夜の散歩
男性が帰った後、家の中はどんよりとした空気に包まれていた。まあ、当たり前と言えば当たり前なのだが。リックは「少しの間一人にさせて」と言い、リック達4人の着替えなどもろもろが入っている部屋に閉じこまっている。
一回ingで『大丈夫か?』というメールを送った。もちろん返信は来ない。もう少し気の利かせた言葉を送りたかったが、できなかった。まったく、自分に呆れるぜ。何が『大丈夫か?』だよな。大丈夫なわけねぇのに。
「夜ご飯どうしますか?」
「ん、もうそんな時間か」
男性が来たのは昼飯食ってすぐだったので、大体1時と言うところだろう。それから5時間近くたったということだ。
「なにを作ったらいいんでしょうか……」
こんな状況じゃわからないよな、普通。
「そうだな……お前らは食べたいのはないのか」
リンとミュウに聞いてみるが、二人はピッタリのタイミングで「ない」と言うだけであった。
「外食でもしますか?」
「いや、リックのあの調子じゃ外出もキツいだろう」
「そうです……よね」
「そうだな……それじゃあ、俺からのリクエストだ」
「なんですか?」
「とびっきり美味しいものでも作ってくれ」
「……はい!!わかりました!!」
どうやらシャミも俺の考えていることがわかってくれたようだ。
「さて、俺たちは何をしてようかな」
さんざん考えた結果、俺はソファーでごろ寝をするという結論についた。
しばらくの間、ゴロゴロしていると、
「できましたよー」
シャミの愛らしい声が聞こえた。
俺はソファーから立ち上がり、台所に行くとそこには、美味そうな料理が並んでいた。
「お、おいしそうだな」
「本当!?」
「おいしそうに見えるだけで、味はわからないけどな」
「なんで、そういうこと言うの~」
「悪い。冗談だ」
ああ、今のは100%冗談だ。今までシャミが作ってくれた料理でおいしくなかったのは何一つなかったからな。
「ほら、お前らもいつまでもションボリしてないで、シャミの手伝いしてきなさい」
俺はリンとミュウの後頭部を軽く小突いてやった。
「うん」
リンはシャミの所にすぐに向かったが、なぜかミュウはまだ座っている。
「どうした、ミュウ。具合でも悪いか?」
「ロイ……くん。ちょっと、いい?」
「ん?」
「リックさん、なんとかなりますよね」
「……知らん」
「え?」
「俺たちが何を言ったって、最終的に決めるのはリックだ。俺たちには何もできないさ」
「ロイ……くん?」
「え、あ?ああ、すまん」
「いえ。あ、私手伝ってきますね」
「……おう」
俺は何をしているのだろう……。何もできないって言ったって相談に乗るなどがあるだろう。なぜ今、俺は「俺たちには何もできない」などと言ってしまったのだろうか。
「……クソ!」
自分が……不甲斐ない……。
夜飯は無事に食べ終わった。夜飯ごときに「無事」という、表現もおかしいのだが。しかし、やはりというかなんというか、食卓の空気は重かった。
俺はそんな空気から早く逃げたくて、一番最初に風呂に入った。
「ハァ~~~」
湯船につかりながら大きなため息を一つ。
「どうしたものかな~」
俺は何の意味もない独り言をもらすのであった。いや、元から独り言には意味は無いものだけど。
俺が風呂から上がると、リック、リン&ミュウ、シャミの順番でお風呂に入った。
そして、今はみんなでベッドの中だ。気遣いでリックを一番壁側の場所にした。俺はその隣だ。
「ふぁぁぁぁ~~~」
俺たちの悩み事とは関係なしに眠気はやってくる。俺は目をつぶり、寝る体制に入ると、
「ロイ、起きてる?」
リックに声をかけられた。
「起きてるけど」
他の3人を起こさないように小声で返事を返す。
「よかったらでいいけど、散歩にでも行かない?」
「眠れないのか?」
「まあね」
もちろん、そんな理由ではないだろうな。
「別にいいぜ。付き合ってやるよ」
俺たちは3人を起こさないようにゆっくりベッドから降りて、夜の散歩に出かけた。
「どこまで行くんだ?」
「適当」
「そうか」
少しは話すが、長く続かない。なので、沈黙が続く。
どれくらい歩いただろうか。俺の体感が正しければけっこうな距離を歩いたはずだ。
「ロイ」
「ん?」
「あそこで休もう」
リックは公園のベンチを指差した。
「OK」
そして、そこに座る。なんか見た時のあるところだなと考えていたら、ここはユミさんからキスをされた場所じゃないか。おまけにここはそのベンチだ。
「…………」
「…………」
沈黙が続く。気まずいな、おい。誰か話題提供してくれないか。
「私、どうしたらいいのかな」
リックが話し始めた。
「急にお父さんが来て、なんだろうとか思っていたら、お母さんがもうダメだから家に帰って家業を継げって、もうなにがなんだかわからないや」
「……そうだな」
「でさ、ロイ」
「ん?」
「あの、大丈夫かってメールはない」
「……うるせ」
リックは笑った。それは、いつものリックだった。
「はぁ。もう、いろいろありすぎて泣きそうだな」
「なら、泣けばいい」
「え?」
「泣きたいなら泣けばいい。暴れたいなら暴れればいい。そうするとスッキリするさ。今日だけ俺も付き合ってやるよ」
「ロイ……気持ち悪い」
「なんだよ、気持ち悪いって。せっかく言ってやったのに」
「ハハッ、ゴメンゴメン」
リックはベンチから立ち上がった。俺は帰るのかと思い、一緒に立ち上がった。しかしリックは帰るのではなく、俺のほうを向き、
「ありがとね」
リックは目に涙をためていた。
「リック?」
「今日、付き合ってくれるんでしょう?」
「ん、ああ」
「じゃ、お言葉に甘えて……」
リックは俺の肩に顔を乗せ、声をあげて泣いた。俺はリックが泣き止むまで、ずっとリックの髪を撫でていた。