空港
風呂を出る時の俺の決断は間違っていた。確かにあの時には時間があった。しかし、今はこれっぽっちもない。時間がない。要するに、今日がリックが出発する日なのだ。
場所は空港。リックは一人窓際の席に座って外を眺めていた。父親は今、いろいろと手続きを取っているようだ。
「みんな……」
ロイの家を出てから一日たりともみんなのことを考えない日は無かった。そして、自分が故郷へ帰ることが本当にいい決断だったのかを考えない日も無かった。
「迷っているなら、帰った方がいい……か」
リックはロイに言われたことを思い出していた。確かにロイの言ったことは間違ってはいない。しかし、それでいいのかとまだ迷ってる自分もいるのだ。優柔不断ですぐ決められない自分がなんとなく嫌だった。
「でも、ここまで来たから帰らないってわけにはいかないか」
そう自分に言いきかせ、考えるのをやめた。
「それにしても、みんな来ないのかな」
今のところ、誰もリックの目の前に現れない。早く来ないと、リックは飛行機に乗ってしまう。
「私、実は嫌われてたのかな」
そんなことをつい思ってしまう。ここで正直なことを言うと、リックはロイが好きだ。それは大がつくほどでもある。前に『気になってはいる』と言ったことがある。その気持ちは間違ってはいなかった。しかし、ロイと時間を過ごすことで、そんな気持ちがだんだんと変わってきた。
そして、リックはそんな気持ちをロイにアピールするために、シャミには悪いと思いながらも行動に移した。つまり、キスとかだ。まあ、そんな行動が逆効果だったのかもしれない。今になると、そう思ってしまってしょうがないのだ。
「初恋実らずってか」
リックは自虐気味にそう呟くと、自分の荷物を持って立ち上がり、搭乗口付近で待っていた父親の所へ向かった。
「リック、いいのか……?」
「うん、どうせ来ないし」
「そうか」
父親はリックを哀れみのような同情のような目で見た後、搭乗口の中へと向かっていった。この地に少しの未練を残しながらも、リックも父親の後ろをついて行こうとすると、
「リックさん!!」
大きな声で自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。リックは振り返る。しかしその声の主は、振り返らずとも誰だかわかっていた。
「シャミ……」
そこには、シャミ・リン・ミュウがいた。3人とも急いできたのか息が切れている。
「リックさん、行っちゃうんですよね」
「うん」
そう答えると、シャミは寂しそうな顔をしてしまった。
「でも、また会えますよね」
「もちろんだよ。シャミ」
リックはシャミに近づいて、頬に流れていた涙を拭いてあげた。そして、シャミをやさしく抱いた。
「シャミ、ありがとね」
「……こちらこそ」
シャミの頭をポンポンと叩いた後、リンとミュウの前に行き、
「リンもミュウも短い間だったけどありがとね。楽しかったよ」
そう言って、二人のことも優しく抱いた。二人は何も言わなかったが、抱き返してくれたことが何よりもリックは嬉しかった。
「リック、そろそろ時間だ。行くぞ」
この光景を見ていた父親が、リックに声をかけた。
「またね」
リックは三人にそう言って、手を振った。
ロイがいないことには最初の時点で分かっていた。しかし、言わなかった。最初からリックはそうだと予想をしてたからだ。ロイは恐らく自分の言ったことに責任を感じていたりしているのだろう。だから、来ないのだ。
リックは置いていた荷物を、再び持ち搭乗口へと歩いていく。
「リック!!」
しかし、再び呼び止められた。その声の主は、シャミでもリンでもミュウでもない。
「ロイ……!」
リックは驚いた表情を浮かべ振り返った。振り返ってみると、自分だけではなくシャミたちも驚きの表情を浮かべていた。
「お、お兄ちゃん!!な、なんで来たの!?」
「ロイ……くん!?」
「ロイ……さん」
シャミたちは三者三様の態度をとっていた。それにしてもシャミの反応がおかしい。まるで来てはいけなかったみたいな反応だ。
しかし、ロイはそんな三人を無視した。
「忘れ物だ、バカ。最後まで迷惑かけんな」
そう言うと、ロイはリックに少し大きいバックを投げて渡した。
「えっと、ありがとう」
着替えとかしっかり持ってきたはずだったのだが。それにしても量が多い。
「んじゃあな。元気でやってけよ」
ロイは立ち去ろうとする。が、
「ロイくん、ちょっといいか」
父親に呼び止められていた。
「すまんが、リックを解雇してもらえないだろうか」
ロイは少し考えて、
「ああ、そうですね。わかりました」
そう言った後、そしてロイはリックに小声で
「解雇ってどうするの?」
と、聞いてきた。
「えっと、解雇するって言えばOKだけど」
「わかった」
小声の相談はここで終わり、ロイは
「リック、お前を解雇する」
リックを解雇した。
「これでいいのか」
「うん」
「んじゃ、俺はこれで」
ロイは再び立ち去ろうとすると、
「お兄ちゃん!」
今度はシャミに呼び止められた。
「……なんだ」
ロイがなんとなく素っ気ない。そう感じた。
「なんで来たの」
「なんでって、忘れ物届けに来ただけだ」
「そうじゃなくって!」
「……ああ、そうだ」
ロイは無理矢理話を遮った。
「この機会のついでだ。リン、ミュウお前らも解雇する」
「「「「え!?」」」」
4人の声が見事にハモッた。
「ちょ、ロイ!?どういうこと!?」
リックは焦って事情を聴こうとするが、ロイは無視をしている。
「シャミは、解雇できないか。すまないな、俺みたいな奴がお前と契約なんかしちまって。他の悪魔に憑くことはできないだろうけど、これからは好きに暮らしていってくれ。んじゃあな」
ロイは今度こそ、立ち去った。誰かがロイの名前を呼んだが、ロイは立ち止らずその姿を消した。
誰もが呆然としている中で、リックは父親に呼ばれ搭乗口に向かった。しかし、シャミもリンもミュウも気付かなかった。
そして、しばらくしてリンもいなくなったことにシャミもミュウも気が付かなかった。




