のような形相になった鬼戸は、隅端の頭髪を握りしめた拳へ更に体重をかける。



鬼戸

「だぁーれが、顔あげろって言ったんだコラぁ?

 てめぇがいねぇとこうやってストレス解消する相手がいなくて困るっつう話をしてんだよ?

 ふざけた勘違いしてると殺すぞコラ。」



隅端はひぃいを声を洩らしながら、涙を流し、痛みに顔面を歪ませる。

しかし、鬼戸の力は一切緩むことは無く、更に隅端の顔面を地面にこすりつける。



鬼戸

「でもよぉお!仕事できないならまだしもさぁ!?遅刻って!

 さすがの俺も頭にきちゃったよ!!殺してやるか!?うん!?死ぬか!?ジジイ!なぁ!?」


隅端

「あひぃー、許じでぐださい。」




鬼戸のよもや人間とは思えぬ責めに、ただただ許しを乞う隅端。

この修羅場に、同僚達は全く驚く様子もなく昼食をほうばっていた。

そう、この修羅場が、地獄の責めが、隅端にとって、この会社にとっての日常だったのだ。

続く苦痛と、鬼戸の怒号の中、隅端の頭の中に思いが駆け巡る。



また殴られた。


昨日死ねば良かった。


痛い。


助けて。


どうして俺がこんな目に。


逃げよう。


訴えてやる・・・いや、殺される。



鬼戸

「わかったかコラァー!?あああぁあ!?」



鬼戸が叫ぶように隅端をどなりつけ、隅端の頭を地面に叩きつけた。

隅端は口から地面に叩きつけられ、唇からうっすらと血が滲んだ。

凄まじい暴力から、ようやく解放された隅端はボロ雑巾のように地面に捨てられ、震えて泣いた。

鬼戸は息を切らしながら、胸にあったハンカチで手を拭って元の優しい口調で隅端に言った。



鬼戸

「ってことで、明日までに5件契約取ってきてください。」


隅端

「そ・・・そんな。」


鬼戸

「ああ?」


隅端

「わ・・・わかりました。」



鬼戸が貸したノルマは一日で達成するのはあまりにも困難な数字であった。

しかし、拒否すればまた責められるのは目に見えていた。

目の前の暴力を明日へと繰り越したのだ。

鬼戸は口角をグニャリと曲げて、スーツを直し、隅端を一瞥して営業部の部屋をあとにした。

隅端はウッウッと声を上げて泣きながら、立ちあがる。

昼食を食べ終わった同僚達はその姿を見て「またか」と、せせら笑った。

フラフラと自分の窓際のデスクに向かい、糸の切れたマリオネットのように腰を下ろす。

やや間があって、隅端の耳が急に無音の状態になった。

急な体の変化に隅端はハッとする。



『元気だせよ、相棒?』



謎の声が隅端の耳にこだまする。

少年の声が重なったような、幼く複雑な声だった。

隅端がキョロキョロと周りを見渡す。



『ここだよ。こーこ。』



隅端は声の発信源を見つけ驚愕する。

それは何と、自分の股間であった。



『ゆっくり話としゃれこもうぜ?相棒。』




隅端はギャッと悲鳴を上げてデスクから飛び上がり、逃げ去るように営業部を後にした。

取り残された同僚達も、さすがに隅端の異常な様子にキョトンとし、顔を見合わせていた。

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