急変
なにかがおかしい。なんて言うまでもなくおかしい。誰が見てもおかしいと思うはずだ。
この数日間でリンがおかしくなっている。最初はいつだろうか。自転車練習の帰りの時か、もしくは俺の首を絞めて来た時のどちらかであろう。もしかしたらそれ以前にもおかしいところがあったのかもしれない。俺は気付かなかったけど。
ひとまず今のリンは落ち着いてソファーで俺の隣に座っている。正直血を見たときにはかなり焦った。何をしたらいいのかさっぱりわからなかった。まあ、シャミが適切な対応をしてくれたおかげですぐに落ち着いた。何をしたのかは見ていたけどさっぱりわからなかった。
「本当に大丈夫か?」
リンはコクリと頷いてくれる。本当に大丈夫か心配だが、本人が大丈夫って言っているからこちらは何もできることがない。
リンが落ち着いてからはロイの隣が一番安心するだろうとのみなさんの判断で今のこの状態になっている。みんな俺を過剰に評価しすぎじゃないのか?
今日はやることが特にない。そろそろ依頼を受けてお仕事をしないとシャミからの視線が痛く感じられる頃だが、今度やるから別いいや。リンの状況も状況だしな。
「あーーあ」
しかし、やることがなさすぎるのも暇だ。適当に外出してもいいのだがリンも心配だしな。やっぱ家で待機が一番いいか。
「ちょっとお仕事行って来るねー」
リックが仕事に行くらしい。依頼は受けてないし、来てもいないから恐らくこれからギルドにでも行き依頼を受けてくるんだろう。どうやらリックの考えていることは俺と一緒と言うことらしいな。やはりこの家の事実上の支配者はシャミだな。
「ケガすんなよー」
「そんなもんしてこないって。あ、でもケガして来たら看病してくれるよね?」
「ケガをするならするで入院レベルのケガでも負ってこい。そうするとお前の分のメシ代浮くから」
「なんでそんなことばっかり言うのー」
そんな頬を膨らませたって別に可愛くねえから。お前みたいなタイプは優しく微笑んでいれば可愛く見えんだから、少なくても俺はそれで可愛いと思うぞ。元もいいんだから。……あぁ、今の言葉全部聞かなかったことにしてくれ。
「んじゃあ、いってきまーーす」
元気よく出て行ったリックだった。あいつは元気が一番だな。いつだかみたいなしょんぼりしたリックなんてもう見たくもねえ。でも、あれもあれでよかったかもしれないな。なんか守ってあげないといけないみたいな。……今のもなしな。
暇だし、テレビでも付けるか。いや、たまにはラジオでもいいかもしれないな。というわけで、俺の気まぐれで滅多に働かないラジオを動かしてみることにした。
「あれ?ロイくん、ラジオ聞くんですか?」
「ああ、たまにはラジオでも付けようかななんて思ったから」
「なるほど。私、ここでラジオ聞くなんて初めてかもしれません」
俺だって一回二回しか無いけどな。ってことで適当に周波数をくりくりと変えていく。さて、どこにしようかな。しばらく探ってみると、歌が流れてきた。
「あっ」
シャミとリンが反応した。
「ん、この歌好きなのか?」
「はい。この歌は平和を唄っているんです。この歌を聞いていると、なんか考えさせられるって言うか、今の生活が幸せなんだなって思うんです」
代表してシャミが答えてくれた。
よく聞いてみたら街中でけっこう聞いた時のある歌だった。今まで意識して聞いたことはなかったのだが、こう聞いてみると確かにいい歌だな。
シャミとリンを見てみると、おっとりとした表情で歌を聞き入っている。本当に好きみたいだな。俺は歌詞も好きだが、どっちかというと歌っている人が気になる。この綺麗な歌声は本当に人(悪魔か)の口から出ているのだろうかと疑いそうな声だ。
その後もこの人の歌が続き、俺にはちょうどいい子守唄だったのかもしれない。だんだんと眠くなってしまい、寝てしまった。まあ、たまのラジオもよかったってことだな。
ズシンと俺の体に衝撃と重みが加わった。おいおい、デジャヴを感じるぞ。俺に馬乗りをしているのは殺気に覆われたリンだった。……またかよ。
デジャヴの通り、リンは俺の首を絞めてきやがった。おまけにこの前より断然強い力で。おいおい、リンがこんなに力があるなんて聞いてないぞ。意識が遠のくのも早く感じられる。まともに抵抗もできないまま今回は終わるようだ。
誰か、助けてくれ。周りを見渡すが、見事に熟睡中だ。タイミングがいいんだか、悪いんだか。
リンはそんな俺を見ながらニヤリと気持ち悪い感じで笑った。お前は本当にリンなのか?そう疑いたくなる。
俺の第二の人生もこれで終わりのようだ。
「たっだいま~。いやー、ガッポリガッポリ。この方法でリックはガッチリ!」
どっかで聞いた時のあるようなフレーズを言いながらリックが帰ってきた。どうやら、神様は俺を見捨てなかったらしいな。ありがたいぜ。こっちに気づかなかったら終わりだけどな。
「フンフン~~♪」
のんきに鼻歌唄ってないでこっちに気づいてくれ。
「……ん?ちょっ!!リン!!何してんの!!」
どうやらリックは気付いてくれたみたいだ。持ち前のバカ力を使ってリンを引き離してくれた。
「ゲホッ!!ゲホッ!!ゴホッ!!……ハァハァハァ」
マジで死ぬと思った。っつうか、一瞬死んだ。酸素がうますぎる。
「リン、どうしたの!!」
リンはリックにつかまってもいまだに抵抗を続けている。
「ん、リックさん。ど、どうしたんですか?」
シャミが目覚めた。最初はリンとリックを見て動揺していたようだが、苦しんでいる俺を見たら急いでこっちに来てくれた。
「お兄ちゃん!!大丈夫!?どうしたの?」
いつの間にかミュウも起きていたらしく、俺の近くに来ていた。
「ロイくん、何が?」
「説明は……ハァ。あとでだ」
未だに抵抗を続けるリンに少し本気を出したらしいリックは、リンを押し倒し馬乗りになって動きを封じ込めていた。顔が怖いぜ。こう、笑っている顔をいつも見ているから補正がかかり余計怖い。
ある程度俺が落ち着いたところでingに通知が来た。ナナさんからだった。




