PROLOGUE 1
PROLOGUE
2015年、8月24日
世界全土で、全ての人々が『予兆』に気付いていなかった。
繰り返される振動が心臓のような規則的なリズムを保っていた事を意識していた者は、一人もいなかったのだ。
気付いていたとしても、何が出来ただろう。
・
日本 東京都・渋谷
いつも通りだった。
仕事を終えた会社員・高田は、喧騒と雑踏の中を歩いていた。
誰かと肩が当たろうと、気にかける余裕もない。
何かの勧誘の言葉も、彼の耳には入らない。
「はあ」
口を開いても、そんな溜息しか出なかった。
早く帰ろう、という思いだけが足を早めた。
と、不意に彼は奇妙な音を聞いた。周囲の電子音や話し声に負けないその音は、頭上から響いている。
高田だけではなく、その場の全ての人々が、異常な事態を目にした。
数千羽の鳥が、追い立てられるように空を覆い、どこかへ去ろうとしていた。
同時刻
東京都 渋谷・地下
下水道を歩いていた作業員・栗原と須藤は、地上の騒ぎには気付かず、ひたすら点検を続けていた。
「あの、須藤さん。
何かおかしくないですか?」
「何が?下水道なんて大概おかしいもんだよ」
「いや、そうじゃなくて」
周囲を見回す栗原に、須藤は眉をひそめた。
「言ってよ。
気になるじゃんか」
「鼠ですよ」
いきなり一言言われて、須藤は更に眉をひそめた。
何が言いたいのか、さっぱり掴めなかった。
鼠ぐらい、下水道の作業では珍しくもない。
今更何だよ、と言おうとして、須藤はふと違和感を感じた。
「そういえば・・・・・・鼠どこ行った?」
「それですよ!あれだけはしゃいでる鼠がいないってどうなんですか?」
「どう、って・・・・・・」
不自然な静けさを意識した途端に恐怖を感じ、須藤は僅かに身震いした。
「行こうか。
もう仕事は終わりだ」
須藤が早口に言って、二人は道を戻り始めた。
東京都 渋谷・住宅街
そこかしこで響く犬の鳴き声に、少年は溜息をついた。
普段は静かで落ち着ける部屋は、外からの鳴き声で破壊されている。
「ちゃんと躾しろっての」
誰にともなく呟き、イヤホンをつける。
流行りの曲が流れはじめ、少年の意識から鳴き声が遮断された。
同様の現象が世界各地で起こっている事など、知る由もなかった。
『予兆』はあったのだ。