鳩。
「クルル…」
駅のホームでそんな鳴き声が聞こえたもんだから、俺はどこから声がしたのか少し探してしまった。
「お、お?お?」
そいつが俺の横に座るまでは分からなかった。が、すぐに合点がいった。
「ああ、鳩か…」
鳩。鳩といえばハト目・ハト科に属する鳥類の総称。 体に比べて頭が小さく、胸骨、胸筋が発達してずんぐりとした体型が特徴である。 日本に生息する鳩には、アオバト、カラスバト、キジバト、シラコバト、ドバトなどが知られている。 このうちドバトはカワラバトの飼養品種が再野生化したものとされ、野鳥とはみなされないこともある。※wiki参照
「ふーん」
持っていたスマートフォンでなんとなく鳩の情報を集める。深い意味は無い。今ここにいる鳩が「~バト」の中の一体どれなのか?…なんて欠片も興味も無い。ただ何となくたまたまスマートフォンを持っていて、たまたま鳩を見つけたから、たまたま検索した。ただ、それだけの事である。
「お前、聞いた話じゃ、「平和の象徴」らしいな。知ってたか?」
「クルッポ」
「フッ…」
俺は鼻で笑う。本気で返事を期待していた訳じゃない。なんなら、こういう返事が来るとも思っていた。まぁ予想通りだったから、逆に面白かっただけさ。
「うわ、目、赤くね?大丈夫か」
「…」
意外と近くで見ると気持ちが悪い気がする。
「ふーん「日本では神の使徒としていにしえより親しまれてきた」か。…その割にはクッキーとかになってるよな。そこんとこどうですか?」
「クルルル…」
「だよな」
あ、電車が来た。さーてそろそろ帰るか…。
「じゃ、お先に!」
脇に置いていたリュックを背負い、俺は電車に乗り込んだ。
年齢21歳。身長170cm。体重64kg。特に目立った特徴もなければ、趣味も無い。ただただ普通のフリーターである。名前は仮に『細川 茂』とする。そんな細川君が、今の俺だ。
昨日も今日もバイトは休みで、久々に空いた連休を何に費やしているのかというと『職安』である。我ながら情けない話だが、まともに働いていない。いや、まったく働いていないという意味ではなく、ちゃんとアルバイトをしている。いや、「アルバイト」の時点でちゃんと働いていないのか。
だったら、やっぱり、働いていない。
「どんな仕事でもやります!!」
そう言えたら、もしかしたら俺は職に就けるのかもしれない。それでも「就けるのかもしれない」のだから、もしかしたらもうどこの企業にも、俺の需要は無いのかもしれない。しかし、選びたい。文句をつけたい。
わざわざ好んで労働なんかしたくないというのは…皆、平等に思っている事だろ?と、大きな声で言いたい。
きっと今の日本ではそんな若者が多いのだろう。この前ニュースで将来の仕事に悩んだ学生が自殺したと聞いた。「何でそんな事すんだよ…」という感情と「あ、分かる分かる~☆」という不謹慎な感情が同時に沸いて来た事に少し不快感を俺は覚えた。
学生でさえそうなのだから、俺もいずれそうなるのかもしれない。
むしろ、もう俺の脚はそこに踏み入ろうとしているのかも。
なんて、…アホみたいな事は考えるまいと、今を生きているのだけど。こうも目標無く生きていると考えてしまう。
「どうせ今日もろくなのないんだろうな…」
職安には様々な人種がいる。いわゆる老若男女一式。物凄い糞爺だったり糞婆だったり、敬語も使えない糞ガキやら、ゴミ溜めにでも住んでんのか?と突っ込みを入れたくなる中年のおっさんだったりと様々だ。
「お前は違うのか?」
と、聞かれれば「見た目だけは違う」と言う「しか」ない。それ位しか反論出来ない。中身はほぼ同一の生き物なんだろうなーなんて思うと、やっぱりあの学生のニュースに「分かる~☆」と同意する自分がいた。
