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怪獣保険  作者: 湯上 日澄
7/7

二日酔い ~凍結の地獄~

 異変は、すぐにおとずれた。

 お花畑のあちこちであそぶ蝶たちが、まばゆい光をはなっては弾けてゆく。つぎからつぎへと。あとにのこされるのは、巨大な次元のさけめだ。七色のかがやきとは趣味がわるい。シオンのコントロールをうしなった〝蝶たちの森〟は、巨大UFOの船内をまたたくうちに食いやぶった。そういうのは、あたしがいないときにしてよ。

 顔をかばったあたしを、すさまじい衝撃がおそった。地球外の強度をほこる隔壁を何十枚も貫通し、機械の破片や極彩色の配線をまとってふきとばされる。

 光……そして闇。

 目をあけると、あたしのまわりには、幾億もの星がまたたいていた。さむ。それに、ちょっと息ぐるしい。なんで宇宙空間なんかにいるんでしょ、あたし。真夏、女性陣の冷え性をあざわらうかのごとく、クーラーを全開にした事務所ににてる。

 なにかがいきなり、あたしのみぞおちに突っこんだ。とんでもなくおおきい。あたしなんて豆粒以下だ。そのまま、くの字の姿勢でおしながされる。こんどはなに?

 あたしに肉薄するのは、シオンのUFOそのものだった。こきざみな爆発とともに崩壊はつづけているものの、そのサイズはいぜん直径百キロちかい。それより見て、あたしのうしろ。視界いっぱいに広がるのは、まっさおな惑星だ。大陸という茶色いコントラストに、うすく雲をかける地球。それとこれが衝突なんかした日にゃ……大気との摩擦で、あたしのまわりはどんどん赤みをおびはじめている。顔がほてってしょうがない。

 よし。あたしの右手が、UFOのふちをつかんだ。地響きをあげて、左手も。弓なりにおもいきりのけぞって、ちからをためる。轟音……かききえる勢いで発射されたあたしの頭突きは、しかし、なにものかの掌にとめられていた。はァ?

「やあ、リリー」

 宇宙では、あたしの文句はだれにもきこえない。音をつたえる空気がないからだ。しかし、もえるUFOの舳先にたちふさがるシオンの声は、はっきり耳にとどいた。怨念すらこめて。怨念といえば、その顔ね。いえ、顔どころじゃない。シオンの体には、いたるところに次元の傷がくちをあけ、虹色の電光をもらしている。

「旅はみちづれ、世はなさけ。ぴったりな言葉じゃないか。いっしょに行こう、このまま」

 わしづかみにされた頭ごと、あたしはぶん投げられた。いい角度で大気圏突入するUFOの表面を、二転三転。なんて馬鹿力なの。船のちょうど中央あたりで、片ヒザをついておきあがる。

 千五百度いじょうの炎にかこまれたまま、あたしとシオンはにらみあった。無言で。

「たしかにいいことわざだわ……でも、しってる? あんたが消したがってる星には、もっとぴったりな言葉があるの。いまのあんたにぴったりな、ね」

 背景には、UFOの破片がえがく千の流星。

 あたしとシオンが地面を蹴るのは、ほぼ同時だった。

「〝片思い〟〝実らぬ恋〟〝かなわぬ愛〟……」

 低くつぶやきながら、シオンは拳をくりだした。腕のとおった軌跡にそって、あざやかな蝶のかがやきが、うしろから前へ尾をひく。異次元ストレートの半ミリてまえには、スキだらけのあたしの顔が。一発くらったら、太陽系の受付までふっとばされそうだ。こんどこそ、地球はおわる。

「ええ、そう」

 こたえたあたしを、シオンの拳がなぎはらった。あたしの残像だけを。紙ひとえで背後にまわりこんだあたしは、シオンの胴に両腕をまいている。そっと、スポンジでもだくように。たったふたり、あさやけの海辺にたたずむ恋人どうしみたいに。

 あたしはさけんだ。

「ストーカーよッッ!!」

 あたしの背中がのけぞった。それはそれは、うつくしいブリッジ。ちぎれるほど強くつかんだシオンに、渾身のスープレックスがきまったのだ。UFOのどまんなかに刺さったシオンの頭を中心に、ふかい亀裂がくまなく船体をかけめぐる。

 閃光……



 核爆発級のクシャミには、南極のペンギンたちもだいぶなれたようだ。さむいんだからしょうがない。手下のペンギンたちの視線にきづいて、ソロムコはふと顔をあげた。

 その日、世界じゅうが見たんだって。

 武器をおろした自衛隊員たちが、戦車のハッチからあおぐ夜空。

 とつぜんコントロールをとかれ、地底や海にすごすご帰ってゆく怪獣のむこう。

 うつくしい流星群を。

 本社までの電車賃をサイフからさがしつつ、太平洋へほうき星をひくあたしを。



 あたしにのこる致命的なダメージには、あくる朝きづいた。

 ふつか酔いよ。やってしまった。

 きのう、七時からの飲み会にはなんとか間にあったわ。日本まで泳ぎきり、そっから服をきがえて、化粧なおしするのはさすがに全速力だったけど。太平洋を縦断する不自然な大津波、オーストラリア空軍が追うもふりきられる……きょうの朝刊だ。やーね、また新手の怪獣かしら。

