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怪獣保険  作者: 湯上 日澄
4/7

イジメ  ~天国の階段~

 かすかなふるえが、あたしをおそった。

 西部劇のクライマックスよりはやく、電話をぬきはなつあたし。ひッ……また本社だ。

「お、おつおつ、おつかれさまです、モリエです」

〈あ、ユリちゃん? イヌみたいにおびえてるわね、あいかわらず。コヤマです〉

 安どのあまり、あたしは量子分解しかけた。たすかった、先輩のコヤマさんよ。部長の気配をさっしたとたん、パソコンの画面を、芸能ニュースから業務用にきりかえるのが誰よりもはやいコヤマさん。超感覚のもちぬしである彼女は、そとからの電話にでるときだけ、五オクターブも声がたかくなることで有名だ。

〈じつはユリちゃんにおしらせがあって。ふたつ。緊急よ〉

「わるいしらせから聞きましょう、大佐」

〈ひとつは、こっちのメンバーがひとりたりてない。ふたつめは、それが、きょう三対三でおこなわれる合コンのメンバーだってこと。以上よ、軍曹〉

「イエッサー、いいしらせです♪」

 ひとすじのひかりが、G市をつらぬいたのは次の瞬間だった。

 なに、いまの?

 波がひくみたいに街へもどりつつあった救急、消防、自衛隊のメンバーは、そろって沈黙した。沈黙をゆるさず、腹のそこにひびく轟音。例の光にてらされた道路が、ぼこりと地下からもりあがったじゃないの。

〈ターゲットは写メで確認ずみ。凶悪なまでにイケメンぞろいだわ。とくに、ガッチリ体型のサトシくん、現役バリバリのバイクレーサーってのは、信用筋からの情報よ。パパがメーカーのボスなんだって〉

「おお。コードネームは、白馬ならぬ、鉄の馬にのった王子さま」

 かん高い遠吠えは、太陽そのものをにくんでいた。地面をつきやぶって、あらたな怪獣が顔をのぞかせたのだ。にくたらしいツラは、むかし絵本でみた龍そっくりよ。

 たちすくむ人々をひととおり睥睨すると、怪獣は身をくねらせて大穴からはいでた。ながさ三百メートル、六万トンちかい大蛇の暴走だ。とおりみちの戦車はボーリングのピンみたいにはじけとび、街はまさしく蛇行して破壊されてゆく。

「して、コヤマ大佐。こよいの作戦区域は?」

〈駅前の高級創作レストラン〝ロイン〟よ〉

「なッ……まさかあの、オープンしたてのおシャレな!? 敵は本気ですか!? 部隊がもちません、大佐! 雑誌でしかみたことがない!」

〈おちつけ、モリエ軍曹! サトシくんは、そこいらのチャラいスポーツマンとは一線をかくす。きまじめでウブな彼は、今回のような集団戦闘ははじめてとのこと。いわば合コン若葉マークだ。予算は全額もつゆえ、場所は女性陣にきめてもらいたいという。われわれが、じゆうにだ。くくく、とんで火にいる夏の虫とはよくいったものよ〉

「おごり!? おごりといいましたか、大佐!? サトシくん……かなりの危険人物とみました。わが隊も、今回ばかりはぶじに朝をむかえられそうにありません」

 きゅうに街がかげった。

 やけに雲があつい。天気予報じゃ、きょう一日晴れだっていってたのに。

 みあげる人々の視線の先、〝それ〟はあらわれた。水面にしずむ船底のように、雲をおしのけて。直径にして百キロ以上、それでいて燃料の噴射ひとつみせず浮くそれを、旧世紀の人類は神や天使にたとえたのだろう。超巨大な円盤型UFO……天気のおっさん、あんなのが降るなんて一言もいってなかったわ。

 てはじめに、UFOのどこかが光をはなった。蛇のときといっしょだ。山のむこうに光がきえるや、かわりに、おなじ場所からすさまじい土煙がふきあがる。あれはなに? ふもとの送電塔をへしおる、あの気味のわるい節足は。クモね。それも超巨大な。

 おびただしい複眼をうえにむけると、大グモは糸をはきだした。チタンをこえる強度の網にからまり、戦闘機の編隊がハエみたいにまとめて墜落する。めざめさせたか、うみだしたか。いずれにせよ、地球の外からおとずれたアレは、ひとさまの星への迷惑をこれっぽっちも考えていないらしい。

