セクハラ ~地獄の業火~
あ、怪獣だわ。
はでに海が沸騰したかとおもうと、そいつはあらわれた。ふきあがった大量の水しぶきが、きれいな虹をつくる。二足歩行がえがくしっかりとした背筋のライン、通勤とちゅうの会社員たちもみならわなきゃ。
〝ソロムコ〟……この巨大生物のなまえよ。名づけ親は、いろんな国の首脳たち。どっかのことばで〝溶岩の王〟っていみの学名らしいわ。
背の高さなんと百メートル、おもさにいたっては二万トンをこえる。おまけに、きりたった岩山みたいな体の表面、あみ目状に脈うつたくさんの血管をみて。そこをながれるのは、なまえのとおり、摂氏六千度ともいわれる超高温の血液よ。地球の核ふきんのマントルとおなじ、いわば片思いの情熱そっくりのアツさなの。傷ひとつつけようもんなら、ふきだした血が、溶岩の洪水になって街をおそうってしくみね。
って、言ったさきから自衛隊は。
かん高い飛翔音をのこして、ソロムコのまわりに爆発が連続した。耳までさけた牙の口から、いかりの咆哮がほとばしる。その頭上をかけぬけたのは、するどい飛行機雲をひく戦闘機の編隊だ。ちかくの基地から、あわてて飛びたったのね。
あら、ソロムコがうごかない。体のそこかしこから、ぱらぱらおちる白いかけらは何かしら。さっきのミサイル攻撃って、こないだ朝刊にのってたウワサのアレ? 世界じゅうの軍隊に正式採用されたっていう極低温冷凍ミサイル。かちこちに凍って、怪獣のあたまもすこしは冷えたんじゃない?
核爆発みたいなクシャミが、うみべの工場地帯をふるわせた。
衝撃に、建物のガラスというガラスがふきとぶ。まえあしで鼻をすするソロムコをしりめに、しかめっ面でにげるヘルメットの作業員たち。テンポよくひびきはじめたのは、緊急の避難警報だ。輸送の予算とか、円高とかをクリアして撃ちこまれた最新鋭の冷凍ミサイルが、これっぽっちもきいてない。
ソロムコの足がふと止まったのは、海のたかさが膝ぐらいまでになったときだった。税関まできてといて、おサイフわすれたことにでも気づいたのかしら?
ソロムコの頭が、ふかぶかと下がった。コンビニから次のコンビニまでの距離はある尻尾で、うまくバランスとりながらだけど、だれがどうみても日本にあいさつしてる。どこでこの国の作法をきいたのかしら。アメリカ軍をけちらしたあと、ブラジルから地面をほって、地球の中をのんびり観光してきた視野のひろさは、さすがグローバルね。
もちろん、ソロムコの一礼はメガトン級よ。
ふりおろされた頭突きはまず、鼻先をかすめた戦闘機十機をまとめて撃墜。おもいきり跳ねあがった尻尾が、うしろの十機をちゃっかり粉砕する。おまけに、さっきまでソロムコの頭があった場所をとおりすぎたのは、第二波の冷凍ミサイル千発だ。爆撃をくらった海面は、ひろい範囲にわたって南極になった。温暖化防止ね。
航空エンジンの爆音にたえかね、〝基地撤退〟のプラカード製作をいそぐのは地元住民たちだ。ソロムコにからむ戦闘機は、まだ数えきれないほどのこってる。訪日はなかなかむずかしそうだわ。
しばし額をたたいて考えたあと、ソロムコの頭上に電球がひらめいた。あしもとを航行する石油タンカーに、いきなり組みついたのだ。鎧そのものの筋肉から音をたて、その背中が限界までのけぞる。外人さんね、スモウはわかるけど、その船、かるく六十万トンはあるのよ。いくら核攻撃できたえてるからって、うごかせるわけないでしょ。
海が、かすかに上がった。
つかまれた船首を支点に、タンカーの尻がもちあがってゆく。おびただしい海水をまきちらしながら、すこしずつ。いつしか斜め四十五度まで上昇したそれは、全長五百メートルの船体で、G県G市にちいさな皆既日食をもたらしていた。クモの子をちらすみたいに離脱する戦闘機たちだけど、ておくれだわこりゃ。
