記憶
「ちょ、痛い痛い」
「うるせぇな、これぐらい我慢しやがれ」
ただいま俺はリックを治療中だ。先ほどのリンが暴れたおかげで家の中がぐちゃぐちゃだ。リックとミュウは割れた食器を片づけている。俺も食器の片付けに回ろうとしたのだが「怪我すると悪いから」と断られた。その代わりにリックを治療中と言うわけだ。……これはリンの投げた食器で切れたのかな。けっこうザックリといってやがる。
リン本人はと言うとソファーの上で絶賛反省中だ。かなり落ち込んでいる。やっぱりこれもなんでこうしたのか覚えてなかったりするのかね。俺の平手打ちだけ鮮明に覚えているとか勘弁してほしいぜ。
「ほら、終わったぞ」
ガーゼを貼っておしまいだ。
「うん、ありがとう。……いてて」
「ん、まだどこか痛むか?」
「うん、背中さっきぶつけたから」
だから壁に寄り掛かるように座っていたのか。
「見せてみろ」
「えっ、ここで脱ぐの?それはせめて二人きりでとか」
「アホ。背中の部分だけ捲れば済むだろうか」
「え、脱がせるより捲る派?」
こいつのボケにはもうついていけないぞ。
「いい加減にしろよ」
「ああ、ごめんごめん」
リックはほれと背中をこちらに向けて服を捲る。色白の肌を見て少し緊張してしまう。
「興奮しないでね」
「しねえよ」
……背中の一部分だけ赤くなっている。これは打ち身か。ちょっとその部分を押してみる。
「痛い」
「あぁ、やっぱり打ち身だな」
パッと見そんなにひどくは無さそうだが。このまま放っておくと少し痕残っちまうかね。心配するに越したことは無いだろう。
「一応湿布貼っておくな」
「うーん」
その部分に湿布を貼って治療は終わりだ。救急箱に湿布やらガーゼやら消毒薬やらをしまっていく。
「んじゃ、俺シャミ達手伝ってくる」
「あー、そっちは私が手伝うから。ロイは、」
了解。わかったよ。
「そっちは頼んだ」
「はいはーい」
ついでに救急箱をしまってきてくれと頼む。リックは快く引き受けてくれる。
さて、俺はというとリンのところに向かう。リンはソファーに上で体育座りをしている。なんかすげー話しかけづらい。さっき平手打ちかましちゃったからな……。
リンの隣に座り、頭に軽く撫でてやる。
「ごめんな。さっきはやりすぎた」
プルプルと頭を横に振る。ん、頭撫でられるの嫌だったか。
「……そんなことない」
消え入りそうな声で言う。
「私が悪いんです」
今にも泣きそうな声だ。俺はおとなしく頭を撫でている。リンが話を進める。
「私自身もなんでこんなことをしてしまうのかわからないんです。なんか急に目の前が真っ暗になって、夢でも見ている風になって、我に返ってみるとこういうことに……」
ついに泣き出してしまう。自分でも何がなんだか全然わかってないんだろう。無意識ってどんな感じなんだろうな。それこそ夢の世界なのだろうか。
「ロイさんの首を絞めてたり、部屋をぐちゃぐちゃにしてたり。もう、自分のことが嫌になってきました……」
俺はリンの頭をなでてやることしかできない。慰めの言葉一つすら出てこない。
「なんか、私、もう……」
リンが段々泣きじゃくってくる。俺はリンを抱きしめてやった。
「大丈夫だ。そんなに自分を責めるな。どれも大事には至ってないんだから。な?だからもう自分を責めるなんてことをするな」
しばらくそのままでいると、リンが抱きしめ返してきた。俺を掴むやんわりとしたその力は離したら二度と戻ってこないように感じられ、より一層愛しく感じられた。何よりもずっとこのまま離したくないと思っていた。
リンはロイに抱きしめられている時、今までに感じたことのない感覚を味わうことになった。……いや、どこかでは感じたことがある。それがいつかはわからない。
(なんだろう、この感覚。とっても懐かしい)
それがなんなのかもさっぱりわからない。でも、とても大事にしたい感覚であった。
抱きしめ返すとロイはその抱きしめる力を少しだけ、ほんの少しだけ強くなった。その少しの力が、リンには心強く感じられた。自分を認めてくれ、守ってくれ、優しくしてもくれ、時には厳しくしてくれる。それがロイだ。前のご主人とは全然違う待遇だった。
リンはロイとは契約していない。しかし、リンはすでに心に決めていた。この人に一生ついていくと。それらの気持ちがすべてつながり、リンの奥底に眠っていた記憶の一部が浮かんでくる。
「……お兄ちゃん」
知らぬ間にリンの抱きしめる力が強くなっていた。