〈そ~ゆ~わけで、ユリちゃん、夜あいてる? 予定では、七時から十一時ごろまで〉

「もッッちろん!」

〈さっすがァ。ほんとに感謝するわ、ユリちゃん。あなたがいなきゃ、つまんないことになってた。ところで、カレシとか怒らない?〉

「怒るカレシがいません♪」

〈でしょうね。じゃ、十一時まで事務所よろしく〉

「コヤマさん?」

 かがやく雨が、海から空にほとばしった。うなりとともに回転する一二七ミリ砲、白煙をのこして疾走する艦対空ミサイルの束。海上自衛隊のイージス艦隊が、UFOめがけて一斉掃射を開始したのだ。その数、百隻いじょう。

 UFOがひかった。かなきり声をひいて、巨大な魚影が海からとびあがる。こんどはサメそっくりの怪獣だ。いちど海中ふかくに潜ったかとおもえば、とつじょ現れた槍状のツノが、戦艦の腹をくしざしにする。水しぶきをあげてふたたび波にきえた怪獣は、浮上したするどい背びれで、あれよあれよのうちに何隻もの船体を両断した。

〈なに寝ぼけた声だしてんの。朝礼のときも寝てたみたいだけど。ほら、あれよ。きょうの夜七時から、業者さんが、事務所のパソコンの点検にはいるハナシ。立ち会いがんばってね、ユリちゃん。なに、たかが四時間ちょっとのしんぼうだわ〉

「あの、立ち会いの担当はコヤマさんのはずでは……」

〈よかったァ、ユリちゃんが交代してくれて。あ、しんぱいしないで。点検のあいだ、ユリちゃんは業者さんのジャマにさえならなきゃいいから。むつかしくないでしょ?〉

 もうれつに回転するなにかが、あたしの首をはねた。

 どっかの会社のカンバンだ。怪獣にふっとばされた速度もあわせて、アルミのふちはおそろしくするどい。はば十メートルちかいそれは、あたしの首を中心にまっぷたつに裂けると、轟音をはなって背後のビルにつきささった。強靭なクモの糸がからみついたカンバンには、ゆがんで見づらいけど(株)ドバシとかいてある。あ、そういえばあたし、おとくいさまにあやまりにいくってのに、てぶらのままじゃないの。こりゃいかん。ケーキ屋さんか和菓子屋さん……百貨店でもいいわ。

〈なんならヒマつぶしに、窓とかみがいててもいいし。みがくといえば、あたしも自分みがきでいそがしくて。じきに休憩だから、服買いにでかけるの。こんばんのメンバー三人で、ね〉

「………」

 怪獣いらっしゃいビームともいえる光を、巨大UFOはやすみなく下界にあびせていった。もえる街のあちこちから、建物の爆発する音と、バラエティにとんだ怪獣のおたけびがこたえる。百匹はくだらない。菓子折りのひとつを買おうにも、たぶんほとんどのお店は臨時休業だ。どうしてくれるの? となりまちまで行けっていうつもり? 電車もタクシーもないのよ? あるきじゃかなり遠いんだけど?

 なまぬるい声でなにかしゃべる電話を耳に、あたしは空をみあげた。原因は、あのでっかい皿だ。ゆるさない。

 棒だちのあたしに、くろい影がのしかかった。するどい光。あたしのうしろまわし蹴りが、大グモの足をまとめて斬りとばしたのだ。悲鳴といっしょに広がる糸の刃だけど、あたしはいない。おかえしのひざ蹴りで、クモの頭をうえから地面にぬいつける。

 空気の破裂する音がひびいた。すばやくかざしたあたしの片手は、あの大蛇がうちこんだ尻尾をとめて煙をあげている。きしみをたてて握りしめられるその掌。わしづかみにした尻尾を軸に、あたしはおおきく身をひねった。高速のジャイアントスイングだ。あたりの建物を顔でけずりつつ回転した大蛇は、ふと手放すや、頭からビルの林に突入した。はでにくずれたコンクリートのしたじきになって、それきりしずかになる。

〈そうそう。立ち会いがおわったら、会場にきてもいいのよ。ちょっとぐらい遅れたっていいじゃない。業者さんの伝票にサインして、事務所の消灯と安全をたしかめて十一時三十分。そっから歩いて、ユリちゃんのカメさん足だと〝ロイン〟までだいたい三十分……〉

 きみのわるい鳴き声は、空からきこえた。こんどはなに? みあげれば、UFOの周囲にむらがる鳥の影が、つぎからつぎへと降下しはじめたじゃないの。いや、鳥なんかじゃない。鳥といえば鳥だけど、これは大昔の翼竜もはだしでにげだすサイズだ。翼長百二十メートル、一万五千トン。みにくい翼のうみだす衝撃波は、自衛隊の戦闘機たちを嵐の小船みたいにはじいて通りすぎ、しだいにあたしへ迫りつつある。