ソロムコの眼が光った。高速回転。タンカーのジャイアントスイングに巻きこまれ、のこった戦闘機が数珠つなぎに墜落する。とどめに、急転直下膝サバ折りでまっぷたつにされた船体は、どす黒い石油のうずまきに沈んでいった。庶民の食卓から、しばらくサンマはおあずけね。
あ~あ、爆発しちゃった。
とまあ、実況はさておき。
こっちもこっちで苦労してんだわさ。
「怪獣保険?」
「ええ、怪獣保険です」
あたしはユリ。モリエ・ユリ。
タイトなスーツに、メガネも知的な保険屋よ。ハニー損害保険っちゅう株式会社につとめてるの。ハニー損保、ってきがるに呼んでちょうだい。旧タニグチ系のちっちゃな子会社だけど、うりあげは業界一・二をあらそうわ。最下位からかぞえて、だけど。
「悪いんだけどさあ。うちがとってるのは先祖だいだい、毎売新聞なんだよ。おねえちゃんがもってくる新聞はあれでしょ。あ~、あれあれ。東デイだっけ? 先スポだっけ?」
「いえ、怪獣保険です」
ひとつ勘違いしちゃいけないのが、あたしは保険会社の営業スタッフであって、新聞屋さんじゃないこと。目のまえのナカタさんからすれば、どっちもめんどうな押し売り業者とかわらないんでしょうけどね。
いい? おぼえてくれた? あたしはユリよ。モリエのユリちゃん。どう翻訳したって〝おねえちゃん〟とはよまない。
「火災、風災、地震、水害。さらに日夜、あとをたちませんのが〝怪獣〟による各都道府県への攻撃です。この悪性未確認巨大生物を天災とするかどうかは、ほかの国でもながく話しあわれています」
「おねえちゃん」
「はい」
「おっぱいおっきいね」
「とんでもございません」
きょうのお客さんも難敵だった。
ナカタ・エイサクさん……ダルマによくにたシルエットの中年だ。やや天然パーマ気味の頭の位置は、あたしとおなじか、すこし低いぐらいか。あぶらっこいつまみとビールで水風船状態のおなかが、単足に拍車をかけている。
ビール? ちがった、このニオイは焼酎だわ。
その丸っこい手がはなさぬ湯飲みには、表面張力の限界にいどまんばかりに、鹿児島産の芋焼酎がみたされている。とうぜんナカタさん、まるでロレツはまわってないし、すごく目もうつろだ。いえ、このさい、お湯割りかストレートかなんてどうでもいいの。ナカタさんのもうかたほうの腕のなか、みて。ぬいぐるみみたいなパジャマに手足をつつんだ赤ん坊が、すやすやねむってるときた。かいものから帰ったら泣くわよ、おくさん。ねえパパ、哺乳ビンさがしてあげて哺乳ビン。一升ビンなんかじゃなく。
「しんじられないことですが、怪獣の超音波攻撃、怪光線、ふみつぶしなどによる家屋へのダメージにたいし、補償がしはらわれた例はこれまで一度もございません。いちどもです。保険が適用されるのは、あくまで、被災から二次的に生じた火事、地震などにかぎります。日本の法整理が、柔軟性をかいている証拠ですね。目にみえるかたちで五十メートル先までせまっている怪獣に、旗でもふって左折してもらえと?」
G県のすみっこにね、潮風のなつかしいG市ってとこがあるの。きらめく海をながめる閑静な住宅街、ここU町は、あたしのもっぱらの担当区域よ。いわばナワバリね。むかしはへんぴだが人情味あふれる港町だったってはなしは、酔った上司の十八番。開発がすすんだ今じゃ、ちょっとあるけば、味もそっけもない高層オフィス街にぶちあたる。新幹線だってとまるんだから。