やはりこの日も、収穫はゼロなのであった。
「はぁ~、もう、…死ぬか~?」
そう溜息を漏らしながら駅のホームにあるベンチに座った時出会ったのが、
鳩だった。
「腹立つ顔してんな」。が、初見の俺の意見だ。俺は動物が嫌いだ。餌にしか感心が無いみたいなああいう態度は頭に来る。鳩なんか特にそんな感じ。
「私、別に餌欲しくありませんから」
みたいな感じで、…なんかモノ食って人を待ってる人間の周りを歩いている動物、のイメージを体現したみたいな生き物じゃん鳩って。
むしろ開き直って、人間のゴミ袋漁って「俺達は餌をたべているんだぜ!」みたいな鴉の方が幾分マシってもんだ。ま、好きじゃなーけど。
はっきりと意見は言えないが、こっそりと主張するあたり…、
「日本人みたいだな鳩って…」
ああ、だからシンボル(象徴)なのか。
「ま、俺も人の事言えねーか」
親の金で生きてるもんな。…そういや俺も日本人だったわ。
「あ、電車」
いつもこの瞬間が嫌だ。普段何をする訳でもないのに、電車の中に入ると「いつも以上に出来る事が制限される」から嫌だ。
家まで一時間かかるから、それまで「携帯をマナーモードにしなければいけない」し、「ゲームの音量は消さなければいけない」し、「優先座席は譲らないとといけないから座れない」し、「人目を気にして汗もかけない」し、「立つ人のの邪魔になるから足は組めない」し、「運動も出来ない」し、「声も出せない」し、「周りがうるさいと寝る事もできない」。
俺はそれらを守るタイプの人間だが、守りたくは無い。しかし、それをしてはいけないと見についている。幼い頃から植えつけられている。
俺を最低と思うかな。じゃあ、あんたはどんだけ最高なんだ。
そんな考えさえ否定して、何が楽しいのか?と聞いてみたい。
いや、やっぱ興味ないわ。俺の事しか。
次の日も、その鳩はベンチにいた。いや、今日は座ってない。ベンチの足を中心に円を描く様にくるくる回っている。
「どうした?」
俺はベンチの下を覗き込み、答えを見つける。
「ああ、菓子取ろうとしてんのか。よし、待ってろ。ホラ、どいてろ」
お菓子の周りにいる鳩をどかし、俺はお菓子を取ろうとベンチの下に屈んで手を伸ばす。
「クルル…」
「痛って!」
が、角度的に手が入らない。
「もっと屈まなきゃ駄目か。うえ、やりたくない…」
ホームの地面は汚い。そりゃそうだ。色々な人間が色々な場所で色々なモノを踏んだ集合体みたいなものなのだから。それに、鳥の糞も落ちてるし。
「クルッポ?」
「…」
ま、汚れるのは一瞬。洗えばいいさ、洗えば。
俺は地面に手を付けてベンチの足の根元にあった、お菓子を取った。
「ああ、クッキーだな」
パンダの顔を象った一般的なクッキーの様だ。
「クルルルル…」
鳩は俺の足元で、首をロボットダンスみたいに動かしながら、俺の様子を伺っている様だ。すげぇな、全身からこう…「よこせ!」みたいのが伝わってくるわ。
「ま、どうせ俺は食えねーし、ほい。お食べ」
必死でクッキーの欠片に飛びつく鳩を見ながら俺はまたスマートフォンを開いた。
「そういや、鳩の寿命っていくら位なんだ?」
鳩の寿命は通常十数年。
「長っ!?」
長生きな鳩で20年近く生きるものもいます。
「長ッ!?」
すずめの寿命は、幼鳥の死亡率が高く、生後1年以内に75%が死んでしまいます。
「あー…。それはなんと言うか」
大変なんだな。ここまで大きくなるのも。あれ?すずめの話!?
「ポ?」
「この鳩は明らかに大人だよな?お前、何年位生きてんの?」
5年位だろうか。もしかしてもう10年突破?
