白日の下
電撃チャンピオンロード第2回投稿作品です。もちろん落選ですよ。
コトリと、机の上に白いリボンのついたエンジ色の小箱が置かれた。
そこに添えられた指先から腕を辿って視線を上げると、クラスメイトの潤が立っていた。
「これは、君の物だ」
潤は私の目を覗き込みながら断定した。
「……なんの事? 私はこんなの知らない」
「知らない……。本当に?」
――それはおかしい、と首をひねる。
「知らないよ。なんなの?」
「これは先月、僕の机の中に放り込まれていたものだ」
潤が静かに言った。
「じゃぁ、なおさらそれが私のなわけ――」
「これは非常に特別なものだ」
遮られて私は口をつぐむ。
一方潤は自慢げに口の端を吊り上げて
「チョコレートだよ。バレンタインチョコ。しかも本命だ」
のろけた。
「おめでとう。で? なんでそれが本命だってわかったわけ? 手紙でも入ってた? 見たところ箱に『本命』なんて書いてないようだけど?」
「この箱の中身を知っているか?」
こっちの質問はスルーしやがった。
私は苛立ち、机の上を手の平で叩く。
「あのねぇ! さっきも言ったけど私は知らないって!」
「生チョコだ」
潤は平気な顔して言った。
「んぎぎっ!」
あまりの腹立たしさに歯ぎしり。
「君はバレンタイン当日、友チョコとしてトリュフを配ったな?」
「えぇ、あんたにはやんなかったけどね!」
「なぜトリュフだったんだ? ハート型のチョコ、ブラウニー、更にはクッキー。選択肢は他にいくらでもあったはずだ」
「たまたまよ!」
「トリュフだけに――」
「違う!」
「トリュフと生チョコは材料が一緒だ。工程もほぼ同じと言って良い。つまり!」
潤は学ランの前ボタンを全部開け、裾をひるがえしながら華麗にターン。上靴をキュっと鳴らし静止すると共に、私に指を突きつけた。
「君は僕のための生チョコを作るついでに友達へ配るトリュフを作ったということさ」
「そんなの言いがかりよ! だいたいトリュフ配ってた娘は私以外にもいたでしょ!?」
「確かにそうだ、しかし!」
潤はクルクル回りながら机を迂回し、私の後方に回りこむ。
「僕の机にそれが入れられた時間に問題がある」
潤の低い声が耳元でした。
「どういう事?」
振り返るが、潤の姿はすでになく、
「犯行は体育の時間に行われた」
逆の耳元に囁かれた。
「体育の時間、防犯上の観点から教室の扉に鍵が掛けられるのは知っているな? あの日の鍵当番は男だ。それに僕が教室を出てから戻ってくるまでの間、誰一人として僕の机に近づいた女子はいないと彼は証言している。しかしその間にチョコが入れられたのは間違いない。合鍵があったのかも知れない。マスターキーは職員室。それが持ち出された形跡はない。付近の鍵屋への聞込みでも、それが作られたという情報は得られなかった」
暇人か?
「つまりこれは――密室供与だ」
密室、供与。
「しかしそんな事はあり得ない」
そうだ。あり得ない。
「トリックだよ」
トリック。
「やはり合鍵は作られたのだ」
潤が私の前に戻ってきた。
「犯人が鍵当番の日、アルジネート印象材――歯形を取るやつだ――アレで鍵の型をとっておいた。そしてそこに、チョコを流し込み冷やし固めた。合鍵の完成だ。犯行後、食べてしまえば証拠も残らない」
一つ手を打ち『ハイ消えました』という感じで両手を開いた。
「さて次に、体育の時間中にいかにして教室に戻るか、という話だがこれは簡単だ。あの日は持久走でランニングルートを走っていた。その途中で抜け出したのだ。誰にも見られないためには、最後尾を走るしかない。そして当日ビリッケツだったのは」
指先が私の眉間にピタリと向けられた。
「君だ!」
確かにそうだ
「これで分かったろう? こんな手の込んだ方法で渡される代物が義理の訳がない! このチョコは絶対に本命チョコだったのだよ! 君は僕に本命チョコを誰にもそれと気付かれぬよう渡したということさ!」
私は、何も言い返せなかった。
エンジの小箱が私の手元にツイっと押される。
「もう一度言おう。これは、君の物だ」
「……ハイ……確かに私のです」
弱々しく首肯した。
潤の足音が遠ざかって行く。
私はただ目を伏せ涙を堪えた。
潤の推理は、当たっていた。
本命チョコだ。交際申し込みだ。
なぜ匿名にしたかと言えば、それは挑戦にほかならない。
この謎を解いてみろ。それぐらいの男でなければ私には釣り合わないぞ。
潤は見事に解いてみせた。
しかし解いた上で、その回答の方は、貰った物をそのまま突き返すという、要は拒絶だったのだ。
私は悄然と小箱を掴み、鞄にしまおうとした。
中でカタッと何かが動いた。
食べてすらいないのか、と思いながらリボンを解いて蓋を開ける。
そこに生チョコは入っていなかった。一ヶ月経ったその成れの果てでもない。
代わりに入っていたのは南京錠だった。
飴細工の南京錠だ。
その掛け金は、開いていた。
残念。10日に電撃HPにて結果発表なので、受賞作読んで対策を練ろうかな? っていう。