あらたな加入者をえるべく、本日あたしがおじゃましてるのはナカタさんのお宅よ。これがまた、けっこうりっぱな二階建て住宅でね。玄関にかおるフローリングの新鮮さからするに、築一~ニ年以内ってとこかしら。ねらったエモノはのがさない。じっさい、なめまわすようなナカタさんの視線におびえてるのは、あたしのほうなんだけど。
「そこでこの〝踏めよあんしん、怪獣保険〟。日常にひそむ怪獣の脅威にそなえた、ゆいいつ、最新、画期的保険です。建物、家財にかんしましては、怪獣による全壊で、ご契約のときに設定いただきます金額の百パーセントおしはらい。半壊で、五十パーセントおしはらい。いずれも限度額は、怪獣が襲来したさいの時価からわりだす方式をとらせていただいております」
「うん、このニオイ好きかも。香水だね。花のかおり。なんてなまえの?」
「リリー・クラスティアでございます。お気にめされましたらさいわいです」
「首ほっそいなあ、おねえちゃん。おれちゃいそう。肩とか腰とかこってない? じつはマッサージうまいんだよ、ボク」
「お手をわずらわせるまでもございません」
むきだしのあたしの首から一ミリはなれた空間を、ナカタさんは積極的に嗅いだ。イヌか。目がつぶれるほど酒くさい。頭をすくめて、あいそ笑いするあたし。反対に、この手がにぎる会社鞄の取っ手は、骨のきしみをおもわせる嫌な音をたてはじめている。
「なお、カタログでもご覧になれますとおり、各種の割引コースもとりそろえておりまして。〝おすまいに、核シェルターとおなじ素材がつかわれている〟〝おすまいの上を、過去五年以内に怪獣がとおった〟〝おすまいが、自衛隊の巨大ロボット発進基地にちかい〟などの査定で、十パーセントから、最大約三十パーセントまで保険料を割り引きさせていただきます。ナカタさまのお宅ですと、こちらなどいかがです?」
「うん、もっと見たいな。きれいなふともも」
「もったいないお言葉です」
玄関にこしかけたまま、あたしはすばやく足のすきまをとじた。スカートにのびるナカタさんの手をさえぎったのは、カラーの説明資料だ。みなさい、カタログに花をそえる裸のグラビアアイドルたちを。東京ドーム一個をまるまる覆いかくす大グモ、体長三百メートルをゆうに超える大蛇ほか……怪獣保険よりすぐりの看板娘たちが、あたしを守る。おら、閉店だ閉店。
「ご家族という、かけがえのない財産。そうしますと、巨大翼竜の突風攻撃をくいとめます我が家もまた、たいせつな宝物です。すさまじい鳴き声、あしおとがきこえる前に、ナカタさま。ぜひ〝踏めよあんしん、怪獣保険〟へのご加入を」
「おねえちゃんとは、どこのバーであえるの?」
「タニグチ第二ビル五階、ハニー損保のオフィスでございます」
「ちょっとぐらいOKってことだよね、おさわり?」
「加入後のご相談にかんしましても、当社のケア態勢は万全です。〝加入からしばらくたつけど、保険料のみなおしはできますか?〟できます。〝とおくにひっこしたけど、旧宅で適用されていた放射能汚染地帯割引はききますか?〟もちろんです。営業時間は下記のとおり。お電話いただけましたら、いつでもお悩みにおこたえいたしますよ」
「スリーサイズは?」
「ええ」
あきっぱなしの扉から、あたしは住宅街のずっとむこうを示した。
よこだおしになるビルの谷間、あの大爆発はなにかしら。
自衛隊の戦車だわ。ポップコーンみたいに宙を舞ってる。一般の車も。あんなにたくさん。そろいもそろって黒こげね。一撃だった。
犯人? きまってるじゃない。怪獣ソロムコよ。山の空気でも味わうみたいに深呼吸するや、大口あけて、それを吐きだしたのだ。巨大な火の球を。超高温の血をめいっぱい体内で凝縮してつくったそれは、天然のナパーム弾とよぶにふさわしい。