 力強くかまえたあたしの足もとで、砂煙がふきあがった。いっきにはしりだす。手近な高層ビルの壁面を、ヒールでくだいたガラスの軌跡とともに駆けのぼる姿は、まさしく流星。てっぺんから跳ぶと同時に、怪鳥のあごに宙返りの蹴りをあびせるや、あたしは傾きかけたその背中にのった。のった背中を足場に、こんどはとなりの怪鳥のクチバシにとびうつる。いきおいよく踏み折ったそこから、さらにうえの怪鳥の翼へ。たおした怪鳥たちを階段に、あたしはみるみるのぼってゆく。

 空へ。巨大なUFOめがけて。ちょっと文句いってくる。

〈あ。あの店、十二時で閉店だったわ。ごめんなさい。なら、ユリちゃんは二次会からの参加ね。ま、そんなもの手配すらしてないけど。だいいち、一次会がおひらきするころにゃ、それぞれペア完成させて旅だつ計画よ。そっからさきの展開は、さすがのあたしにも予想がつかない。わからない。ぜんぜん〉

 高度千メートル。あたしのまえに、回転しつつ巨大な尾ビレがとびあがった。海上自衛隊をねじふせたサメ怪獣だ。どんだけ高くジャンプするの。大口をあけて、あたしをのみこもうとする。上等よ。みずから怪獣の口にかけこんだあたしは、轟音がひびいたときには、尻尾の先っちょから脱出していた。ガッツポーズの姿勢で高みをめざすうしろ、あたしにホられたサメは、ちからなく海におちてゆく。

〈ちなみにさっきのおはなし、あたしのお願いからユリちゃんのいいお返事まで、だいじなとこはきっちり録音させてもらったわ。いちおう。いちおう、よ。なにかあってみなさい、部長には機械がすりきれるほど聞いてもらうから。いい? ユリちゃんは、じぶんの意思で、そっせんしてあたしと交代したの。その愛社精神、たいせつにしてね〉

 怪鳥の口からはなたれる高周波ビームは、のどへのラリアットでだまらせた。

 はげしい突風をカバンでふせぎ、くりだされるカギ爪の腕には関節技をきめながら、高度はもはや五千メートルをこえている。あたしのとおりみちにそって、雨あられと眼下へきえてゆく怪鳥たち。天をおおうUFOのかがやきは、もう目と鼻のさきだ。

 がくり、とあたしの高度がさがった。え、うそ。あしくびに巻きつくのは、ムチみたいな物体だ。手刀の一閃できりはなすも、かんぱついれず、両手両足、さらには胴体にまで触手はからみついてくる。やらしいとかいうレベルではない。病的なまでに本数をふやした触手は、あたしの姿をほとんど覆いかくしてしまっている。

 あたしをぐるぐる巻きにするのは、クラゲだった。八匹、九匹、十匹、いや、もっとかしら。東京ドームの天蓋ほどもある真っ赤なカサが、あたしのまわりにずらりと浮いている。進化の限界も、重力の法則もかんぜんに無視ね。それより……

 おちる。ちぎってもちぎっても追加される触手は、しめあげる力もすさまじい。クラゲ本体のお見送りつきで、あたしを地上にひきずり下ろそうとしてる。あとすこし。あとすこし手をのばせば、表面にふれるぐらいUFOにちかづいてるのに……

〈交代の申請はまかせといて。あたしじきじきに部長にとおしとくから。やっぱり、もつべきものは使える後輩ね。恋人はしごとだけ、休日は、さそいもナシでまさしく平穏。ああ、夜がまちどおしいわ。じゃ♪〉

 電話はきれた。触手にだかれながら、さけぶあたし。

「イ、ジ、メ、だァァッッ!!」

 クラゲが爆発したのは、つぎの瞬間だった。

 一匹だけではない。あいつも、こいつも、あいつも。意思をうしなった触手をはじきとばすと、ぜんしんをバネにして跳躍。めいっぱいのばしたあたしの指先が、UFOのとっかかりにふれた。はげしい炎の軌跡をのこして、クラゲのむれは海に墜落してゆく。

 あたしはたしかに見た。クラゲたちをつづけざまに射抜くおおきな火の球を。それでいて、至近距離のあたしをかすめもしない正確さ……こんなことができるのは、この惑星にただひとり、いや、一匹しかいない。

 あたしは南極のほうに目をこらした。氷原にあぐらをかいだまま、キザっぽく鼻から煙をふいたのは怪獣ソロムコだ。じぶんいがいの怪獣が気にいらない性分みたいね。もちろん、じぶんいがいの馬の骨がライバルに手をだすことも。一万四千キロをへだてた超長距離狙撃……手下のペンギンたちも、両手のはねで拍手をおしまない。

 UFOにぶらさがりながら、あたしは片目をとじた。

「のみにいく?」

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