case1-2
築60年。
塗装も剥げ、頑丈さ等、微塵も感じられない汚らしい三階だてのビル。
まさにオンボロという表現がしっくりくる、町外れに建ったこのビルの二階の一室に居を構える探偵事務所。
ハガネ探偵事務所はそこにあった。
ここ、ハガネ探偵事務所唯一の所属探偵にして代表の鋼努は、
オンボロの外観から想像できるような汚らしい事務所のソファーで、新聞紙を読みながら煙草の煙を燻らせていた。
ボサボサの短髪、手入れの後が見られない無精髭、月1でクリーニングに出す3着ローテーションのスーツ。
30代半ばにして、その風体で40に見られても仕方のないふけ込み様であった。
鋼
「お茶まだ・・・?」
新聞紙越しにぼそっと漏らすと、事務所の奥の方からガチャガチャと陶器をぶつけるような乱暴な音が聞こえてくる。
そして、ドスドスと、これまた乱暴な足音がハガネに近づいてくる。
ガシャン。
衝撃音と共にソファーの前に設置された木製の机の上に、ティーカップが乱暴に置かれた。
鋼が新聞をおそるおそる視線からそらすと、怒りの表情を浮かべた少女が鋼に視線を向けていた。
鋼
「何怒ってるの?」
少女
「おじさん!一ヶ月も仕事しないで、煙草吸って新聞読んでばっかり!」
鋼
「それで?」
少女
「パパが将来役にたつからっていうからここに来てみたのに、バッカみたい。
そもそも将来警察になりたい私が、何でおじさんのとこで探偵の見習いをしなくちゃいけないわけ?
全然探偵の仕事しないし!」
鋼
「で、カナムちゃんはお怒りだと?」
叶夢と呼ばれた少女は、先月からこの町に引っ越してきたばかりであった。
高校一年生でありながら、女の子らしさは皆無であり、
男の子のようなベリーショートの髪に、太っている訳ではないが中学校時代に全国大会に出場した柔道で鍛え上げられた体格は同年代の男子と比較してもたくましいものがあった。
父であり、鋼の実の弟である鋼光が海外赴任にすることにより、努に預けられたのであった。
鋼
「しょうがないじゃない?
叶夢ちゃんが来る前に、浮気調査やら動向調査がドバっと来て、今落ち着いたとこなんだからさ。」
叶夢
「だったらお茶ぐらい自分で入れたら!?
私寝る!」
叶夢は怒鳴りつけると踵を返した。
鋼はやらやれといった表情で、こぼれた紅茶に濡れたティーカップを持ち口元に運んだ。
鋼
「不味い。」
鋼が呟いた刹那、怒号が事務所に響き渡った。