「上から九千、六千、九千。わたくしも、あのような起伏にとみたいものです……さてナカタさま。少々お時間を頂戴してもよろしいでしょうか? 電光石火のおみつもりが、当社のじまんでして」
ナカタさんに振りかえろうとして、あたしは凍った。
その手はなに? 美容院でととのえたばかりのあたしの後ろ髪を、やさしくかきあげるその手は。なめらかにながれたナカタさんの指は、いつしか、あたしの命ともいえるメガネまではずしてしまっている。敵に背をさらすとは、あたしもヤキがまわった。戦場であれば、百ぺんは死んでる。
「しってる? じつはボク、カノジョいないんだよ。いるのは女房だけ。したがって、ボクとキミが好き好きしても、ね? これは浮気じゃないってことだよね。ね?」
「かわいいお子さんです」
「まだ五ヶ月なの。おねえちゃんも、ほら。メガネなしのほうがかわいいし」
「おそれいります。ですが、これがないと新聞の字もよめなくて……」
ふるえる指でメガネをかけるあたしをよそに、ナカタさんは考えこんだ。充血した目をとじると、沈黙。湯のみの焼酎を一杯やって、うでのなかの我が子をあやす。
え? うそ? これってもしかして、まよってる? あたしの真摯な勧誘が、ああ、ついにナカタさんの心をうごかしたのよ。人間、苦労がかならずむくわれるっちゅうのはホントね。よかろう、なんどでも歌いましょう。ハニー損保の保険のすばらしさを。あとひとおし、しかし、さっきより数段、魅力的に。
「新聞ならおことわりだよ」
「へ?」
「ボクにはわかるんだ。新聞屋さんでしょ、おねえちゃん?」
「あの、ですから、わたくしはハニー損保のモ」
「ざんねんだけどねえ。先祖だいだい、うちは毎売にきめてるのさ。おねえちゃんが言ってるのはあれかな。読デイ? オースポ?」
「……怪獣保険です」
衝撃とともに、あたしの視界はまっ暗になった。
ものすごい力に上下感覚をかき乱され、つづいて、あらゆる音がきこえなくなる。おまけに、この圧迫感。どろどろにぬめった、それでいて超高温のフトンが、体じゅうをしめつけてくると言えば話ははやい。まあ、表現がわかりにくいのはみとめるわ。
なにが起こったかって?
「……ッッ!!」
けたたましい音をたてて、焼酎の湯のみがわれた。ナカタさんはみたのだ。全長三メートルを超えるその怪物を。きいたのだ。さいごにのこったあたしの爪先が、そいつの口にのみこまれる音を。
ぶっちゃけ、おいしく食べられちゃったの、あたし。
いつのまにか、怪物は扉のこちら側にたっていた。
するどい鼻息をきくまでもなく、長々とせりだした顎は肉食獣のそれだ。くさった豆のごとき糸をひく口を、白くとがった牙の列と、そこしれぬ暗闇がかざっている。いや、こいつの異常さはそれだけにとどまらない。有機的な装甲でおおわれた巨体に、赤いコントラストをえがく無数の血管。摂氏六千度の血がながれる生物など、この星の生態系ピラミッドのどこを見返せばでてくるのだろう。
ん? ろくせんど? 六千度といえば……
お気づきみたいね。このマッチョこそ、怪獣ソロムコの赤ん坊〝ダリオン〟。ママ、もしくはパパの体からときどき飛びだす隕石状の卵が、このかわいい天使の発生メカニズム
っていわれてる。親のとりこぼした細かいエモノを、家事でもてつだうみたいに狩るのがダリオンの役目なの。うわ、咆えてる咆えてる。きもちわりい声。
「のみすぎかなあ」
わが子をだきしめ、ナカタさんは一歩後退した。ながい手足を四つんばいにして、一歩前進するダリオン。とびかかる刹那のライオンみたいに体をしならせるや、いきおいよく玄関におじゃまする……
またんかい、コラ。
衝撃に、ダリオンの体がのけぞった。
