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怪獣保険  作者: 湯上 日澄
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接待   ~神々の黄昏~

「リリー!?」

「お、おつかれおつか、おつかれさまです、モリエです」

〈だろうな。かわりにサルがでても、お前よりゃ飲みこみがはやそうだが。オソカワだ〉

 部長だった。ほんものの声には、やはり二十余年ぶんの風格がただよっている。

〈いま、へんな声がきこえたんだが。軽薄ヤローどくとくの、女のくさったような声だ〉

「ちょ、いいすぎですって」

〈わるかった。くそったれの青二才の声にはまちがいないが、新規の客か? それがお前のオトコだったりしたら、さすがの俺もさじをなげるぜ。首をくくる準備はいいな?〉

 一瞬、シオンと視線があった。あとじさって目をむいている。こんな若づくりにようはない。すぐに電話にもどるあたし。

「ただの通行人です」

〈だろうな。そんなお前は、きょうの夜も、死んだらいいほどヒマなはずだ。七時から〉

「点検の立ち会いの件ですね……コヤマさんからきいてます」

〈よくやった〉

「まだやってません。点検は、よる七時から十一時ごろまで」

〈お前の手柄をきいて、俺ァあたまが変になるかとおもったよ。お前のズダ袋のあたまでも、ナカタさんって言やわかるか? おもいだせ、ナカタ・エイサクさんだ〉

「ええ。わすれもしません」

〈あたりまえだ。(株)ドバシの重役だもんな。どっかのスットコドッコイが住所打ちまちがえたアレは、わらってチャラにしてくれた。俺の人徳に感謝しな。泣いてひざまずけ。おまけに、お前のプレゼンがいたくお気にめしたんだとよ。じぶんひとりじゃなく、会社まるごとの法人契約までしていきやがる。ゲテモノ好きが〉

「わわわたし、そんな上の方にふつうの営業を……」

〈あしもとみやがって、あの酒ダルマ。アル中らしく、系列の居酒屋のタダ券のこしてった。団体用のな。うけとる俺の頭は、ずっと九十度のままだぜ。ありえねえ。そのまま三百六十度回転して死のうかとおもった。だから、お前。なんのとりえもないお前だが、いないよりはマシだ。いたらいたでしゃらくせえが、ビールの酌ぐらいはできるだろ。お前もこい、飲み会。事務所のメンツばかりの六、七人だが、ハメだけははずすんじゃねえぞ〉

「おさそいありがとうございます。ですが、あの、もうしわけありません。さっきコヤマさんと、今夜のシフト交代したばかりでして……」

〈バカかお前。サルよりパソコンがわかってねえお前に、立ち会いまかせるほどウチは無謀じゃねえ。自殺行為だ。なめるな。すくなくともコヤマにまかせときゃ、パソコンにお前のデクノボウ病がうつらずにすむ。この指示は、コヤマにもつたえた。はは、ボタンがさわれなくて残念だったな、サル。七時に本社まえ出頭だ。めつぶしだぜ、おくれたら〉

 電話はきれた。あいかわらず一方的だ。

 手首のスナップだけで電話をとじると、あたしはシオンに顔をむけた。はんぶんだけ。

「急用よ」

「……どこへ」

 つめたい声は、たくさんの蝶と化してはばたいた。おとくいの瞬間移動だ。

「いくんだい?」

轟音とともに、地割れの円がひろがった。ふきあがる花びらのすきま、シオンの苦悶はつぶれている。とつぜん後ろにあらわれたシオンを、あたしが、背負い投げのかたちで地面にたたきつけたのだ。一瞬のできごとだった。

「ば、バカな……」

 まったく見当ちがいの方向に、あたしは急旋回した。強烈な裏拳が、ねらったかのごとくシオンの顔にめりこむ。これも、シオンが次元のぬけみちをかけぬけ、ふたたび姿をみせた直後のことだ。またシオンはきえた。回転をころさず、地面すれすれまで身をおとすあたし。するどい水面蹴りに、あおむけに転倒したシオンの顔めがけて、上段からおもいきり拳をひきしぼる。まるで、あたしの攻撃のまんまえに、シオンみずから先まわりしてるみたいよ。マゾ? はげしく躍動するあたしのまわり、なにもない空間に、いたいたしい音と衝撃だけが連続した。

「ぼくの世界がみえるのかッ!? 〝蝶たちの森〟がッ!?」

「目がなれたわ。ヒントは、モグラたたき」

 ぱっと消え、だいぶ距離をおいてシオンはあらわれた。逃げ腰ね。あらく息をつきながら、きれいなお顔もずいぶんボコボコ。でもこんどは、かんじんのあたしがどこにもいない。いや、いた。シオンのうしろに。かんぜんに追いぬいちゃったわけだ。

「うっそオォォ!?」

 さけびとともに突きだされたシオンの手に、蝶がかがやいた。次元をきりさく剣だ。その蝶も、飛来したべつの光につらぬかれ、とたんにはじけちった。シオンの頬をきり、高速で空をとんでから、かなりとおいUFOの壁に突きたったものがある。

 名刺だ。ハニー損保営業担当モリエ・ユリのお名刺。一瞬こおりついたあと、きえたシオンだが関係ない。あたしの手は、めにもとまらぬスピードで名刺カッターをうちだしていた。ふくざつなステップをふみつつ、コマのごとき高速ターンを連続、みぎへひだりへ情熱的にスピンをきりかえしながら、名刺をなげる。投げる投げる投げる。

 スリップ音をのこして急停止したあたしの背後、まいおどる蝶のむこうにシオンがみえた。空中、のけぞった体には、かぞえきれぬ名刺がはえている。なげた枚数ちょうどの傷口から電光をはなちながら、シオンの唇だけがうごいた。

「リリー……」

 あたしの爪先が、なにかを蹴りあげた。はかなげな表情で、じっとみる。花びらをひいて宙にうかぶ自動販売機を。かなしいお茶の自販機を。風をならして一閃したあたしの回し蹴りは、つぎの瞬間、その側面をとらえた。

 とまった時間のなか、ささやくあたし。

「わたくし、こういうものでして」

 自販機の突撃をくらったシオンは、悲鳴とともに消滅した。

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