「…何数年もこの、餌探ししてんのか…」
虫を探すよりも楽なんだろうか、中には冷たい人間もいるだろうに。
「俺なら耐えれないな…」
電車が来た様だ。
「じゃ、…お疲れさん」
そういえば、職安に行く前まではこう思ってた。
「何であんな所に行かなきゃならないのか。あんなもん人生の終わった奴の行く所だろう」
と。だから俺は当時、学校の仲間と職安に行くのを拒み。今、一人でそこに通っている。…あの時から探していれば何か変わったのかな。
「滑稽だね」
それのおかげで今、地域のコンビニの店員をやってんだから自分が面白くて情けなかった。
彼女の件だが。…いる訳も無い。専門学校を卒業しても色々なアルバイトにつけばそんな出会いも多々あるのではないか?何て甘い事考えてた。
いや、高校生の時とか、「好きだ」と思ったら告白する様にしてきたから、そういう後悔は無い。未練は無いが、ただ…相手がいない。
「はぁー…。全滅だったからな」
好きな人に好かれたいと思うのは人間として当たり前の事だと思う。しかし、まぁそれは好きな人も同じ訳で、好きな人にも好きな人がいる。ただ、それが俺じゃなかったというだけの分かりやすい話だ。でも、お洒落に着飾っても、髪の毛を染めても、流行の髪型にしても好かれない。
「もう選択肢は無いわー、俺には無いわー」
そういう訳で、そういうのも少し諦めた感がある。
いやー本当に、
この世界でどう生きたらいいのか分からない。
こんな事を言うと前線で働いている人間に怒られるんだろうな。何て思う。いや、むしろさっさと死ねとか思われているのかもしれない。
ただ、これだけ言わせてくれ。俺は、死にたい訳じゃない。
ただ、生きたい訳でもない。
それが本音。
あの鳩は生きる為に必死なんだろうか。いや、そりゃそうか。
少なくとも俺よりは必死だ。それは見れば分かる。
「クルル…」
駅の改札を抜けて、ホームに、階段で、あのベンチの元へ歩いて行く。
「あれ?」
鳩はいなかった。
「まぁ動物がいつも同じ場所にいつく訳無いか…。他にもっと餌の貰える場所があったんだろうな」
そう理解した。
今日も収穫はゼロだ。ゼロの原因は何か?俺はもう気がついていた。
「…」
胸ポケットから煙草を取り出す。そして一本箱から取り出し、口に運ぶ。
煙草を咥えたまま、右ポケットからライターを取り出そうとポケットを探る。
「あ、ライター忘れた」
初めて煙草を買い、吸おうと思ったらライターが無かった。
鳩は姿を消した。
何をやってんだ俺は。
鳩は新しい世界へ飛び立った。
何をやってんだ…。
鳩より俺は滑稽だった。
「何を!やってんだ!!!!!!!!」
俺は口に咥えた一本の煙草と、箱を両手で丸めて地面に投げ捨てた。乾いた音を立てた箱は思ったより遠くへは飛ばない。
「ふっ、紙だもんな。そりゃそうか…」
ああ、死に…
「ポポポポ…」
あの声がした。いつもこのベンチで聞く、あの声が。
「ん?」
俺は声の場所を探す。ベンチの下、柱のかげ、線路の上、どこにも鳩はいない。
「クルルルル」
「あ、そこにいたのか…」
鳩はホームの天井にあるパイプの上に巣を作っていた。傍には卵が見える。
「お前、子持ちだったのか!?」
それが一番の驚きだった。
「というか雌だったのか」
それが二番の驚きだった。
「ただ…生きてたんじゃ無かったんだな…」
食べ物への執着は生きるためだ。それは勿論そうだ。しかし、あの鳩は子を生かす為に、自分を生かしていた。
生きる為に生きる事が、他者を生かす為の行動だったなんて俺は思っていなかった。ずっとただ生きる事に意味なんか無いとそう、思い込んでいた。
「目標」が無ければそれはそうだ。
しかし目標があればそれは次に繋がる。次の世代へとそれは伝わる。
「具体的に何がしたいのか分からないくせに、職安で仕事なんか見つかる訳が無いよな」
最初から探す気が無いのに、見つかる訳が無い。それは当たり前の結果。
「クルル」
「うん…。そうだな、今後は、目標を持って生きてみるよ」
俺は心底、そう思った。
今日の電車は少し、遅延する様だ。
「役目を終えたら、お前はこれからどこに行くんだ?」
俺は鳩に問いかける。
「クルルル」
俺は笑わない。答えは分かっている。
「ただ生きて、生かすだけ」
本能で彼女はそう答えるのだろう、人間の様に賢くなくても。
あの鳩はこれからどうなるんだろう?
きっと25パーセントしか生きる事の出来ない雛を抱えながら、「今」を生きるのだろう。
俺も母親が命を懸けて生んでくれた命だ。
あの雛と同じ様に、今を生きなきゃならない。
電車が来た。俺は鳩に一言、
「じゃ、頑張ります!」
と言って電車に乗り込んだ。