もう一発、腹のどまんなかから轟音。はでに玄関のサッシをぶちやぶり、住宅街の道をころがる。こいつらも、痛いは痛いのね。もういっちょ。肉のさける響きをのこして、ダリオンの腹がもりあがる。内側から。
空はよく晴れていた。
「うったえてやるッッ!!」
おたけびは、どちらのものだったろう。
ダリオンの腹が爆発した。アッパーカットの姿勢のまま、たかだかと宙に飛びだしたのはメガネのOLだ。あたしはユリ。ハニー損保のモリエ・ユリ。
道へ降り立ったあたしのまわりで、空気が激しくきらめいた。きれいと言えばきれいだけど、実際これは、酸素に反応したダリオンの血よ。みて、アスファルトや塀がハチの巣状にとけはじめてるでしょ。
え? まともに返り血あびたあたしが、なんで平気な顔してるかって? 平気? 平気にみえるこれが? ごらん。スーツといわずスカートといわず、ああ。タイツまで穴だらけ。ぜんぶ買いかえだわこりゃ。なにじろじろみてんのよ。これ以上は有料なんですがね。
「みる、言う、嗅ぐ、さわる……」
ふりむきざまに放ったあたしの拳と、ナイフのようなカギ爪が激突した。指にはさんだあたしの名刺が、ダリオンの不意打ちをうけとめたのだ。このコたちが一匹でうろつくわけがない。おたがい全体重をかけながら、一歩もひかずに鍔ぜりあう。手と手のあいだにちる火花、骨のきしむ音、殺気でアメ細工のようにゆがむ空間、地上最強の名刺交換。ダリオンの力が、かすかにゆるんだ。
かんだかい音。
数歩ぶんの距離をおいて、あたしとダリオンは背中あわせになっていた。
「ぜんぶ、セクハラよ」
名刺をひと振りしたあたしのうしろで、ダリオンの体が割れた。たて二枚おろし。みずから噴いたマグマの泉に、地響きをあげて溶けくずれる。
とつぜん、あたしはふっとばされた。電柱を順番にへしおりながら、とまっていた乗用車に突入する。爆発の炎は、高々十メートルにたっした……もう一匹!?
ギザギザの尻尾を振りもどし、ダリオンは勝利にほえた。ほえた次の瞬間には、その顔はよこなぐりにふっとんでいる。黒煙をテープのように引きちぎって現れたあたしが、会社カバンで一撃したのだ。ふところに踏みこむと同時に、下からカバンで一発。回転しつつ、なおも裏拳ぎみにカバンで一発。殴る殴る殴る。ちからをこめた最後の一発で、ダリオンは塀をやぶって民家につっこんだ。こんどはカドだ、きいたでしょ。
頭上の電線が、まばゆい光を発した。クモのようにそこをつたい、道路に亀裂をうがって着地したのはあらたなダリオンだ。反対方向をみれば、迷惑駐車の自転車をつぎつぎとけちらして迫るもう一匹。マンホールのしたからは、鋼鉄のフタをぶちやぶって、さらに一匹が上半身をのぞかせている。
無数のうなりが殺到するなか、あたしは横をみた。運動不足に気づいたか、あのナカタさんが木製バット片手に立ってるじゃないの。みなおしたわ。みじかい足がふるえてるのはナイショ。問題は、家の中からきこえてくる赤ん坊の泣き声だ。おきたのね。
「もどってあげてください」
カバンをおろして、あたしは笑顔でささいた。そっと手をさしだす。
「それ、お借りします」
体を横にむけると、あたしはバットの先でするどくダリオンをゆびさした。ゆびさしながら、バットをにぎるその袖をうでまくりする。
「おいで」
バットを後方にひいてタメをつくるのと、ダリオンの群れがあたしに襲いかかるのは同時だった。
かわいた音。
五百メートルかなた、怪獣ソロムコは目をむいた。自分の頭のよこを、子供であるダリオンたちが、まとめてかっ飛んでいきゃ、そりゃね。
バットをフルスイングした姿のまま、あたしはつぶやいた。
「さわるな」
三キロむこうの海で、いくつか水しぶきがあがった。