 あくびを手でかくしながら、かわらぬ通勤ルートをあるくあたし。にしても、けさはやけに寒いわね。とっとと修理のはじまったオフィス街、ほかの通勤者たちの吐く息も白い。

 赤信号でたちどまると、あたしはそれとなく鏡をひらいた。えらいこっちゃ。瞳が充血して、かるくウサギ状態よ。あわてて道路をいきかう戦車のむれをよそに、うえをむいて目薬をかまえるあたし。あれ? 指でたたくけど、なかなか液がおちてこない。カラかしら。いや、ちがう。凍っているのだ、なかみが。

 かわりに空から舞いはじめたのは、かぞえきれぬ白いつぶだった。まあ、雪ね。ロマンチック。ところで、なんで? 会社員たちが、ちりぢりになって逃げはじめてる。いまが五月の末だってことに、やっときづいたのかしら。遅刻するわよ。

 ききなれた緊急警報、雪雲をアクロバットする空自の戦闘機隊。

 交差点が爆発したのは、つぎの瞬間だった。信号機をへしおって、あたしの足もとになにかが落っこちてきたのだ。アスファルト片のふりそそぐなか、煙がはれてゆく。

 道路の大穴にめりこんでいたのは、たくましい人影だった。あたまのてっぺんからつまさきまで、かっこいい装甲のスーツにおおわれている。コスプレ? いや、この未来的なデザインの仮面、ニュースでみたことあるわ。

 正義のヒーローだ。三度のめしより地球の平和がすきらしいけど、きょうはやけにコテンパンね。彼女にフラれでもしたのかしら。かけよったあたしの視線の先、たおれた彼の手は、自分が飛ばされてきたばかりの空をゆびさしてる。ふるえるそこにペンをにぎらせると、マイナス百度の吹雪をしりめに、あたしは小声で耳もとへささやいた。

「さ、サインください」

 ペンはなげすてられた。さしだしたメモ帳も。ひどい。

 耳をつんざくおたけびに、あたしとヒーローがとびあがるのは同時だった。

 あ、怪獣だわ。ダイヤモンドダストにけむるオフィス街のむこう、こっちをねめつけるのは真っ青な瞳のかがやきだ。あのシルエットは、カメ? 牙のはえた口はとめどなくマイナス千度のためいきをもらし、巨大な甲羅には何本ものツララのトゲがはえている。こいつもヒーローのおっかけらしい。防寒着がよく売れそうね。

 おまけに、あれはなに? ビルというビルを将棋だおしにして、道路の下からコンニチワしたドリルは。それも、一本や二本じゃない。東京タワーより立派なドリルたちは、たちまち街じゅうを観光名所でうめつくした。地底人の移動要塞……こいつらも通勤ラッシュかしら。とつじょあらわれた巨大な壁に、ぶつかった戦闘機はなさけなく爆発し、カメ怪獣のはきだす冷凍光線は、戦車たちを瞬時に冷凍ミカンと化す。

 道路にへたりこんだまま、ヒーローはがくりとうなだれた。あんたにも、怒りっぽい上司がいるの? ああ、カメ怪獣の足が、頭のうえで振りあげられる……

 轟音とともに、カメはふっとんだ。うしろのビルに激突して、ガレキといっしょにずりおちる。うすく煙をあげるのは、踏みつぶしをはねかえしたあたしのこぶしだ。あたしはユリ。モリエ・ユリ。はなざかりのOLよ。

「こんなとき、はいって安心、ハニー損保の怪獣保険」

 布のうわがけが、ヒーローの体にまいおりた。あたしの上着だ。正義のミカタが、カゼひいちゃいけないからね。つぶやいたあたしは、ぽきぽき指をならし、かるく屈伸まではじめている。ふつか酔いの薬がほしいわ。

「もちろん、内閣総理大臣許可ずみです。ご加入くださった各方面のお客さまからも、おほめの言葉を多数いただいておりまして。〝怪獣の卵らしきものが近所にあるけど、夜もぐっすり家でねられる〟〝怪獣が会社のまわりをウロウロしてるけど、安心してはたらける〟などなど。地元のケーブル局ではございますが、CMも流れておりまして。よろしければ、おみつもりだけでもいかがです? あ、けっしてお時間はとらせません」

「……すまないが、のらん。あれだろう。船で事故にあったときのあれ」

「海上保険ではございません。〝怪獣〟保険でございます」

 道路が爆発した。あたしがかけだしたのだ。

 おきあがった怪獣のほうへ。超巨大な要塞めがけて。

「ぜひ、ご加入を」

 

 怪獣保険(完)

読者の皆様へ


最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます!


今後の参考にいたしますので、ぜひ、厳しい目で見た批評をお願いいたします。


湯上日澄

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