89話 港を造るか、港に合わせるか
――里見、最初の選択
南蛮技術者を迎え入れた翌朝。
港はいつも通り静かだったが、空気だけが違っていた。
「南蛮船は、あの沖合に留めたままだ」
善兵衛の報告に、正木の家族が顔を見合わせる。
船が来たのに、船を迎え入れられない。
それは交易以前の問題だった。
技術者の評定
南蛮の年配技術者――名をマテオという男は、港を歩きながら言った。
「この港は“漁”には良い。
だが“交易”には足りない」
彼は杖で砂浜を指した。
「浅い。
潮の流れが弱い。
防波がない」
通詞を介しながらも、その指摘は明快だった。
「大船を受け入れるには、
・浚渫
・石積み
・波止
この三つが要る」
里見の役人たちは息を呑む。
どれも大事業だ。
二つの道
評定の場で、意見は割れた。
一つ目
「南蛮船に合わせ、小舟での積み替えを常とする」
・費用は抑えられる
・即座に交易は可能
・だが量に限界がある
二つ目
「港そのものを造り替える」
・時間も金もかかる
・だが将来は大船が常に入れる
・軍事・交易の両面で価値が跳ね上がる
沈黙が落ちる。
桜の一言
その沈黙を破ったのは、桜だった。
「港に合わせると、
相手に合わせ続けることになります」
幼い声だが、迷いはない。
「港を造れば、
相手がこちらに合わせます」
慈光尼が、静かに頷いた。
「港とは“器”です。
器を小さく保てば、中身も増えぬ」
義堯の判断
里見義堯は、しばらく海を見ていた。
「戦の備えにもなるな」
マテオが即座に応じる。
「港は、城と同じだ。
海の城になる」
義堯は決めた。
「――港を造る」
その言葉に、場がざわめく。
現実という重み
だが、決断は終わりではなかった。
・誰が工事を担うのか
・資材はどこから出すのか
・北条や他国にどう見られるのか
そして何より――
その間、南蛮船をどうするか
桜は、また一つ先を見ていた。
(港は造れる。
問題は“造っている間”だ)
後書きという名のお願い
ブックマークをお願いします
今後の展開が気になりますね




